○この創作小説は『まじかる☆アンティーク』(Leaf製品)等(笑)の世界及びキャラクターを使用しており、スフィーシナリオ他のネタバレを含んでおります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
【承前】
健太郎は魔鏡を脇に抱え、空の箱を置くと、今度は下に持っていた朱塗りのお櫃を恐る恐る開けた。
蓋を取った途端、健太郎は思わず、櫃の中から拡がる光に眩んで顔を背けた。無論、その光は健太郎以外には見えず、健太郎の奇行にリアンたちは戸惑った。
だが、健太郎が驚きつつも櫃の中に手を入れ、手探りで掴み取った、ルビーのような赤い水晶石のような物を見た時、リアンは、あっ、と驚いた。
「それは――――〈命の雫〉!?」
「〈命の――?!」
リアンが思わず叫ぶと、健太郎は驚いて振り返った。
「何だよ、リアン?これ、何だか知っているのか?」
「え、ええ…………?!」
何か言いかけたその時、リアンの顔が急に閃いた。
「――――そう、なんだ……!」
瞠るリアンは、健太郎の顔をまじまじと見つめた。
「……なんだよ、一体?」
「健太郎」
リアンに訊こうとすると、長老ユンが健太郎を呼んだ。
「どうやらその二つが、今のお前が必要としている“力”のようだな」
「“力”?」
「うむ。――“力”とは、ただ求めるばかりでは決して得ることは叶わぬモノじゃ。正しきコトを行おうとする者には、“力”のほうから道を示し、やってくる。お前の目には、恐らくそれが示していたのだろう」
「示す……っていうか、光っていたふうに見えたが……爺さんたちには光って見えないのか?」
「うん」
「はい」
あいとリアンが同時に頷いた。
「一体これ、何なの?――リアン、〈命の雫〉、って……」
「それは、わたしの口からは申し上げられません」
「へ?」
何故か口を堅くするリアンに、健太郎は戸惑った。ふっ、と意地悪そうに笑っているようにも見えるのだが、何でそんなことをするのか、健太郎には思い当たる節はなかった。
「――とにかく。それは間違いなく、姉さんに必要な物であるコトは間違いありません。それだけは保証します」
「……なんだかなぁ」
「ほれ、健太郎。必要な物は揃ったんじゃ、お前もスフィー王女を助けに行く準備をせい」
「う、うん……」
何となく流されているようでシャクだと思いつつ、健太郎は頷いて蔵を出た。
「……リアン王女」
リアンも蔵を出ようとした時、不意に、長老ユンから呼び止められた。
「……何故、〈命の雫〉のコトを健太郎に告げなかったのかね?」
訊かれて、リアンは、ふっ、と笑みをこぼし、
「……ピン、ときました。健太郎さんと姉さんが呼び合っているんだ、って。それに〈命の雫〉の正体を健太郎さんに告げてしまうと、かえって健太郎さんに精神的な負荷を与えてしまうかも知れないと思って」
「アレがここにあった理由を、知っておるのじゃな?」
「はい。――姉さんから聞いていました。……姉さんの素敵な想い出の欠片を」
(ここでOP「Little stone」が流れると思いねぇ)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
まじかる☆アンティーク
= Little stone =
第14話 「…………これでお終いにしましょう。お父様」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ミミルの泉。
北欧神話において、オーディーン神に、その片目と引き替えに知識を与えたという伝説の泉。
その泉の正体は、超古代文明が遺した、無限に近い超エネルギーを出力するコトが出来る情報サーキットであることは、既にアーカム研究所の調査によってほぼ解明していた。
しかしそれを放置しているのは、他ならぬ〈守護者〉の存在であった。
かつて、このミミルの泉に派遣された調査隊たちは、第4次隊まで投入してその秘密を解き明かしたのだが、その殆どは、〈守護者〉と呼ばれる存在によって全滅あるいは多大なる損害を与えられていた。第4次隊に同行した女賢マーリンの庇護によってその実体が明らかになったのだが、結果としてその力が悪用される心配が無いと判断され、回収されずに現状維持、つまり封印されるコトとなったのである。
その封印を解き明かす必要が出てしまったのは、他ならぬ、ミミルの泉のエネルギー源に〈賢者の星〉が用いられているコトが判っていたからである。それも、高純度の、恐らくは自然界に存在する中で最も巨大なサイズであった。超古代文明人たちは、マナの存在とその使い方を理解していたのは判明しているのだが、彼らをして、その力を使用するコト無く滅びを受け入れたのは、〈賢者の星〉の余りにも膨大なエネルギーを持て余した為であろう。
だが、それ以外の理由として、研究者たちが出した結論として、今、宮田健吾とその妻、しのぶが〈賢者の星〉回収のために闘っている、ミミルの泉の〈守護者〉の存在も挙げられていたのも、無視は出来ないだろう。
白い豊かな顎髭を蓄えた、青白い肌に筋骨隆々とした片目の巨人は、剛腕をもって軽々と振り回す、刃の長さだけでも10メートルはあろう巨大な斧をもって、長きに渉りミミルの泉を護ってきたのである。
「……神様が相手かよ」
健吾は立ち塞がる巨影を前に、忌々しそうに言った。その隣では、両手に巨大な刀を握って構えているしのぶが、オーディーン神とうり二つな〈守護者〉を牽制していた。
「斬っても、撃っても直ぐ再生する――超生命体か、本当に神様か、どちらかでしょうね」
「しのぶー」
「何ですか」
「俺はもう、この仕事終わったら、こんな危険な仕事は二度と引き受けねぇからな〜〜」
「はいはい」
「本気で言ってるんだぜ。いい加減堪えるし、健太郎に任せっきりの五月雨堂の経営に専念するぜ」
「はいはい」
「……なんだよ、そのおざなりな返事は」
「健吾の悪いクセですよ。嫌になると直ぐ、あー、もうやめたやめた、とか言うのは」
「――来たか」
声の主は、背後から現れた、銀髪の、白いケープを纏ったあの青年であった。
「邪魔者は片づけました。あとはその、オーディーン神のみ」
「やっぱり、あれは神か」
「似たようなモンです――マウザーを出しなさい」
「しかし、これは……」
と言いかけた時、健吾は腰に下げていたガンホルスターが急に暖かくなったコトに気付いた。
「魔法でガンオイルを温めました。――神の弱点を突きなさい」
「助かる――」
健吾は、にっ、と笑い、急いで、愛用のマウザーを取り出してオーディーン神に向けた。
向けた途端、急に不安げな顔を青年のほうに向けた。
「……神様に弱点なんてあるのかよ」
「何事も、やってみなければわかりません」
「手前ぇ」
「時間がありません――スフィーが弟の許へ向かいました」
「何――」
見る見るうちに健吾は瞠った。
「早く――〈災禍〉はその力を急速に増加させています」
「ああ――健太郎の命を、自分の命を削ってまで救ってくれた、あんな佳い娘に、これ以上哀しい目に遭わせたくねぇしな」
そう言って頷くと、健吾は悠然と立つオーディーン神にマウザーの銃口を向けた。
愛用のマウザーで、弾丸の代わりに、相手の弱点を呼び寄せて撃ち込む、物体誘引能力者(ウィークポイント・アポーター)。宮田健吾の特殊能力は、天文学的な率の奇跡を信じる皆の想いを受けて、引き金が引かれると同時に発動した。
* * * * * *
健太郎が懐中電灯や非常食を詰めたディバックを担いで玄関にやって来た時、リアンとクラナッフも、準備を終えて玄関にやってきた。
「宜しいかな、皆さん」
玄関で待っていたましろが、やって来た三人を見て険しい顔で頷いた。
「あ、待って〜〜!」
健太郎たちは、慌ただしく駆けてやって来たあいの声に気付いて振り返った。
「あいちゃんも行くのか?長老は?」
「儂はパス」
「「「うわぁっ!!!」」」
突然、玄関に出現した長老ユンに、健太郎たちは本気で驚いた。
「儂は、いざという時のためにこの里を護る必要があるから離れられん」
「その代わり、あたしが行くよ」
「でも、危険……」
「んなの承知よ」
心配そうに言う健太郎に、あいは頬を膨らませて睨んだ。
「――でも、〈羅法〉が使える分、少なくとも健太郎さんよかマシだし」
「それ言われると痛いが……」
「それに」
と、あいは玄関のほうを指した。
「援軍も」
「?」
健太郎が不思議そうに玄関へ振り返ると、不意にましろが身じろいだ。
「健太郎さん、きまっているじゃない」
「――なつみちゃん!――それに、……なつみちゃんのお母さん!」
ましろの横をすり抜けて玄関に現れたのは、グエンディーナの法衣に身を包んだなつみ親子であった。
「健太郎さん、お久しぶりです――リアン王女様、クラナッフ隊長もご機嫌麗しゅう」
「……サマーナ様!」
クラナッフは、なつみの母親を見てそう言った。それを聞いて健太郎は、なつみの母親のグエンディーナの本名がそんな名前だったコトを思い出した。
「へへっ、来ちゃった。――この世界の大ピンチ、ほっとけないから」
「……なつみから、グエンディーナとこの世界の一大事と聞きましてね。父上からも連絡を受けまして、及ばずながら私たち親子も応援にやって参りました」
「父上……って」
「サマーナ様は、先代王の第8子にあたるお方だ」
「もう、王位継承権は棄てましたけどね」
なつみの母親は照れくさそうに笑った。始めてあった時も健太郎はそう思ったが、こうして法衣に身を包む姿は、絵本作家であったなつみの父親が描いたあの魔法使いの絵に本当に良く似た、気品溢れる美しい女性であった。しかし今回は、なつみまでもが法衣を着ていた。なつみの法衣姿は、健太郎も初めて見たが、なかなか似合うと想った。
「そうだよなぁ。元々、なつみちゃんのお母さんも、王家の人だったよな」
「修行と称してこの世界へ来る本当の理由であった〈賢者の星〉探しは、我が王族のみに与えられた使命でしたから――気懸かりではありましたが、如何せん手懸かりが無くては……」
「〈賢者の星〉――そうだ」
健太郎は、ディバックに入れていた〈命の雫〉のコトを想い出し、慌ててそれを取り出してなつみの母親に突き出した。
「〈賢者の星〉、って、もしかしてこれ?」
「それは――」
きょとんとするなつみの母親は、やがてそこから何か感じ取ったのか、ああ、と納得して見せた。
「これは――スフィー王女のですね」
「スフィー?」
「残念ですが、〈賢者の星〉とは異なります。それは――」
と言いかけたところで、なつみの母親はふと、リアンが口元に人差し指を立てて、しぃ、と黙るよう合図しているコトに気付き、慌てて口を塞いだ。
「……リアン」
健太郎もリアンのアクションに気付き、睨んでみせるが、リアンは苦笑するばかりであった。
「宮田健太郎。今は先を急ぐ。嫌なら置いて行くぞ」
「あ、――ああ」
健太郎は不満を露わにしていたが、クラナッフの言う通りだったので諦めて〈命の雫〉を自分のディバックに仕舞った。
「準備は宜しいですか?」
ましろが訊いた。
「私が皆さまを、富士の地底洞穴の入り口までお送りいたします。精霊界を使って空間をねじ曲げて直ぐに運んで差し上げましょう」
「おお、それは助かる――行こう」
「健太郎」
長老ユンに呼ばれ、健太郎は不思議そうな顔で振り向いた。
「――良いか、健太郎。お前ならきっと、スフィー王女を救えるハズだ。それを信じるのだぞ――スフィー王女をな」
「あ、……ああ」
何故、そんな念を押して言うのか、と健太郎は不思議がったが、まずは頷いて見せた。
「では、道を開きます」
準備が整ったコトを確認したましろは、玄関を出て、その直ぐ先に手を翳した。
すると、その空間が急に渦を巻き、一瞬にして洞窟が生じたのである。そしてそこには、ましろの妹が立って待っていた。
「――お待ちしておりました、皆さま。精霊王の命により、私たち姉妹もご同行致します」
「いよいよ決戦ってヤツかな」
あいが興奮気味に言う。こういう逆境系なノリは好きな質らしい。
「行こう!」
クラナッフの号令とともに、健太郎たちは洞窟の中へ進んでいった。
その洞窟の先には、巨大な地下空洞があった。規模にしてドーム球場ぐらいの大きさか。過去の富士山の噴火によって生じた風穴か、あるいは地下水が溜まっていた地下湖が水を失って出来た物だろうか。
その中央に、どこかの王様を思わせる風貌の男が、天井をじっと見つめていた。
辺りを、静寂が支配するその世界に、声が灯った。
「――ここにいらっしゃったのですね」
地下空洞の入り口に現れたのは、10歳の姿をしたスフィーであった。
「……来たか、スフィー」
男は、突然現れたスフィーのほうをみて、どこか寂しげな顔で言った。どうやらスフィーとは面識があるらしい。
そのスフィーは、ワンピースのポケットから取り出した〈賢者の星〉の欠片を翳すや、みるみるうちに本来の成人の姿に戻っていった。
「……〈賢者の星〉を見つけました。これがあれは……!」
「そうとも」
男は頷いた。
「――それで全てが終わる――いや、終わりにしなければならない」
「はい」
スフィーは沈痛そうな顔で頷いた。
「…………これでお終いにしましょう。お父様」
つづく