○この創作小説は『まじかる☆アンティーク』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用しており、スフィーシナリオのネタバレを含んでおります。
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【承前】
きっかけは些細な口喧嘩だった。
それが行き過ぎて、感情的になった。だがそれが、マナが少ないこの世界での魔法のコントロールが上手く出来ずにいたスフィーにとって、致命的なミスであった。
暴走する魔力。それを制御できず、次第にマナと同化する体力が消耗していく。
魔力など見えない健太郎は、ただ、苦しんでいるスフィーを介抱したかっただけだった。
触れた瞬間、健太郎の体力がスフィーの中に吸収され、――
健太郎は、死んだ。
大好きな男の子の死が、暴走を止めるきっかけとなった。スフィーの健太郎に対する想いが、魔力を上回ったのである。
……スフィー。お父さんが健太郎くんを生き返らせてあげる。
……その為には、お前の中に入った健太郎くんの命を取り出す。でも、それはお前の身体ともう融合してしまっているから、たとえ蘇らせても、近くにお前がいたらまたお前の身体の中に取り込まれてしまう恐れがある。
……だから、健太郎くんをお前に近づけさせないよう、彼からお前の記憶を消す。
……もうグエンディーナへ帰ろう。
……泣かないでおくれ、スフィー。これはお前たちの為なのだから。
……どうしても、彼に逢いたいのか?
……それでも健太郎くんに逢いたいのなら、――彼の記憶は封印されたままだ。記憶が蘇ると、お前に命を吸い取られてしまうおそれがあるから…………決して、自分から名乗って、封印してある彼の記憶を呼び覚ましてはいけない。
――けんたろは、あの夜、本当はあたしとぶつかって死んではいなかった。
――あの夜、この世界に返ってきたあたしは、健太郎の元に現れた。
――すると、けんたろの身体が拒絶反応を起こし、そのまま危篤状態になってしまったのだ。
――でも、それを予想していたお父様が用意した、腕輪型の魔力安定器具が早速役に立った。
――けんたろを蘇らす時に混ざった魔力を、あたしの魔力で安定させる。
――期間は100日。それでけんたろは完全に治る。
――その間、あたしは彼のそばに居なければならない。
――遅れた修行の旅。でもそれは、お父様が、魔力安定器具の製作に時間がかかった為。
――あたしはけんたろの家に居候するコトにきめた。丁度近所には、グエンディーナに理解を示す人が住んでいるそうである。その人の協力を得て、〈賢者の星〉の手懸かりを探せばいいんだし。
――五月雨堂。その人の話では、マナを必要とするあたしたちグエンディーナ人が安心して生活できるくらい、マナが豊富な場所らしい。
――はつこいのひとのうち。
――でも、彼はその記憶を封印されている。
――お父様との約束。
……決して、自分から名乗って、封印してある健太郎の記憶を蘇らせてはいけない。
――あたしは我慢できるハズもない。
――だから。
――初めて出会ったあの時の姿で、ようやく目覚めた彼に話しかけた。これなら……。
「おはよっ、けんたろ」
――笑顔で言った。嬉しさが我慢できなかった。
――でも、けんたろは想い出してくれなかった。やはり記憶封印の効果が安定して、完全にわすれてしまったのだろうか。
「……俺たちって知り合いだったっけ?」
――知り合いだよ。
――だって、はつこいどうしだったじゃない。
「う〜ん、そうだなあ。……あたしはけんたろの事知ってるけど……」
「?」
「けんたろは記憶に無いんだよね?」
「……ああ」
「じゃあ、けんたろはあたしのことを知らないんだよ☆」
――悲しかった。泣き出したくなったが、お父様の約束は守らなきゃならない。
「ほんとに記憶にない?全然?あたしの事もっとよく見てもダメ?」
「残念だけど」
――やっぱり、直ぐには想い出してくれないだろう。
――でも、いつか。
――いつの日か。
「……今日は意外な過去が出てくる日なのかねぇ。あいちゃんが俺の従兄弟とか、俺の親父がこの里の出身者とか、――――9歳の時、俺、この里でお前と会っていたみたいだな」
「――――――」
スフィーは呆けたまま、健太郎の顔を見つめていた。
「…………なんでそのコトを、全然思い出せなかったんだろう。今ここで転んだショックかなぁ…………あ、わりぃ、ちっとそれで呆れていたんだ。なぁ、スフィー、何か――――?」
照れくさそうに笑う健太郎だったが、そのうち、自分を見つめているスフィーの顔が赤くなり、今にも泣き出しそうな、それでいて笑いを必死に堪えているような、複雑な顔をしているコトに気付いた。
「……おい、スフィー」
「……や………………おも……………したん…………だ…」
「?」
「…………やっと…………やっと想い出してくれたんだっ!」
それは悲鳴のような声だった。
歓喜の声。
砂利を蹴る音。
そして。
ボリュームのあるスフィーの髪が風を巻く音が流れた。
重なる二つの影。
スフィーは健太郎に飛びついた。
健太郎は抱きついてきたスフィーを力一杯抱きしめた。
あの時は、笑顔と、握手だった。
成長した二人は、熱く抱擁し、やがてどちらからともなく求め合うように、ゆっくりと唇を重ねた。
その勢いで、二人は小川の中に落ちた。
それでも、二人は求め合うように抱き合い、唇を重ね続けた。下になっているスフィーの長い髪が、川に流れて拡がっていく。
川の冷たさにも気付かない二人を、遠くから聞こえるセミの鳴き声が包み込んだ。
(ここでOP「Little stone」が流れると思いねぇ)
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まじかる☆アンティーク
= Little stone =
第10話 「――勝手にどこにも行かないって約束すれば、こんなもん、くれてやるっ!」
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健太郎は、ようやくスフィーから唇を離し、スフィーを下にしたまま身を上げた。
健太郎は感涙にくしゃくしゃになった顔で微笑んだ。
「……ばかやろう…………なんでうちに帰ってこなかったんだよ」
スフィーはどこか困ったような顔で微笑んだ。
「待ってたんだぞ――俺は、何も連絡をよこさないお前を待って…………!」
「ごめん……」
そう言ってスフィーは申し訳なさそうに力なく微笑む。そして右手を挙げて、涙と水に濡れている健太郎の頬を、それを拭うようにそっと撫でた。
「……そうだ、リアンも、クラナッフも無事だ」
「え……?!」
それを聞いて、スフィーははっとした。
「……こっち来る時、一緒に逃げたんだろ?」
「うん……〈災禍〉を引き付けていたつもりだったんだけど、途中ではぐれちゃって……」
「今、うちに、頼りになる羅法使いが居るんだ。俺の従兄弟だったコトは今日知ったんだけど、そいつに助けて貰ったんだ」
「そう……よかった…………くしゅんっ!」
ようやく、スフィーはずぶ濡れの寒さに気付き、くしゃみをした。その飛沫が健太郎の顔にかかり、健太郎は思わず身体を上げた。
「ご、ごめん――」
スフィーはようやく身体を起こし、川の中でへたり込んだまま、健太郎を気まずそうに見た。
暫しの沈黙。
やがて健太郎は、くすくすと笑い始め、つられるようにスフィーも笑い出した。川の中でずぶ濡れのカップルは、互いの格好を見て笑いが止まらなかった。
とにかく可笑しかった。
どれだけ笑い続けたのだろうか。やがて健太郎とスフィーは揃って笑うコトをやめた。
沈黙、再び。
「…………けんたろ」
健太郎の顔を見つめていたスフィーは、どこか済まなそうな顔をしていた。
「……なんだよ」
今の健太郎は、スフィーの一挙一動に不安を感じざるを得なかった。ようやく帰ってきた、再会できたスフィーが、また、このままどこかへ行ってしまいそうな気がしたからである。
「……これ」
そう言ってスフィーが差し出したのは、健太郎のロケットだった。その中には、〈賢者の星〉の欠片が入っていた。
「…………これ、あたしにくれない?」
「…………」
不断なら、意地悪の一つでも言っていただろう。
しかし、今はそんな気も起きなかった。
それは、先ほどから感じていた違和感だった。
スフィーの様子が、いつもと違うのである。
何か、常に健太郎の顔色をうかがっているような、そんな雰囲気なのである。玩具やアクセサリーをねだる時によく見る、少し上目遣いで健太郎を凝視する仕草は、本来の姿になっても余り変わらないようである。
目的は、健太郎のロケットであるのは分かる。
そして、その中に収まっている〈賢者の星〉を必要としているコトも。
それを必要とするのは、きっと――。
健太郎の不安は確信に変わった。
「……けんたろ?」
「………………」
健太郎は何も言わず、スフィーの手からロケットを取り上げた。
「……あ」
そして次の瞬間、健太郎はスフィーに飛びつき、その身体を抱きしめた。
「――――もう、勝手にどこにも行くな」
「けんたろ…………?」
「…………もう…………お前を手放したくない――――一人で無茶すんなよっ!リアンもクラナッフもあいちゃんも、――俺も居るんだからさっ!」
「…………………………」
戸惑うスフィーは何も言えなかった。健太郎が、自分を必要としてくれている。こんな嬉しいコトはなかった。
「…………スフィー……………………?!」
そんな時だった。次第に身体が傾きだしたので何事かと思った健太郎は、抱きしめていたハズのスフィーの身体が、見る見るうちに10歳の姿になってしまったので驚いた。驚いたが、健太郎はスフィーを離さなかった。
「…………〈賢者の星〉を手放しちゃったからね」
「知るか…………!」
「……けんたろ。…………怒っている?」
「怒ってねぇよっ!」
健太郎は怒鳴って応えた。
「――勝手にどこにも行かないって約束すれば、こんなもん、くれてやるっ!」
「……もう」
スフィーは困って苦笑した。
「…………スフィー」
「……?」
呼ばれて、スフィーは少し傾げると、健太郎はその幼い身体を抱きしめる腕の力を込めた。
そして、こう言った。
「………………愛している」
「――――」
――いつの日か。
一瞬、スフィーの身体が硬直した。
やがてスフィーは溜まらず涙をこぼし、健太郎の背に腕を回して自分からも抱きしめた。
こんななりをして、
バカなコトを騒いで、
時には喧嘩もして、
――結局、仲直りして得て、深めていった、二人の絆。
健太郎は、どうしてこの一言が今まで言えなかったのか、やっと気付いた。
スフィーが10歳の姿をしていた理由。
決してマナ不足ばかりではない。
この姿で――無理してまで、初めて出会った時の姿で、自分を想い出してほしかったのだ。
健太郎は、忘却していたどこかで、そのコトに気付いていたのだろう。
もっと早く想い出していれば、スフィーにこんな不甲斐ない姿で居させるコトなどしなかったのに。
そして、その一言さえ口にしていれば、スフィーは自らにかけた呪いを解けるハズだったのだ。
だがその一言が、想い出せない理由の分からない罪悪感に負い目を感じていたが為に、健太郎はどうしても口に出来なかったのである。
何故、忘れていたのだろう。――不思議にも思ったが、今はどうでも良かった。
想い出せずにスフィーを苦しめていた自分を、健太郎は心の中で罵った。
「…………お前に苦労させないから…………だから…………」
「………………ゴメン」
「え?」
スフィーが謝った途端、健太郎は意識を失った。ガックリと力の抜けていく健太郎の身体を河原に何とか寝かせたスフィーは、健太郎の手からロケットを取り上げた。
「…………ホント、ゴメン。…………この魔石があれば、きっとけんたろたちを助けられると思うの。………………くれた…………から」
スフィーはロケットを握り締めながら、ポロポロと泣いていた。
「…………けんたろが…………あたしを想い出してくれたから…………愛しているっていってくれたから………………あたし、もう…………満足……」
スフィーは魔法で眠らせた健太郎の前に膝をついた。
「…………ゴメン……なさい…………でも、ね…………」
……どうしても、彼に逢いたいのか?
――お父様はそう優しく微笑んであたしに訊いた。
――健太郎に逢いたいあたしの気持ちに、理解を示してくれたお父様。
「…………あたし、お父様を殺した〈災禍〉が許せないの……………………それに、このまま〈災禍〉を野放しにしたら、この世界は…………ヤツの本当の狙いは、この世界の人々だから……………………だから…………あたし………………!」
スフィーは泣きじゃくりながら、健太郎に唇を重ねた。そして顔を離すと、頬にまみれていた涙を手で拭った。
「…………ありがとう、けんたろ………………必ず、守ってあげるから…………!」
健太郎が目を覚ましたのは、それから1時間ほど経ってからであった。健太郎は姿の消えたスフィーと、握っていたハズのロケットが無くなっているコトに気付き、河原にへたり込んだまま暫し呆然となっていた。
つづく