○この創作小説は『まじかる☆アンティーク』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用しており、スフィーシナリオのネタバレを含んでおります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
【承前】
リアンの様子に不思議がる健太郎の横では、スフィーがえらい剣幕でクラナッフを怒鳴っていた。
「大体、あなたはここへ修行に来る必要もないんでしょう?何で来たの?お父様の許可は――」
「そのお父上――いや、国王の事だが――」
クラナッフは一呼吸を置いて、スフィーと健太郎のこれからの運命を大きく揺るがす言葉を吐いた。
「――崩御なされた」
それは一言では済まなかった。
「――アトワリア。これで滞在期限は終わった。国王とのお約束通り、君を娶りに迎えに来た」
突然、この男は何を言い出すのだろう?と健太郎は呆気にとられた。
――娶る?
メートル……長さの単位。国際単位系の基本単位。最初は赤道から北極までの大円距離の千分の一と定められた。1875年、国際メートル原器の二標線間の長さと改められ、さらに1960年、クリプトン86原子から出る光の波長を基準としたが、1983年からは、光が真空中で一秒の2億9979万2458分の一に伝わる行路の長さと定義している。「米」とも書く。記号はm。
岩波書店刊 広辞苑・第四版より
「……ちーがーうーっ(^_^;」
娶る……めとる。「妻取る(めとる)」の意。妻として迎え入れる。
岩波書店刊 広辞苑・第四版より
「…………こんな子供を嫁にするか、フツー?どこの世界のロリコン――」
呆れてそう言いかけた健太郎だったが、直ぐにスフィーの本当の年齢と姿を思い出した。この幼い見かけは、自身を維持する生命エネルギーと直結している魔力を消費してしまった為である。
本来の姿は、――あの月夜の下で、白いウェディングドレスを纏った美しい美女なのだ。
「――つーか」
健太郎は慌ててリアンに訊いた。
「誰なんだ?あいつ?」
「あの人は――」
リアンは一瞬声を詰まらせ、
「クラナッフ・ジオ・マルムスティーン・ロアド。姉さんの通っていた魔法学校の同級生で、首席で卒業された凄い方で、昨年、王国親衛隊の隊長になられた方です。そして――」
リアンはその一言がとても言い辛かったらしいが、何とか一呼吸置いて告げられた。
「姉さんの婚約者でした」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
まじかる☆アンティーク
= Little stone =
第2話 「いいから、預かってて。――必ず帰ってくるから」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「…………いきなり何をゆうのよっ!」
暫し呆けていたスフィーだったが、ようやく我に返るなり、いきなり怒鳴った。
「娶る、ったって、あなたとはもう婚約を解消したでしょうがっ!」
「俺は承伏した覚えはない」
「なんですってっ!」
「姉さん!」
慌ててリアンが口を挟んだ。
「そういうコトを言っている場合じゃありません――国王が――お父様が――!」
そこまで言ってリアンはボロボロに泣き出してしまった。
「――あ」
見る見るうちに、スフィーも困惑の色を露わにする。
「――そうだよっ!崩御、って――ねぇっ!」
結花が悲鳴のような声でスフィーに訊いた。
「言い争っている場合じゃないよ!スフィー、リアン、急いで国のほうに戻らないといけないんじゃないの?!」
「あ」
指摘され、スフィーはようやく一番肝心なコトを思い出す。こういう話を急に聞かされた人間ほど、変に笑みを作ってしまうのは混乱している証拠である。
「で、でも……」
「デモも体験デブ版でもないっ!いいから急いで還りなさいって!――健太郎!」
続いて結花は、先ほどから間抜けそうに口をあんぐりと開けている健太郎を睨み付けた。
「――そこでバカ丸出ししていないで、しっかりしなさいっ!」
「う――あ」
結花の叱咤で、健太郎はようやく我に返った。
「――そうだよっ!とにかく、グエンディーナに一度戻るんだ!」
「で、でも……」
「デモも体験デブ版でもないっ!」
「それ、今あたしが使ったネタ」
「煩ぇ。――とにかくっ!――――」
健太郎は思わず声を詰まらせた。
肉親の死。突然すぎたそれに、自分はスフィーに何と言ってあげればいいのか。
「う…………うん」
スフィーは、健太郎のそんな戸惑う姿をみて、頷くしかなかった。
健太郎は、ああ、と力なく答えた。
そんな健太郎を、クラナッフは黙って見つめていた。その眼差しは、何故か何かを考えているようにも見えた。
そこへ、リアンが声をかけてきた。
「ところで、どうやって戻るのですか?」
「あ――ああ」
泣き腫れた顔で自分を見るリアンに、クラナッフは少し困った顔をして驚いたが、直ぐに頷いた。
「私も転移魔法が使える。二人をグエンディーナに帰還させられる」
「そうですか……姉さん」
「う、うん……」
スフィーはばつの悪そうな顔でクラナッフを見た。そして、思いだしたかのようにいきなり健太郎のほうを向くと、左手首に通していたリングを外し、それを健太郎に突き出した。
「けんたろー、預かってて」
「え」
「いいから、預かってて。――必ず帰ってくるから」
そう言ってスフィーは唇を噛みしめて健太郎を見据えた。
健太郎は戸惑ったが、手は勝手にそのリングを受け取った。
「じゃあ、いってくる」
「…………ああ」
健太郎が戸惑いげに返答してから丁度五分後、スフィーとリアンはそのままクラナッフの転移魔法でグエンディーナに帰っていってしまった。
三人が光の粒となって消え行く暗天を呆然と見上げていた健太郎に、結花が声をかけてきた。
「大丈夫だって、健太郎。スフィーは帰ってくる、って約束したじゃない」
「しかし……」
「――あの、婚約者っていう男前のコトが気になるの?」
「べ、別にそう言うワケじゃない――」
「嘘おっしゃい」
結花は、振り向きもしない健太郎の後頭部を軽く小突いた。
「しっかり動揺しているクセに」
「あのな――」
「いいから」
そう言うと結花は健太郎の後頭部を鷲掴みにした。
「――それでもあんたたち、三年も付き合っているパートナーなワケ?――二十年以上も付き合っているあたしより、一番分かり合っているハズなのに」
「――――」
結花の言葉が、健太郎の心に深く突き刺さる。
振り返ったら、いったい結花はどんな顔をして言ったのであろうか。
健太郎は、結花の気持ちに気付いていた。
しかし健太郎は、スフィーを選んだ。
結花も、それを認めている。だからこそ、健太郎とスフィーには幸せになって欲しいと常々考え、時には堂々と口にしてさえいた。
恋愛は成立しなかったが、それでも結花にとって健太郎は大切な親友なのだ。スフィーも同じ。その親友たちが悲しむ姿は見たくないから、応援しているのである。
健太郎は、結花の気持ちに答えるべく、済まないな、と振り向いて笑った。
その夜、健太郎は自宅に戻ると、店の前で見覚えのある二人連れと出会った。
いや、見覚えがあるのは、男のほうだけである。
「長瀬さん――」
「やあ、健太郎。こんばんわ」
「こんばんわ、って――昨日、長瀬さん、俺のコトを呼び出し――」
「済まん済まん。火急でな、ちょいと静岡のほうに行っていた」
「静岡?」
「ほら、お土産」
そう言って源之介が差し出したお土産には、萩の月、と書かれていた。
「……東京駅でしょう」
「はっはっはっ。若者は細かいコトに拘らない、拘らない」
健太郎は呆れ気味に溜息を吐いた。
「それはそうと、健太郎」
「?」
「ちょいと健太郎にお願いしたいコトがある。ほら」
そう言って源之介は、隣にいたもう一人のほうへしゃくって見せ、
「彼女を暫く預かって欲しい」
「へ?」
言われて、健太郎は源之介の隣りに立っていた人影を見た。
「こんばんわ」
あいはそう言って、にぱっ、と微笑んだ。
「あたし、七瀬あい、と申します」
「あ――こ、こんばんわ。……宮田健太郎です」
「何、お見合いみたいな挨拶しているんですか」
「って――何なんです、いきなり!」
「あいをちょっとの間、健太郎の家で預かって欲しいと言っているのだよ」
「預か――――」
そこまで言って健太郎は、口をあんぐりと開けたまま、あいのほうを見た。
暗がりではあったが、大きなリュックサックを背負った、青色のスーツに、胸元にエメラルド色に輝く石をはめ込んだペンダントにピンクのリボンを付けた、左の脇髪だけを三つ編みに編んだ、緑色の長い髪をした美少女だというコトは判った。歳は、スフィーよりも少し上くらいか――といっても、10歳の姿をしたスフィーと比較してみてだか。
「――あの、長瀬さん」
「ところで、あのお嬢ちゃんはみかけんが、一緒じゃないのかね?」
「え…………、スフィーのコトですか?」
訊かれて、健太郎は少しばつの悪そうな顔をして、
「実はさっき、お父さんが亡くなられた、っていうんで、リアンと一緒に迎えに来た人と一緒に……」
「……やはりそうか」
「?」
まるでスフィーたちの父親が死んだコトを知っているような口振りであった。健太郎は思わず目を丸めた。
「……わかった。少し忙しくなりそうだ。――そう言うわけだ、あい、あとは宜しく頼む」
「はい、おじさま」
あいはそう返事してにこりとした。それを見てから源之介は踵を返し、そのまま歩き去ろうとしていた。
それを見て健太郎は驚いた。第一、お願いする相手が違うではないか。
「――ちょっと!長瀬さん、何なんです、一体全体っ!?いきなりこの娘押しつけられても――」
「娘じゃないです。七瀬あいという立派な名前があります」
いきなりあいは健太郎の右腕を引っ張り、睨んでみせた。
「お、おい」
「とにかく、ヘイムダル――いえ、源之介おじさまに頼まれたのですから、宜しくお願いしますね」
そう言ってあいは、引っ張っていた健太郎の右手を掴んで握手し始めた。
この強引な展開に、健太郎は暫し呆気にとられたままであった。
「えーと」
家の中に上がったあいは、リビングで健太郎から出された湯飲みのお茶を飲み干した。
「――どこまで説明しましたっけ」
「……つーか、ちっとも理解出来ないんだけど」
「じゃあ、もう一度。――あたしの名は七瀬あい。今日付けで14歳になったピチピチの美少女です。青木ヶ原の樹海内にある“羅法使いの里”からやって来た、羅法使いの卵で、源之介おじさまとは昔からの知り合い。おじさまが、あたしたちの力を借りにやって来たけど、使い手の殆どが出稼ぎに出ていて、偶々残っていた、明日から修行で里から出て外界で羅法の修行を積む予定だったあたしにオハチが回ってきて、ここにやってきました。ユーノーアンダスタン?」
あいは、最後は下手な発音の英語で締めた。あいも同じ説明をこれで何度やったか、正直呆れていた。
それでも健太郎は、困惑した顔をしたままだった。
「……まだ、ご質問が?」
「つーか」
健太郎は、はぁ、と溜息を吐いた。
「じゃあ、もう一度」
「もういいって。――俺が判らないのは、まずその羅法とやら。――そして、なんでキミが俺ン家に厄介にならなきゃならないか、だ」
「だから言っているでしょう?羅法は羅法だって」
「わかるかっ!」
「あーもう、そんなに怒鳴らなくたっていいわよ。――羅法ってのはね、この自然界を支配する森羅万象の理を、生体エネルギーを触媒にしてその一部の流れを変化させる法術のコト。平たく言うと、魔法使いって所かしら」
「……初めからそう言えよ」
健太郎はまた、はぁ、と溜息を吐いた。
そんな健太郎を見て、あいはきょとんとした。
「――あなた、魔法使いが目の前にいて驚かないの?」
「驚くも何も、うちにはもうひとり、魔法使いが居る」
「魔法使い?――料理の上手い奥さんをベタボメしてノロケてるんじゃないでしょうね?よくいるのよねー、うちの奥さんの料理は魔法をかけたみたいに美味いとかゆー愛妻家が」
「俺はまだ独身だ。――正真正銘、モノホンの魔法使い。彼女には一度、魔法で蘇らせてもらったコトもある――大体、魔法使い、って、長瀬さんだって……」
「へぇ」
ぼやく健太郎に、あいは感心したふうに言った。
「おじさま、あなたに魔法見せているんだ。――なーんだ、それなら無理に魔法使いだってコトを隠す必要はないか」
「あのなぁ……」
「だって――」
そう言ってあいは健太郎の鼻先に指を突き付けた。
「――外界じゃあ、魔法使いは火あぶりにされるんでしょ?」
「するかっ!今どきっ!」
「でも、外界の魔法使い、って、変なステッキもって、カード操ったり、大人の女性に変身したり、あまつさえ、有明の東京ビックサイトの西館エントランスで、ぼよんぼよんした汗くさいデブたちにパシャパシャとイヤらしいアングルで撮影されて、インターネットのアングラコスプレサイトや写真投稿誌で晒されたりしなきゃいけないんでしょ?」
「この発言で一部の連中を敵に回したと思えARM」
「どっちみて言ってンの?」
「気にするな――つーか、なんだその偏ったつーか妙に濃い知識は(汗)」
「判っているわよ、冗談で言ったのよ」
そういってあいはけらけら笑った。
「だいたい今どき、訳の分からない力を目の当たりにしたからって、自体錯誤な火あぶりをやろうだなんて言い出すう゛ぁっかな国民は、世界広しと言えどもアメリ(大宇宙の意志、発動)」
「……えーと、――なんだその偏ったつーか…………この先を口にしたらとても危険な気が(汗)」
「きーにしない、きーにしない」
そう言うとあいは立ち上がった。健太郎はようやく気付いたが、あいはあの巨大なリュックサックを背負ったままであった。
「お風呂借りますね――あ、明日の朝食はあたしが作りますから。客間に荷物置くので、宜しく」
言うだけ言って、巨大なリュックサックが健太郎のほうを向くと、客間のほうへさっさと行ってしまった。
健太郎は呆然としたまま、見送るばかりであった。
運命の始まりは健太郎に、あまりにも多くの試練を与えて、落ち着いて考えさせるヒマを与えようとはしなかった。
だから、健太郎は腰に下げているロケットが、あいが近くにいた間、エメラルド色に光り輝いていたコトに気付きもしなかった。
つづく