まじかる☆アンティーク =Little stone=(6) 投稿者:ARM(1475) 投稿日:10月19日(木)23時16分
○この創作小説は『まじかる☆アンティーク』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用しており、スフィーシナリオのネタバレを含んでおります。
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【承前】

 小首を傾げていた健太郎の脳裏に突然、奇妙なフラッシュバックが起きた。

 川のせせらぎ。
 木漏れ日から眩しく注がれる陽射し。

(…………なんだ…………この…………見覚えのある風景は…………?)

 次第に、健太郎の中に奇妙な感覚が芽生えた。

 追憶。
 どこか郷愁のような――。遥か昔、そこで何か――決して忘れてはならない大切な何かを置いてきてしまったような――そんな懐かしさが。

 そして水辺に立って、自分に微笑んでいる、――――。

「……健太郎、どうしたの?」

 結花が健太郎の様子に気付き、声をかけた。その声で健太郎は我に返った。

「……いや……なんでも…………」
「何か顔色悪そうですね?」

 なつみも、少し青ざめている健太郎に気付き、心配そうに声をかけた。

「……う、うん。……色々あったから、な。大丈夫――話を戻そう。クラナッフさん、それで?」
「あ、ああ。…………禁断の魔法だな。彼は禁断の魔法の研究をしているうち、ある実験で失敗し、死んでしまった」
「死んだ?」
「その実験は、ある自然界の法則を利用し、魔力を増幅させるものだった。――それが全ての災いの始まりだったのだ」
「災い?」
「まさか――」

 それを聞いた途端、あいだけが顔色を変えた。どうやらあいは何か知っているようであったが、健太郎たちはそのコトに気付かず、クラナッフの話に集中していた。

「災いの名は、〈災禍〉。――魔力の絶対的破壊存在が誕生した瞬間だった」
「破壊的存在――」
「それは――」

 あいが神妙な面もちで言った。

「魔力の“アポトーシス”ですか?」
「アポ……トーシス?ギリシア神話の死を司る神にそんな名前のものがいるが」
「あ、多分知らなくて当たり前かも。その考えは近年の研究によって分かったコトですし」
「その、アポトーシス、って何?」
「医学用語で言う“制御されて起こる能動的な細胞除去機構”――プログラムされた細胞死のコトを指します。ほら、オタマジャクシの尻尾って、あんな巨大なモノなのに、カエルへ成長するにつれて消えて行くでしょう?外的、病理的要因によって起こる細胞死、『ネクローシス』と区別された、生理的条件下における細胞の縮小や核の凝縮などの遺伝子によって本質的にプログラムされた自滅システムなんです。でもそれは、細胞の増殖、分化と並んで、生命の恒常性を維持するために必要なシステムなんです」
「へぇ、あいちゃんて凄く物知りなんだ」

 結花が感心したふうに言った。

「そりゃあ、もう――修行が地獄のようにハードでしたからっ!」

 あいはウンザリしたふうに言った。あいに施された英才教育が、精神面ばかりではなく、近年の科学にも精通するよう叩き込まれたモノだと言うコトは意外だった。

「……何せ、羅法使いは、自然界の法則に精通する必要がありますから、科学も物理学も当然のように叩き込まれました……はぁ」

 嫌々、覚えされられたのであろう。あいの不可視のハズの溜息は、健太郎たちには青色に染まっているように見えた。

「でも、そのアポトーシスが魔力とどう繋がるわけ?」
「魔法は、直接生命エネルギーを使うあたしたちの羅法と違い、自然界にあるマナというエネルギー物質を体内に取り込み、生命エネルギーと融合させて施行する術です。マナを用いるコトで生命エネルギーに負荷をかけない反面、過剰なマナは肉体に影響を及ぼすデメリットもあります」
「そのマナだが――」

 クラナッフが口を挟んできた。

「確かに体内に過剰摂取すると、肉体に崩壊をもたらしてしまう危険がある。だから魔法使いは、マナの量をコントロールには気をつけている――普通なら」
「?」

 あいがきょとんとすると、クラナッフは険しい顔をした。

「…………今の我々は、マナを摂取しなければ、生きられない身体になっているのだ」

(OP「Little stone」が流れる)
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   まじかる☆アンティーク

    = Little stone =

         第6話 「――〈災禍〉は何故、今も存在するのですか?」

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「摂取しないと生きられない?」

 聞かれて、クラナッフは頷いた。

「……マナが、生命維持に欠かせない身体になっているのだ」
「どうして――マナは代謝機能を狂わせる副作用があるのに?」
「代謝機能を狂わせる?」
「ええ。――さっき言った、アポトーシスのシステムに関係があるのです。体内に取り込んだマナは、全てを使い切ればいいのですが、残留してしまう場合がほとんどです。それを残したまま、消費できずに蓄積してしまうコトで、肉体に見えない負荷をもたらしてしまうのです」
「見えない負荷?」
「最悪、死」
「――――」
「死を免れても――正常な代謝が出来なくなり、肉体のアポトーシスを狂わせてしまいます」
「狂う、って……」
「アポトーシスは、生命の恒常性を維持するために必要、って説明しましたよね」
「ああ」
「生命の恒常性とはどんなモノか、分かります?」
「そりゃあ、恒常性というくらいだから、生き続けるために……ねぇ」

 結花が答えてみせたが、あいの話にまったくついていけていないのは明白だった。

「そう、生き続けるためです」
「あ、やっぱり(笑)」
「生き続けるコトは――死に向かうコトでもあります」
「「「――――」」」
「アポトーシスとは、全ての細胞が死に行くために用意されたプログラム――極論ですが、生まれた瞬間、あらゆる生命体はアポトーシスという生存計画表を元に成長し、死に行くように出来ているのです(註:死に関する仕組みはアポトーシス以外に、細胞分裂の回数や老化を司るテロメアやテロメナーゼというものもある)」

 神妙な面もちで言うあいに、健太郎たちは圧倒されてしまった。
 だが、クラナッフだけは、あいの話からあるコトに気付いたらしい。

「……成る程。それで魔力のアポトーシス、と言う訳か」
「?どういうコトです?」

 健太郎がその呟きに反応して聞くと、クラナッフは小さく溜息を吐いた。

「……体内に蓄積されるマナの量を能動的に調整するシステム――つまり、体内に取り込まれて残った低級マナを除去する魔法を、我々は開発したのだ」
「マナを除去する魔法?」
「体内に溜まった低級マナのみに反応し、それを使って行使する魔法だ。もっともそれは、魔法と呼ばれる術が開発された初期の頃に既に確立された、初歩の魔法だ。体内のマナは低級と呼ぶだけあってもうカスカスで、大掛かりな魔法には使えないシロモノだが、人間の肉体には毒も同然だから、光を灯したり軽い物体を持ち上げたりする程度の軽い魔法で利用されている」
「ふぅん。魔法、って無駄なく使われて居るんだ」
「ああ。――本来なら」
「「「…………」」」
「…………まさか」

 あいは何か気付いたようである。

「……その魔法が効かなくなったのですか?」

 クラナッフは頷いた。

「どうして?」
「さっき言った、禁断魔法の研究の失敗が原因なのだ」
「禁断魔法――」
「問題の魔法使いは、その低級マナを消費する魔法のシステムを鏡像反転させ、爆発的に増幅させる方法を思いついたのだ」
「そんなコトが出来るのですか?」
「出来たらしい――今となっては我々にも、どのような仕組みなのかは分からないが――魔法も、羅法も、自然界の理に則って施行される。つまり、自然界に無い現象を再現するコトは理論上、不可能なのだ。例えば、冷たい炎や、無から有を創り出すコト」
「理論上――禁断の魔法、ってまさか」
「魔法の中には、そんな自然界の法則を無視したコトを可能とした術も存在するのだ。しかしその魔法の施行によって、自然界にどんな影響を及ぼすか、計り知れないから、先人たちはそれらの魔法を禁断の術として封印していたのだ。もっとも、無視とは言え、実際の機能すると言うコトは、自然界に我々に計り知れない何らかの隠れた法則が存在する証拠でもある。それが理解出来るようになれば使えるから、文献や口伝と言う形で残されていたのだろう。グエンディーナとこの世界を行き来する転移魔法も、元は禁断の魔法だったと言われている」
「へぇ。……あ、でも、問題の禁断魔法はマナを増幅するんでしょ?それが、マナ無しでは生きられないってどういう関係?」

 健太郎がそう言うと、クラナッフは健太郎のほうを見て、呆れたような顔をした。

「禁断魔法は失敗したと説明したはずだ」
「あ――、ああ」

 何もそこまで露骨に呆れなくても、と健太郎は心の中で愚痴た。
 思い出せば、このクラナッフという男、初対面の時から健太郎にあまり好意的でなかった。健太郎は不思議に思ったが、よく考えれば、スフィーの婚約者だったというコトもあるのだろう、一緒に暮らしている健太郎にどうしても好意的にはなれないのかもしれない。――と健太郎は勝手に納得した。

「その失敗した禁断魔法は一体どうなってしまったのですか?」
「禁断魔法は暴走し――自我を持った」
「……え?」
「正確に言えば、実験に失敗した魔法使いを、暴走増殖したマナが吸収してしまい一体化し、自我を持ったマナ生命体となってしまった」
「そんな…………」
「あり得ないことではない。魔力を意志や想念で増幅するコトが出来る。――あるいはあれこそが、この世界の人間たちに怨嗟を抱いていた魔法使いが変身した姿なのかも知れない。――もう大昔のことだ。マナ生命体、つまり〈災禍〉は、グエンディーナに存在するマナを次々と取り込み同化して奪い取ろうとしていったのだ」
「なんと……」
「そこで、王族たちを中心に、グエンディーナを事実上食らいつくそうとする〈災禍〉を封滅すべく、グエンディーナ史上最大の魔法大戦が始まった。果たして、〈災禍〉は封滅したのだが、やつはグエンディーナの人間たちに、恐るべき呪いをかけてしまったのだ」
「呪い?」

 訊かれて、クラナッフは一呼吸置いて応えた。

「……全員、マナなしでは生きられない身体に変えられてしまったのだ」
「マナ無しには生きられない身体?」
「――マナ中毒、ってヤツですか?」

 あいが訊くと、クラナッフはゆっくりと首を横に振った。

「……それとは少し違う。本来は人体にマナなど必要ないのだ。しかしヤツは、人体における生体エネルギーとマナの流れを乱し、本来、生体エネルギーが使用する領域をマナで利用するそれと入れ替えてしまったのだ。その為、我々グエンディーナの人間は、毒でもあるマナをある程度身体に溜めていないと生きられなくなってしまった。そればかりか、生体エネルギーが司っていた代謝機能までもが、マナの量に左右されるようになり――」
「――そうか」

 クラナッフの説明に、健太郎はあるコトに気付いた。

「スフィーが魔力の量によって身体が幼児化するのはそれが原因か!」
「ああ」

 クラナッフは頷いた。

「……もっとも、マナの量に気をつければそんな醜態は晒さずに済むのだがな。アレは昔から限度というものを知らなくて困る」

 溜息混じりに言うクラナッフを見て、健太郎は、グエンディーナでもスフィーはあんな調子でみんなに迷惑かけているんだろうな、と心の中で呆れた。

「でも」

 ようやくなつみが口を開いた。

「マナが不足すると大変、っていうけど、でもそのマナって人体には有害なんでしょ?」
「ああ。だからそのマナを使用する」
「?」
「要はマナを蓄積しなければいいのだ。定期的に取り入れて消費すれば、さして害ではない」
「ふーん。要するに酸素や二酸化炭素みたいなものかしら。呼吸して吐き出すの」
「そうね。結花さん、鋭い」
「へっへー」

 あいに誉められ、結花は照れた。口にはしなかったが、健太郎は心の中で、お気楽なヤツ、と悪態をついた。

「スフィーのヤツも、マナの無駄遣いをしなけりゃあ……」
「それは違うと思います」

 あいが言った。そしてクラナッフのほうを見て、

「――グエンディーナは、マナに満ち溢れている――いえ、溢れすぎている。違いますか?」

 言われて、クラナッフは驚いた。

「本来マナは、希少な物質。自然界のバランスを維持するために使われているのですから。――しかし、息をするように、定期的に人間全てがマナの入れ替えをしていると言うコトは、空気のようにマナが世界に当たり前のように溢れ返っているのでしょう。先ほどの〈災禍〉は、マナを増幅する力を持っていたと言っていましたから」
「……驚いたな。その通りだ、マナの濃度はこの世界の比ではない。だから我々はマナの交換に不自由していなかった。しかしスフィーは、マナが少ないこの世界で、いつもの調子でマナを使いまくっていたのだろう、だからいつまでも子供の姿のままなのだ」
「そうか……、あ、そういえばあいつ魔法を使っているうち、体力不足で倒れたコトがあったが、あれは疲労じゃなくって、マナが足りなくなったからか」
「この世界がグエンディーナと同じつもりでやっていては、いつまでも元の姿に戻れるハズもない。――――本当にそれだけならばな」

 そういってクラナッフは健太郎のほうを、じろり、と睨んだ。
 いきなり睨まれた健太郎は、何かマズいコトでも言ったのか、と戸惑った。

「……あ、もしかしてスフィーを倒れるまで働かしちゃったコトを怒っているとか?」
「…………そんなコトではない」

 そういってクラナッフは横を向いた。健太郎はクラナッフがヤケに自分に冷たい態度を取る理由をどうしても思い当たらず、首を傾げるばかりであった。

「それはともかくとして――クラナッフさん」

 あいが訊いた。

「何だ?」
「〈災禍〉はマナを支配した、っておっしゃってましたよね?」
「ああ」
「そもそもそれは、力の弱い低級マナを増幅させる魔法の失敗が暴走し、誕生したものとおっしゃってましたよね」
「確かに」
「そして封滅した――にもかかわらず、クラナッフさんやリアンさんを操った」
「?!」
「――〈災禍〉は何故、今も存在するのですか?」

          つづく