ToHeart if.『矢島の事情 〜 告白 〜 』第16話 投稿者:ARM 投稿日:7月20日(木)21時20分
○この創作小説は『ToHeart』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用しています。
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【承前】

「そりゃ、きまってんだろ。――矢島のためだ」
「しかし――」

 矢島は戸惑った。

「そんなの、お節介――」
「平光さんってそんなにお節介焼きか?」
「?」
「いや、さ。――委員長の時もそうだったからさ」
「保科さんの時――あ」

 矢島は、前に智子から、交際を申し込んだ時にわざわざ智子の家にまで出向いて、いい返事をして欲しいとお願いしたコトを思い出した。

「……良くそんなコト、覚えていたなぁ。俺なんかとっくに忘れていたぜ」

 すると浩之は意地悪そうに笑い、

「んー、委員長にフラれた時の矢島の様子が面白かったからなぁ」
「なんだとぉ?」
「冗談だって。――ていうか、面白い人だと思ったんだ、平光さんのコト」
「面白い?」
「ああ。なんかさ、矢島に何か厄介事があると変に絡んでいるからさぁ。で、実際そう言う人だったの、彼女?」
「えーと。……いや、そんな別に、お節介だなんて。むしろ、俺に喧嘩売ってくるほうだったからさ」
「喧嘩、か。そういや前に、いつもライバル視している、って言ってたな」
「ああ。本当、たまらんよ。――小学生の頃ならいざ知らず、高校に上がってまで同じじゃな」

 かつて由那は、矢島と勝負し、負けていた。絡んでくる由那を疎ましく感じた矢島に、バスケのシュート勝負を挑まれ、由那のフォームにあった致命的な弱点――フォームが矢島の物真似になって無理があるコトを指摘されて負けていた。しかし後日、偶然知り合った綾香の協力で自分にあったフォームを見つけ、未投の分を矢島に再挑戦したが、結果は引き分けに終わっていた。
 溜息を吐く矢島をみて、浩之は、ふむ、と小首を傾げて唸り、

「……じゃあ、さ。なんでそんなに絡んでくるのか、思い当たる節は無いのか?」
「理由、か」

(……ボク、寿を越えたかった)

 引き分けに終わったあの夕陽の中で、由那は物憂げにそう答えたのを、矢島は思いだした。そして由那が、自分に気があるコトをようやくそこで気付いたのだが、矢島は素直に由那の気持ちを受け入れる気にはならなかった。決して由那が嫌いなワケではない。ただ、由那とは「LOVE」ではなく「LIKE」のほうが性にあって居ると思ったからだ。そしてそれがずうっとうまくいっていると信じていた。矢島はまだ知らなかったが、奇遇にもそれは、由那も、綾香との出会いによって得た結論と同じであった。
 だから、由那の前で智子に交際を申し込んだ時も平然としていたのではないか。そればかりか、それが成就するよう、智子に面と向かってお願いさえしていたのである。そこまでされて、恋愛感情が存在するなどと思えるだろうか。矢島が由那との関係が友情そのものであると確信したのはまさにその時だった。
 しかし智子は、矢島の交際を断り、由那を大切にしてあげて、と言った。本心に気付いていない由那の居場所は矢島の側しかない、とまで指摘した。ゆっくり見つめ直して、と言われてから一年経つが、矢島はどうしても納得できず、今に至っている。
 今では、そんな関係に進展など無く、むしろ趣味のバスケットのコトでも色々相談し逢える、まさに由那の望んだ通り「良きライバル同士」と言える間柄になっていると思っていた。全国大会の成果はまさにそこにあったハズであろう、と矢島は信じて疑わない。
 疑う余地など無いのでは?――矢島は戸惑いげに浩之のほうを見た。

「……まぁ、あいつ、昔から負けず嫌いなところがあったからな」
「ふぅん」

 浩之は納得したふうに唸るが、しかしまだ釈然としないモノでもあるらしく、少し眉をひそめて矢島の顔を見つめた。

「……昔、って、いつ?」
「いつ?」

 どうしてそんなコトを訊くのか、と矢島は不思議がるが、

「子供の頃からだが」
「……じゃあ、さ。きっかけみたいなモノ、って、ない?」
「きっかけぇ?」

 何で浩之がそこに拘るのか矢島は一層不思議がった。

「きっかけ……って、…………そりゃあ――――」

 そこまで言って、矢島は硬直した。
 暫く、必死に、首を捻って捻りまくってみたが、何故か、思い出せなかった。
 そんな必死になっている矢島をみて、浩之は肩を竦めた。

「……思い出せない?」
「……んな、いきなり訊かれてもさぁ」
「多分」
「?」
「俺の感だが――そのあたりを思い出せれば、平光さんがお前に絡んでいた理由があると思うんだけど」
「感かよ」
「感が嫌なら――――俺にも似たような経験がある」

 そう言った浩之は、またも右手に鈍い痛みを覚えた。

「――あかりが俺に懐いている理由がそうだからな」
「神岸さんが?」

 あかりの話題に、矢島は目を輝かせた。まだ未練でもあるらしい。

「昔、な。かくれんぼであかりのヤツを置いてきぼりにしちまったコトがあるんだ」
「あ、ひでぇ。野郎相手ならいざ知らず、女のコ相手にンナ酷いコトしたのかよ」
「俺だって悪いと思ったからさ、迎えに行ったんだよ。――したら、さ」

 浩之は右手を無意識に左手でさすりながら、ふっ、と微笑んだ。

「みーつけた、って。――俺が来るのを待っていたっていうんだ。以来、俺にベッタリだ」
「うわぁ、なんかムカつくぞそれ。卑怯、っつーか阿漕っていうか」
「わざとじゃねぇって言っているだろ!(笑)――だから、さ」
「?」
「矢島と平光さんにも、俺たちのように、子供の頃に似たようなコトがあって、ライバル視するようになったんじゃねーのか、と思うんだ、俺なりには」
「…………」

 浩之にそう言われ、矢島はまた小首を傾げた。やっぱり思い当たるモノがないらしい。

「とにかく、さ」

 浩之は思い出そうとしている矢島の肩をポン、と叩き、

「…………まずは、平光さんに謝って機嫌を取っておけよ。もしかすると彼女からその辺りの事情が聞き出せるかも知れないし」
「…………う、うん」

 余り気乗りしない矢島だったが、とにかく由那には言いすぎたコトだけは謝りたいと思った。
 しかし、振り上げた拳を無理矢理収めた手前、今すぐ由那に面と向かって謝る気分にはなれなかった。何より、初めて由那を怯えさせて泣かせてしまったのだから――――

「――――あれ?」
「?」

 突然、目を丸めてぽかんとする矢島に気付いた浩之は、きょとんとして矢島を見た。

「…………あれ?」
「何がアレ、なんだよ?」
「………………」

 だが矢島は何も応えず、その場で呆然としたまま佇んでいた。

   *   *   *   *   *   *   *

 矢島に叱られて思わず泣いてしまった由那だったが、智子とあかりが部活中の部員達の代わりに宥めていたお陰で、漸く落ち着きを取り戻していた。

「……うん。もう大丈夫」
「そっか。……まったく、矢島くん、とっとと謝りに来ればええのに」
「んー。……でも、矢島くんの性分なら、直ぐには謝りに来られないかも」
「なんでや、あかり?」
「だって矢島くん、滅多に――ううん、あんなふうに怒るのって、殆ど無いでしょう?あんなふうにキレちゃうと、直ぐには素直になれないと思うんだけど」
「なんでそうだと言えるンや?」
「だって」

 訝る智子に、あかりは、にっ、と微笑み、

「浩之ちゃんがそう言う人だから」
「藤田くんがぁ?」

 そんなふうには見えない、と言い返そうとした智子だったが、しかし言われてみれば、いつもだるそうな顔をしている浩之が、自分の失敗を即座に認めるような素直な男には確かに見えなかった。本人なりに判ってはいるが、意固地になって、二、三、うざったく言い訳してから漸く認めるタチだろう、と思った。

「……うん」

 智子が納得する前に、何故か由那が頷いた。

「……確かに寿もそうかも知れない。――あの時もそうだったし」
「「あの時?」」

 智子とあかりが声を揃えて訊くが、由那は何故か応えようとはしなかった。

「ねえ」

 そんな時だった。

「……綾香」

 由那が漸く落ち着いたコトを知り、今まで三人から距離を置いて様子を見ていた綾香が、近づいて声を掛けてきた。

「……ちょっとキツイコトやっちゃったね。ゴメン」
「…………ん。いいよ」

 綾香が済まなそうに頭を下げると、由那は首を横に振って照れくさそうに微笑んだ。

「……やっぱり、さ。無茶言ったボクが悪いんだし」

 由那がそう言うと、何故か綾香は、むすっ、と顔をしかめた。

「……だからさぁ」
「?」
「なんでそう、無理するワケ?」
「無理?」

 段々と険しい表情になる綾香を見て、あかりは戸惑った。

「ちょ、ちょっと綾香、どうしたの?!」
「あかり、ちょっと黙ってて――」

 綾香は由那を睨んだまま、あかりに一瞥もくれずに言い、

「――由那さぁ」
「?」
「初めて会った時から思っていたんだけど、あなた、自分を押し殺しすぎ」
「――――」
「――なんでそんなに我慢できるワケ?」
「我慢、って――」
「由那。あなた、本当のところ、矢島くんのコト、どう思っているの?」
「え゛?」

 綾香の質問は、由那を硬直させたばかりか、あかりと智子をも呆気にさせた。

「さっきのもそう。あれは遊びじゃなくって、心の底から矢島くんの為を思って、あたしと勝負したんでしょう?――なんでそのコトを矢島くんにはっきりと言おうとしないの?」
「「え……?」」

 智子とあかりは同時に由那の顔を見た。由那は唇を噛みしめて黙り込んでいた。

「由那が、そして矢島くんがあたしとバスケットの1on1(ワン・オン・ワン)勝負をして、あたしに勝ったら、あたしが矢島くんの就職先を世話する。――由那は負けたけど、結果的には本人が自力で未来を勝ち取ったのよ。それもすべて、由那のお陰」
「あの約束……って、そないなコトやったんか」

 智子は驚き半分、なんてバカなコトを、と呆れながら由那の顔を見つめた。

「約束、と言っても提案したのはあたしよ。由那、そんなバカじゃないわ」
「バカ、って、あんた…………」

 智子は戸惑ったが、しかし確かに、矢島の少し堅物な性格を一番理解している由那が、矢島を怒らせかねない無神経な約束を自ら申し出るほど浅はかでないのは、直ぐに理解した。
 そして、次に綾香の顔を見て、智子はなるほど、と思った。浩之たちから話は聞いていたが、その場のノリを粋に愉悦するこの才女がいかにも言い出しそうな提案だな、と納得した。今のやりとりから、智子は、つき合いの長い自分たち以上に、由那と矢島の関係を熟知している、といたく感心した。由那を挑発して勝負させ、そして矢島をも自分のペースに持ち込んで勝負させた。なかなかのやり手である。
 だが、いくら大財閥のお嬢様とはいえ、そんなリスクの高い、無茶な約束を本気で守る気があったかどうか。口ではああ言っていたが、実際負けて、しかし矢島がその申し出を感情に任せて断っているのを見て、ほっとしているのではなかろうか。
 それが智子を酷く戸惑わせた。約束を守る気のない、守れないハズの女が何故こうもその話で未だに絡んでくるのか。――本気で約束を守る気があるのか。

「……な、なぁ、来栖川さん」
「?何?」
「もう、そこまでにしときや。いくらアンタでも、出来るコトと出来ないコトが……」
「約束のコト?――ううん、大丈夫。どっちみち、勝負なんてする必要も無かったんだし」
「へ?」
「そんなコトより――由那、あんた、矢島くんのコト、好きなの、嫌いなの?」
「す、好き?――き、嫌い、って、なんで、そんな――あっ?!」

 思わず狼狽する由那の右手を取って、綾香が真っ直ぐ由那の目を見た。

「綾香――」
「由那、あなたそうやってまた、逃げ出す気?」
「――――」

 綾香は由那を、きっ、と睨み付けた。思わず硬直して黙り込む由那は、まるでヘビに睨まれたカエルのようであった。

「あたし、あの時も言ったわよね。逃げ出して彼を失望させる気?、って」
「…………」

 黙っていたが、しかし由那は、一年前に初めて綾香と知り合った時にそう言われたコトを直ぐに思い出していた。
 矢島を失望させないために、もう逃げ出しちゃいけない。真っ向から面と向かって言おうと決めたから、今の自分があったのではないのか。直ぐに思い出せたのは、あの日からいつもそう心に決めていたからであった。だから――――。

「……由那」

 綾香はそんな由那を見て、睨むコトを止め、仕様がないなぁ、と言いたげにどこか呆れ気味に微笑んでみせた。まるで今の由那の戸惑う心中を見透かしているかのようであった。

「本当に、それで良いワケ?――LIKEなままで気が済むの?」
「それは…………」
「このままじゃあなた、また、後悔するわよ」
「後悔――――」

 途端に由那の顔が青ざめた。

「また、矢島くんを他人に取られそうになる思いをしたいワケ?」
「……?」

 綾香の言葉に、智子は、え?と瞠った。

「好きなら好きって言わないと、きっと――」
「――後悔なんかしないっ!」

 由那は怒鳴った。

「後悔なんか、後悔なんか絶対しないっ!」

 ヒステリーを起こしてしまった由那は、綾香の手を振り払い、その場から逃げ出してしまった。

「……ちょ、ちょっと、由那!」

 突然のコトに、暫く呆気にとられていた綾香は、由那が体育館を飛び出した頃に漸く我に返り、呼び止めようとした。

「あかんわ、来栖川さん」

 すると横から、智子が綾香の肩を軽く叩いた。

「で、でも……」
「ああ言うのは下手に追い詰めたらあかんのや。…………ほっといたって」
「そんな……」
「それよりも」

 智子は綾香の顔を睨み、

「どういうコトや?」
「?」
「なんやアンタ、前に由那と色々あったみたいだけど……由那がまた後悔する、ってゆったよね?」
「う、うん」

 綾香が頷くと、智子はあかりのほうを見た。あかりは二人のやりとりを黙って訊いていたが、どうして智子が自分のほうを見たのか不思議がったが、直ぐに、あっ、とある事を思い出して頷いた。

「?何よ、二人とも。何か知っているワケ?」
「う、うん」

 あかりは頷き、

「実は前に、矢島くんが智子に交際を申し込んだコトがあって……」
「交際を申し込んだぁ?このきつそうな娘に?」
「何やその酷い驚きようは?あんたかて似たようなもんやろが!」

 智子はむっとして綾香を睨み付ける。綾香はうっかり口を滑らしてしまったコトに狼狽し、苦笑して誤魔化そうとした。

「喧嘩は後にして。――智子が不思議がっているのはね、その時の平光さんの行動にあるんだ。実はね――――」

       第17話へ つづく

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