○この創作小説はPC版『ToHeart』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用しています。
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【承前】
矢島と由那が結ばれて3年後。
由那は、横浜アリーナで人を待っていた。
多くの人々が次々と吸い込まれていく横浜アリーナでは、今日、日本で開かれているバスケット世界大会で、NBA選抜チームと日本代表チームによるバスケット対決の2日目が行われる予定になっていた。
昨日は、女子の部が開かれたのだが、由那は並み居る世界の強豪を退け、見事MVPに輝いていた。
そして今日、男子の部に、矢島が日本代表の一人として、世界最強を誇るNBA選抜チームと対決する予定になっていた。由那は、世界に挑む矢島の闘いぶりを、親友たちと一緒に応援するつもりだった。
しかしその中で、二人ほど、米国に留学して来られない人物が居た。
智子と綾香は現在MIT(マサセッチュー工科大学)の特待生として忙しい毎日を送っているらしく、仕方なく、この間エアメールで送ってくれた、二人がロボットにも変形する特殊なバイクを整備している姿を撮った写真を持っているハンドバックに収め、それを代わりにするつもりにしていた。
間もなく、新横浜駅方面から、見覚えのある数名の男女の姿を見つけた由那は、おーい、と手を振って呼んだ。
「おー、遅れてごめん。――ほら、謝って」
浩之の横に立っていた、緑色の頭髪を冠する少女が、ごめんなさい〜〜、とおどおどした態度で頭を下げた。
「階段で転けるとは――まだそのマスプロタイプのボディに慣れていないのか?」
「目覚めたばかりだから無理もないよ、浩之ちゃん」
その少女の横にいたあかりが、少女を庇うように言った。
「ま、しゃあないか。――おぅ、雅史」
浩之たちの後ろから、プロサッカーリーグで活躍中の雅史とその婚約者である南雲ゆえが、矢島の家族たちと話ながらようやく追い付いた。栞の後ろには、まだ乳飲み子の育美を抱き抱えている初美が、息を切らせていた。
「タクシー使うまでもない距離、って嫌よねぇ」
「あ、初美さん!……あれ?旦那さんとおばさんは?」
「ふたりとも仕事で来られなくなっちゃってね」
「えー?うちのおかあちゃんたちも来られなくなっちゃったのに……」
「なぁに。スカパーで今日の試合放送される、って言ってたから、いいって」
相変わらずプチ初美状態の栞だが、今年大学受験生の身でありながら余裕でいられるのは、性格よりも学年首席の頭に理由があった。
「……おおっ、良く来たな、みんな」
そこへ、会場の中から、スポーツ記者の取材責めから逃れられて出てきた矢島が現れた。
「よぉ、矢島」
「藤田、神岸さん、それに――――」
矢島は、二人の間にいる、どこかで見覚えのある少女の名前を思い出そうとしていた。もっとも、僅か一週間しか在籍していなかった彼女のコトなど、覚えている方が無理というかもしれない。
しかし矢島は、何とか思い出せた。浩之が彼女のために物理工学を専攻し、その類い希な知能を評価され、今年若干20歳で大学院へ飛び級で入院したコトを思い出した。
「……そっかぁ、彼女、帰ってきたんだ。良かったなぁ、藤田。……でもこれで、神岸さん以外に扶養家族が増えて大変だろう?」
「由那さんほったらかしにしているお前よか甲斐性はあるから安心せい」
「ゆーたな、この野郎」
怒鳴りあってみせたが、矢島も浩之も直ぐに破顔した。
「……おっと、そろそろ試合の時間だ。準備があるから先に失礼させてもらうぜ」
「おう。負けるなよ!」
「言われなくても」
矢島はふっ、と笑い、踵を返した。
「――寿!」
その背へ、由那は声をかけた。
「――――頑張れっ!」
「おお」
矢島は振り返りはしなかったが、右拳を上げ、強く握り締めてガッツポーズをとった。
由那はそれで充分だった。この逞しい背中を、子供の頃から自分は追いかけてきたんだなぁ、と思うと、由那は嬉しい思いで胸がいっぱいになった。
あの日から、二人の間に色んなコトがあった。
嬉しい思い出も、
辛い思い出も、
哀しい思い出も、
楽しい思い出も、
みんな今日という日の肥やしとなった。
そして今、由那を追いかけていた矢島は、やっと追いつけたと思った。
この試合に勝ったら、矢島は、この日のために用意した、自分のバックに仕舞っている小さな箱を由那に渡すつもりで居た。
勝たなければ、それは渡せない。しかしどうしても渡したかった。
その時、由那は、箱の中身にある銀のリングを、自分の左薬指に喜んで填めてくれるであろうか。
矢島は、万感の思いを胸にして、会場へ歩みを進めた。
完