まぢかる☆スプリガン 投稿者:ARM 投稿日:5月18日(木)21時39分
○この創作小説は『まじかる☆アンティーク』(Leaf製品)並びに『スプリガン』(原作・たかしげ宙、皆川亮二 小学館刊)の世界及びキャラクターを使用しています。
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 話は、アーカム財団の内部紛争が噴出した南極遺跡事件の数日前に起きた、トライデントの〈COSMOS〉部隊による月夜野山山頂の要石爆破事件の三日後。
 その夜、アーカム財団が運営するアーカム研究所所長である山本が、当時のアーカム会長、ガーナム一派の暴走を憂い、自らの命の危険も省みず、研究所を抜け出して向かった先には、この事態を打破する切り札が待っているハズだった。
 彼らは、既に20年近くも前に、現役から引退していた。しかしその古代遺跡から芸術品に至るまで完璧な鑑定眼は、山本の依頼で度々発揮され、アーカム研究所を陰で支える柱の一つとなっていた。

「……わりぃな。今回はパス」
「お、おいっ」

 山本は酷く驚いた。

「しかし、このまま奴らに暴走を許せば、こんなふうにのんびりと店を構えてなんかいられねぇんだぞ」
「大丈夫だって」

 そういって、彼は、にぃ、と笑った。その笑顔は、山本が現役だった頃に、“無敵”の二文字をほしいままにしたスプリガンだった頃から変わっていない、見るものを安心させる笑顔だった。

「今は、俺なんかより頼りになる若い衆が沢山いるんだろう?」
「でも」
「忘れたか――」

 “無敵”のスプリガンは、まだ困惑する山本の鼻先を指した。

「――スプリガンの名は伊達じゃない。スプリガンの名を持つ人間は、それに相応しい力と心を持っている。今、俺たちが信じなきゃいけないのは、現在スプリガンの名を背負っている奴らが、“仕事”を必ず果たすのを信じるコトだけだ」
「…………」

 相変わらずの自信家だな、と山本は思った。
 彼は裏付けのない自信は、決して口にしない。もっとも、この男に不可能など無いのだが。山本は、半分呆れたように笑みをこぼした。

「……全く、お前ってやつは」
「それに、さ」
「?」
「――ティアからとっくに連絡もらっている。俺は日本のほうを何とかしてほしい、ってな。みんな行っちまったら、もしもの時、誰がここを守れる?」
「な……!」

 山本はぽかんとして、それから舌打ちした。しかし悔しそうには見えない。

「……参ったね。あの魔女は全てお見通しか」
「だから、さ」
「?」
「お前は現役の奴らを支援してやってくれ。日本は任せろ」

 そう言って彼は、また自信に満ちあふれた笑みをこぼした。

「……あいよ。“無敵”のスプリガン、宮田健吾がそういうのなら、な」


 19××年、深海の底で偶然発見された、1枚のメッセージプレート。
 そこには、古代ヘヴライ語で効果かれてあった。

 心ある者たちよ 過去からの伝言を伝えたい。
 この惑星には多種の異なる文明があった……
 だが、まもなくすべて滅びる…
 種としての限界、異文明ゆえの争い、堕落、荒廃…
 君達には未来があることを願う。
 世界中にあるわれらの文明の断片を遺産として残そう……
 だが、もしも君達に遺産を受ける資格がなければ、
 それらをすべて封印してほしい。
 悪しき目的に使う者達から守ってほしい……
 われらと同じ道は決して歩んではならぬ…


 骨董屋、五月雨堂店主、宮田健吾。
 かつて、“無敵”の二文字をほしいままにして、裏の世界からのあらゆる権力から、超古代文明を守り、封印してきた男。
 だが、健吾だけではない。山本や、健吾の息子と同い年ぐらいであろうか、今恐らくは日本の危機を救うべく戦場を駆けめぐる青年たちも含め、人々は彼らをこう呼び称え、ある者たちは畏怖する。

 スプリガン、と。



     『まぢかる☆スプリガン』



 突然、健吾が、一人息子の健太郎に五月雨堂を任せたのは、建前は夫婦の骨董道楽旅行になっていたが、本当のコトを知っているのは、健吾の30年来の友人であり、師でもある長瀬源之介だけである。
 表向き、古美術品の鑑定家として世間に名が知れている源之介だが、本職は、アーカム研究所で超古代文明の遺産の分析や解明に携わる超一流の考古学者なのだ。もっとも、アーカム内部でもこの男に関する“情報”を全て把握している者は、地下遺跡倉庫の番人であり、現アーカム会長であるティア・フラット・アーカムぐらいであろう。一番長いつき合いである健吾ですら、自分と知り合う前の源之介をまったく知らない。時として、超古代文明ばかりか、自然界でまだ解明されていない物理法則を理解して実行したコトもあり――それを魔法と呼ぶ者もいるが、同じ魔法使いのティアとは本質的に違う為、アーカムの上層部には、彼がこの世界の人間ではないのでは、と疑っている者もいる。

「……セレウキアの量子電池……、って、イラクのバクダッドで見つかった、2300年前に作られたという電池――オーパーツだろ」
「それのオリジナルが、地中海の海底遺跡で見つかったのです」

 そう言って、源之介は、健吾の妻であるしのぶが出した玉露を旨そうに飲んだ。事実、しのぶは和洋問わずお茶の淹れ方が上手であった。近所にある喫茶店『HONEY BEE』では、コーヒー以上に紅茶のほうが人気があったのは、しのぶが指南した成果である。

「これが、ティアさんから届いた写真です」

 源之介が差し出した写真を、健吾としのぶはまじまじと見つめた。

「……青銅製……いや、翡翠……いや、そのどちらでもないようですね」
「流石はしのぶさん。スペクトル分析でもその材質は今だ判明していません。――何より、異常なまでに軽い」
「どれくらい?」

 健吾が聞くと、源之介は懐から薄型携帯電話を取り出して健吾に手渡した。確か最新型の、40グラムにも満たないタイプである。しかしこの和服の着物の中から携帯電話を取り出す姿は、何とも妙で笑える。

「これよりも軽いです――ざっと、10グラム」
「心臓くらいの大きさで、そんな軽さ…………」
「そして――最大出力は、世界全ての原子力発電所を束にしても、その10パーセントにも及ばない、とコンピューターが算出しました」
「この仕組みが解析されて実用化されたら、まさにエネルギー革命だな」

 健吾が感心したふうに言う。すると源之介は首を横に振り、

「問題があります」
「何?」
「これのエネルギーの源です」
「源?」
「はい」

 健吾が聞くと、源之介は胸の上を、ぽん、と軽く叩き、

「――これは、人間の生命エネルギーを吸収して発電するのです。吸精式発電ともいうのでしょうか。おかげで、これを分析していたアーカムのアルジェリア研究所の所員たちは皆、根こそぎ魂を吸われて木乃伊に」
「「…………」」

 憮然とする健吾としのぶの前で、源之介は、はぁ、と溜息を吐いた。

「……根こそぎ吸って腹一杯になったところを、トライデントの連中が安心して、それを持ち出したと言う訳か」
「本来なら――」
「?」
「既に現役を引退している健吾に、このような話を持ちかけるのはお門違いとは承知していますが……」
「しゃーないでしょ」

 健吾はやれやれと肩を竦めて見せた。

「アーカムは内部抗争の再編中、人手不足が一層悪化している。そしてナンバー1とナンバー2ーのスプリガンが、別件で手が放せないと言うのなら――現役復帰もやむを得ない」
「無論――」

 しのぶがにこりと笑い、

「私も、ですね」
「しのぶは――」
「健吾。あなたが安心して背中を任せられるのは、世界広しと言えども、山本さんと私だけです」

 宮田しのぶ。彼女もまた、スプリガンの一人であった。正確に言うと正式なスプリガンではないのだが、“無敵”のスプリガンの最高のパートナーとして、伴に修羅場を駆けめぐった間柄であった。無論、二人の息子はそんな両親の過去など知らず、のうのうと大学で平穏な学生生活を過ごしている。

「しかしだなぁ……」
「良いじゃないですか」

 源之介は意地悪そうに笑った。

「旧世代のナンバー1とナンバー2が取り組んでくれる。これほど安心できるモノはありません。――鈍っていないんでしょう?」
「ええ」

 しのぶは嬉しそうに頷いた。そんな妻を見て、健吾は、余計なことを、と心の中で呟いた。

「どうですか、健吾?」

 どうやらしのぶも参加するコトは源之介の予想通りだったらしい。もはや妻を引き留める術が思いつかない健吾は肩を竦めた。

「判りました。では、今回の件ですが、報酬は700万」
「円?ドル?」
「どちらでも。――但し、任務の数は限定せず、期間は一年」
「一年も拘束?」
「言ったでしょう?人手不足だって。――新米の教育とか、色々お願いしたいコトもあるのですよ。何なら、一桁増やしても良いです」
「じゃあ、それで、ドルで」
「協力、感謝します。――しかし、お店のほうはどうされます?」
「不肖の倅がいる」
「なるほど。いやぁ、それは結構なコトで」

 頷きながら源之介、にやり、と笑う。健吾は以前、健太郎をからかうコトがライフワークとまで言いきったコトを覚えていた。そして、一年間も助け船もなくこの男にからかわれ続けるだろう息子の慟哭する様を見て、密かに、にやり、とほくそ笑んだ。こういう親なのである。

 果たして、健吾としのぶは、息子・健太郎に何の相談もしないまま、大学に勝手に休学届けを出し、店を一方的に任せて、20年目にして漸くの“新婚旅行”に出ていったのであった。その手際の良さは、余計に健太郎を腹立たせた。

 アルジェリアから持ち出されたオリジナル・量子電池――その性質から『霊子電池』と名付けられたそれは、トルコにあるトライデントの考古学研究所に持ち込まれ、解析が行われていた。
 トライデント。国際的な兵器開発組織で、いわゆる「死の商人」である。
 彼らは超古代文明の遺産を兵器に転用するコトで、莫大な利益を上げている。ゆえに、遺跡保護が目的のアーカムとは幾度と無く抗争を繰り広げていたのだが、先のガーナム一派の暴走の時に、アーカムはトライデントの母体の一つである日本の大財閥、高隅財閥がアーカム陣営に組みしたコトで、アーカムばかりかトライデントも内部分裂を起こしている。現在は、残りの米国のグラバース重工とヨーロッパのキャンベルカンパニーがトライデントを維持しているが、今までその三社の三すくみで取れていたバランスが失われ、事実上崩壊していると言っていい。辛うじて、各国の軍部と癒着するコトで組織としての姿を維持しているが、もはや営利追求団体とは言えず、大国の走狗と言っても良いだろう。
 そんなトライデントの精鋭部隊で守られている考古学研究所は、トルコの地中海に臨む半島の一角にあったのだが、そこは、数あるトライデントの研究所の中でも鉄壁を誇る要塞のようなところであった。
 まさかそこを、アーカムが早期に行動をとるコトは予想していたが、僅か二人の、日本人中年男女が強襲してくるとは想像の範疇外だったらしい。
 健吾としのぶは、堂々と研究所の入り口前に立ち、警備員にしつこくトライデントの研究所か、と尋ね、警備員がキレた瞬間、行動を開始した。
 その研究所は、主に米国の支援を受けていたところで、機械化小隊一個中隊が常時配備されていた。始めは機動部隊でコトが足りると踏んでいたトライデントの指揮官は、僅か10分の間に、たった二人にそれが全滅させられたコトを知ると、慌てて機械化小隊を出動させた。
 彼らは、アーカムで開発されたオリハルコンアーマーで身を包み、左手にアタッチメントで様々な火力武器が装備できる戦闘用サイボーグである。研究所という性質上、榴弾のような大火力兵器は装備されていなかったが、20人で構成されるうち、10人には接近戦用の高周波ブレード、5人にはアルゴンガスレーザーブレード、そして残りの、3つの小隊のリーダーには、結晶化ヘリウムガスによる最新鋭の電子冷凍砲が装備されていた。中隊ではあるが、戦力的には通常軍隊の一個師団と渡り合えるであろう。
 それが全滅した時間は、機動部隊と同じ10分足らずであった。
 一個師団に相当する戦力を全滅させた二人の武装は、チェストアーマーとショルダー、レッグアーマーが装備された軽めの黒いバトルスーツをお揃いで身に包んでいた。女のほうは、ナックルガードまで刃がついている、刃渡り36センチの巨大な大刀を両手に持ち、男のほうは、背中に背負っている日本刀はほとんど抜かず、もっぱら右手に握る年代物のマウザーを撃ち込むだけだった。
 だが、精々9ミリ弾を撃てれば良いところのそれが、オリハルコンアーマーに45口径の弾痕を刻み、時として榴弾を発射して敵を粉砕出来るなどと誰が思うか。終いには、業を煮やした指揮官が戦闘ヘリで襲いかかってきたが、マウザーから発射された地対空ミサイルに撃墜された。
 爆発の中で指揮官は、この不条理な攻撃が出来る主を漸く思いだした。それはかつて、“無敵”の名をほしいままにした最強のスプリガンの“能力”だというコト、そして彼が引退したハズ、と思ったところで、指揮官の身体は爆炎のなかに潰えた。

「……腕は鈍っていませんね、あなた」
「それはお互い様だ。日本史の裏で暗躍していた戦闘集団〈鉄眼組〉の奥義・無影刀は一つも鈍っちゃいない。どこで鍛錬していた?」
「台所で、肉や野菜を斬りながら」

 そう言って、目のところ以外は忍び装束で覆われているしのぶは笑っていった。

「言っておきますが、まだ私は、あなたを殺すコトは諦めていないのですからね。いつかその日の為に、鍛錬は欠かさずにいます」

 一族の仕事で健吾の命をひたすら狙い続けたしのぶは、時には健吾と協力し、本気で殺し合ったコトもあった。そんなコトが続いているうちに、健吾のスプリガンとしての任務に付き合うようになり、なあなあなうちに健太郎を身ごもって結婚した。しのぶいわく、自称・仮面夫婦らしい。ひどくつき合いの良い仮面夫婦である(笑)。もし健太郎が、実の母が、実の父の命を虎視眈々と狙っているなどと知ったらどんな顔をするであろうか。

 丁度その頃、そんな両親の複雑な事情を露も知らぬ健太郎は、空間転移してきたスフィーに激突して死んでいた(笑)。

 舞台は再び、トルコにあるトライデントの研究所に戻る。
 所内は異様な空気に包まれていた。

「……これは……!」

 戦闘ヘリを撃墜し、棟のひとつに墜落して爆発したのを見届けた健吾としのぶは、急いで棟内に入るが、そこで所員たちが次々と木乃伊になっていく姿を目撃していた。

「……もしかして、さっき墜落したヘリがあった場所に、例の霊子電池があったんじゃあ」
「その可能性は大ですね。――最新鋭のオリハルコンスーツのおかげで、私たちの魂が吸われてないみたい」
「霊的防御は絶大、って山本が言っていたのは本気だったらしいが……でも、結構……」

 健吾は目眩を覚えていた。しのぶも漸く怠さを感じ始めていた。暴走する霊子電池相手には、恒久的効果は望めないようである。危険な状態であった。

「……もし暴走していたとして、このままほっといたら、ここばかりか、トルコ全域、いや、ヨーロッパにいる全ての人間の魂を充電しちまうかもしれないな」
「急ぎましょう。――もし、暴走していたなら」
「これで――」

 健吾はマウザーを構えた。

「封滅する」

 健吾としのぶは、木乃伊の山を駆け抜け、ヘリが墜落したと思しき研究棟に到着した。予想通り、霊子電池は暴走し、人間ばかりか、周囲の木々からも生体エネルギーを吸収し、充電していた。
 しかも、充電する一方で、放電できず、余剰エネルギーが周囲に放電して、物質を分子分解していたのである。

「……やっぺぇ」
「これはもう、スイッチ切るようには止められませんね。――でも、破壊するとなると」
「爆発時のエネルギーは想像したくないな。――これも運命か」

 そういって健吾は、霊子電池にマウザーの銃口を向けた。
 健吾は銃で破壊する気らしい。隣にいるしのぶは、そんな夫の無謀な行動を止めようともしない。世界を守るため、死を覚悟したのか。
 そうではない。少なくとも、しのぶの目には、諦めの色は全く伺えない。

「興味あるわね。――弾丸の代わりに、相手の弱点を呼び寄せて撃ち込む、物体誘引能力者(ウィークポイント・アポーター)のあなたが呼び出す、霊子電池の弱点ってヤツ」
「任意で呼びさせるモノじゃねぇから、変なモノを呼び出したら許してくれよ」
「それは判っていますけど、昔、格闘家と渡り合った時に呼び出した、長瀬さんに良く似たマッチョな紳士みたいに、変な人だけは呼び出さないで下さいね。あの時の、『喝っ!』って声、まだ耳に残っているんですから」
「善処する」

 健吾は苦笑しながら引き金を引いた。

 意外にも、霊子電池にとどめを刺したのは、何の変哲もない9ミリパラ弾だった。常人も殺せる在り来たりな弾丸が深々とめり込むと、霊子電池は完全に沈黙した。

「……つまんない」

 暗殺を生業とする一族の末は、この呆気ない結末に少々物足りなさそうであった。

「いや。こんなもんだろう」

 健吾はホルスターにマウザーを収めながら言った。

「俺たちと同じなんだよ」
「同じ?」
「ああ」

 そう言って健吾は、近くにあったトランクに、活動を停止した霊子電池をしまい込んだ。

「……他の命を喰らって活動する。――こいつも“いきもの”なのさ。生きとし生けるモノは、そうやって生き続けている。変哲もない弾丸で“死ぬ”のは、至極当然で、普通のコトなんだろう」

 トランクを背負って歩き始めた健吾の背中を身ながら、しのぶは、はん、と肩を竦めて見せ、それから後に付くように歩き出した。そして思いだしたように、腰に下げてある通信機を掴み、任務完了、とだけ告げた。


「……くそぅ。呑気に旅先でいちゃいちゃしている手紙なんかよこしやがって。ちったぁ、儲けの少ない店を必死に守っている息子をねぎらう言葉ぐらい書けってーの――、お、スフィー、どうだった?」
「ひーふーみーよ、って――おっけー、今週の売上50万円たっせー!」
「よっしゃあっ!」

 平穏な経営シミュレーションが繰り広げられるこのゲームの裏側で、世界の存亡を賭けた壮絶な闘いが続いているコトを、健太郎もスフィーも、プレイヤーもそしてシナリオライター殿も、多分知んないと、思う。

                   完

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