まじかる☆アンティーク =Little stone=(9) 投稿者:ARM(1475) 投稿日:10月20日(金)22時03分
○この創作小説は『まじかる☆アンティーク』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用しており、スフィーシナリオのネタバレを含んでおります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
【承前】

「あい、丁度裏庭の井戸で西瓜が冷えて居る。そいつを持ってきてくれまいか」
「はい」

 頷くあいの横で、健太郎は転けた時についた砂埃を払いながら起き上がった時、不意に、長老ユンは健太郎のほうを見るなりこう言った。

「……健太郎。お主もあいの手伝いをしてやれ」
「……へ?」

 思わず健太郎の顔が凍り付いた。追うように、リアンとクラナッフ、そしてあいまでもが長老ユンのほうを見て瞠った。
 長老ユンは、そんな健太郎たちの反応が愉快らしく、ふぉっふぉっふぉっ、と宇宙忍者みたいな声で笑った。

「なんじゃ、健太郎、もう儂のコトを忘れたのか?」
「……へぇ?――確かに俺は健太郎ですが」
「宮田健太郎じゃろ?」
「――――!?」
「宮田健吾の一人息子で間違いなかろう?――健吾は儂が育てたのじゃよ」

 暫しの静寂。
 やがて、長老ユン以外の者に、仰天の輪が拡がった。

「――お、お爺ちゃんっ!?健太郎さんって、健太郎さんって!」
「なんじゃ、あい、気付いておらんかったのか?健吾はお主の母の実の兄。つまりお主らは従兄弟の間柄じゃよ」
「「――――――」」

 思わず口をあんぐりと開けて、健太郎とあいはお互いの顔を見合わす。

「うーん。儂はてっきり、源之介殿の依頼を引き受けた時に、そのコトを知っておったものとばかり…………」
「――き、聞いてないよ、そんなコトっ!」
「なんじゃ、では眞名水(まなみ)のヤツ、あいに肝心なコトを話しておらんかったのか?」

(ここでOP「Little stone」が流れると思いねぇ)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

   まじかる☆アンティーク

    = Little stone =

         第9話 「…………けんたろ。ずぶ濡れじゃない」

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 健太郎はまさか、叔母の眞名水とこんな所で再会するとは思わなかった。

「…………おかーさんっ!あたし、仕事先の話はちゃんと話したつもりだよっ!」

 長老ユンの家に上がった健太郎たちは、連絡を受けて畑から戻ってきたあいの母親、眞名水が戻ってくるなり、あいがえらい剣幕で噛みつく様を見て呆れた。

「んー、そーいえばー、いったようなー、いってないよーなー」
「ほっほっほっ、眞名水は相変わらず呑気じゃのう」
「あら、嫌ですわお養父さん、昔からゆうじゃないですか、“ははのんきだねー”って」
「……それはおかんの意味やない」
「いやねぇ、どこでそんな関西弁覚えたの、あい?」
「が――っ!!」

 暖簾に腕推し、糠に釘とばかり、あいとあいの母親の妙な漫才もとい会話に、健太郎たちは呆気にとられるばかりであった。
 そんな中、健太郎は出されたほうじ茶で一服したあと、室内をぐるりと見回した。
 言われてみれば、確かに見覚えがあった。
 そして、この羅法使いの里に入った時の光景に見覚えがあって当然だと、ようやく理解するのであった。
 健太郎は9歳の時、この羅法使いの里で一夏過ごしていたのである。健太郎はその時が最初で、田舎だったぐらいしか覚えていない。田舎といえば鈴鹿山脈の麓にある母方のほうばかり訪問していて、父方の、つまりこの羅法使いの里にはその一度きりしか訪れていなかったのである。

「商売に使う骨董品の仕入れであちこち飛び回っておるからのぅ、ちっともこの里には帰ってこなんだ。健太郎、健吾に今度会った時、一度くらい顔を出せと言っといてくれぬか?」
「は、はぁ…………」
「健太郎ちゃん、そんなに畏まらなくたっていいのよ。自分の家にいると思ってくつろいで頂戴」
「は、はぁ…………」

 叔母の眞名水は静岡のほうに住んでいる事は健太郎も知っていた。年に一度か二度、五月雨堂のほうに顔を出していたので決して疎遠ではなかったのだが、よくよく考えてみると叔母がどんな生活をしているのかさっぱり知らなかった。

「……まさか叔母さんが羅法使いだったとは思わなかったよ」
「ううん」

 眞名水は首を横に振った。

「わたしは羅法なんて使えませんわ。健吾兄さんもそう」
「へ?」
「健吾と眞名水はな、儂の養子なんじゃ」

 長老ユンはそう言って、えっへん、と胸を張った。別に威張る意味もないだろうが、いちいちオーバーな、そういう性分らしい。

「養子?」
「うん」

 眞名水が応えた。

「……わたしたち兄妹が子供の頃、父を事故で亡くしてね。母が、この青木ヶ原にあたしたちを連れて自殺しに来たところを、偶然お養父さんと出くわしたの」
「「「「――――」」」」
「……元々身体の弱かった母はわたしたちを育てられなかったの。だけど事情を知ったお養父さんが、わたしたちを養子に迎え入れて下さったのよ。素質はあったんだけど、健吾兄さんもわたしも結局、羅法は学ばなかったの」
「そうだったんですか……」
「そのうち、儂の実の息子と眞名水が惚れあってな、所帯をもってあいが生まれた。健吾のほうは高校時代からとある海外の研究機関とコネが出来てな。そこにそのまま勤めて、職場で嫁を掴まえ、健太郎、お前が出来た。元々、遺跡や古美術品が好きな男だったから、所帯を持つと骨董品屋を開きおった。店を持つようになってからは、忙しくなったのかあまり里のほうには戻らなくなってなぁ。今頃はどこで何しているのやら」
「さぁ」

 健太郎は肩を竦めて見せた。今じゃ店は息子に任せっきりで夫婦して世界中を骨董品探しに奔走している始末である。しかしよもや、今、北方の伝説の地に足を踏み入れていようとは流石に思わなかった。

「まったく、ちゃんと説明してくれればこんなに驚くコトはなかったのに……!」
「ところであい、何しに戻ってきたんじゃ?」
「あ――――そうだ(汗)」

 あいは本題を告げていないコトを思い出した。

「――例の〈賢者の星〉の件で、ちょっとマズイコトになっているの」
「マズイ?」
「それは、わたしから説明します」

 リアンが慌てて言った。

「実は、グエンディーナから――」
「〈災禍〉という化け物がついにやって来てしまったのじゃな?」
「「「「――――?!」」」」

 健太郎たちは酷く驚いた。

「――その話は既にヘイムダル殿から聞いておる」
「ヘイムダル――ヘイムダル・アズ・ゲーイン・クリエール様がおいでになられたのですかっ!?」

 またその名を聞いて、クラナッフが仰天した。健太郎はその仰天ぶりを不思議がるが、一体それが誰なのか知らなかった。

「その時、スフィー王女も一緒におられたよ」
「――――スフィーがっ?!」

 今度は健太郎が仰天した。

「スフィーをご存じなんですか?!」
「ああ」

 長老ユンは頷いた。

「ホンに、母上によう似た、美しいお方で……」
「それはもういいって――じゃあ、スフィーはここに来て居るんですか?」
「三日前に。――しかしもう、出て行かれた」

 それを聞いた健太郎は、一気にがっくりとした。

「……なんじゃ、健太郎、スフィー王女を捜しておったのか」
「ええ」

 あいが頷いた。

「〈災禍〉はスフィーさんを狙っているかもしれないの。何とかスフィーさんを見つけて合流しようかと思って……お爺ちゃんなら何か手懸かりを知っていると思って戻ってきたの」
「成る程…………んー、儂はもう暫く滞在を勧めたんじゃがなぁ」
「お養父さんがスフィーさんのお風呂を覗くからですよ」
「「まてこらジジィ」」

 あいと健太郎は声を揃えて長老ユンを睨む。流石は従兄弟同士。

「…………ところで」

 ふと、健太郎はあるコトが気になり、リアンのほうを見た。

「……スフィーは元の姿に戻っているのか?」
「い、いえ。まだ、マナの補給が終わっていませんから、例によって10歳の姿のままです」
「「――――このっ、ペドジジィッ!」」
「ほっほっほっ、ちっちゃい子はちっちゃい子なりにそそるものがあってのぅ」

 その一言がきっかけで、人として最低な実の祖父に罵詈雑言を浴びせる健太郎とあい。その後ろでは、リアンとクラナッフは困憊しきった溜息を吐いていた。


 その後、何とか冷静になった健太郎は、長老ユンに、スフィーがどこへ向かったか訊いたが、彼にもその行方を告げていなかったらしく、どこへ向かったのか分からず終いであった。
 健太郎たちはひとまず今日はあいの家に泊まるコトになった。スフィーの行方は判らなくても、〈賢者の星〉の行方の手懸かりは、捜索を続けていた長老ユンたちがまとめていた資料を参考にすれば、何らかの情報が得られるはずである。早速、リアンとあいがそれを調べるコトになり、健太郎とクラナッフはその結果を待つコトにした。
 クラナッフは念のため、とあいの家に残った。〈災禍〉が襲ってきた時を考えて、とは言っているが健太郎同様、実際はやるコトが無いので、建前で警護を、というらしい。魔法も武術にも覚えがない健太郎は、散歩に出るコトにした。
 子供の頃に過ごした里、と言われれば、確かに懐かしい風景ばかりであった。次第に健太郎は、9歳の夏をゆっくりと想い出し、覚えのある場所を回ってみた。
 やがて集落の外れに小川を見つけた時、健太郎は奇妙なコトに気付いた。

「……おっかしぃなぁ。ここは確か、青木ヶ原の樹海の中だよなぁ。……川なんてあったっけ?」

 不思議に思った健太郎は、河原に降り、流れる川の水に触れた。
 冷たかった。まるで氷のようである。

「……そういえば、富士の裾野には、溶岩穴の内部が凍って出来た氷穴がたくさんあるって聞いたなぁ。そこからしみ出ているのかなぁ。よし、水源を探しに行くか」

 二十歳を過ぎても、男の心には少年の冒険心は消えずに残るものである。特に暇を持て余した時などは、無性に騒ぎ立つ。健太郎は砂利が敷き詰められた川沿いに沿って、上流に向かっていった。

「……結界が張ってあるのはもう少し先だから…………うーん」

 10分ほど歩くと、健太郎は結界があるとされる森の手前に着いた。川は、結界の外から流れていた。
 あいの話では、結界は集落から半径10キロの真円の形で張られているそうである。無論、樹海内にそんな巨大な平野など存在しない。この結界は空間を歪める効力を持っているそうで、一種の湾曲空間内に集落が作られているという。その為、迂闊に結界の外に出ると、元に戻れなくなるばかりか、潮汐現象の反作用で飛んでもない地点へ転移――吹き飛ばされてしまう危険があるという。

「……勝手に結界を出るとまずいよなぁ。ちぇ、引き返すか――」

 と踵を返した時、健太郎は大きな河原の石を踏んでしまい、足を滑らせて転び、川に転がり落ちてしまった。
 その時、健太郎は腰に下げていたロケットの止め金具を石に挟み、勢い余って転んだ所為もあり、千切れて飛んでしまった。

「――くあー、滑って転んでびしょぬれかいっ!――へっ、へっくしょんっ!」

 悔しがる健太郎は川から起き上がるが、夏とは言え、氷のように冷たい川の水に、溜まらずくしゃみしてしまった。

「……うぐぅ。……………………?」

 その時だった。

 川のせせらぎ。
 木漏れ日から眩しく注がれる陽射し。

 ――フラッシュバック。

「…………そうか」

 健太郎はようやく想い出した。

「…………俺、ガキん時にも同じコトやって、ここで転んだんだ」

 そうだった。ここしばらく、健太郎が見ていたフラッシュバックこそ、ちょうどこの地で同じように転んで見たあの風景であったのだ。

「…………何か鮮烈な記憶だよなぁ。よっぽどショックだったみたいだし――――」

 そして水辺に立って、自分に微笑んでいる、――――。

「…………………………あれ?」

 そして水辺に立って、自分に微笑んでいる、――――。

 ずぶ濡れの健太郎は、その場で憮然とした顔を傾げた。

「…………変だなぁ」

 そして水辺に立って、自分に微笑んでいる、――――。

「…………ここで転んだコトは想い出したのに、そこから先が――んーと」

 健太郎は腕を持て余してうんうんと唸っていた。
 必死に想い出そうとしていたために、その後ろで、健太郎のベルトから千切れ落ちてしまったロケットを拾い上げた人影の存在には気付いていなかった。

「………………………………んーと。確か、同じずぶ濡れになった俺を見て、…………笑っていたんだよなぁ……………………誰か……が――――」

 うーん、と思わず仰いだ時、健太郎は背後で、砂利を踏む音を耳にして、背後に誰か居るコトに気付いた。

「誰だ――――」

 健太郎は驚いて振り返った。

 そして水辺に立って、自分に微笑んでいる、――――。

 その少女は、ずぶ濡れになった自分を見て笑っていた。

 けんたろー。びしょびしょだぁ。

 少女は、笑いながら、自分のハンカチを差し出した。


「…………けんたろ。ずぶ濡れじゃない」

 そう言ってスフィーは――24歳という本来の年齢に相応しい大人の姿をしているスフィーは、ずぶ濡れになっている健太郎を見て苦笑していた。

 あの時と違うのは、少女が大人になっていたコトと、彼女が手にしているのが、ハンカチだったのが、千切れ落ちた、〈賢者の星〉の欠片が入ったロケットであるコトだった。
 ロケットは、エメラルド色に光り輝いていた。
 あの月夜に、スフィーは〈賢者の星〉を填め込んだウェディングドレスを纏い、一時的に元の姿に戻った。
 欠片ながら、それを再現できたのは、この地が羅法使いの里という霊格の高い地で、外界よりマナの濃度が高く、それを吸収して発動できた為なのかも知れない。
 しかし――。

「「…………かぜ、ひくよ」」

 重なる、過去と今。
 これは、何の奇遇か。

 暫しの静寂。小川が流れる音ばかりが、二人の世界を支配していた。
 そのうち、健太郎は、いきなりくしゃみすると、スフィーは苦笑した。

「……もう」
「……悪い。…………今日はハンカチ無いんだな」
「――――――!」

 それを聞いた途端、スフィーの笑顔が凍り付いた。

「……いや、昔、同じように転んだ時、スフィー、お前、俺にハンカチ貸してくれたろ?」
「………………」
「……まったく、まるっきりあん時と同じじゃねぇか。………………なぁ」
「――――え?」

 ぼう、っとしていたスフィーを見て、健太郎は苦笑して見せた。

「……今日は意外な過去が出てくる日なのかねぇ。あいちゃんが俺の従兄弟とか、俺の親父がこの里の出身者とか、――――9歳の時、俺、この里でお前と会っていたみたいだな」
「――――――」

 スフィーは呆けたまま、健太郎の顔を見つめていた。

「…………なんでそのコトを、全然思い出せなかったんだろう。今ここで転んだショックかなぁ…………あ、わりぃ、ちっとそれで呆れていたんだ。なぁ、スフィー、何か――――?」

 照れくさそうに笑う健太郎だったが、そのうち、自分を見つめているスフィーの顔が赤くなり、今にも泣き出しそうな、それでいて笑いを必死に堪えているような、複雑な顔をしているコトに気付いた。

「……おい、スフィー」
「……や………………おも……………したん…………だ…」
「?」
「…………やっと…………やっと想い出してくれたんだっ!」

 それは悲鳴のような声だった。
 歓喜の声。
 砂利を蹴る音。
 そして。
 ボリュームのあるスフィーの髪が風を巻く音が流れた。

 重なる二つの影。

 スフィーは健太郎に飛びついた。
 健太郎は抱きついてきたスフィーを力一杯抱きしめた。

 あの時は、笑顔と、握手だった。

 成長した二人は、熱く抱擁し、やがてどちらからともなく求め合うように、ゆっくりと唇を重ねた。

          つづく

http://www.kt.rim.or.jp/~arm/