ToHeart if.『矢島の事情 〜 告白 〜 』第4話 投稿者:ARM 投稿日:5月23日(火)01時45分
○この創作小説は『ToHeart』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用しています。
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【承前】

「……なぁ、藤田」
「?」

 ようやく空いたケーキカウンターの前に立った浩之が、あかりに頼まれていたチーズケーキを料理バサミで掴み取ったその時、不意に、隣にいた矢島が話しかけてきた。

「……どうして俺なんか誘ったんだ?」

 もっともな疑問である。いくら雅史が無理だったとしても、この程度なら浩之一人でも事足りる用件である。
 すると浩之は、矢島の顔を覗き込むように見て、

「面白そうだったから」
「……はぁ?」
「つーか、さ。――矢島って、いいひと、だからさ」
「え?」

 思わずきょとんとする矢島。直ぐに、からかわれているという思考に直結しない辺り、浩之の言うとおり「いいひと」なのではあるが、ただの鈍感なのかもしれない。ともかく、矢島は釈然としないまま、ケーキを智子の分も取って浩之とともにテーブルに戻った。

「……ありがとな、矢島くん」

 自分のケーキを取ってきてくれた矢島に、智子は礼を言った。

「あの混みようだし、お盆がちっちゃいから半分半分しか置けないから、みんなで行っても仕方ないさ。もう少し空いてから、残り取りに行こう」
「そうだね」

 あかりが笑って頷いた。
 その横で、智子が矢島の顔を時折伺い、ようやく意を決したように――顔を少し赤らめて、

「……ところでさ、矢島くん」
「何、保科さん?」
「……今日はどうも、な」
「気にしなくたっていいさ」
「でも、バスケの部活で疲れているんやろ?……日曜くらいはゆっくり休んでいたほうがよかったんとちゃう?」
「まぁね。でも今日は目の保養が出来たし」
「――――――矢島くんっ!」

 矢島にからかわれ、智子は膨れる。それを見て浩之とあかりも笑い出し、智子は二人も睨んで拗ねた。

「まあまあ。――でもさ、なんで保科さん、いつもあんな――」
「あんなガリ勉でごめんな、はい」
「そうじゃなくって……」

 矢島は拗ねる智子に、軽口が過ぎたコトに気付いて苦笑しながら困った。

「……いや、ね、何で今日みたいに、お下げとかメガネとかしないで学校に来ないのかなぁ、なんて思って――――もったいない」
「もっ――――」

 ますます智子、赤面する。

「あ、同感――――本当はあんましみせたくない気も……あいたたっ、こら、あかりっ」

 浩之の言葉に、あかりはちょっと嫉妬して浩之の耳たぶを引っ張った。

「……そ、それは……(汗)」
「ほら、もう二人とも……!智子、困っちゃっているじゃない」
「あ――悪ぃ、保科さん」

 矢島は素直に謝ったが、浩之は、あかりに耳たぶを引っ張られてもなお、まだへらへら笑っている。

「いや、正直に思っただけ――っていうか、手間かからない?」
「手間?」
「髪、三つ編みにする手間とか――あ、コンタクト?」

 どうやら矢島の疑問の源は、まったく下心など皆無であったらしい。

「うち、俺以外はみんな女でさ、朝なんか凄ぇドタバタしてんの」
「あかりもそうなのか?」

 矢島に言われて、浩之も正直に疑問に感じた。

「え?あ、その………………」
「まぁあかりの場合は、頭のリボン巻くだけだから簡単か――いたたたたっ(汗)」

 あかり、また浩之の耳たぶを引っ張る。今度は前より強めに。
 そんな二人を見て、矢島と智子が揃って苦笑した。

「藤田くん、それ失礼やで。――別に面倒やあらへん。子供の頃からやさかい、編むのは手慣れたもんや」
「ふぅん」

 矢島が感心したふうに言う。すると智子は不思議そうな顔をして、

「しかし、そういうコトに気ぃ使うワリに、あかりと藤田くんのコト、よぉわからへんかったなぁ」
「――――――!」

 矢島は、しまった、と思った。しかし智子は既に、意地悪そうに笑っている。

「そ、それは――――、いや、俺の周りってさ、髪、短いのばっかりだし――家族も、由那も」
「…………ホンマ、ニブチンなんやね」
「…………はい」

 すっかり平伏する矢島に、智子はくすくす笑った。

「……でもさ、ニブイ、ったって、他の連中だって似たようなもんだったんだぜ。俺だって、藤田と神岸さんが付き合っているんじゃないかと思っていたんだけどさ、藤田、他の女のコたちと付き合っているなんて噂もあったから――」
「?…………浩之ちゃん」
「――まてい(汗)俺、そんな噂聞いたコト無ぇぞ」
「へぇ?男子の間じゃ、一年の、ほら、姫川ってエスパー少女とか、校門前で勧誘していた格闘クラブの松原とか、三年生の来栖川先輩とか」
「う゛ぁ、ばかやろっ(汗)それはだな、色々相談事にのってやってたんだよ――あかりなら判って…………うわっ、ものすげー猜疑の眼差し(汗)」
「…………浩之ちゃん………………モテモテだね」
「こ、こらっ!」
「――ぷっ」

 無論、あかりは、浩之の言っているコトが本当であるのは知っていた。ついでに言うなら、目の前にいる智子の相談にものってやったコトも。だからあかりは、浩之が困り果てる顔を見て堪能し、我慢しきれずに吹き出した。

「こーのーやーろー」

 むくれた浩之は、あかりのこめかみに拳骨を押しあて、うめぼしをやる。こめかみをぐりぐりされてあかりは、痛い痛い、と苦笑しながら抵抗した。端から見るとまるっきりバカップルである。矢島はそんな二人を見て呆れ半分、羨ましがるが、そんな時不意に、違和感を感じた。そして、その源は直ぐに判った。
 智子だった。浩之とあかりの掛け合いを見て笑っていた矢島は、自分のとなりに座っている智子の横顔が、どこか愁いを帯びているコトに気付いた。

「……?どうしたの、保科さん?」
「――――あ、いや。…………なんでもあらへんよ」

 そう答えて智子は、にこっ、と笑った。それでもまだどこか昏かった。
 不思議がる矢島だったが、智子が何か無理しているコトは判っていながら、それ以上訊けなかった。智子とこんなに話したのは今日が初めてで、ずけずけと訊くほど無神経ではないし、本人が大丈夫というのだから、今はそう信じるしかなかった。

 結局その日は、矢島たちは学校の話やそれぞれの趣味の話でそれなりに盛り上がり、夕方、別れた。


「ねぇ、寿。今日はどこ行ってたんだよ?」
「友達と遊んでいたんだよ――っていうか、何で俺の部屋でくつろいでいるかなぁ由那」
「今日はうち、バルサン炊いてて、昼からずうっとここに避難。――折角、部屋の中家捜ししたのに、エッチな本ひとつ、ベットの下から出てこないんだもんな。つまんない」
「……」

 矢島は自分のベットの上で、週刊少年マンガ誌を読みふけってごろごろしている幼なじみを見て、それ以上言葉が出なかった。どうしてこいつ、女に生まれたんだろう、と思った。

「…………ところで、由那」
「何?」

 きょとんとする由那に、しかし矢島はそれ以上質問するコトを、急に躊躇った。
 うちのクラスの保科さんのコトで、と訊こうとしたのだが、そこから先が浮かばなかった。由那に変に邪推されるのが嫌だったのもあるが、どうしてそんなコトを訊こうとしたのか、そんな自分がよく判らなかった為でもあった。
 愁いを帯びた、智子の横顔。
 矢島は、帰宅する道々、それがどうしても頭から離れなかった。


 翌日の月曜。

「……なぁ藤田」

 二時限目が終わった直後、あかりと話していた浩之に矢島が声をかけた。

「ちょっといいか?」
「ん?あ、ああ。じゃあ」

 浩之はあかりにそういって話を切り、矢島と一緒に廊下に出た。

「どうしたんだ?」
「いや、さ――ちょっとここはまずい」
「まずい?」
「長岡さんがいたら、な」
「……言いづらい話みたいだな」

 浩之は辺りを見回し、志保の姿がないコトを確認して、矢島と一緒に階段を登っていった。
 二人が来たのは屋上だった。

「ここまで来なきゃまずいのか?」

 浩之が呆れたふうに言った。

「昨日の――」
「?」
「ほら、保科さんの様子。――変だったじゃないか」
「変…………ふむ」

 浩之はちょっと考え込んでから頷いた。どうやら浩之も感じていたらしい。

「俺、それがずうっと気になっていたんだ。…………もしかしてさ、何か悩みでもあるんじゃないかな、って」
「悩み……ねぇ」
「だから、さ。神岸さんから何か聞いていないかな、って思って」
「うんにゃ。なーんにも。――お前さんこそ、気付いたんだから、なんか心当たりあるんじゃないの?」
「無ぇよ(汗)あったら訊いてねぇっつーの」
「そりゃ、そーだ。――でも何で?」
「……まさかまだ、いじめられているのか?」
「いじめ――――、うーん、そりゃもう無いと思う。いじめていた連中は、俺と約束してから、ちょっかい出していないし」

 浩之は、例の三人組を思いだした。名前を口にしなかったのは、彼女たちが約束を守っているコトを知っているからだった。

「じゃあ、他の連中か?」
「いじめばかりとは限らないぜ。……委員長のコトだ、勉強がスランプになったとか、ってそりゃなさそうだな」
「じゃあ……家のほうかな」
「家……おふくろさんと喧嘩しているのかなぁ…………いや…………それよりむしろ……」
「むしろ?」
「……まだ、神戸に帰りたいのかなぁ」
「神戸…………」

 智子の故郷。
 大切な友達が居る場所。
 ――そして、ここに自分の居場所がないと“信じていた”頃の、智子の拠り所。

 だが、その友達に裏切られてしまった今、智子の心の拠り所は何処にあるのか。

 しかし今は、友達がいる。
 そして、自分の心の苦しみを理解してくれた少年が、この街には居る。

「……その可能性も考慮した方が良いけど……………それとも…………」
「なんだよ、矢島。やっぱり心当たりがあるんじゃねぇか」
「いや、さ。――昨日の様子で、様子が変わった時、藤田、俺たちどんな話をしていたっけ?」
「話?………………そりゃあ、お前ぇ、俺が色んな娘と付き合っているなんて悪い噂言った――――」
「そう、それ」
「?」
「噂だよ、噂。――そう言った途端、表情が変わったんだよ。やっと思いだした」
「変わったぁ?」

 訝る浩之に、矢島は頷いた。

「まるでさ、噂、って言葉に過剰に反応したみたいで……」
「噂…………か」
「?なんか知っているのか?」
「今はどうか知らないけどな」

 浩之は肩を竦めてみせ、

「志保がさ、前に委員長の悪い噂聞きつけたコトがあったんだよ。エンコーやっているとか、さ」
「――――」

 浩之がそう言った途端、矢島の顔が変わった。

「……どうした?」
「……ほら。俺、保科さんを夜見かけた時、悪い噂信じていたバカが居たって」
「あ――――――まさか」

 唖然となる浩之に、矢島は頷いてみせた。

       第5話へ つづく