東鳩王マルマイマー第20話「終わり、そして始まり」(Bパート・その3) 投稿者:ARM 投稿日:8月15日(火)00時10分
【ご注意】この創作小説は『ToHeart』『雫』『痕』『こみっくパーティ』『WHITE ALBUM』『DR2ナイト雀鬼』『フィルスノーン〜光と刻〜』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを片っ端から使用し、サンライズ作品『勇者王ガオガイガー』のパロディを行っております…って逆か(^_^;Leaf作品のネタバレも含みますのでご注意。
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【承前】

 MMMバリアリーフ基地での壮絶な死闘は、凄まじいエネルギーの激突による天王洲一帯のオフィス街を壊滅させるという派手な幕引きを迎えた。

 多くの死傷者を出したMMM基地内メディカルセンターでは、次々と運び込まれる負傷者の応対で大混雑していた。
 その中で、頭に包帯を巻いた志保は、周囲の喧噪から取り残されたようにぽつんとソファに座り、右手で握り締めている、ルミラから手渡された金色の棒をじっと見つめていた。

(……志保。暫くその槍は貴女に預けておくわ)

 そう言ってルミラは先ほど治療室にかつぎ込まれた。ルミラは外傷はなかったが、身体が衰弱し、危険な状態にあったのだ。
 志保が呆然としていたそんな時だった。

「――志保?」

 聞き覚えのある声に呼ばれ、志保は声が聞こえた方へ振り向いた。
 そこには、右手首と頭に包帯を巻いたあかりが、唖然とした顔で志保を見つめていた。

「あ――あかり?」

 志保は慌てて立ち上がろうとした。

「ち、ちがうっ!あたしは長岡志保とは似ても似つかぬ他人のそら似で――」

 志保は慌てて否定し、その場から逃げ出そうとした。志保は、あかりに自分の正体を知られたくなかったのだ。
 かつて、〈神狩り〉の使命で浩之に近づいたコトを。

「……ぷっ」

 あかりは狼狽える志保をみて、思わず吹き出した。

「……取材に来て、巻き込まれたんだって?」
「へ?」
「さっき、柳川さんがそう言ってたの。テキィちゃんが到着しなければ、危なかったんだって」
「あ――」

 志保の事情を知る柳川は、配慮してその正体を誤魔化してくれたようであった。志保は心の中で感謝した。

「う、うん…………本当、運が良かったわ」
「本当……あ」

 志保が力なく答えると、あかりはほっとして気が緩んだが、ほろり、と涙した。あかりにしてみれば、この数時間は、今までの人生の中でもっとも壮絶で恐るべき時間であったのだ。何人の人が死んだのだろうか。
 MMMに参画せず、平穏な生活を過ごしていれば知らずに、直視せずに済んだコトであった。だが、全ては覚悟した上のコトである。あかりは自ら望んだ現実を冷静に受け止めていた。だからこそ、今のあかりにとって平穏な現実にいる(ハズの)志保の無事な姿を見て、つい我慢しきれなくなったのであろう。

「……ごめん。…………ちょっと、色々あって、ね」
「そう…………」
「…………志保?」

 あかりは返事をした志保を見て驚いた。

「……何、あかり?」
「どうしたの?何か酷い目に遭ったの?」
「酷い目?」
「だって――」

 あかりは志保の顔を指し、

「志保、泣いている」
「え…………?」

 そこで志保は、ようやく自分が泣いているコトに気付いた。
 あかり以上に、志保はこの僅かな間に色々なコトがあり過ぎた。
 仲間の死。さっきやって来たタマとアレイは、ルミラの無事を知ってホッとしたが、イビルとエビルの死に呆け、大泣きし始めたところで芹香と柳川に宥められながら返っていった。
 両親の死の秘密。信頼していた人たちからも本当のコトを告げられていなかったショックもあった。
 そして、その仇との対峙、事実上の敗北。
 あかりが志保の無事な姿を見て泣いてしまったように、志保もまた、親友の無事な姿を見て、堪えていた想いをついに爆発させてしまったのであろう。志保はあかりに抱きつき、わあわあと大声で泣き出した。
 あかりはただ泣くばかりの志保に戸惑うが、多くのものを失った志保の真実を知るよしもなく、黙って胸を貸した。

 治療室は重苦しい雰囲気に包まれていた。
 柏木耕一とミスタは、医師の治療が済んだ後、向かい合わせに黙り込んでいた。
 そこへ、同じように治療が済んだ綾香と智子が現れた。

「耕一さん…………」
「済まない、長官。――初音ちゃんを……護れなかった」

 ぎりっ!耕一は激しく歯軋りした。痛恨の想いが、耕一に重くのし掛かっていた。
 同じように、ミスタも、月島瑠璃子がかつての仇敵に操られていたという事実を知り、そして救えなかった想いから、沈黙を守っていた。
 綾香と智子は、耕一に、恐らくはまだ知っていないであろう千鶴の最期を告げに来たのだ。だが、それをとても切り出せるような雰囲気には無かった。
 そんな時だった。

「……耕一……なのか?」
「――――」

 その声を聞いて、耕一は、はっ、と顔を上げた。
 綾香と智子の後ろから、物憂げな柏木梓の顔が現れたのはその時だった。

「――梓?梓なのか?!」
「う、うん…………生き返っちゃった」

 なんとも間抜けな返答に、梓は心の中で、莫迦かあたしは、と呟き、苦笑した。
 しかし耕一はそんな梓の苦笑が、はにかんでいるように見えて、少しホッとした。

「梓さん、もう身体は良いのですか?」
「何とかね。――ね、後はあたしに任せてくれない?」
「え……?」
「心配しないで。こうみえてもあたしゃ、アルトとしてあなたたちと長いコト付き合っていた間柄なんだから――信頼して」

 梓はウインクしていう。綾香と智子は少し迷ったが、二人とも黙って頷いた。
 この辛い事実を、耕一に告げる覚悟は、梓にはもう一度死ぬくらい辛いコトだろう。しかし、そこから目を背けるわけには行かなかった。梓はこれから、柏木梓として闘う決意を立てていたのだ。
 その戦いの第一歩が、千鶴の死と、楓が意識不明のままだが、無事だという事実を告げるコトであった。梓は、綾香と智子の間を抜けて、耕一のほうへ一歩前に出た。


 浩之は、長瀬主査とともにマルチの整備を虚ろげな面もちで続けていた。

「藤田……AC回路接続を頼む」
「あ、はい……」

 浩之は虚ろげではあったが、気が抜けていたわけではなかった。むしろ気が重くて、表を繕うコトまで気が回らないだけであった。

「……浩之、さん」

 メンテナンスベッドに横たわるマルチは、既に意識を回復していた。

「何だ、マルチ。充電中なんだから寝てても良いのに」
「……いえ」

 マルチはゆっくりと首を横に振った。

「……気が張って…………眠れません」
「そう……か」
「………………浩之さん」
「?」
「………………」

 マルチは、浩之の顔をじっと見つめていた。
 浩之は、マルチに見つめられているコトに気付くと、何とか笑顔を作って見せた。
 そんな浩之を見て、マルチも微笑んだ。

「…………わたし、頑張ります」
「え?」
「……だって、千鶴さん、いえ、お母さんが、わたしにそう言い残して逝ったのですから。それにいつか――――また会えると思うんです」
「…………」

 長瀬主査は、二人のやりとりを黙って聞いていた。長瀬主査も、かつての教え子であり、密かに想いを寄せていた女性の死に、彼もまた慟哭したい思いで一杯であった。それを堪えているのは、彼女の忘れ形見の気丈さに感心していたからである。

(……約束しよう、千鶴くん。マルチ――いや、千歳くんは、私たちが必ず守ってやるからな)

 長瀬主査は、唇を噛みしめながら、決意を新たにした。

「……わかった。だから、今は無理しないで、寝ていろよ」

 浩之が微笑みながらいうと、マルチはゆっくりと頷いた。そして、浩之に左手を差し出すと、こう言った

「……じゃあ、今は、この手を握っててくれませんか?……浩之さんの温もりがあれば、わたし、眠れそうです」
「……ああ」

 頷いた浩之は、マルチの左手をとった。
 何と儚げな手であろう。この手がどれだけの苦労を受け止めてきたのか。そう思うと浩之は握る手に、衝動的に力がこもりそうになり、堪えるのに必死だった。間もなくマルチは静かな寝息を立ててまた眠り始めたが、浩之は暫くその手を離さなかった。

   *   *   *   *   *   *   *   *

 その日、観月は早めに帰宅した。新たなボディを得られた真・超龍姫の整備に専念したかったのだが、それを断り、家に帰って奥さんに会うように勧めたのはアルトであった。

「……しかし、なぁ」
「観月主任。貴方には、今、成すべきコトがあるハズです」
「成すべきコト?」
「それは――――」


「早かったね」

 帰宅すると、そこには妻の沙織が夕食の準備をしていた。

「何、その怪我?」
「色々あってな。――それより、早いというのは僕のセリフだよ。学校は?」

 沙織は、学校で女子バレー部の顧問を務めており、陽が沈む前に帰宅しているのは非常に珍しかった。
 訊かれた沙織は、すると照れくさそうな顔をして頷き、

「んー、何か、今日は早く帰りたくなっちゃって。――透クンが早く帰ってきそうな気がしてね」
「そ、そう……」

 にこりと笑う沙織に、観月は少し戸惑った。
 数時間前に、アズエル相手に吐露した、沙織に対するどす黒い想い。それを思い出すだけで、観月は沙織をどうしても正視できなかった。
 沙織は、夫の様子を気にしつつ、敢えて触れないように心がけながら夕食を一緒に摂った。

「……ふうん。そんなコトがあったのか。――よく無事だったわね」
「無事じゃないよ」

 観月は額の包帯を指した。すると沙織は、あ、と舌を出して笑った。そんな妻のお茶目な姿に、ぷっ、と吹き出した。

「……でも大変よねぇ。――じゃあ、さ、これから世界中が危機に」
「そんなコトはさせないよ。その為に僕らが居る」
「おーおー、言ってくれますね(笑)期待してますよ」

 相変わらず沙織は深く考えず、そのくせしっかり相手の気持ちを慮っていた。観月はそんな沙織を、流石だな、と感心した。
 感心したからこそ、観月は、モヤモヤしていた思いを少し吐き出してしまったのかも知れない。

「……僕は」
「?」
「…………僕は、正直、MMMに参画するのは、キミを護りたいからなんだ」
「……」

 へらへら笑っていた沙織も、流石に真顔になった。

「…………だけど、本当に僕はキミのコトを護っているのだろうか?」
「え?」

 きょとんとする沙織に、観月は一度深呼吸してから言葉を繋げた。

「……今日僕は、超龍姫が破壊される姿を見て心を躍らせていた」
「――――」
「――僕自身、その気持ちに気付いて狂っていると思ったよ。――しかしどこかで、僕は、超龍姫を通じてキミが傷つく様を楽しんでいたんだ。でなければ、僕は超龍姫にキミの顔を使うなんて――――?」

 次第に声を荒げていう観月の口を、沙織がゆっくりとした動きで指先で押さえた。

「…………それ以上、言わなくて良いよ」
「しかし――」
「誰だって、相手の全てを許せるハズはないんだから。きっと透クンは、あたしの何かがシャクに障ってしまったのかもしれないんだから」
「…………」

 正直、観月は、このままアズエルに吐露したコトを全てぶちまけても良いと思った。きっと自分では、沙織を幸せに出来ない。沙織の暗い過去を許せない身勝手な男が、夫面しているのが、観月自身許せなかったのだ。
 ――だが。

「…………あたしだって、透くんのコト、許せないコトがあるよ」
「――え?」

 心なし、沙織の顔が赤らんでいた。

「…………だって、あたし、透クンの奥さんなんだよ」


               エピローグへつづく