ToHeart if.『矢島の事情 〜 告白 〜 』第18話 投稿者:ARM 投稿日:7月28日(金)00時57分
○この創作小説は『ToHeart』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用しています。
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【承前】

「……何、それ?」

 綾香はあかりの話を聞いて、たちまち呆れ返った。

「それじゃあ、まさか……」

 智子は頷き、

「……端で見ていれば笑い話やけど、ちょっとでも関わっていると、頭痛ぁなるわ、ホンマ」
「はあ……」

 綾香はどこかぼんやりした顔で溜息を吐いた。

「……てコトは、あたしがやったコトはお節介どころか、メンドーなくらいに混ぜ返しちゃったワケ?」
「しかたないよ(汗)。綾香だって、平光さんのコトを思って言ったのだろうし」
「いや、それよりも――」

 智子は腕組みし、

「……矢島くんが由那のコト、ホンマどう思っているのか、ここいらではっきりさせへんとあかんとちゃう?」
「同感――これ以上曖昧にされちゃ、由那ばかりか、あたしらまで変になっちゃう」
「そんな……(^_^;」
「いーえ、あかり、来栖川さんのゆう通りやで。たとえ、あの二人からお節介やゆわれても――あ、藤田くん」

 智子が指をぽきぽき鳴らして気合いを入れ始めたその時、浩之が体育館へ戻ってきた。

「浩之ちゃん、矢島くんは――」
「帰った」
「何や、帰らせてしまったんか?――矢島くんに、びしっ、とゆいたいコトあったのに」
「まあまあ――気を静めてから、平光さんに謝りに行くって言ってたし、まぁ、何とかなるだろう」
「何を呑気なコトを……」

 綾香は浩之を呆れ顔で見た。

「そもそも、矢島くんが由那にちゃんと自分の気持ちをゆわないから――」
「あんまり無茶ゆうなよ。矢島だって、矢島なりの考えがあってのコトだし」
「考え、ってどんな考えよっ!?」
「俺に当たるなよ(汗)。…………それに、どうも矢島の様子がおかしくて」
「「おかしい?」」

 綾香たちが不思議がると、浩之は、ふむ、と唸り、

「……いや、な。さっき矢島に、平光さんが矢島に絡む理由に心当たりないか、って訊いたんだ。本人にはまったく思い当たる節がないらしいンだが、そのうち考え込んじゃって……」
「何や、矢島くん、そんな肝心なコト知らんのか」
「子供の頃からの腐れ縁だからなぁ、忘れてしまったのかもしれないけど」
「子供の頃……」

 ぼそり、とあかりが呟いた。

「……もしかして」
「?なんだ、あかり、心当たりでもあるのか?」
「心当たりというか……」

 そう答えるとあかりは苦笑し、

「……ん。何となくだから」
「なんなんだよ、それ?」

 呆れる浩之の顔を見て、あかりは余計可笑しくなったらしく、くすくす笑いだした。

「……あかりぃ、お前バカにしているな?」
「だって、……浩之ちゃんそっくりなんだもん……くすくす」
「そっくり?」
「矢島くんのほうが男前だと思うけど」
「おめーら(笑)――あれ?」

 意地悪そうに笑う綾香と智子を睨み付けた浩之は、その時、体育館を横切った、見覚えのある人影に気付いた。

「……あれ、平光さん?」
「ぎくっ」

 浩之に見つかり、声を掛けられた由那は、びくっ、と驚いた。どうやら気付かれたくなかったらしい。

「あれ、由那?矢島くんと途中で会わんかった?」
「……へ?寿?」
「ああ。ついさっき、矢島、学校出て行ったんだけど」
「ええっ?先に帰ったんじゃないの?」

 酷く驚く由那に、浩之は首を横に振った。

「俺がさっきまで引き留めて話していたんだ」
「ええっ!それじゃ急がないとっ!」

 由那は駆け足で更衣室へ駆け込んでいった。浩之たちはぽかんとしたまま、それを見ていた。

「……詫び入れに来たみたいやね」
「もうちょっと引き留めておけばよかったかなぁ」
「急げば間に合うんじゃない?ほっとこ、ほっとこ――って、あかり?」
「ちょっと、平光さんに言ってくる」

 綾香が、更衣室のほうへ進みだしたあかりを呼ぶと、あかりはそう答えて行ってしまった。

「……なんや、あかり。あないな出しゃばりなトコあったんか?」
「俺もあんな積極的なあかり、初めて見た」


 更衣室に飛び込んだ由那は、自分のロッカーを開いてあたふたと着替え始めた。
 そこへ、ついてきたあかりが、恐る恐る更衣室に入り、室内を見回した。室内は着替えている由那以外はいなかった。

「ん?あれ、神岸さん、なんか用?」
「う、うん――矢島くんのコトなんだけど――」

 矢島、と聞いて、由那が着替えるのを止めた。ちょうど体操着のシャツを脱いで、ブラジャーを着けていた時だった。

「う……デカイ(冷や汗)」

 由那の胸元に、巨大なボールが並んでいた。日本人離れした、まるで由那が得意なバスケットのボールが胸にめり込んでいるかのようであった。

「そ、そんなじろじろと見ないでよ(汗)」
「ご、ごめん――はぁ」

 溜息を吐くあかりは、そっと自分の胸に手を当てた。どうして体操着の時には気付かなかったのか、由那のバストは、ぱっと見だが、志保やあのレミィよりも大きいかも知れない。

「……着やせ、なんて言葉では、釈然としないモノが……」

 憮然とするあかりは、やがて由那が白く長い包帯のような長布を手にしていたコトに気付いた。

「……それ?」
「ああ、これ?」

 由那はあかりに、手にしていた長布を差し向け、

「サラシなんだ。おかーちゃんのアイディアでね、バスケットって飛び跳ねるだろ?ブラじゃ外れたりするから、部活とか試合の時はサラシ巻いて押さえているんだ。デカイと色々悩みがあってねぇ」

 屈託なく笑いながらいう由那に、あかりは、なんて贅沢な悩みだろう、と心の底から羨んだ。

「……ところで何?何か用?」
「うん、うらやましーなぁ……あ゛、違う違う(汗)――、じ、実はね、浩之ちゃんがさっき、矢島くんと話をしたんだけど――矢島くんも言い過ぎた、って言ってたんだって」
「寿が……?」
「うん。だから、――ゴメン、引き留めちゃっているけど、急いで追いかければ……」
「そ、そうだね」

 由那は妙に顔を赤くして、着替え始めた。

「で、ね」
「?」
「……平光さん、昔、矢島くんと何かあったの?」
「…………」

 由那は一瞬、びくっ、とするが、しかし着替える手は休めなかった。

「…………なんで、そんなコト、訊くワケ?」

 不思議そうに訊く由那に、あかりは、くすっ、と儚げに微笑んだ。

「……んとね。……わたし、昔、好きな子が居たんだ」
「?」

 それを聞いて、由那は着替える手を休め、あかりのほうを不思議そうに見た。無理もない、あかりは昔から浩之のコトを思っていた、と矢島たちから聞いていたのだ。なのに、居たんだ、とはどういうコトか。
 きょとんとする由那を見て、あかりは心の中で、よし、と嬉しそうに呟いた。

「……その子、ね。いつもムスッとしていて、周りの子が怖がっていたんだけど、本当は誰にでも優しい子で、良い意味で八方美人だったんだ」

 そこまであかりの話を聞いて、由那は、その該当者が浩之以外居ないと思った。だから余計に不思議がった。

「困っている子には、損得なんて考えず身体が動いちゃってね。……自分が痛い目に遭っても、困っている子が幸せならそれで良い、みたいな考えの持ち主みたいなの。そのクセ、それを自慢せず、逆に誉めると怒るの。――照れ隠し、ってヤツかな」
「…………」

 やはりどう考えても、あの藤田浩之しかいない。由那は当惑したが、しかし、外連味のある言い回しをするあかりを見ていて、何か意図を持って語っているのでは、と言うコトに気付いた。

「そんな子だから、身近に、その子を想ってくれる女のコが居ても、なかなか気付いてくれなかったんだ。……ううん、気付いては居たんだと思う。でも、誰にでも優しすぎた所為で、なかなかそれを理解出来なかったんだろうね。――だから、その子が好きな女のコに、もう一人、好きだ、って言ってくれた男の子が現れなかったら、ずうっとそのままになっていたのかもしれない」
「――――」

 寿だ、と由那は気付いた。由那は、矢島があかりに交際を申し込んだコトで、あかりと浩之の仲が急接近した、という話を同じクラスの同級生から聞いたコトを思い出した。その時は、矢島はイイ道化だと笑ったモノだった。

「その時、ね」
「?」
「その男の子、妙に慌てた顔で、その女のコにこう訊いたんだ。――お前、いま、好きなヤツはいるか?、って」
「…………」
「だから――」

 そう言ってあかりは、両手を後ろで組んだ。

「女のコは正直に言ったんだ。――――いるよ、って」
「…………」

 あかりは少し赤面していた。照れているのだろう。聞かされている由那にしてみればいいノロケ話だが、何故か腹が立たなかった。もしかすると、ようやくあかりが何を言いたいのか、薄々気付いたのかも知れない。

「…………平光さん」
「?」
「きっと、矢島くん、正直に言わないと気付いてくれないと思うよ。だって矢島くん、性格的に浩之ちゃんと良く似ているし」
「……ニプイところとか?」

 そう訊いて由那は吹き出した。つられてあかりも吹き出した。やがて二人して、声を上げてケラケラと笑いだした。

「……や、矢島くん、そんなにニブイの?」
「そりゃあ、あんたたちの仲にも気付かなかったくらいだからね――昔から」
「……?」

 急に素に戻った由那を見て、あかりは笑いをやめた。

「……えーと、ね」


 矢島が小学生の頃、上級生達に混じってバスケットボールをするようになって、それを遠巻きに見る者が居た。
 三つ編みにしたお下げが背中で揺れる、可愛らしい女のコだった。そして彼女は、幼い頃からいつも矢島にベッタリして遊んでいた、矢島の家の隣に住む幼なじみであった。
 上級生のひとりが、そんな少女に気付いたのは、矢島が彼らに混ざってバスケットボールをするようになってからまもなくのコトだった。
 いつも見ている子が居る。そう言われた時、矢島は漸く幼なじみの存在に気付いた。

 ――いっしょに、バスケやりたいのか?
 ――うん、“あたし”もまぜて。

 小学校の中学年くらいでは、男女の体格にあまり目立ったところはない。だから、男女混ざって一緒に遊んでも、互いに違和感は感じないのが普通である。だから上級生は、矢島の幼なじみを混ぜるコトに異議を唱えなかった。
 矢島も、始めは何も言わなかった。いつものように、一緒になって遊ぶ。何も気にはならなかった。
 だが、矢島の幼なじみは、矢島よりもバスケットが上手かった。この頃の子供は特に体格に男女の差はないのだが、由那は早熟の傾向にあったらしい。その影響で、男児よりも微妙に四肢のバネが柔軟で、スピードもあり、たちまち仲間内でトッププレイヤーとなった。
 そしてその幼なじみは、上級生達から好かれるようになり、定期的に行っていた仲間内同士での試合で、エースとして重宝されるようになった。
 不本意にも、矢島のポジションを奪って。

 ――どうして、おまえがバスケなんかにきょうみもったんだよ!?おんなのクセにナマイキだっ!

 学校の帰り、家の前で、幼なじみは、矢島からいきなり怒鳴られた。正確には、積もり積もって鬱積していたモノが、許容量を超えて爆発してしまったのであろう。
 いきなり、前触れもなく矢島に怒鳴られ、彼女は酷く狼狽した。
 何も言えず狼狽える、そんな幼なじみの姿が、子供心のもつ、純粋な残虐心を刺激し、余計に苛立ったのであろう。

 ――絶交だ!二度と顔なんか見せんなっ!

 怒鳴るだけ怒鳴って、矢島は自分の家に入ってしまった。
 彼女はその場に呆然と立ちつくし、やがて、大きな声で泣き出した。
 
 ――やだよ、ひさしちゃん、ぜっこうなんてやだよぉっ!

 彼女はその日から一週間、学校を休んだ。
 流石に矢島は、言い過ぎたコトを理解し、幼なじみの家に毎日謝りに行ったのだが、何故か彼女は矢島と会おうとはしなかった。正確には、会えなかったのである。
 やがて、一週間後、矢島は漸くその理由が判った。
 彼女は髪をバッサリ切っていた。
 彼女は、矢島から怒鳴られた後、自分の部屋で、あの可愛らしいお下げを自分で切り、不細工に丸刈りにしてしまったのである。彼女の両親は呆れつつ、なんとか髪が見栄えの良くなる程度にまで生えるまで、登校を控えさせていたのだ。

 ――なんで、そんな頭にしたんだよ?

 呆気にとられる矢島に、彼女はこう答えた。

 ――だって、おんなじゃナマイキなんだろ?

 彼女はその日から、一人称を「ボク」に改め、男言葉に徹するようになった。
 矢島は、そんな幼なじみを呆れつつ、しかしそこまで追い詰めてしまった自分の失言を反省した。そして、自分のほうがバスケの腕が劣っているコトを認め、彼女が休んでいる間、必死に特訓していた。
 矢島は、遊び相手に過ぎなかった幼なじみの一生懸命さん感服し、その日から良きライバルと思うようになった。
 そしてその幼なじみも、そんな矢島に応えるべく、バスケットの腕を上げていったのである。

       第19話へ つづく

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