ToHeart if.『矢島の事情 〜 告白 〜 』第8話 投稿者:ARM 投稿日:5月31日(水)00時16分
○この創作小説は『ToHeart』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用しています。
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【承前】

「………………ふぅん。そないなコトがあったんか。…………うん、わかってる。…………そうやね。――うん、きっとそうや。…………………………ホンマ、難儀な人やな、矢島くんは。………………………………え?急に黙って……って、あ、何でもあらへん(汗)。………………わかった。……こんな夜分、済まんな、藤田くん。…………うん、じゃあ、明日、学校で、な」


 翌日。バスケ部の朝練が終わり、教室にやって来た矢島は、浩之とあかりと話し込んでいた智子の姿を見かけた。
 正直、矢島は今日、どんな顔で智子に会えばいいか迷っていた。朝練の最中も、ずうっと悩んでいた為に、部長の赤星に、弛んでいるぞ、と何度も叱られる始末だった。
 しかし、矢島の姿を見つけた智子が、にこり、と笑い、

「おはよう」

 と声をかけてくる、というシチュエーションはまったく想像の範疇外であった。

「――――あ、え、あの、その」
「何、しどろもどろになって居るんだ」

 狼狽する矢島を見て、浩之が苦笑いした。

「あ、いや……その、なんだ」
「なぁ、矢島くん」
「――――」

 突然、智子に呼ばれて、矢島は心臓が口から飛び出る思いがした。

「えーと…………」

 そこで予鈴のチャイムが鳴った。

「……ん、しゃあない。……今日の昼休み、ちょっと話があるんやけど、ええ?」
「あ…………ああ」

 心臓がドキドキと激しく鼓動している矢島だったが、何とか頷けるコトは出来た。

 昼休みになった。
 矢島は智子が待つ屋上へと向かった。
 恐らく、昨日のコトについてだろう。正直、智子に面と向かれて何を訊かれるのか、矢島は戦々恐々であった。

「…………なんでお前もいるワケ?」
「あ、委員長に誘われてな」

 そう言って浩之は、にっ、と笑った。その隣ではあかりが申し訳なさそうに微笑んでいた。
 矢島はそれを見て、嫌な予感がした。きっとこの二人に昨日のコト、知られているのだろう。
 しかし何故、智子はこの二人に話したのか。それだけが判らなかった。

「…………で、な、矢島くん。昨日の件なんやけど」

 智子が切り出してきた。再び矢島、パニックモードへ突入。意外と気の小さい男である。

「………………あれ、本気?」
「本気――――」

 俺が、保科さんの居場所になってあげたいと言ったら――――交際して欲しい、と言ったら――ダメか?

「……あかり、見事に固まっているぜ(笑)」
「浩之ちゃん、しっ」

 智子の傍らで苦笑する浩之を、あかりが諭す。矢島は、なんでこの二人を呼んだのか、その点だけ智子を呪った。

「……なぁ、黙ってないで……」
「…………あ」
「?」
「………………ああ。本気だ」

 そう返事した矢島だったが、素直に覚悟できた自分が不思議で堪らなかった。

「…………俺、保科さんと交際したい」

 矢島がそう言うと、智子は、ふう、と溜息を吐いた。困憊したような溜息だった。
 そんな智子をみて、矢島は、ふられたかな、と思った。

「…………ええけど、な」
「ほら、やっぱりまたダメ――――――え゛?!い、今、なんて?」
「ええけど、ってゆったんや」

 そう答えて智子は頬を赤らめた。
 間抜けにも矢島は、最高の結果も想像の範疇外だった。あまりのコトに、矢島はまた硬直した。

「――だけど、な」

 続いて智子の口をついて出たその言葉に、矢島の硬直は直ぐに解かれた。

「わたし、別に矢島くんだけに、わたしの居場所を求める気はないよ」
「はぁ?」

 きょとんとする矢島の前で、智子は浩之たちのほうを見た。

「藤田くんやあかりだって、わたしの今の居場所なんや。――大切な」

 その言葉に、矢島はすべてを理解した。

 ぼくたち、ともだちだよね。
 ――もとい。良い友達でいましょう。

「は…………ははは………………」

 矢島は苦笑するが、その笑みは引きつっていた。
 しかし、悪い気はしなかった。

「……わたし、な」
「……?」

 ぽつり、と洩らす智子の言葉に、矢島は笑いをやめた。

「…………正直、矢島くんにああ言われて、悪い気はせぇへんかった。…………照れくさかったのは本当や。だから担がれていると思って――いや、矢島くんが人をからかう悪人やないのは判っとったからな、恥ずかしくなって逃げ出したんや」
「…………」
「…………でも、な」
「?」

 すると智子は矢島の目を見据えた。

「わたしには、それが、わたしを本当に好きで言ってくれたのか判らなんかったんや」
「え……?」
「…………矢島くん。あんた、以前、あかりに交際申し込もうとしたんやったよな?」
「あ――――、ああ」
「だから」
「え?」
「矢島くん、昨日、こう言ったやろ?――居場所求めて陰で泣いている女のコの気持ちは判ってやりたいと思っている、って」

 それは、矢島が智子に交際を申し込む直前に言ったセリフであった。

「それが、わたしの中で、ずうっと引っかかっていたんや」
「……引っかかっていた?」
「ああ。――それって、好いてゆぅてくれたんやない、と思ったんや」
「――――」

 矢島は絶句した。

「――好きでもない…………って、俺、そんなつもりは」
「ちゃうわ」

 智子は笑みを浮かべて頭を振った。

「わかっとるよ。でも、つまり、な。…………それは同情なんや」
「同情…………?」
「矢島くん、同情でわたしのコト想ってくれたんやと思う」
「い、いや、そんな…………!」
「なら、昔、あかりに交際申し込もうとした時、どんなつもりだったんや?」
「つもり?」

 矢島は、智子の真意が掴めずに戸惑う。

「矢島くん、本当は、藤田くんとあかりのコト、良ぉ分かってて声かけたんとちゃうの?」
「え……?」

 矢島は戸惑いながら、智子の傍らにいる浩之とあかりをみた。そして、あっ、と驚き、この場に二人がいる理由にようやく気付いた。

「……あかりはずうっと藤田くんのコトを見とったんや。しかし藤田くんはなかなか自分に靡いてくれず――いや、藤田くん自身、あかりが傍にいるコトが当たり前だと思ってて、あかりのほうを向いてくれなかったんや」
「…………」
「だから――矢島くんは、あかりが可哀想に見えた」
「――――――」

 絶句する矢島の前で、智子は、ふっ、と笑みをこぼした。

「……矢島くん、そうゆうヒトなんよ。昨日、平光さんと話してて、それがよぉ分かった」
「え……由那?」
「昨日の夜な、わたしの家に来て、矢島くんのコト、わざわざ弁明しにきたんや」

 言われて矢島は、昨日の夜、由那がなかなか帰って来なかったのを思い出した。確か8時過ぎに部屋の灯りがついていたが、カーテンが閉まっていてその中の様子は分からず終いだった。

「……なかなかええ娘やないか。ちゃんと矢島くんのコト、考えてくれているし」
「で、でも、――俺は別にあいつを意識なんか――――」
「由那もゆってたで。“ボク、寿の親友だからね”って」

 不意に、智子が由那を名前のほうで呼んだので、矢島は思わず瞠った。

「矢島くんも同じか?――由那のコト、気心の知れた幼なじみ、ダチやと思っているのか?」

 急に智子がキツイ口調で詰問するものだから、矢島は一瞬戸惑った。

「それは――」
「迷うコトはない。――矢島くん自身の、本当の気持ちに従うだけでええんや」
「お、おい――」

 智子の様子を訝しげに見ていた浩之が、思わず口を挟もうとした。しかしそれをあかりが浩之の学生服の裾を引っ張って引き留めた。

「あかり――」
「……智子に…………任せてあげて」
「………………」

 どうやらあかりは、智子が矢島に何を問いただそうとしているのか分かったらしい。浩之は迷うが、あかりを信じて静観するコトに決めた。

「なぁ、なんとかゆぅてみぃ」
「………………」

 訊かれても、矢島には、自分にとっての由那が、気心の知れた幼なじみで、由那自身も言っている通り、親友だとしか考えられなかった。
 黙り込む矢島に、智子は呆れ気味に溜息を吐き、

「……なら、なんで昨日、わたしに告白した時に由那を見て驚いたんや?」
「え?――あ――――あれは、その――――」
「まったく――――」

 しどろもどろになっている矢島を見て、智子は肩を竦めた。

「…………由那のゆう通りや。あの娘が一番矢島くんのコト分かってるやん」
「え?」
「思い出してみ。矢島くん、わたしに告白した時、由那がなんて言ったか」
「………………?」
「……まぁ、忘れていてもおかしゅうないか。でもな、あれがわたしのシャクに障ったやけど――――由那な、矢島くんがわたしのコトをどう思って告白したか見抜いておったんやで。悪い噂に悩まされているわたしのコトを気の毒と思って告白した、って」
「あ――――」

 それを寿が気の毒と思ったのか。……まったく、寿らしい話だよね。

 矢島は、苦笑しながらそう言った由那の顔をようやく思い出した。

「由那は、矢島くんの言動は同情から来ていると、あんな僅かな状況で理解してた。それは、矢島寿という男の子をずうっと見続けてそのひととなりを把握ししていたからこそ出来たものなんや」
「…………」
「わたしも始め、それをとても不思議に思ったんやけど、由那と面と向かって話す機会があってな。それであの娘がどういう娘か、よぉ分かり、その解せない点に目星がついたんや」

 そう言って智子は、傍らで静観していた浩之を見た。

「……どうしてこう……」
「?」

 見つめられて浩之がきょとんとすると、智子は頭を振り、

「…………いや。――藤田くんと同じやな」
「へ?俺?」

 思わず瞠る浩之。しかしその隣にいるあかりは、ゆっくりと頷いた。

「由那はな、矢島くんをずうっと見つめていたんや。しかし、矢島くんは――由那をただの幼なじみ、気の合う友達としてずうっと接していたから――――由那はそのぬるま湯に慣れて、本心を隠してもうたんやで!」

 智子は浩之のほうを見据えたまま、矢島に怒鳴った。だがそれは、そのまま浩之に通じるモノでもあった。浩之は智子の真意をようやく気付き、戸惑いげにあかりの顔を見た。
 見られているコトに気付いたあかりは、浩之に笑みを浮かべて頷いたが、それはどこか寂しげであった。それがまた、浩之の心を抉った。
 怒鳴った後、暫く浩之のほうを向いて俯いていた智子が、ようやく矢島のほうへ振り向いた。
 何故か、微笑んでいた。

「由那はな、ちゃんと矢島くんのコトを理解している、ええ娘や。……でもな、矢島くんが由那にちゃんと振り向いてあげない限り、由那はずうっと自分の心を偽ったままでいるんやで。――あかりやわたしのコトを分かってやれるのなら、由那のコトもちゃんとわかってあげてぇな」
「……………………」
「由那の居場所は、矢島くん、あんたしかおらへん。――直ぐに、とは言わへん。矢島くんにも考える時間が必要やしな。そう、うちがここに、この街に。今の居場所を見つける為にかかったぐらいの時間が必要かも知れんな。あるいは、それ以上――、だけど、迷った分だけ、きっと矢島くんや由那の間に必要な結論が得られるハズや」

 智子のその言葉を聞いた時、浩之は右手に僅かな熱さを覚えた。錯覚なのかも知れないが、その熱さと痛みが、あかりとの間に必要だった結論を得た代償であったのは間違いなかった。あの時はどれだけ苦しみ藻掻いただろうか。浩之はもう遠い記憶のように感じた。
 矢島は沈黙していた。どう応えていいのか、と迷っていたハズのそれが、いつの間にか、ここしばらく、由那との間にあったゴタゴタを振り返る作業に変わっていた。
 思えば、自分はどれだけ、由那に振り向いてやったのだろうか。
 由那はいつも、俺の背ばかりを追いかけていたのではないのか。
 智子は、矢島がゆっくりと唇を噛みしめるのを見て、何かを納得したのか頷いてみせた。

「……ホンマ、苦労するで。…………それだけ、な、自分の居場所を探すのは苦労するコトなんや。…………でも、居場所を見つけられたら、何もかも変わるんや」

 そう言って智子は浩之とあかりのほうを見た。

「なぁ、藤田くん、あかり。……わたし、ずうっと考えていたんや。神戸に帰れなくなったのに、それでも拘っていた理由を。……惰性で続けていたんやない。きっとまだ、ここにもわたしの居場所がないと思っとったんやろな」
「「…………」」
「だけど、由那とな、自分の居場所のコトで色々話していたうち、緩い想い出に縋っている自分に気付いたんや。……仲良し子良しの三人組でいたあの頃の自分に」

 そう言って智子は、ふぅ、と溜息を吐き、

「――だからな。わたし、藤田くんとあかりと友達になるコトで、自分なりの心のケジメを着けるコトにしたんや」
「ケジメ?」
「……“あの二人”も今やカップルや。だから、藤田くんとあかりの二人と付き合ぅて、自分の居場所が見出せるようになれば――――きっと“あの二人”と気兼ねなく、昔のように話せるようになると思うんや。――その時こそ、きっとあの頃に帰れるんやろな」
「「「…………」」」

 照れくさそうに語る、智子の居場所。絶望の中で見つけられた光明が、ここまで彼女を成長させたのだ。無言で訊いていた浩之たちだったが、とても嬉しかった。

「………ああ」

 矢島が微笑んで頷いた。

「…………きっと、帰れるハズさ」

 矢島はそう言ってみせたが、それは決して智子に向けられたモノだけではないだろう。矢島は、智子と知り合えたコトが僥倖であったと心から思った。
 しかしその智子のまなじりに光るモノを見つけた時、矢島は当惑した。

「保科さん――――?」
「…………わたし、な…………ホンマは…………自信無かったんや」
「自信?」
「ここまでカマかけて、矢島くんが由那のコトで、まったく悩んでくれなかったら…………」
「…………」
「…………その時は、しゃあないと思ってた。…………まぁ、それでもはっきり断る気やったけどな」
「え?」

 涙を拭う智子は笑みを浮かべていった。

「……だって…………な。わたしは、矢島くんみたいに鈍感やないし」
「鈍感……って」

 思わず矢島は苦笑した。

「…………なんでかなぁ」
「?」
「……なんで…………わたしが佳いと想ったヒトには…………お似合いなのがとっくにその傍におるんやろぅ」
「「「――――」」」

 その言葉には、矢島ばかりか、浩之とそしてあかりも驚いた。

「委員長――――」

 浩之が声をかけようとしたその時だった。
 突然、智子が浩之の胸に飛び込み、わあわあと大泣きし始めたのである。
 突然の行動に浩之は狼狽し、あかりに助けを求めようとして顔を向けた。
 しかしあかりは、無言で首を横に振った。そのままにしてあげて、と。
 浩之は困惑するが、やがて、あかりの考えを理解し、そのまま大泣きする智子の成すがままにするコトにした。
 智子の想いを受け止められなかった二人の少年は、その悲しみが収まるまで、見守ってやろうと思った。それが二人にとっての智子への罪滅ぼしならば。

       第9話へ つづく

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