東鳩王マルマイマー第21話「終焉序曲」(Aパート・その2) 投稿者:ARM 投稿日:8月25日(金)23時34分
【ご注意】この創作小説は『ToHeart』『雫』『痕』『こみっくパーティ』『WHITE ALBUM』『DR2ナイト雀鬼』『フィルスノーン〜光と刻〜』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを片っ端から使用し、サンライズ作品『勇者王ガオガイガー』のパロディを行っております…って逆か(^_^;Leaf作品のネタバレも含みますのでご注意。
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【承前】

 青年は、柳川裕也、と名乗った。
 穏やかな青年だった。そして自分がどうしてあすこで倒れていたのか、思い出せなかった。
 柳川は、鬼の時の記憶を無くしていた。そのコトを知った伯斗とセバス、そして京香は、その事実を彼に伏せるコトにした。

「……恐らく、一昨日の」
「……雨月山の爆発ですか」

 伯斗が訊くと、京香は頷いた。

「……と言うコトは、彼は、やってきたエルクゥに呼応して鬼化してしまったのでしょあうか?」
「いえ。隆山の殺人事件はそれ以前からです。――あるいは」
「?」
「柏木次郎衛門。――彼が、覚醒したのでしょう」
「!?まさか」
「……そもそも、柏木の男たちが鬼化するのは、次郎衛門のオゾムパルスが彼らに影響を及ぼしているからです。人類でありながら、人類原種の力を得てしまった為に、彼はその力の制御に生涯苦労していました――」

 京香はまるで見てきたように言い、――事実、彼女は4OO年前に次郎衛門と会ってるのだ。

「……それを押さえていたのは、次郎衛門の強靱な精神力。そして、鬼の巫女である妻、リネットを護りたい一心からでした」
「……精神力、ですか――鬼の巫女と言えば、柏木初音は?」
「近いうち、東京の来栖川グループの傘下にある病院へ移送予定です」
「そうですか」

 伯斗は頷くと、傍らの窓から、庭のほうを見下ろした。
 庭では、芹香が、花壇の前で柳川と一緒にいた。
 柳川は、まるで子供のような穏やかな笑顔を浮かべていたが、伯斗を驚かせたのは、あの余り感情を露わにしない芹香が、笑顔で柳川と談笑しているからであった。

「……ああいうのが好みですか――言われてみれば彼は柾人さんに良く似ている」
「…………」

 伯斗は少し意地悪そうに言った。京香は相変わらずの能面だったが、つき合いの長い伯斗にはちょっと怒っているコトを知って苦笑した。

「…………唯一生き残っている柏木初音が、柳川裕也に影響を及ぼすコトは考えられませんか?」
「それはないでしょう。――彼も柏木の男である以上、次郎衛門のオゾムパルスを受け継いでいますが、僥倖にもその発露を押さえているものがあります」
「何ですか、それは?」
「彼の家庭について調べました。それで判ったのですが、彼の母親は、柳川一族の女でした。――長岡大志の妹、柳川育美です」
「柳川――やはりそうだったんですか?」

 京香は頷いた。

「柳川一族は、もう大志の忘れ形見の志保ぐらいしか居ないと思っていたが――大志、か」

 その名を聞いた途端、伯斗の顔に影が帯びた。

「――俺は信じられません。不断は高飛車でふざけた自信家の男ですが、その自信を裏付ける実力は持っていました。そんな、あいつほどの男が死ぬなんて……」
「大志さんが無事でしたら、梓さんも楓さんも死なずに済んだのに……」

 長岡大志とその妻、志津佳を、任務中に造反して殺害した〈ザ・サート〉の行方は、〈神狩り〉たちの情報網を駆使して追跡しているのだが、未だに手懸かりすら得られていなかった。二人の忘れ形見である志保は、現在、米国にいる〈神狩り〉の一人の許に滞在していて、つい先日、彼から両親の死を告げられていた。

「――但し」
「?」
「彼自身、一時期、次郎衛門の影響下にありました。それが残っている可能性はあります。――それが再び、いつ目覚めるか、予断はなりません」
「――――まさか?」

 伯斗は酷く戸惑い、

「――次郎衛門はまだ生きているのですか?」


 あれから三週間が過ぎた。日本海側を見舞っていたフェーン現象は収まり、街並みや周囲の山々はゆっくりと朱色に染め変えられていた。
 芹香は、東京の自宅に京香共々戻り、週末に、別荘に居る柳川を見舞いにやって来ていた。伯斗は〈ザ・サート〉の追跡任務を受けて、目撃報告のあったヨーロッパへ渡っており、現在、柳川の世話兼監視役として、伯斗と入れ替わりやって来た〈神狩り〉のメンバーである男女二人が別荘に滞在していた。
 一人は、〈閃光の剣士〉ことジーク・シュトロハイムというドイツ人の青年、そして女のほうは、ジークの恋人であり、〈三賢者〉のリーダーでもあるティリア・小松崎であった。

「芹香、いらっしゃい」

 セバスとともにやって来た芹香を、メイドドレス姿のティリアが出迎えた。

「ティリア殿、何という格好で……」
「カタチよ、カタチ。人手が足りなくってね。あたしも一日中、机に向かっているのも飽きてくるし、お掃除手伝っていたの。そうそう、いま、あなたたちが来るから、アップルパイ焼いていたの――え?芹香、手伝いたいって?」

 芹香がこくん、と頷くと、ティリアはにこり、と日向のような笑顔を浮かべて感心した。

「芹香お嬢様……」
「長瀬さん、いーじゃない?――本当、名実ともにプチ京香さんでかーぁいー♪さ、来て来て」

 困って呆れるセパスを後目に、芹香はキッチンへ向かうティリアの後をトコトコとついていった。

「全く、あのお方には……」
「ティリア?それとも、お嬢さんのほうかい?」

 肩を竦めていたセバスの背中に声をかけたのは、トレーナー姿のジークであった。

「これはジーク殿。ははっ、修練帰りですか?」
「ええ。ちょっと、柳川に付き合って」
「柳川殿と?――しかしそれは」

 セバスはジークの側に柳川の姿を求めたが、どこにも見当たらなかった。

「彼なら、そこの川べりに居ますよ」
「でも――」
「大丈夫。かなり精神は安定しています。子供の頃、この辺りで遊んでいた記憶があるらしい。それが良い方に働いて、柳川を落ち着かせている」
「そうですか……」

 頷くも、しかしセバスは不安が拭えなかった。何より、あの猟期連続殺人事件の重要参考人として、柳川は警察内部で捜索対象になっていたのである。もっとも、事件発生当日から失踪している為であって、直接、柳川が事件の犯人と結びつく証拠は見つかっていない。柳川の部屋にあった薬物や機材、そして囚われていた女性たちは全て、警察の捜査の手が回る前に伯斗ら〈神狩り〉によって処分、保護されていた。
 肝心の柳川は、事件に関する記憶がすっぽり抜け落ちていた。だがそれは、柳川が再び鬼に戻らないと言う保証にはならない。何らかのきっかけで、鬼の記憶を取り戻し、再び殺戮を――芹香に危害を加える恐れだってあるのだ。

 柳川は、川べりで呆然と川の流れを見つめていた。
 とても穏やかな顔をしていた。
 そこへ、柳川の姿を見つけた芹香が、トコトコと駆け寄ってきた。柳川は独特の雰囲気を持つ芹香が近づいてくるコトを肌で知覚し、振り向いた。

「……芹香か。今週も来たのかい?」

 柳川は微笑みながら訊くと、芹香は頬を赤らめながら頷いた。

「……え?ティリアがアップルパイを焼いたから一緒に食べましょう?――判った」

 そう答えると柳川は立ち上がった。そして別荘のほうへ戻るのかと思ったら、また川のほうを見つめた。

「……裕也さん?」

 川をじっと見つめている柳川に、ちょっと困った芹香は大声で――無論、それでも小声だが、柳川を呼んだ。

「……ん?あ、済まない」

 柳川は芹香のほうを向いて苦笑した。

「……?何かあるのですか?――いや、何もない。……何もないが――いや、」
「?」

 芹香が不思議そうな顔をすると、柳川は頷き、

「……今はないが、昔はあった」
「……?」
「ここはな。俺が子供の頃、よく遊びに来た場所だったんだ」
「…………」
「まだ、お袋が生きていた頃、この辺りに良く来ては、昆虫採集や魚釣りを良くしたもんだ。…………高校へ上がる前に、お袋が病気で死んで、関西の全寮制の高校へ進学したっきり。京大に進学して国家試験に合格し、警察に入ってキャリア組の一人としてこの隆山の警察署に配属されるまで、この光景はすっかり忘れたものだと思っていたんだが……」

 柳川は、子供の頃の記憶を思い出し、ノスタルジーに浸っていたようである。もしかすると、鬼化と重傷を負ったショックで記憶が欠落している所為で、埋もれていた懐かしい想い出が、鮮やかな色を取り戻したのかも知れない。

「……やっぱり、良いもんだよな」
「?」
「……故郷ってヤツは」

 そう言って柳川は優しそうに微笑んだ。この時、柳川の胸には、優しかった母の面影が去来していた。その笑顔が、目の前にいる芹香と重なって見えたなど、気恥ずかしくて言えなかった。
 芹香は、そんな柳川を見て、嬉しい気持ちになった。セバスは、柳川には気をつけるように、と言われていたのだが、こんな笑顔を見ると、芹香にはとても危険人物には見えなかった。
 無論、柳川も、自分が“爆弾”を抱えているコトなど、知っているハズもなかった。


「……遅いわね」
「どうかされました?」

 セバスとジークが居る居間へ、出来立てのアップルパイを抱えてきたティリアは、廊下のほうを見て言った。

「うん。芹香が、川のほうにいる柳川を呼びに行ったんだけど――」
「呼びに――――!?」

 突然、セバスが立ち上がった。
 それに呼応するように、ジークも立ち上がり、困惑するティリアは抱えている熱々のアップルパイを慌ててテーブルに置いた。
 次の瞬間、三人は凄まじい気に気圧され、怯んだ。

「これは――――まさか?!」

 その気は、外のほうから届いたものであった。
 セバスが振り向いた方向には、柳川と芹香が居る、川があった。


「…………?」

 芹香は、突然膝をついた柳川に驚いた。四つん這いの柳川は、身体を震わせ、何か苦しんでいるようであった。

「……祐也、さん?」

 芹香は恐る恐る、柳川のほうに近づき、屈み込んでその背中をさすった。

「気分が――――」

 そう言いかけた瞬間、柳川は突然芹香の身体を抱きしめた。
 顔面蒼白の柳川は、目の焦点も合わず、息も絶え絶えで、まるで今にも死にそうな、そんな様子だった。

「裕也さん、しっかりしてください」

 芹香は抱きしめられたまま、柳川を励ました。だが柳川は、奇怪なうめき声を上げたまま、芹香の身体を抱きしめる腕の力をジワジワ強めていった。

「祐也――――」
「――――――URYYYYYYYYYYYYYYYYYYYっっ!!」

 突然の絶叫。柳川は獣のような咆吼を上げると、芹香を抱き抱えたまま、何とその場で垂直に10メートルも飛び上がったのである。

「――――――?!」

 唖然とする芹香の目前で、柳川のこめかみからゆっくりと角が生え、四肢が隆起していく。――鬼へと変貌していったのである。鬼化した柳川は、大きく放物線を描きながら森のほうに着地し、芹香を抱き抱えたまま、山の中へ走り去ってしまった。
 全ては一瞬であった。居間の窓を蹴破ってまで急いでやって来たセバスが、柳川が居るハズの川べりに到着した時、そこには、柳川が垂直に飛び上がった際に、砂地にもたらした巨大なクレーター跡しかなかった。

 柳川が突然、鬼化したのは、記憶の混乱の所為ではないだろう。恐らくは、この時、まだ隆山に居た柏木賢治が、何らかの事情で鬼化(後に、柳川に残っていた記憶を分析した結果、この頃に柏木耕一を、造成能力を用いて再生させたものと思われている)し、その影響で再び鬼化したのだろう。
 鬼化した柳川が、芹香を連れてやって来たのは、ヨークの大爆発によって半分近くが消滅した、雨月山の中腹にあった洞窟であった。人の身ではとてもやってこれない崖の中央にあったその洞窟へ、鬼化した柳川は芹香を抱えたまま三段跳びで一気に入り込んだ。
 そこで芹香は、ようやく柳川から降ろされた。突き飛ばされるように放され、芹香は洞窟の地面に転がった。
 痛みを堪えつつ、身を起こした芹香の目の前で、巨大だった鬼がゆっくりと小さくなっていった。洞窟のサイズに合わせて身体を縮小させたのであろう。芹香は一体何が起こっているのか、まったく判らなかった。
 どうして突然、あの柳川が、こんな怪物に変わったのか。芹香はこの頃はまだ、エルクゥのコトは知らされていなかった。
 そして、これから自分がどんな目に遭わされるのかも。
 鬼は、ゆっくりと芹香のほうへ近づいていった。


「――莫迦な?柳川が鬼へ変化する要因など、無かったのに――!」

 森の中を疾風の如き速さで走りるジークは、柳川の僅かな気を追いかけていた。セバスも、その超人的な駆け足に必至に追い付いていた。

「原因は後でも宜しい!今は、芹香お嬢様の身が――――お嬢様っ!」

         Aパート(その3)に続く