『羅刹鬼譚 天魔獄』 第11話 投稿者:ARM 投稿日:5月14日(日)00時04分
【警告!】この創作小説は『痕』『雫』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用しており、ネタバレ要素のある作品となっております。
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第15章 DEAD OR ALIVE.

 先に攻撃を仕掛けてきたのはブランカだった。楓と初音が向かってきたのと同時に、ブランカは突進を始め、コートを無数の鎖に変化させて瑠璃子たち目がけて放った。
 しかし瑠璃子たちは、ブランカの攻撃を予測していた――少なくとも、正体をなくしているブランカの動きはあまりにも単調過ぎたので予測は簡単だった――ので、咄嗟に横へ飛び退いた。

「初音!」
「何、楓ちゃん?」
「あなたなら天魔と交信できるんでしょ?」
「う、うん」
「なら、あの中にいる千歳ちゃんと何とか応答出来ない?」
「応答?」

 瑠璃子と反対側の砂地へ、楓と一緒に着地した初音は、うん、と頷いてみせた。

「――千歳ちゃんは多分、天魔の中で気絶しているのだと思う。なんとか応答できて、自分を取り込んでいる天魔と交感が果たせれば、飼葉の野望は阻止できる――くっ!」

 またブランカの鎖が襲ってきた。今度は楓と初音は別方向へ飛び退いた。

「初音ちゃーん、ブランカを操っている間はぁ、飼葉はぁ、あたしたちにも天魔にも毒電波使えないよぉ。そのあいだにお願ーぁい」

 瑠璃子が遠くから、相変わらず緊張感のない間延びした声で言った。

「よし――え?」

 初音が、瑠璃子の指示で見上げようとしたその時だった。ブランカを挟んで反対側にいたハズの飼葉が、常人ならぬ跳躍力で初音の目の前に着地した。そして、事に驚く初音の胸部に、これまた凄まじいパワーを伴った掌底を叩き込んでその場に倒してしまったのである。

「初音!」
「初音ちゃん!?」
「月島瑠璃子ぉ、そう言う事は直接口に言わない方が良いわ――もっとも、リミビットチャネルでこの鬼の女が天魔と交感出来る力を持っている事は識いていたけど」

 そういって飼葉は、ダメージで白目をむいて気絶している初音の顔を足げにした。
 だが、瑠璃子と楓を今だ唖然とさせているのは、複雑に折れ曲がり、血が吹き出ている飼葉の両腕の所為だった。
 鬼のパワーを持つ初音を叩きのめした代償であった。人体は本来持つ筋力をすべて発揮できるわけではない。自己防衛本能によって力をセーブしなければ自らの肉体を損壊しかねない。
 しかし毒電波は、脳幹を支配するコトで、その自己防衛本能を任意に無効化できる力を持っている。
 加えて、痛みさえも。飼葉は砕けた自分の腕の痛みは、まったく感じていないのだ。

「……なんてコトを」
「あとは、お前たちだけ。――お前たちがブランカを倒してしまえば、千歳って娘の意識を侵せばいい。お前たちがブランカに倒されても同じだが、これだけ単調な攻撃なら、ブランカを殺れないコトは無いだろう?共倒れが理想的なの、あははは」
「この…………外道め……!」
「楓ちゃん」

 飼葉を睨む楓に、初音が声をかけた。

「ブランカを何とか抑えられない?」
「ブランカを――」
「抑えている間に、わたしが飼葉を殺す」
「殺す――」

 瞠る飼葉は、瑠璃子の言葉が意外だったらしい。

「そんな力――いえ、度胸、あんたにもあったんだ」

 飼葉は嘲笑うように言った。
 すると瑠璃子は、飼葉をじっと見つめた。
 どこか、哀れむような目であった。

「……わたしは人殺しは嫌いだもん。――だけど」

 瑠璃子は、一歩前に出た。

「――わたしは人でいるコトを、暫くのあいだ、捨てます」

 突然、楓と飼葉は、寒気を感じた。周囲の気温が一気に下がったようであった。
 だが実際には、気温など下がってはいない。
 無論、二人とも、寒気を覚えたのは気温の所為だとは思ってもいない。
 瑠璃子だった。
 茫洋としていた瑠璃子の美貌はそのままに、しかしまるで別人のような雰囲気があった。

「自己暗示は解きました」

 その、凛とする声は、まさしく瑠璃子のものであった。いつもの間延びしたような口調ではない。
 そして何より、二人を唖然とさせたのは、瑠璃子の身体を包み込むように、その周囲に放電現象が起き始めたためであった。

「「これは――」」
「飼葉。あなたの野望を止めるために、抑えていた力を開放しました。――オゾムパルサーの能力100パーセント発揮」

 ぶわぁんっ!突然、瑠璃子の足元にある砂地が、瑠璃子を中心に、大量に吹き飛ばされた。まるでその場で、瞬時に竜巻が生じたような現象であった。

「オゾムパルスは人の意識体そのもの。――わたしのようなオゾムパルサーは、自我を普通に維持していたら、周囲に多大なる被害を与えてしまう。だから、無闇に力を開放しないよう、精神を押さえているのです」

 そう。瑠璃子は自我がそのままパワーとなってしまう自分の能力を抑えるために、自己暗示で、意識がもっともあやふやな微睡みのような状態を維持していたのだ。

「な――、なんてプレッシャーなの!?」
「人を殺すのは嫌いです。――しかし、もはや人の心すら忘れたモノなら、わたしも人を捨てて容赦はしません――細胞一つ、残さないつもりだから」

 そういって瑠璃子は飼葉のほうへ手を差し出した。するとその腕を伝わって、おびただしい数の稲妻が、飼葉に襲いかかってきたのである。飼葉は咄嗟に逃げるが、電撃をすべてかわしきれず、そのまま吹き飛ばされてしまった。

「が――っ!な、なんなの、この女ぁっ!?」
「次」

 瑠璃子は身体を包み込んで放電していた電気を、頭上に収束させて、三つのプラズマ球を造り出していた。

「プラズマ・ホールド」

 そういうと、瑠璃子の頭上にあった三つのプラズマ球が瞬時に飼葉の周囲に移動する。そしてそこからまたも、大量の稲妻が生じて飼葉を飲み込んでいった。

「ぐぁぁああああっっぁぁぁっ!!」
「す、凄い――うわっ!」

 瑠璃子の圧倒的なパワーに呆気にとられていた楓だったが、再びブランカが鎖攻撃を開始してきたので、慌てて避けた。

「……なんか、ブランカ抑える必要ないかも(汗)――って、もうっ、しつこいっ!」

 間断なく攻撃を続けるブランカに楓は怒鳴ってみせるが、無論反応など返ってくるはずもない。

「しかたないなぁ。このまま瑠璃子さんがあいつを倒すまで、ブランカの攻撃を引き付けておくか――えっ?」

 楓が、ブランカを瑠璃子たちから引き離そうと考えたその時だった。ブランカの鎖は、瑠璃子のほうにも襲いかかり、瑠璃子の身体を縛り付けてしまった。

「何?」

 驚く楓の前で、ブランカの鎖は、捕らえた瑠璃子を軽々と持ち上げ、大きく半円を描いて海に頭から落としてしまった。同時に、瑠璃子の攻撃で動きを封じられていた飼葉は、燻りを上げながら砂浜にどっと倒れた。

「しまった――うわっ!」

 瑠璃子のほうに気を取られていた楓は、正面から襲いかかってきた鎖の雨に吹き飛ばされ、海の中に落ちた。

「――くはっ!――うわっ!!」

 慌てて浮かび上がった楓だが、直ぐにブランカの鎖に身体を縛り付けられ、動きを封じられてしまった。

「……まったく」

 飼葉はゆっくりと起きあがった。

「――その気になった月島瑠璃子も――揃いも揃って化け物め!――しかし、これくらいの抵抗がなければ、あまりにもあっけなさ過ぎるか」
「そうね」

 瑠璃子は、海の中から立ち上がって頷いた。身体はまだブランカの鎖に縛られたままである。

「だけど、まだこれくらいでは」

 そう言って瑠璃子は、ブランカの鎖を吹き飛ばした。そればかりか、鎖を伝わってブランカの身体に、瑠璃子が放射したエネルギー衝撃波が命中し、ブランカを吹き飛ばしてみせたのである。

「何――――」
「鎖程度ならこれで斬れるわ」

 楓も、身体を縛り付けていた鎖を粉々に切り裂いて見せた。よく見ると、楓の指先からは、海水に濡れてきらきら光る細い線があった。

「〈風閂〉。――500分の1ミクロンのチタン鋼製極細糸を使いこなすのに苦労したけわ」

 瑠璃子はその腕力で鎖を切ったわけではなく、楓が右腕に巻いた腕時計に仕込んでいるその極細糸を、指先だけの動きで操って切り裂いていたのである。

「この武器を与え教えてくれたのは他ならぬブランカ。――よもやこれでブランカと勝負しなければならないなんて――」

 楓は心底悔しそうだった。柏木の、鬼神の末裔の役目と納得して、そして耕一たちの力になりたいという一心で体得したこの魔技を、その師に向けなければならないとは、思いもしなかったのだ。

「――だけど」

 そう言って楓は息を呑んだ。
 これで勝てる訳ではない。
 ブランカの鎖など、所詮は防具の一部。本当の怖ろしさは、ブランカ本人にある。
 鎖を切り裂かれたブランカは、ゆっくりと楓のほうを見た。
 すると、何か小声で詠唱を始めるや、突然、両手を突き出した。――なんとその掌の中から、直径三十センチほどの大きな火炎球が生じ、楓目がけて発射されたのである。

「〈小炎〉ね!」

 楓は慌てず、水面に〈風閂〉を撃ち、ブランカの居る方向へ、飛沫の道をもたらした。ブランカが、大気中の塵を、周囲の電子を利用して延焼させて掌中に生み出し、発射された火炎球は、その飛沫によって降った大量の海水によって次第に鎮火された。楓の元に届いた、ピンポン玉ぐらいにまで小さくなった火球は、楓が素手で弾き返し、海上に散った。

「……意識が乗っ取られていても、〈術〉は使えるらしいわね」
「でも本気のブランカなら、あんな小技なんか仕掛けてくるハズもない」
「言うな、鬼娘!――無双のしもべよ、持てる最大の攻撃方法であの二人を仕留めろ!」

 単に正体を無くしている状態で意識を支配しているだけなら、毒電波を直接送信できない飼葉如きが、ましてや、ブランカが得意とする、自然界の理を生体エネルギーを触媒にして、言霊を変質させて施行する〈術〉など使えるハズもない。これはすべて、飼葉がリミビットチャネルでブランカの意識と同化し、その記憶にある持てる能力を探り当てたからこそ出来るコトである。
 今度は、〈核撃〉や〈大凍〉などといった最大級の攻撃力を持つ〈術〉で挑んでくるだろう。
 だから楓は躊躇わなかった。風を切る音とともに楓は右手を薙ぎ払う。
 次の瞬間、ブランカの四肢は〈風閂〉によってバラバラに切り裂かれていた。
 だが、切り裂かれたそばから、ブランカの身体は瞬時に接合し、元通りに戻っていた。〈不死なる一族〉のモノを、〈風閂〉如きで斬り殺せるハズもないのだ。
 だが、一つだけ、楓に有利なコトがあった。
 それが、楓にも流れている、雨月山の鬼神の血。そのささやかで、しかし決定的な差は、接合された瞬間の傷を狙い、四肢を同時に切り裂いていた。果たして、接合は失敗に終わり、ブランカの身体は砂浜にバラバラになって崩れた。

「何――っ?!」
「〈風閂〉を引く時、接合する瞬間を狙ってもう一度斬りました。――もっとも」

 バラバラになったブランカの身体は、しかし二度連続して斬られたのにも関わらず、再び接合を始めていた。

「所詮は時間稼ぎ。――瑠璃子さん!」
「ええ!」

 瑠璃子はこの好機を逃すまいと、唖然とする飼葉目がけて駆け出す。あろう事か瑠璃子は、水中からジャンプすると、波打つ水面を蹴りながらその上を走っていたのである。それがよもや、波紋のように小さく上がる波のエネルギーと、その波を蹴って走る足のエネルギーが同じパワーであった為だとは、誰が想像できようか。瑠璃子の身体は今は、限りなくゼロに近くなっていた。

「そんな――」
「覚――――」

 ご、と言いかけたその時だった。
 突然、隆山市内の方角から、無数の発光物体が飛来し、思わず眩んだ瑠璃子たちの上空を通り抜けていったものがあった。

「今のは――ジェット機?」

 全部で12機。それが上空で大きなループを描き、満月を頂点にしてゆっくりと降下してきた。


「――目標補足。各機、海岸上空に滞空する怪物を逃すなよ!」

 小松基地に所属する、FJX−18部隊リーダー速見一尉が、編隊を組んで到着したパイロットたちに呼びかけた。

「――発射(ファイア)!」

 自衛隊機は一斉に、海岸上空に居る天魔の群れ目がけて、最新型空対空ミサイル・ガルーダを全弾発射した。無論、その真下の海岸で、人ならぬ者たちの死闘が行われているなど知るよしもなかった。

「自衛隊が出動したのか!拙い!」

 飼葉はブランカのほうを見た。瑠璃子は自衛隊機の出現に驚いて、飼葉へ攻撃するコトを忘れてしまっていた。

「撃ち落とせっ!」

 飼葉が絶叫する。すると、再生途中のブランカのコートが鎖に変化し、天魔目がけて飛来するガルーダ目がけて、噴き上がるように跳んでいった。
 なんと鎖は、ガルーダ全弾に命中、貫通して破壊してしまったのである。上空の爆発は海岸に居る楓たちに激しい衝撃波をもたらし、楓は砂浜に突っ伏して気絶してしまった。
 瑠璃子と飼葉は咄嗟に飛び退き、衝撃波に身を任せて転がっていった。

「――い、今のは?!海岸から何か発射されたようだが!」
「速見一尉!か、海岸に人が!」

 唖然としていた速見は、部下たちから通信で、海岸に人が数名いるコトを告げられた。

「対空砲か!全機、ホバリングモードで全周囲警戒――――」

 そう言った瞬間、速見が乗るFJX−18が撃墜された。
 撃ったのは、直ぐ横に並んで飛行していた副隊長機の40ミリ砲だった。速見は垂直尾翼を4発で吹き飛ばしたそれで風防ごと粉砕された。
 突然の仲間割れであった。そしてそれは、たった一人によって引き起こされた悪夢であった。

「――――邪魔するな、自衛隊!」

 飼葉はブランカの支配を解き、最初に目に付いた副隊長機を睨み付けて、パイロットを毒電波で支配した。海岸に人が居るコトに気付いて、可変スラスターでホバリングを始めたのが災いした。飼葉といえどもマッハの速度で飛行する物体を狙い打ちできるほど正確な指向性を持った毒電波攻撃は不可能であった。副隊長機はホバリングしながらその場で水平に回転し始め、周囲に飛んでいた僚機を次々と撃ち落としていったのである。

「このバカ野郎!」

 百里基地から出動した鯉村三尉は、咄嗟にその攻撃をかわし、得意のループで副隊長機の上を取った。そして絶叫しながらそのコクピットを、同じ40ミリ砲で撃ち抜いた。副隊長機はコクピットのところから二つに千切れ、海へ墜落した。
 僚機の謀反を制した鯉村だったが、しかしそれまでだった。鯉村は頭の中が真っ白になり、機首を可変スラスターを使って一気に引き上げた。そして今度は自分が謀反を起こして、残っていた5機の僚機を次々と攻撃し始めたのである。
 次々と生じる原因不明の暴走に、しかしパイロットたちは何が起こっているのか理解出来るはずもなく、考えている時間さえも与えられずに40ミリ砲で次々と肉塊と化し、巨大な火の玉となって海へ墜落していった。自衛隊の最新鋭機は僅か2分で、飼葉に操られている鯉村機を除いて撃墜されてしまった。

「なんてコトを――」

 瑠璃子は、この凄惨な光景を目の当たりにして唖然としていた。幸い、すべて海のほうへ墜落したため、砂浜で気絶している楓と初音は無事だった。ブランカは再生を果たしていたが、ピクリとも動いていない。なにかしらの精神的ダメージを負ってしまったのであろうか。

「……月島……瑠璃子…………!」

 燃えさかる海と光り輝く空の間で、ボロボロになっている飼葉がその名を呼んだ。
 その上空に、飼葉に操られている鯉村機がホバリングをしていた。恐らくその40ミリ砲の照準は、瑠璃子に向けられているであろう。

「……これまで……だな!」

     つづく