まじかる☆アンティーク =Little stone=(8) 投稿者:ARM(1475) 投稿日:10月21日(土)01時17分
○この創作小説は『まじかる☆アンティーク』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用しており、スフィーシナリオのネタバレを含んでおります。
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【承前】

 デンマーク領グリーンランド。
 見渡す限りの大氷原のほぼ中央に、ひっそりと、しかし壮大な規模の古代都市遺跡があるコトを知る者は殆ど居ない。
 北極圏にあるこの地に、都市とはあまりにも非常識に思われるが、逆に未だに人々にその存在を知られていないのは、とても人が住めるような土地ではないと思われているに他ならない。
 エスキモーたちでさえ、伝説の地として、口伝のみの存在としか思われていないその古代遺跡に、人影が二つあった。

「…………北欧神話にある〈ミミルの泉〉の伝承が、まさか超古代文明人たちの遺した古代都市を語ったものだとは誰も思わないだろうなぁ」

 防寒服に身を包んだ片割れは、男の声でそう言った。

「……本当にこの先に、問題の〈ミミルの泉〉があるのかしら?」

 もう一人は、女性の声であった。この男女のカップルは、この古代都市遺跡の正体を知っているようであった。

「……あれだ」

 男が何かを見つけたらしい。その指す方向を女が見ると、その先に見える氷の壁の向こう側では、エメラルド色に輝く光が灯っていた。

「あと一息だぞ」
「ええ」

 まもなく二人は、問題の氷の壁の前に到着した。

「……さて、どうやって中に入るモノか」
「この厚さでは、私の無影刀でも斬るコトは出来ませんね」
「……氷を爆破して通るしかないだろう」

 そう言って男は、忌々しそうに氷の壁を小突こうとした。
 まさかその拳が氷の中に溶け込むとは。

「これは――」
「ホログラフ映像?――質量が測定されているのに?」

 女は、左腕に装着しているアナライザーを幾度も確認したが、アナライザーに表示されている響面反応や光学検出は、そこに厚さ1メートル以上もある氷の壁の存在を示していた。

「アーカム財団科学研究所特製の量子アナライザーですら騙すとは、恐れ入った。とにかく、行かねばなるまい」
「ええ」

 二人はそのまま、悠然と氷の壁の中に消えていった。

 氷の中は、信じがたい世界が拡がっていた。
 なんと氷の壁の向こう側には、青々と繁る草原が拡がっていた。仰げば、そこには青空が拡がり、雲ばかりか心地よい風さえ吹いているではないか。草原の先には、青空と草原の境目さえ見える。ここは本当に北極圏なのか。

「……気温、24度……常春ね」

 そう言って女は、サングラスと防寒具のフードを外した。正直、防寒具も脱ぎたいところだが、まだ何が起こるか分からなかったのでそれは諦めた。

「あなた」

 女は男のほうを見て呼んだ。
 男も、サングラスとフードを外した。
 そこから露わになった顔は、健太郎に良く似た中年の男――まさしく五月雨堂の店主、宮田健吾であった。すると女のほうは、一緒に旅行している妻なのか。

「……これが幻とは思えないが…………恐らく、〈ミミルの泉〉の力だろう」
「かつて北欧神話のオーディン神に大いなる知識を与えたという、知恵の水を湛えた泉。――そこに眠っているというのか」

 健吾とその妻、しのぶは、この草原の果てにあると思われる、神秘的な力が眠る目的地に想いを馳せていた。
 彼らの旅の終焉は、そこにあるのだから。

(ここでOP「Little stone」が流れると思いねぇ)
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   まじかる☆アンティーク

    = Little stone =

         第8話 「なんじゃ、健太郎、もう儂のコトを忘れたのか?」

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 〈災禍〉。かつてグエンディーナに追いやられた魔法使いの一人が、この世界の人間たちに復讐するべく、低級マナを増幅させて強大な魔力を得ようとしたが失敗し、取り込まれた結果誕生した、怨念。
 低級マナは、人体に有害な物質である。それを排除する魔力消費システムは存在していたが、〈災禍〉と呼ばれるモノの正体は、そのシステムが意志を持ってしまったマナ生命体である。〈災禍〉は、低級マナの消費システムを変化させて支配し、グエンディーナの人間たちの代謝機能をマナ無しでは出来ない身体に作り替えてしまった。
 さらに、全ての人間の体内に残留する低級マナと同化するコトで、低級マナの排除システムを妨害し、低級マナを人質にしてグエンディーナの人間たちを支配下に収めてしまったのであった。
 グエンディーナを統治する王族は、この異常事態に果敢に立ち向かい、死闘の末に遂に〈災禍〉を封滅するコトに成功した。だが〈災禍〉は依然、低級マナと同化したままであり、完全に〈災禍〉の支配下から逃れるためには、低級マナとの同化を完全に封じるコトが必要であった。
 そこで王族は、かつてグエンディーナと我々の世界を分けた奇跡の力を持つ〈賢者の星〉を探索すべく、修行と称して我々の世界に一族の者を送り込んだ。しかしマナの薄い我々の世界に滞在出来る限界は半年。マナの量が多い地があれば長期滞在は可能であったが、そのような霊格の高い地はなかなか無い。その為に、この地に想い人を見つけ結ばれたとしても、グエンディーナに還らなければならないという悲劇も生まれたが、今では幸いにして、五月雨堂という非常に霊格の高い場所が存在するお陰で、泣く泣く引き裂かれた親子が安心して暮らせるようになった。
 その五月雨堂の店主代理である、宮田健太郎も、グエンディーナ人の想い人が居た。彼女は、マナの消費が荒く、本来の24歳という姿を維持できず、子供のままで健太郎と接していた。
 愛し合えど、叶わない。もっとも健太郎とスフィーは、互いの気持ちを理解しつつ、そのなあなあな関係に甘んじていた。
 確かに好き合っているが、それを真っ向から口にしたコトは無い。
 恥ずかしい?
 違う。そうではない。
 何か、それを口にするコトに躊躇いがある。
 ――その「躊躇い」の正体が、少なくとも健太郎自身、分かっていなかった。それが健太郎に戸惑いを生み、そこから先へ踏み出すコトが出来なかった。
 もしかするとスフィーはその一言を待っているだけなのかも知れない。しかしもし、違っていたら……。
 ――しかし今、健太郎は、スフィーの身に迫る危機に、焦りを感じていた。
 スフィーを守りたい。その想いが、健太郎に行動させたのである。――


「…………ふぃぃ」

 健太郎は、予想外のハードな道のりにウンザリしていた。

「……こんな険しい道を行くと聞いていれば、もうちっとマシな装備で来たのに……」
「これくらいの森道で文句を言うようでは、この世界の人間もたかが知れる」

 すかさず、クラナッフが嫌味を言う。健太郎は反論しようとしたが、リアンやあいなどの着替えを詰めた、自分の持っているモノよりも大きなバックを抱えても平然としているこの王国親衛隊隊長に言い返せるような嫌味は思いつかなかった。

「そろそろよ」

 先頭を歩いていたあいは、森の奥を指した。

「青木ヶ原の樹海は、富士山の噴火で溢れ出た溶岩質の土地の上に森が出来たような所だから、非常にデコボコして歩きづらいのは分かるけど、もうちょいだから」
「うーん」
「ほら」

 健太郎が困憊して唸ったその時、あいは正面の虚空を突いた。
 そこから、空間の波紋が広がるのを見て、健太郎は唖然となった。

「……なに、今の?」
「結界に触ったの。――ここから先が、羅法使いの里よ」


 あいが押し広げた結界をくぐり抜けると、そこには信じがたい世界が拡がっていた。

「……おい。確かさっきまで、鬱蒼と生い茂る森の中を進んでいたんだよなぁ」
「うん」
「でも……」

 健太郎は振り返った。背後には、今まで歩いていた森は遥か遠くに見え、辺りは広い草原が拡がっていた。正面の先を見ると、そこには集落らしき影が見えた。

「あれです。いやー、まだ一週間しか離れていなかったのに、懐かしいなぁ…………?」

 しみじみいうあいだったが、ふと、健太郎が周囲の風景を不思議そうな顔で見ているコトに気付いた。

「どうかした?」
「……いや…………あれ…………?」
「とにかく」

 クラナッフがうんざりしたように言う。

「先を急ぎたいのでな。道草食っている場合ではないぞ」

 顔には出していなかったが、やはり担いでいる荷物が重いらしい。親衛隊として騎士道を重んじる頑固な堅物という印象をそのままに、レディファーストを信条とするこの美丈夫は、とうとう健太郎に荷物運びの役を譲ろうとはしなかった。

(……なんでかなぁ、この人……俺を目の敵にしているような…………やっぱスフィーの件で恨み買っているんだろうなぁ………………まぁ、そんなコトより)

 健太郎は、もう一度周囲を見回した。
 この風景を、どうしても見ずにはいられなかった。

(…………何で…………見覚えがあるんだろう?)


 集落へは、結界から20分ほどで到着できた。

「……何か、ひっそりとしているなぁ」
「そりゃあ、平日の昼前だから、みーんな出払っているわよ。それに、ここにいるのは年寄りと子供ばかりよ。あたしより年下の、小学生で二、三人いるけど、今頃はみんな外界の学校に言ってる頃ね。おじーちゃん、おばーちゃんは、向かい側の畑でのんびりと畑仕事でもしているから、この時間はまるっきり無人かしらね。若い人たちはみーんな外界に出稼ぎに出ているのよ」
「出稼ぎって?」
「こう見えても、羅法使いって人気あんのよ。羅法使いはその特性によって使える羅法が限定されているけど、その羅法が使う自然現象には精通しているお陰で、大企業の研究所や政府の機関などに参画しているのよ。なかには攻撃的な羅法が使える羅法使いもいて、警察や自衛隊、要人のボディガードをしている人もいるのよ」
「へぇ。まるでマンガの忍者だなぁ」
「似たようなモノかも。――長老ユンの家は里のほぼ中央にあるの。あと少し、頑張ってね」
「へーい」
「やれやれ、これでやっと楽に……」
「「――?」」

 並んで歩いているクラナッフの呟きを聞いて、健太郎は思わずクラナッフのほうを見る。クラナッフもうっかり洩らした自身の泣き言を聞かれたと思い、何故か健太郎のほうを警戒するように真っ先に見る。果たして、二人は顔を突き合わせるコトとなった。

「…………なっ」
「…………あの」
「――こ、こ――これくらいっ、何でもないっ!」

 クラナッフは突然怒りだし、抱えていた荷物を抱え直して駆け足で前進していった。これには健太郎ばかりかあいやリアンも呆気にとられる。

「…………愉快なヤツ(笑)」


 長老の家は、集落の入り口から5分ほどで到着した。他の家もそうであったが、健太郎は魔法使いの家という思い込みから藁葺きか岩の家かと思ったのだが、山間などにある村にもある在り来たりな普通の平屋建てばかりであった。既に先を急いだクラナッフが到着していたが、最後に余計な頑張りをした所為で、長老の家の門の前でへたばっていた。

「居るの?」
「くたばっていなきゃ」
「おいおい(汗)」
「ちょっと待ってね」

 そういってあいは、門のインターフォンのボタンを押した。

「――長老様ぁ、あなたの可愛い孫が帰ってきましたよ〜〜♪」
「……おいおい」
『――今から合い言葉を訊く。符合しなければ入れるわけにはいかん』

 それはいきなり、インターフォンから返ってきた老人の声であった。

「……合い言葉ぁ?あいちゃん、ここ、一応自分ン家なんだろ?」
「…………あのジジィ、またふざけてるな」
「おいおい(汗)」

 呆れる健太郎たちを後目に、苦虫を噛み潰していたあいはやがて何か心の準備をするように大きく深呼吸した。
 すると、インターフォンからまた、先ほどの老人の声が聞こえてきた。

『――お風呂でっ』
「ハッスルっ!」
『――よし、まちがいない、あいだな』

 腕を持て余して、うんうん、と頷くあいの後ろでは、健太郎たちが卒倒していた。

「……なんか、スゲー最低な合い言葉のような(汗)」
「なんじゃ、“タオルでふきふき”のほうが良かったかのぅ?」
「「「うわあっ!」」」

 先ほどまでインターフォンから聞こえたその声が、今度は転けている健太郎たちの直ぐ背後から直接聞こえてきた。
 作務衣姿の、どこか惚けた風貌のその老人は、トランシーバーを握り締めて、ケタケタと笑っていた。

「なななななっ?!」
「よぅ来たのぅ、皆の衆。儂がこの羅法使いの里の長、ユンと申す。…………ほう」

 唐突に出現して健太郎たちを驚かせたユンと名乗る老人は、リアンのほうをみてニコニコした。

「……あなたはグエンディーナのお姫さまですな」
「へ?」
「お母様の面影が伺えるでな。……確か、リアン様でよろしいのですな」
「何故、そのコトを……?」
「ほっほっほっ。グエンディーナの王家とは親交がありましてな。リアン王女は覚えて居られないようだが、14年ほど前にも、あなたのお父上がお嬢様をお連れしてこの地に暫く滞在なされていたコトがあるんです。――さぁ、こんな所で話すのも何です、遠慮なくお上がり下さい」
「あ、はい。ありがとうございます」

 リアンは慌てて立ち上がり、慇懃にお辞儀して見せた。クラナッフもようやく上がった息が戻ったらしく、背負っている荷物を持ち上げて起き上がった。

「あい、丁度裏庭の井戸で西瓜が冷えて居る。そいつを持ってきてくれまいか」
「はい」

 頷くあいの横で、健太郎は転けた時についた砂埃を払いながら起き上がった時、不意に、長老ユンは健太郎のほうを見るなりこう言った。

「……健太郎。お主もあいの手伝いをしてやれ」
「……へ?」

 思わず健太郎の顔が凍り付いた。追うように、リアンとクラナッフ、そしてあいまでもが長老ユンのほうを見て瞠った。
 長老ユンは、そんな健太郎たちの反応が愉快らしく、ふぉっふぉっふぉっ、と宇宙忍者みたいな声で笑った。

「なんじゃ、健太郎、もう儂のコトを忘れたのか?」
「……へぇ?――確かに俺は健太郎ですが」
「宮田健太郎じゃろ?」
「――――!?」
「宮田健吾の一人息子で間違いなかろう?――健吾は儂が育てたのじゃよ」

          つづく