○この創作小説は『まじかる☆アンティーク』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用しており、スフィーシナリオのネタバレを含んでおります。
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【承前】
なつみの悲鳴で振り返った健太郎は、直ぐ間近に、健太郎の頭を狙って剣を振り下ろしていたクラナッフの姿を目撃した。
「うわぁっ!!」
死を覚悟した健太郎は目を瞑った。
五秒経っても、痛みも何も感じない健太郎は、ゆっくりと瞼を開けた。
意外な光景がそこにあった。
クラナッフは、健太郎に剣を振り下ろそうとする姿勢で、空中に停止していたのだ。
「……な、なにが?」
空中にいるクラナッフは、必死にもがいていたが、床に落ちるコトすらも適わずにいた。
そんな奇妙な光景に健太郎は、ゆっくりとわき上がってきた冷静さのお陰もあって、以前、似たような光景があったコトを思い出すコトが出来た。
あいに飛びついた結花が突然、バンザイの格好をして身動きがとれなくなった――
「――あいちゃんっ!?」
「間に合ったね」
奥の倉庫に掃除に行っていたハズのあいは、クラナッフの後に立っていた。
そして健太郎は、ようやく気付いた。
クラナッフの全身にまとわりつき、店内に蜘蛛の巣のように張り巡らされている、光の糸の存在に。
その光の糸は、あいが突き出している右掌から出ているコトに。
「……羅法究極奥義『聖封魂(ピュグマリナー)』の羅法使いが繰り出す『霊糸(れいし)』は、簡単に外せるとは思わないでよね」
あいは、この時を待っていたかのような、そんな満面の笑みを浮かべていた。
「これは一体……?」
「健太郎さん、早くそこから!」
「あ――、ああ」
健太郎はなつみと一緒に恐る恐る起き上がった。
「この光る糸、って、もしかして……?」
「あたしの生体エネルギー“エクトプラズム”で作り出した極細の糸です。これでこの人の魂を縛り付けて動きを封じています――わかりました」
「?」
きょとんとする健太郎となつみの前で、何が判ったのか、あいは人差し指を弾いて見せた。するとその指先から閃光が走り、なんとクラナッフの後頭部から額を貫通したのである。
「あ、あい――」
「糸の先」
「――へ?」
驚いた健太郎は、しかしあいに言われ、クラナッフの額から飛び出ている光の線を見た。そこでようやく、その先端でプニプニと蠢く、黒い奇妙な芋虫のような物体に気付いた。
「頭のあたりに黒いオーラのようなモノが見えました。その人、それに操られています」
あいがそういうと、その黒い芋虫を指し貫いていた光の線が更に伸び、黒い芋虫の身体を絡め取った。
そして、ぷちん、と音を立てて、黒い芋虫はバラバラになり、塵と化していった。
「……魔力体ですね」
「魔力体?」
「魔力で創った使い魔です。陰陽術でいう式神みたいなもんです――ううっ、気持ち悪い」
あいが口元を押さえた途端、店内に張り巡らされていた光の線が消え去り、宙に浮いていたクラナッフの身体が床に落ちた。
「あいちゃん――」
「……凄い不快………………あんなちっちゃいのに、黒い念――憎悪――憎悪ね、もの凄い憎悪を感じた…………うぐぅ」
不快感の余り膝をついたあいの許へ慌てて駆け寄った健太郎は、あいの背中をさすった。
「どうしたんだ、一体?」
「……霊糸はあたしの生命エネルギー体そのものだから……直接それであんな禍々しいモノに触れちゃったから、ちょっと精神的ダメージが…………おえっ」
そこまで言ってあいは戻してしまった。戸惑う健太郎は、身動き一つしないクラナッフと、その奥で不安げに立っているなつみのほうを見た。
「なつみちゃん、悪いけど、奥の居間に――?」
なつみは、健太郎ではなく、店の外のほうを見ていた。その貌は驚きに満ちていた。
「何――――?」
つられて健太郎も、なつみが見ている方向へ視線を移した。
店の外には、あの独特な法衣姿のリアンが立っていた。
「リアン――――!?」
健太郎が驚いたのは、店のほうへ両手を翳していたリアンが、手の中に溜めていたエネルギー球を今にも発射しそうな状態だったからである。
リアンもまた、クラナッフのように虚ろげな顔でいた。
「まさか――――」
次の瞬間、リアンは店内に向けてエネルギー球を発射した。一秒もかからず、五月雨堂からドンッ!と爆音を上げ、ショーウィンドウのガラスを路上に散らして爆煙が吹き出した。
(OP「Little stone」が流れる)
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まじかる☆アンティーク
= Little stone =
第5話 「災いの名は、〈災禍〉」
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突然起きた爆発音と、商店街一帯に朦々と拡がる煙に、他の店の人間たちが驚いて飛び出してきた。
リアンは逃げようともせず、煙の中に呆然と立っていた。
その場から動けなかったのだ。
煙に満ちた店内から届く光の線がリアンの額を撃ち抜き、その後頭部から飛び出た先で、先ほどのクラナッフと同様、黒い芋虫が絡め取られていた。
リアンの中から取り出された黒い芋虫は、ピチピチと動いて抵抗するが、やはり自身を絡め取っている光の糸に身体をバラバラにされ、塵と化した。同時に、リアンはその場に膝をついて俯せに倒れてしまった。
リアンの魔法攻撃を受けた店内からは、もうもうと煙が出ていたが、火の気は全くなかった。爆発でショーウィンドウのガラスは粉々になったが、何故かそれ以外の破片は全く見られない。骨董品で一杯の店内に引火物は無いのは判るとしても。それらが破壊された形跡が無いというのも奇妙である。
やがて、煙が薄まった頃、店の置くに見えた者は、光で描かれた五芒星の結界を、リアンの居た方向に張っていた、黒と白の巫女服を纏う二人の黒髪の女性と、その横でリアンに霊糸を放っていたあい、そして健太郎となつみと、気絶しているクラナッフが居た。店内は煙に包まれていたが、展示されている骨董品は一切破損している様子はなかった。
「……健太郎殿。ご無事か」
「――ましろさんっ!」
それは、非売品として店内の奥に飾っていた、「姉妹うさぎの絵皿」に宿っている精霊、ましろと、おそらくは黒い巫女服を纏った、ましろにそっくりな女性は、例の妹であろう。健太郎は妹のほうとは初対面であったが、大体は想像通りの、ましろとうり二つの美しい女性であった。
「これでいくらかはあの時の借りが返せましたかな?」
「はは……、助かりました」
健太郎は思わぬ助け船に感謝した。
「この店は類い希なる、マナに満ちた霊的聖地。他の骨董品にも精霊たちが宿って居りますのでな。恁うして我らが守護しております故、健太郎殿、ご安心召されい」
「……これだけ霊格の高い精霊にお目にかかれるなんて、光栄ですわ。――あなたたちから感じる霊的波動のお陰で、身体に入り込んだ瘴気が一気に浄解されて楽になった」
あいは精霊姉妹を見て嬉しそうに挨拶した。
「どういたしまして。わたしたちもよもや、この時代にあなたのような最高位の羅法を使える羅法使い殿とまた巡り会えるとは思わなんだ」
黒ましろも嬉しそうに微笑んで見せた。
「…………ところでましろさん」
「なんですか、健太郎殿」
「……妹さんの名前、って、もしかして、まくろ?」
「何をゆうかと思えば(笑)わたしの妹はそんな、サバ科の回遊魚や1999年に宇宙から墜落してきた超弩級宇宙船や複数の命令群を一つの命令で代行するように定義されたプログラムの一種みたいな奇天烈な名前ではありませぬ」
「俺、妹さんの名前より、ましろさんのその妙なハイカラ知識の出所のほうがスゲー気になってきた」
「それはそれとして、妹の名は、まぐ――」
「姉様。そろそろ時間ですぞ」
不意に、黒ましろが声をかけてきた為に、ましろはそこまで言って、おおっ、そうであった、と妹のほうを向いて答えた。
「……健太郎殿、ちとわたしたちは用があって精霊界に戻る故、これにて失礼つかまつる」
そう言うだけ言って、精霊姉妹は光の粒になってしまった。
「――まぐっ?!まぐ、って、そこから先はいったいっ!ああっ、何で最後まで言わないッ!頼む、教えてくれっ!」
「健太郎さん、ンなコト言っている場合じゃないでしょう」
あいがましろたちが消えたほうへ見て身もだえしながら訴えている健太郎の腕を引っ張った。
「外にいたあの魔法使いさんも家の中につれていかないと」
「あ……ああ、しかし……」
言われて、健太郎はようやく今一番最初に片づけなければならない事態を思い出した。
「バルサン焚こうとしたら、うっかり踏んだか蹴飛ばしちゃったって誤魔化すしかないでしょう。大丈夫、いざとなったらあたしの霊糸で商店街の皆さんの記憶をちょっと細工しますから。だから健太郎さんは早くこの二人を」
「ああ……。悪い、なつみちゃん、リアンのほうをお願いできる」
「あ、はい!」
あいが騒動を聞きつけて集まってきた商店街の人々に事情説明をしている間に、健太郎となつみはリアンとクラナッフを居間のほうへ連れていった。
客間から持ってきた布団に気絶している二人を寝かせたところで、あいがやって来た。
「商店街の人には何とか納得して貰えました。あと――」
「――リアンっ!?」
あいの後ろから悲鳴を上げたのは、恐らくは騒動を聞きつけてやって来たのであろう、結花であった。
「健太郎!?一体これは?」
「俺も良くわからん――あいちゃん?」
「結花さんだけには本当のコトは話しました」
「そうか。……いきなりこの二人が現れたかと思ったら、俺たちに襲いかかってきたんだ」
「そんな……?!何でっ?」
「二人は操られていました」
「操ら――」
あいが答えると結花は目を丸めた。
「もう始末してしまいましたが――」
「あの黒い芋虫みたいなヤツね」
なつみが言った。
「なんかあれから、魔力が立ち上っているように見えたんだけど……魔力体だっけ?」
「魔力で創った疑似生命体です。――ただの魔力ではありませんでした」
「?どういうコト?」
健太郎が不思議そうに訊くと、あいはうんざりとした顔をして溜息を吐いた。
「霊糸で絡め取った時、滞留していた、意志、と言うか邪念みたいなモノをあれから感じ取りました。念の込められた魔力は、マナを触媒にした通常の法術よりパワーが上がる、って、羅法の修行で長老様から聞いたコトがあります」
「――――ただの邪念ではない」
そう答えたのは、気絶していたハズのクラナッフであった。
「あ――クラナッフ……さんだっけ?」
「クラナッフでいい。――あれはグエンディーナで生み出された怨念の欠片だ」
「「「「怨念?」」」」
きょとんとなる健太郎たち四人に、クラナッフは起き上がって答えようとしたが、まだ思うように身体が動かないらしく、起き上がるのを諦めて寝そべったまま溜息を吐いた。
「…………まずは、グエンディーナが誕生した経緯から説明しなければ……」
「あ、それなら大丈夫。結花さんと健太郎さんにはあたしから説明しました。――〈賢者の星〉のコトも」
「キミは…………?!」
意外な固有名詞を耳にして、クラナッフはあいを驚き見た。
「あたしは羅法使いの七瀬あいと申します。あなたが、グエンディーナ王国親衛隊隊長のクラナッフさんですね?」
「「何故、そこまで……?」」
クラナッフばかりか、健太郎も驚かされた。
「長瀬さんから聞かされていました。――健太郎さんのボディガードを頼まれて居るんです」
「何?初耳だぞソレ?!」
驚く健太郎に、あいは、ニパッ、と笑ってみせた。
「敵を欺くには先ず味方から、って言うでしょ?」
「騙す意味も必要もあるのかコレに?」
「さぁ?」
肩を竦めるあいをみて、健太郎は一発、拳骨を噛ましたくなる衝動を堪えた。
「……それで長瀬さん、あの夜、俺じゃなくあいちゃんに、頼む、ってゆったのかよ――なんでそんなコトを?」
「まぁそれはおいおい。――まずは、グエンディーナがこの世界と元は一つだったコト、そして〈賢者の星〉を使って魔法使いたちの世界、グエンディーナを創り出し、そこへ移住したというコトは端折っていいです」
「……そうか」
クラナッフは、ふぅ、と溜息を吐いた。
「そこまで知っているのなら……いや、まずそこから話さなければならないな」
「何故?」
「全ては、世界が二つに分かれたコトから始まったからだ。――〈賢者の星〉によって創り出した世界へ移住した魔法使いたちの中に、魔力の格が高い魔法使いが居た。彼は鷹派でな、最後まで人間たちと争うつもりで居たが、周りの者達の説得によって不承不承、グエンディーナに移住した。……しかし彼は元の世界に戻るコトを諦めず、人里離れた山奥で、復讐の機会をうかがいながら禁断の魔法の研究に没頭していた」
「禁断の魔法?」
「といっても、世界を破滅に導くような魔神の召還とか悪魔との契約のような、都合の良い物ではなく、攻撃系の魔力を高める研究だった」
「禁断というと、ファンタジーモノなら悪魔とか魔神とかが相場ですけどねぇ」
なつみが不思議そうに言うと、あいが頭を横に振った。
「羅法もそうですが、魔法は施行者の体内にあるマナや生体エネルギーを触媒にして施行する法術です。精々、自然界の法則に干渉する程度のコトぐらいしかできません」
「でも俺、一度死んだところをスフィーに蘇らせてもらったコトがあるぜ?」
「そのコトですが…………」
健太郎に訊かれて、あいは何故か健太郎の左腕に通してある腕輪を気にしながら、
「詳しい状況こそ、スフィーさんしか知らないと思うのですが…………多分、健太郎さん、昔――」
「?」
「――――ううん。多分、健太郎さん、完全に死んでいなかったのだと思います。例えば、死にかけた時の記憶とか残っていません?」
「記憶?…………記憶ねぇ」
傾げる健太郎だったが、言われてみると、スフィーと衝突して死んだらしい時に、術を仕掛ける前の大人のスフィーの影を見ていたコトを思い出した。
「……んー、言われてみれば、死にかけていた時、大人のスフィーを見た記憶はあるな」
「じゃあ、即死ではなかったんですよね」
「……うーん。そうだよなぁ。そういえばスフィーも、死んだ、とははっきり言わなかったし。妙に口ごもってさ、まさかあの時、俺を殺したのが自分だとは言い辛かったよなぁ――――」
その時だった。
突然、健太郎の脳裏に、奇妙なフラッシュバックが起きた。
川のせせらぎ。
木漏れ日から眩しく注がれる陽射し。
そして水辺に立つ、――――。
「……健太郎、どうしたの?」
結花が健太郎の様子に気付き、声をかけた。その声で健太郎は我に返った。
「……いや……なんでも…………」
「何か顔色悪そうですね?」
なつみも、少し青ざめている健太郎に気付き、心配そうに声をかけた。
「……う、うん。……色々あったから、な。大丈夫――話を戻そう。クラナッフさん、それで?」
「あ、ああ。…………禁断の魔法だな。彼は禁断の魔法の研究をしているうち、ある実験で失敗し、死んでしまった」
「死んだ?」
「その実験は、ある自然界の法則を利用し、魔力を増幅させるものだった。――それが全ての災いの始まりだったのだ」
「災い?」
「まさか――」
それを聞いた途端、あいだけが顔色を変えた。どうやらあいは何か知っているようであったが、健太郎たちはそのコトに気付かず、クラナッフの話に集中していた。
「災いの名は、〈災禍〉。――魔力の絶対的破壊存在が誕生した瞬間だった」
つづく