まじかる☆アンティーク =Little stone=(3) 投稿者:ARM(1475) 投稿日:10月17日(火)23時27分
○この創作小説は『まじかる☆アンティーク』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用しており、スフィーシナリオのネタバレを含んでおります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
【承前】

「おじさま、あなたに魔法見せているんだ。――なーんだ、それなら無理に魔法使いだってコトを隠す必要はないか」

 そう言うとあいは立ち上がった。健太郎はようやく気付いたが、あいはあの巨大なリュックサックを背負ったままであった。

「お風呂借りますね――あ、明日の朝食はあたしが作りますから。客間に荷物置くので、宜しく」

 言うだけ言って、巨大なリュックサックが健太郎のほうを向くと、客間のほうへさっさと行ってしまった。
 健太郎は呆然としたまま、見送るばかりであった。
 運命の始まりは健太郎に、あまりにも多くの試練を与えて、落ち着いて考えさせるヒマを与えようとはしなかった。
 だから、健太郎は腰に下げているロケットが、あいが近くにいた間、エメラルド色に光り輝いていたコトに気付きもしなかった。

 そして、あいの胸のペンダントも、うっすらと光を帯びていた事実さえも。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

   まじかる☆アンティーク

    = Little stone =

         第3話 「その名も、〈賢者の星(リトルストーン)〉」

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 翌朝。
 健太郎が目覚めると、台所のほうから、とんとんとん、と小気味良いリズムが聞こえてきた。

「あ、おはよーございます」

 と挨拶したは、突然押し掛けてきた居候のあいであった。ちなみにスフィーは絶対、健太郎よりも先に起きて、ましてや朝食など作りしなかった。健太郎の朝は、朝寝坊のスフィーを起こすコトから始まるのであった。

「……おはよー」

 正直、健太郎はどうしたものか困っていた。


 大きく心が揺れ動いたのは、あいが用意してくれた朝食がもの凄く旨かった為であった。

「……これ、昨日の昼に食った豆腐の残りだよなぁ」

 と健太郎が摘んだモノは、豆腐をこねて作った豆腐ハンバーグステーキだった。甘くもしょっぱくもない、絶妙な味付けのあんかけには健太郎も唸ってしまった。

「冷蔵庫の中に大して入っていなかったので、結構苦労しました」

 とあいは、ニパッ、と笑う。

「あたしの両親は躾けに厳しい人で、子供のうちに覚えた方が上達が早い、って、家事をしっかり叩き込まれてきました。お陰で今では、料理はお母さんに負けないくらいの腕前なんですよ」
「へぇ…………そいつは凄いなぁ。俺の幼なじみ、――あ、この近くの喫茶店なんだが、結花、って言う料理の美味い女がいるんだ。――そうだ、今日の昼はそこで食うか?」
「うん、いいですよ」
「いや、でも本当、料理美味いよ。きっと結花も舌を巻くだろうなぁ。俺も少しは自信があったんだけど、これじゃ俺が飯作っても満足させられないなぁ」
「何なら、今日からあたしが料理を担当しましょうか?」
「本当?いやー、これからは飯が楽しみになるなぁ」
「じゃあ、これからも宜しくお願いしますね」
「………………」

 ニパッ、と笑うあいを見て、健太郎はようやく我に返った。

(…………はっ?俺、もしかして餌付けされたっ?!)

 テーブルを挟んだ向かい側では、あいが、きゅぴーん☆と目を光らせ、ニヤリ、と笑っていた。そもそもあの源之介が紹介してきた少女である。こんな可愛い顔をしても、きっと一癖も二癖もあるキャラなのだろう。健太郎は思わず仰いだ。

 午前中。
 家事雑用が得意と豪語していただけあって、あいはスフィー以上の働きをしてみせた。掃除、整頓、接客、いづれも完璧。そればかりか、偶々来店してきた常連の、あの高倉財閥の当主・高倉宗純と古伊万里の話になった時、健太郎も知らなかった古伊万里の深い知識を披露して宗純を唸らせてしまった程であった。お陰で、あいが宗純と話し込んでしまったばかりに昼食に出る時間が少し遅れてしまった。

 昼。
 健太郎はあいと約束したとおり、「HONEY BEE」を訪れた。
 ドアベルを鳴らし、健太郎がカウンターにいる結花の父、泰久に挨拶した。奥のテーブルでは、結花が気落ちしたような顔で、食事を終えた客の皿を回収していたが、健太郎の声を聞いて、店の入り口のほうへ振り向いた。
 振り向くなり、結花は思いっきり瞠った。
 その顔を見て、健太郎はあるコトを思い出した。

「――いけねっ。あいちゃん!」
「?」
「これからきっと、あの女がキミを襲うから(笑)」
「お、襲う?」

 これにはあいも目を瞬いた。

「抱きしめられたら――」

 と言った時点で、既に結花はマッハ2.6(推定)の速さであいに飛びつき、「かーぁいぃぃぃぃぃぃ!!」とあいを抱きしめていた。恐るべきはラブリーフェチ(笑)。
 しかし。
 いきなり、結花は両腕を上げてバンザイの格好をとり、その場に固まってしまった。
 結花のその奇怪な行動に健太郎は呆気にとられるが、それ以上に驚いているのは当の結花本人であった。

「な?な?な?な?な?な?な?な?」
「あー、驚いた」

 あいは乱れた胸元を整えながら、ふぅ、と溜息を吐いた。

「成る程。この女性が、ただれた本能に忠実な、女の顔をしたケダモノさんなんですね」

 トンでもないコトを口にするあいに、健太郎は思わず口をあんぐりとさせる。

「――けんたろ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ?!あんな、この娘になんてコト教えてんのよぉ!」
「し、しらんっ!俺はそんなコトっ、一言も!――いや、今ちょっぴり思っただけで口には――――あいちゃん!?」
「でも、今そう思ってましたよね」
「――――」
「それに」

 あいは結花のほうを見て、

「江藤結花さんも、『健太郎、スフィーが居なくなったからって、こんないたいけな娘を掴まえて、とうとう本当にロリコンに走ったのかっ!』――――って」
「――――」

 背後に、ガーン、という擬音文字を背負って結花が大きく口を開けて唖然となった。

「な……な…………?!」

 どうやら図星だったらしい。というより、

「…………いつの間に結花のフルネームを――いや、まさかあいちゃん、人の心が読めるわけ?」

 先ほどあいが口にした結花の感想は、確かに健太郎も考えていたコトであった。

「ちょっとしたタネがありますが――これが“羅法”です」

 健太郎はあいが魔法使いであるコトをようやく思い出した。


「んー、いけるっ!」

 三枚目のホットケーキの最後の一切れを飲み込み、オレンジジュースで一気に胃に流し込んでから、あいは満足げに言った。

「このホットケーキ、美味すぎますっ!是非ともレシピをご教授願いたいですっ!」
「う、うん…………」

 結花は、健太郎の隣りに座っていたあいを不安げに見ていた。あいを抱きしめようとした刹那、突然身体の自由を奪われたばかりか、心の中まで読まれては、流石に警戒せざるをえないだろう。その一方で、あいの可愛らしさに押さえきれない自分も居て、なんとも落ち着かないのだ。

「……この娘も魔法使いだなんてねぇ。健太郎、あんた変な星の許に生まれていない?」
「もう諦めている」

 健太郎は溜息混じりに答えた。

「長瀬さんの知り合いらしいんだが、まぁ家事雑用、店のほうまで完璧にこなしてくれるから――ところで」
「?」

 いきなり健太郎に訊かれ、あいはきょとんとした。

「長瀬さんとはどんな知り合いなんだ?あの人も――本当に魔法使いなのか?その、羅法――」
「おじさまは羅法使いではありません」
「でも――」

 かつて、スフィーたちの帰還魔法をうち消したコトのある、強力な魔法を使える、――骨董界の重鎮の一人。健太郎の父親とは30年来の付き合いで、生まれた時から自分をからかっては楽しんでいるイヤなおっさん――いや、今の健太郎にとって公私問わず頼りになる老賢。
 とにかく、知れば知るほど、叩けば叩くほど謎が出てくる男であった。

「内緒でーす。そのコトに関しては、おじさまから絶対黙っているよう口止めされてまーす」

 あいがそう答えると、むー、と唸っていた結花はあいを見て、

「ねぇ、もう一枚サービスで焼くから――ダメ?」
「2枚」

 長瀬の謎は、ほかほかの数センチの、小麦粉と卵とミルクとバニラエッセンスの混ぜ合わせで出来る程度のベールで覆われていたようだった。

 あいは、お代わりを平らげ、もー食べられません、と満足げに微笑んだ。

「じゃあ……」
「知りません」

 健太郎と結花は転けた。

「「お、おい――」」
「……あたしも、おじさまが魔法使いだってコトぐらいしか。だってまだあたしピッチピチの14歳だし。おじさまは長老様とは旧知の方で、あたしが生まれる以前から既に、羅法使いの里にはちょくちょく顔を出されていました」
「……言われてみればそうだ。少なくとも、俺の親父たちとも30年の付き合いだし――もしかすると案外、親父たちも長瀬さんの過去など知らないかも」
「でも、あたしが知っているおじさま、って、あんな顔じゃないんです」
「「へ?――顔、って」」
「少なくとも、おじさまは複数の顔をお持ちです。――あたしが知っているおじさまは、もっと若かったから」
「若い?」
「んー、最後にあったのが10歳の頃だから4年前か。その時は、――健太郎さんと同い年ぐらいの青年でした」
「「――――?!」」
「嘘じゃないですよ。……写真は無いんですけどね。それはもう、10歳のあたしでも赤面するくらいのすこぶるの美形で…………!」

 そういってあいは、ぽっ、と頬を赤らめて俯く。
 まったく理解出来ずに呆れる健太郎と結花だったが、やがて健太郎はあるコトに気付いた。

「――若返る?」

 次の瞬間、健太郎はスフィーを思い出す。
 21歳のスフィーは、魔力を消費しすぎると、その身体が若返り――

「…………まさか、長瀬さんもグエンディーナの人なのか?」
「多分」

 あいはあっさりと答えてしまった。

「羅法使いの里の出身ではないコトは確かですし、あとは英国の女賢マーリン女史やチェコのガーレン・ヌーレンブルク様の血縁か――とにかく、あたしのおじいちゃんでもある長老ユンも一目を置く実力者なんですが、どうもあたしたちとは根本的な所で違う気がするんです」
「根本的?」
「長老様が一度だけ、おじさまをこう言ったことがありました。“向こう側の人間”と」
「…………」
「あたしはてっきり、――あ、あたしの里には結界が張ってあって、普通の人では見つけることが出来ないんですが、最近までその結界の向こう側の人を指しているものだと思っていたんです」
「そう……か」
「あと――」
「?」
「おじさまが長老様の許へ訪れると、いつもあるコトを訊かれていました。――“石は見つかりましたか”」
「石…………?」
「はい。――石。でも、どんな石かは。もう何度も聞いているみたいな口振りでしたから、多分、あたしが生まれる昔から探していたのではないかと」
「石、ねぇ…………」

 石、と聞いて、健太郎が思い浮かべたのは、半年前に煩った尿路結石の石と、例のスフィーを大人にしたあの不思議な魔石のコトぐらいしか思い浮かばなかった。最初のはともかく、その魔石と、源之介が探している石が同一のモノかどうか定かではない。それに、健太郎が源之介に訊いた時、腰に下げているロケットの中に収めた魔石の欠片を見せても、顔色一つ変えなかった――――

「あれ?」

 そこで健太郎は、何げに、腰に下げたロケットを見て驚いた。

「…………光っている」
「あ……本当だ」
「やっぱり」

 と知っていたように言ったのは、あいだった。

「昨夜も光っていましたよ」

 そう言ってあいは胸にかけているペンダントを指した。

「あたしのペンダントの石も僅かながら――ぼんやりと光を帯びているでしょう?」
「あ、言われてみれば――光が入った所為ぐらいにしか思わなかった――いや、思いもしなかった」
「ロケットの中身、いいですか?」

 言われて、健太郎は頷き、テーブルの上に、ロケットに収めた魔石の欠片を取り出した。

「……光っていた原因はこれか」
「うわぁ、綺麗……」

 結花が見惚れてその魔石を手に取ろうとした。ところが――

「――熱っ!」

 触った途端、結花は魔石が異常に熱くなっているコトに驚いて悲鳴を上げた。

「熱い……?」

 ところが、同じように石を持っていた健太郎とあいは、結花が驚いたような熱さを全く感じていなかったのである。

「言うの忘れてた。これは魔力を持っていない、あるいは魔力の干渉下にない人には触るコトすら出来ないません」
「魔力――」

 結花は目を丸めて健太郎を見た。

「あんた、いつから魔法使いに?」
「し、知るかよっ!」
「それ」

 と、あいが指したのは、健太郎が左腕に通していた――

「……あ、もしかしてこれか――スフィーから預かった腕輪」
「強い魔力を感じます。恐らくそれが」
「でも、どうしてこの魔石が――」
「それは、このペンダントにはめている魔石と共鳴し合っている所為でしょう」
「魔石――」

 健太郎はあいのペンダントに釘付けになった。

「でもこの魔石は、オリジナルのコピーです。――オリジナルが近くにあると、共鳴してこんなふうに光るんです」
「オリジナル?」
「ええ」

 あいは頷いた。

「その名も、〈賢者の星(リトルストーン)〉」

          つづく