まじかる☆アンティーク =Little stone=(1) 投稿者:ARM(1475) 投稿日:10月15日(日)23時47分
○この創作小説は『まじかる☆アンティーク』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用しており、スフィーシナリオのネタバレを含んでおります。
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 骨董屋、五月雨堂店主、宮田健太郎。
 正確に言うと、店主“代理”である。3年前の夏、健太郎は長期の旅行に出て行った両親によって、通っていた大学に休学届けを勝手に出され、無理矢理店を任されてしまったのだ。
 その初日、健太郎にはあるパートナーがついた。
 ピンクの長い髪をした、いつも元気な美少女。
 スフィー・リム・アトワリア・クリエール(Sphie=rim=Atwaria=Crier)。21歳。
 21歳のハズなのに、その容姿はどう見ても10歳前後の幼い少女である。
 何かの病気かと言えば、病気でも、生まれつきの体質でもないと答えるしかない。
 魔法、と言う概念がないこの“世界”で、保有する魔力の量によって体質が変わってしまうと言う奇妙な現象は説明しきれるものではない。
 スフィーは、異世界グエンディーナからこの世界へ修行にやって来た魔女なのである。出現の際、不幸な事故で健太郎を死なせてしまったスフィーは、健太郎を生き返らせるために魔力を消費し、果たしてこんな10際の姿になってしまったのである。
 それは不変的なものではなく、魔力が体内に溜まれば元の姿に戻れるのであった。特に、健太郎の家にある骨董品には、長い歳月によって得られた、スフィーの魔力の元であるマナが含まれていたコトもあり、スフィーは健太郎の家で魔力の回復を兼ねた修行を始めるコトになった。
 その滞在は半年という期限付きであった。健太郎を再生させた魔力は安定したのだが、その半年間の間に起きた様々な、不思議な出来事に遭遇し、そこで起きた問題を解決するために折角溜めた魔力を消費してしまい、結局期限の日になってもスフィーは10歳の姿のままであった。
 元の世界に戻れば、スフィーは本来の姿に戻れる。
 それを拒否したのは、スフィーが健太郎に惹かれてしまった為であった。
 健太郎も、可愛らしい相棒に慕われ、姿こそアレだが、その外見ではなくスフィーという女性に惹かれている自分に気付いていた。
 一度だけ、スフィーは健太郎に本当の姿を見せたコトがあった。
 不思議な魔力を秘めた石がはまっていたウェディングドレスを、スフィーがぶかぶかなのを承知で纏った時、それは起きた。
 月光の下に美しく輝く美女。健太郎はその姿に心を奪われていた。そして健太郎は、この可愛らしい相棒に惹かれている自分にようやく気付いたのであった。
 果たして石が砕けてしまい、月下の逢瀬は瞬く間に終わりを告げてしまったのだが、二人はお互いの気持ちをようやく理解し合ったのである。
 だからこそ、スフィーは期限の日に元の世界へ戻るコトを拒否した。だが、スフィーの未熟な力では、祖父が仕掛けた強力な帰還魔法をうち消すコトが叶わず、健太郎とスフィーの絆は風前の灯火も同然となった。
 奇跡を起こしたのは、予想だにしなかった人物のお陰であったが、彼にしてみれば、二人の思いが起こした奇跡だと微笑みながら応えるだろう。意外な味方を得られた二人は、やがて先にグエンディーナに戻った妹のリアンの協力もあって、父親であるグエンディーナ国王に、スフィーの滞在期限を延長してもらえるようになった。
 あれから3年。
 健太郎は何とか大学を卒業し、そのまま、五月雨堂の店主に収まっていた。骨董品をいじり倒すのは嫌いではなかったし、むしろ好きであった。健太郎の働きぶりに常連も増え、今では高倉財閥の当主を唸らせる程の鑑定眼を持っていた。両親は相変わらず世界を飛び回り、奇妙奇天烈な骨董品を店に送ってきては、健太郎たちを苦労させていた。
 そして、健太郎の隣には、いつもスフィーが居た。
 相変わらず、10歳の姿のままで。

 健太郎は、そんなスフィーを見て、腰に下げているロケットの中に収めた石のかけらのコトを想い出す。
 心を奪われたあの美しい女性の姿をしたスフィーと巡り合わせてくれた、あの不思議な魔力を秘めた石のコトを。

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   まじかる☆アンティーク

    = Little stone =

              第1話
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 7/1。長瀬源之介は、富士山の麓にある青木ヶ原の樹海をひとり突き進んでいた。
 着物に雪駄という、こんな深い樹海を歩くにはかなり不便だと思わざるを得ない格好で、源之介は悠然と歩いていた。その姿は、家から直ぐそこの自動販売機に缶ジュースでも買いに行くような気軽ささえあった。
 樹海内には道標などない。どの先を見ても深い緑が覆い尽くしているばかりである。いったいどこへ行こうというのか。
 突然、源之介の足が止まった。

「……ふむ。結界はここか」

 源之介は、ふむ、と唸ると、徐に前へ手を伸ばした。
 何もない虚空の垂直面に、波紋が生じたのは錯覚か。

「――――あ、そこから先は進まないで」

 突然、源之介の背後から声が聞こえてきた。甲高いその声は、少女のそれであった。しかし源之介の背後には、誰も居ない。木陰から声を投げかけたにしても、姿を現さないのはどんな理由があってか。

「……その声は、あいだね」
「――?」

 声にはならなかったか、声の主は驚いたらしい。

「……わたしですよ。長瀬源之介。――おっと、グエンディーナのヘイムダルと言ったほうがいいか」

 あいと呼ばれた声の主は、それで源之介が自分の知人であるコトを理解したようである。
 なんと声の主は、何もない空間から突然、姿を見せた。
 声の主は、緑色の髪を腰まで伸ばし、左の脇の髪を三つ編みに束ねた、14歳くらいの可愛らしい少女であった。スーツのような青い服の胸元には、エメラルド色の四角い綺麗な石が収まったブローチを着けている。あいと呼ばれた少女は、源之介の顔をまじまじと見つめていた。

「本当にヘイムダルおじさま?……でも、顔が…………」
「ああ」

 源之介は自分の顔を撫でて見せ、

「この顔であいに会ったのは初めてだったな。こちらではこの顔をしているのだよ」
「へえ。――なかなか似合っていますよ」
「光栄だね。ところで、長老ユンは居られるかね?」
「長老様?ええ、中に居られますよ」
「そうか。所用でね、久しぶりにご挨拶に――そうそう、あい」
「何ですの?」
「確かキミは、わたしの記憶に間違いがなければそろそろ例の……」
「あ」

 訊かれて、あいは源之介が何を指しているものを理解した。

「――明日です」

 あいは、にこり、と微笑み、

「今日があたしの誕生日ですから」
「やっぱり」
「?もしかして、あたしの“儀礼”祝いに来ていただいたとか?」
「まぁ、そんなところだ。――キミに、良い“修行”の場を提供したいと思ってね」
「“修行”の場?」

 きょとんとなるあいに、源之介は、にやり、と意味深な笑みを浮かべて見せた。
 源之介の笑みの意味など解らないあいは、小首を傾げて、無意識に胸元の石を撫でた。それは、あいが持て余した時の癖でもあった。

   *   *   *   *   *

 西から空が茜色に染まった黄昏時、健太郎は、「本日休業」の札を下げている源之介の店の前に佇んでいた。
 小首を傾げる健太郎は、源之介が日曜に店を閉めているコトをとても不思議がった。

「……家のほうに回っても、奥さんしか居なかったしなぁ。――昨日、例の石のコトで話がある、って電話でゆったクセに、何だよまったく」

 健太郎は札を持ち上げて裏に書かれた、営業中、という文字を恨みがましく覗くと、大きく伸びをした。

「……まぁいいや。いつまでもスフィーたちを待たせてもいけないし、HONEY BEEに行くか」

 そう言って健太郎は源之介の店を後にして、HONEY BEEへと向かうべく、踵を返した。
 今日は、健太郎とスフィーが出会った記念日であった。今年で三周年。HONEY BEEでは、結花と、スフィーの妹であるリアン、そして主賓のひとりであるスフィーが貸し切りでパーティーを開いている頃であった。
 振り返ったその時であった。

「おっと――失礼」

 健太郎は、振り返りざま、偶々後にいた人物とぶつかる格好になってしまった。
 慌てて離れた健太郎は、そこに立っていた人物を見て瞠った。

「スフィー――いや」

 似ていたが、別人であった。何より、相手は健太郎と同い年くらいの青年だった。もう夏だというのに暑くはないのか、と思ってしまう、白いインバネスのような服装に身を包んだ奇妙な出で立ちをしていた。

「……失礼だが、この店は休みなのですか?」

 不意に、青年が健太郎に訊いた。

「え――あ、はい。店主が外出しているそうですが……なにか?」
「?」

 青年は不思議そうな顔をした。

「あ、失礼。俺はこの店主とは知り合いでして。何かお困りのコトでも?奥さんも先ほど、買い物に出られて不在ですし……」

 客商売をしている所為で、困っている他人を見るとつい深入りする性分になっているコトを、健太郎は常々気に掛けていたが、それでも考えるより先に身体が勝手に反応してしまうらしい。
 青年は少し戸惑うが、

「いや――また後で来ます。ありがとう」

 そう礼を告げて、青年は裾を翻しその場から去ろうとした。
 突然、青年は健太郎のほうを向いた。そして不思議そうな顔で健太郎をまじまじと見つめ、

「……キミ、先ほど誰かの名を――」
「?」
「――いや、いい」

 そう言い残して、青年はその場から去っていった。残された健太郎は、暫し青年の背を訝しげに見つめていたが、スフィーたちとの約束を思い出し、慌てて駆け出した。


「おそーい」

 貸し切りの札が下がっていたHONEY BEEに着くなり、スフィーのふくれっ面が健太郎を出迎えた。

「しょうがないだろう。長瀬さんに呼ばれて約束の時間に行ったのに、肝心の長瀬さんが外出していたんだ」
「へぇ。あの長瀬さんが」

 スフィーが驚いたのも無理もなかった。長瀬は約束にルーズな人物とは思っていなかった為である。健太郎に頼み事をした時など、時間厳守でいた。

「急用なんでしょうか?長瀬さんもご招待していたのですけど……」

 奥のテーブルで、結花を手伝って一緒に料理を並べていたリアンは、少し残念そうな顔をした。

「んー。まぁ、家には奥さん居たし、もう暫くしてから電話かけてみよう。何か連絡が入っているかも知れないし。――さぁ、うまい飯うまい飯」
「何かその言い方、不断はまずい御飯しか食べていないように聞こえるんだけど」
「そのように言ったつもりだが」
「何よー!」

 たちまち膨れるスフィー。そんなスフィーを見て、健太郎は意地悪そうに笑った。

「冗談だって。3年も結花を師匠に据えて料理勉強してきたのに飯がまずいわけ無いのは、それ食っている俺が一番知っている」
「……ふーんだ」

 スフィーは機嫌を損ねたまま、そっぽを向いた。
 そんなスフィーの頭を、健太郎は苦笑しながら手で優しく撫でた。頭を撫でられるコトで、次第にスフィーは照れくさそうに頬を赤らめ、複雑そうな顔を経て破顔した。
 今まで喧嘩してもその繰り返し。無論、健太郎もスフィーも本気で喧嘩したコトなどない。一種のスキンシップ。

「……もう」
「あー、怒ったカラスがもう笑ったぁ」

 結花がすかさず、そんなスフィーを揶揄する。

「ゆ、結花ぁっ!」

 怒りの矛先は結花に向けられたが、それでも本気では怒っていない。これもまた、結花なりのスキンシップ。スフィーも結花のコトは良く判っている。その横では、妹のリアンが、困ったふうに、しかし楽しそうに笑っている。
 この3年間、この繰り返し。
 楽しいコトばかりじゃない。
 辛いコト、悲しいコトもあった。
 それでも、楽しい毎日だった。
 いつかはスフィーは、自分の世界に戻らなければならない。王である父は、今度の修行は期限を設けていなかったが、還ってこい、と言われてしまったら、今度こそ還らなくてはならない。
 今度こそ、健太郎と別れなければならない。
 だから、いつもスフィーは笑っていた。
 出来るだけ多く、楽しい思い出を心に残せるように努めたいのだ。
 ――健太郎の気持ちを知っているだけに、それがとても辛かった。

 この3年間、その繰り返し。
 3年付き合う信頼関係なのに。
 健太郎の気持ちを判っているのに。
 答えられない自分が居た。
 この幼い姿は、その現れなのか。
 理由は色々ある。
 正直、スフィーにもどれが本当の理由か、判らなかった。
 しかし、健太郎や友達たちとのこの楽しいひとときには、そんな悩みは無用であった。悩みを忘れて、健太郎たちとの宴を楽しむのが、今の自分の義務なのだ。スフィーはそんな悩みをおくびも出さず、笑顔を振りまいていた。

 カウンターの上に置かれていたデジタル時計が、午後8時を告げた時、運命はスフィーや健太郎の意志などお構いなく、動き出した。

 カラン。突然、HONEY BEEのドアベルが鳴った。

「あ、済みません。今夜は貸し切りなんですが――」

 驚いた結花がドアのほうを見た。
 続いて健太郎もドアのほうへ振り返った途端、思わず声を出して驚いた。
 そこに居たのは、夕方、源之介の店の前で出会った、あの白いインバネスの青年だった。
 だが、そんな健太郎以上に大きい驚きの声を上げたのは、健太郎の隣りに座っていたスフィーであった。

「――――クラナッフ!?クラナッフじゃない!」
「え?」

 その名を聞いて、リアンも追うように驚いた。

「……クラナッフさん?どうしてこの世界に?」

 驚きつつ、健太郎は今のリアンの言葉でこの青年の正体を理解した。
 この青年は、スフィーたちと同じ世界の人間なのだ。しかも、スフィー・リアン姉妹の旧知だと。

「…………すごい姿だな、アトワリア」

 クラナッフと呼ばれた青年は、スフィーを見て呆れたような顔をしてみせた。呆れたのも無理もない。スフィーの手前には、積み重なった皿の柱があった。
 だが、クラナッフが驚いたのはその光景ではなく、恐らくは幼児体型のスフィーのほうであろう。次に口にしたセリフがそれを物語っていた。

「……修行に来てて、無駄に魔力を使っているようだな。不甲斐ない」
「な――」

 言われて、スフィーは、かちん、と来たらしい。たちまちふくれっ面になってクラナッフを睨み付けた。

「――魔法学校の優等生で王国親衛隊隊長のあなたに嫌味ゆわれる程、落ちぶれちゃいませんよーだ!」
「優等生?」

 健太郎は思わずリアンに訊いた。
 するとリアンは困ったふうな顔をして健太郎の顔を見つめた。

「……何?何か俺の顔についている?」
「いえ……その…………」

 リアンは言葉を濁して戸惑ったままだった。まるで健太郎に対して気まずい何かを隠している様であった。
 リアンの様子に不思議がる健太郎の横では、スフィーがえらい剣幕でクラナッフを怒鳴っていた。

「大体、あなたはここへ修行に来る必要もないんでしょう?何で来たの?お父様の許可は――」
「そのお父上――いや、国王の事だが――」

 クラナッフは一呼吸を置いて、スフィーと健太郎のこれからの運命を大きく揺るがす言葉を吐いた。

「――崩御なされた」

 それは一言では済まなかった。

「――アトワリア。これで滞在期限は終わった。国王とのお約束通り、君を娶りに迎えに来た」

          つづく

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