ToHeart if.『矢島の事情 〜 告白 〜 』第2話 投稿者:ARM 投稿日:5月19日(金)01時30分
○この創作小説は『ToHeart』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用しています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
【承前】

 矢島が夜、駅前で智子を助けて家まで送ってやってあげた翌日。

「よお」

 登校してきた矢島は、先に教室にいた智子の姿を見かけて声をかけた。

「ああ、矢島クン。昨日はサンキュな」
「いいって」
「……なんか」
「?」
「元気ないのね」

 流石に智子を送って行ったばかりに、姉の初美の必殺技・オクトパスホールドを喰らい、そのダメージが一晩経ってもまだ残っているとは流石に言えなかった。

「まぁ、毎日ハッピってワケじゃねぇしな」
「そうやね」

 そう言って智子は、くすっ、と笑う。

「ところで」
「?」
「いつも、あんな遅いわけ?」

 矢島は不思議そうに訊いた。すると智子は少し困ったふうに顔をして頷き、

「隣町の塾だからね。仕方ないと言えば仕方ないわ」
「ふぅん。――ま、無理だけはしないほうが良いな」

 そう言って矢島は、にっ、と笑った。
 智子は矢島の笑顔に戸惑ったのか、しばし気まずそうな顔をするが、間もなく、ああ、と頷いた。
 矢島は、そんな智子の反応を少し不思議に思ったが、智子にも色んな事情があるのだろうと思い、それ以上は訊かなかった。
 それから矢島は自分の席に着いた。矢島の席は、浩之の席から後ろへ三番目のところである。
 自分の席に着いた矢島は、そこでふと、智子のほうをみた。席が後ろのほうなので特に意識しなくても見る格好になるのだが、その時はどういうわけか智子を意識していた。
 すると、遅れてあかりと一緒に入室してきた浩之が、智子の隣りに席に座った。矢島はきょとんとして、そういえば、とようやく智子の隣が浩之だったコトを思い出した。
 よぉ、と浩之が智子に声をかける。
 すると智子は、おはよう、とはにかむような顔で答えた。

(……ふうん)

 感心する矢島だったが、浩之と智子が仲が良いコトは、矢島も知っているコトであった。
 というよりは、矢島は、あかりの件で浩之の様子も伺っていた所為もあり、突っ慳貪な智子が何か困ったコト――恐らくいじめにあっていたのだろう、そんな困った目に遭っていたところを、浩之に助けてられていた辺りは気付いていた。最近の智子は、すっかり角が取れて、それでもまだ人見知りがあるのか、突っ慳貪な時もあるが、笑顔をよく見かけるようになった。
 当時はどうしてあの藤田が、と矢島は不思議に思っていたが、この間の由那の一件で浩之と色々話す機会があり、それで浩之の人となりをだいぶ理解したつもりだった。あかりが惚れるのも無理もない男で、嫉妬半分、男としてその甲斐性は見習いたいと思っていた。
 そう考えた時、矢島はある事を考えついた。

 三時限目は体育だった。

「400メートル走……かったりぃ〜〜っ」

 体育着に着替えた浩之は、校庭を見て相変わらずのやる気ゼロでぼやく。

「昨日の深夜はK1の中継があったからね。最後まで観ていたんだ」

 雅史が訊くと、浩之は生欠伸で応えた。

「……ビデオのタイマーがさ、調子悪くて効かねぇんだ、うち。……雅史、もしかして録ってた?」
「ああ。観る?」
「くわぁ〜〜っ!素直に電話して頼んでおきゃよかったよ、俺」
「なぁ、藤田」

 そんな会話をしているところへ、矢島が浩之の姿を見つけて声をかけてきた。

「おう、矢島。なんだい、お前さんもK1観たいの?」
「いや、俺は別に……うちも録っていたし。姉貴が鮒木のファンでさ」

 矢島の姉である初美は、大の格闘技ファンで、レスラーや格闘家たちの華麗な技がTVで炸裂すると、直ぐに矢島を実験台にして再現するという悪癖を持っていた。その為、矢島自身は格闘技は好きではなかった。

「そんなコトじゃなくってさ、…………保科さんのコトでちょっと聞きたいコトが」
「委員長のコト?」
「おーい、矢島、藤田!次はお前たちのグループが走る番だぞ!」

 体育教師が浩之たちを呼びつけた。

「……しゃーねぇ。走った後で」
「……まぁ、いいけど」


 400メートル走を完走して記録を取った後、浩之は校庭の水飲み場の直ぐ隣にあるベンチに座った。
 そこへ、体育教師に記録を申請した矢島がやってきて、浩之の隣りに座った。

「おう」
「さっきの話だが」
「…………」
「なんだい、不思議そうな顔をして」
「……いや、さ」

 浩之はいやらしそうな笑い方をして、

「矢島も隅に置けないなぁ、トカ思ったり」
「……そーゆーわけじゃない」
「なんだよ、じゃあ」
「いや、さぁ。……昨日の夜、駅前で保科さんと偶然会ってさ。…………あんな夜まで塾通いしているなんてえらく勤勉家なんだ、と思ったんだけど、その時、バカなヤツがちょっかい出していたからさ」
「バカなヤツ?」
「聞いたコトないか?――保科さんがエンコーしているとかいうタチの悪い噂」
「ああ、そんなのもあったな。まだ信じているヤツがいたのか」

 浩之が、やれやれ、と肩を竦めると、矢島は、ふぅ、と溜息を吐いた。

「……思えばさ。保科さん、ああいう人だったろ?」
「ああいう?」
「……突っ慳貪というか、ギスギスして、まったくクラスの連中とうち解けようとしない。まるで独りぼっちでいるのが望み通りのような、そんな――」
「……まぁ自業自得といやぁそうなんだが」
「へぇ。藤田、何か知っているのか?」
「知っているも何も、相談受けた――――なんか変に感心持っていないか?」
「持ちたくもなるさ。さっき言ったような性格の主がさ、最近は良く笑うし、神岸さんとも話しているのも見た」
「……まだあかりのコト諦めていないのか」
「そーやっていじめるなよ(汗)。――そもそもお前が関わっていそうだったから、気になって仕方がないんだ」
「俺?俺の所為?」
「っていうか、さ――由那の時もそうだったが、正直お前のコト、人を見る目がある男だと思っているんだ」
「……なんだよ、くすぐったいな。何も出さないぞ」
「期待なんかしてねぇよ(笑)。…………ただ、さ。話戻すが、保科さん、どこか寂しげだったから、気になって」

 矢島が照れくさそうに言うと、浩之は一回唸って、しばし黙った。

「……なぁ矢島。委員長、塾にまだ行っている、って言ってたよな?」
「?――あ、ああ」
「……そっか」

 浩之は憂い気味に溜息を吐いた。

「……?どうした、何か困ったコトでも?」
「金がない」
「そらお互い様だ。――やっぱり保科さん、なんか悩みでもあるのか」
「多分、な。――そっか、まだ塾に通っていたか」
「塾に何か?」

 矢島が訊くと、浩之は両腕を上げて大きく背伸びした。

「……前に、委員長から色々話を聞いたコトがあったンだ。…………家庭の事情で神戸から東京に引っ越してきたんだが、その時、神戸に仲の良い男女の幼なじみがいたそうだが、その二人とまた一緒に遊びたい一心で、塾に通ってゆくゆくは神戸の大学に進学するつもりだったらしい。しかし、委員長がこっちに引っ越して行ったのを機に、その二人が付き合い出して、そのコトを内緒にされていたのが酷くショックだったらしく――ここだけの話だぞ、いじめにもあってさ、人間不信で壊れかけていたんだ」
「そんなコトが……!」
「委員長が中学生の時に、ホラ、阪神大震災あったろ?――あれで両親の仲がうまくいかなくなっていたらしい。お父さんが消防士でさ、その所為で家になかなか戻れなくなって」
「そういや以前、TVのドキュメンタリー番組で、あの震災が原因で離婚した夫婦の話があったっけ」
「他にも精神面で色々辛い目に遭ったらしい。そんな心の傷を背負った状態で親が離婚だ。居場所は友達のところしか無かったんだ。――それが、裏切られる結果となった」
「そうだったのか…………」

 そう洩らす矢島は、昨夜、自分の家庭のコトで過剰に反応した智子の姿を思いだしていた。

「自分が一生懸命やってきたコトが、呆気なく無意味なものに変わった時のショックはそうとう…………あ」

 そうしみじみという浩之は、途中、違和感を感じ、そして直ぐにその理由を思いだした。

「……なんとなく、さ」

 気まずそうな顔をする浩之に、矢島は首を横に振った。

「……寂しそうなところが、由那に似ていると思ったんだ。――本当、ショックだったろうな」
「……まぁな。俺も壊れかけていた委員長みた時、凄ぇ辛かった」
「ふぅん。でもよくそんなに自分のコト教えてくれたんだな、保科さん」
「ああ――」

 と言いかけて、浩之は慌てて口をつぐんだ。ずぶ濡れになっていた智子を家に上げて事情を聞き、色々と相談に乗ってやった辺りの話は、流石に矢島には言い辛かった。あの時もし引き留めていたら、そのまま――。

「――ま、まぁ、人徳、ってヤツか」
「かもな」

 浩之には由那の件で色々相談に乗って貰ったコトがあるから、矢島は浩之の言葉を額面通りに受け取った。浩之は、矢島がつくづく根が単純な男で助かった、と胸をなで下ろした。

「……でも、まだ遅くまで塾に通っていたのか」
「ああ。…………だとすると」

 何かに気付いた矢島は、ふぅ、と溜息を吐いた。

「……まだ踏ん切りがついていないのだろうな」

 浩之は頷いて言うと、ベンチから起きあがった。

「…………こっちのほうに自分の居場所がまだ見つからないのかも」

 浩之はそう言った。そして頭の中で、自分が智子の居場所になってやれる機会があったのに、結局そうしてやれなかったコトに少し罪悪感を感じた。しかし自分には既にあかりという幼なじみがいた。どうにもならないコトである。

「居場所、か……」

 矢島は、浩之の言葉を反芻するように呟いた。
 どこか愁いを帯びたその呟きに、浩之は、ふぁん、と感心した。

「……気になるのか?」
「由那のコトもあったしな。――正直、そこまで知ってちゃ辛いだろう?」
「確かに。――でも、ああいうタイプの娘だから、押しつけがましいコトすると余計に反発する――似ているな」
「?」

 きょとんとする矢島の鼻先を、浩之は指した。

「平光さんに」
「そっかぁ?ベクトルが微妙に反対のような気がするんだが」
「ふぅん。…………しかしなぁ、ああいうのが…………」
「何だよ、ニヤニヤして」
「いや、さ。――いや、面白いかも」

 その時浩之は、一度だけ街角で見かけた私服姿の智子を思いだした。もしもその姿を矢島が見たとして、果たして同一人物と気付くであろうか。
 そして、更に浩之の頭の中で、今朝、智子から受けた相談が、不意に浮かんだある悪巧みと上手く合致し、実行に移す良い機会だと考えた。

「……なぁ、矢島」
「何だよ?」
「今週の日曜、空いているか?」
「何だよ、藪から棒に」
「いや、さ――」

 浩之は、にやり、と笑い、

「……あかりがさ、買い物に付き合ってくれ、って言ってるんだ」
「買い物?」
「つーても、元々は、委員長があかりにお願いしたコトなんだが」
「?保科さんが、神岸さんに?」
「何でも、委員長の親父さんが今、本庁のほうに出向しているそうで、こっちに来ているんだと。で、親父さん、今月末が誕生日らしくてさ。何かプレゼントの品を用意したいそうだ。しかし流石に、男物のコトはよく判らなくてさ、あかりを通して俺に買い物に付き合ってくれ、って言って来たんだ」
「へぇ」

 正直、矢島は意外だったらしい。矢島の中の智子像は、平気で男性下着売場に乗り込んでブリーフをレジに持って行き、あんちゃん、これ、まかんか?とか言いそうな偏見に満ちあふれた剛胆なものだった。

「ほら、さ。俺とだけじゃさ、デートに見られるから、って、あかりと一緒に、って。でもさ、俺も女のコ二人と一緒だと流石に気まずいから、雅史も誘ったんだが、あいつ週末は他校との練習試合が入っててどうしても付き合えない、っていうんだ」
「てコトは……」
「そう言うコト。空いているならどうだ?俺だけの意見じゃあまり自信なくってさ」

 無論、浩之は自信がどうのこうのは関係なかった。別に三人だけでも気にしていないのだが、今の浩之にとって、唐突に思いついた悪巧みに矢島が引っかかってくれれば楽しい、それだけだった。
 傾げる矢島は、少し悩んだ。
 あかりと一緒に遊べる機会が得られる。それだけで大変嬉しかった。
 それに、今週末は部活は無い。一つも問題はなかった。
 あるとすれば、浩之がどうして自分の顔を見て、いかにも悪巧みしています、って顔をしているのが気になって仕方がなかった。
 しかし結局、矢島は、週末の浩之たちの買い物に付き合うコトにした。

       第3話へ つづく

http://www.kt.rim.or.jp/~arm/