【警告!】この創作小説は『痕』『雫』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用しており、ネタバレ要素のある作品となっております。
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第16章 決着
「…………」
瑠璃子は唇を噛んだ。反撃よりも先に、40ミリ砲が瑠璃子の身体を四散させる方が早い距離だった。
「……お前を殺して、天魔をこの手に収める!覚悟し――――」
飼葉が勝ち誇った笑顔でそう言いかけた時だった。
それは、道路のほうから飛び上がった。
手に握りしめられていた街路灯は、直ぐそこの道路で調達したのであろう。
「――――死ぬのは貴様だ」
鬼神のパワーを全開にして、両手で握りしめて振り上げていた街路灯を、柳川はFJX−18に叩き付けた。あろう事かFJX−18は街路灯によって二つに折れ曲がり、そのまま砂浜に叩き落とされてしまったのである。信じがたい梃子運動の反動で、コクピットにいた鯉村は、ヘルメットを被った頭で風防を突き破っていた
直ぐ真後ろにFJX−18を叩き落とされた飼葉は、その衝撃波で吹き飛ばされ、砂浜に突っ伏した。
「柳川さん!」
「……酷い有様だな」
柳川は、戦闘機を叩き落とした街路灯を抱え、辺りをぐるりと見回した。柳川が洩らしたとおり、凄惨な光景であった。自衛隊機は全滅、ブランカ、楓そして初音は昏倒中。瑠璃子は爆炎で煤だらけになり、敵の飼葉は、度重なるダメージで血塗れ、生きていられるのが信じがたいくらいである。
「これでお前たちが生きていられたのが信じがたいよ」
「街路灯を一振りして最新鋭のジェット戦闘機を叩き落とした警官というのも信じがたいけど」
瑠璃子が笑って言うと、柳川は、ふっ、と鼻で笑って街路灯を放り捨てた。そして二人とも、上空を見上げた。
相変わらず天魔は群れをなして滞空していた。
「続いていたミステリーサークル殺人事件の犯人は、飼葉だったわ。リミビットチャネルを使って遠くに毒電波を送信して人体を破壊していたの。最終的な目的は、天魔と一体化して、全世界に毒電波を同報して人類殲滅を図る気だったらしいわ」
「全人類抹殺とは大きく出たな。――で、まだ生きているだろう?」
柳川が訊いた。
すると血塗れの飼葉は、ゆっくりと顔を上げ、柳川のほうを向いた。
「……貴様……」
「やっぱり俺に毒電波を送りつけていたようだな」
柳川は、にぃ、と不敵そうに笑った。
「貴様のことだ、俺をまた乗っ取る気だったらしいが、しかしどうして毒電波が効いていないの、俺にもわからん」
「リミビットチャネルが閉じられたのよ」
「――――」
そう答えたのは、今まで気絶していた初音だった。
「初音ちゃん!」
「飼葉。――それがどういう意味か、判るでしょう?」
「ま――まさか――」
瞠る飼葉は、天を仰いだ。
そこにあったのは、千歳を取り込んだ天魔の赤ちゃんだった。
だが、よく見れば、その中心では、千歳が飼葉のほうを見下ろしているではないか。
「あの天魔は、意識が回復した千歳ちゃんと同調した」
【すごい爆発だったからね、おかげでやっと目がさめちゃった】
上空からエコーのかかった千歳の声が聞こえてきた。どうやら天魔の身体を使って答えたらしい。
「千歳?お前――」
「柳川さん、大丈夫。天魔は元々、神話の時代に鬼神たちが神々と闘った時に使用した、生きた乗り物なの。千歳ちゃんは鬼神の血を引いているから、取り込まれたのではなく、天魔と同調して、あの仔の主人として認められたのよ」
「あれが、文献にあった〈鬼神の方舟〉……ヨークとかいうやつか」
【さっき、わたし、初音おねえちゃんをおこしたときにいわれてね、あのこわいおんなのひとにこの子たちのリミビットチャネルをつかわせないよう、みんなにとじてもらったの。そういうわけだから――】
千歳がそう言うと、初音は、うん、と頷いてから飼葉を睨み、
「――これであなたの野望は潰えたようね」
「――――」
飼葉は、その場に膝を突いてがっくりと項垂れた。
それを見て、柳川は肩を竦めた。
「……まだ足掻くつもりだったら、遠慮なくその素っ首とってやろうかと思ったが――――」
柳川が、そう言おうとした時であった。
辺りの空気が、変わった。
不気味な気配が、この惨状を包み込んでいた。
柳川と初音は総毛立っていた。
瑠璃子は、ある一点を見つめていた。
やがて柳川と初音、そして天魔の中にいる千歳も、瑠璃子が見つめている問題の一点のほうを見た。
飼葉だった。ゆっくりと立ち上がった飼葉は、瑠璃子の顔を真っ直ぐ見つめていた。
「…………許さない」
「「「「――――」」」」
おまえら、みんな、ゆるさない。
「「「「――――――っ!?」」」」
飼葉を見ていた柳川たちは、知らぬ間に身体の自由を奪われているコトにようやく気付いた。
「まさか――毒電波?!飼葉、あなたっ!」
唖然とする瑠璃子。しかしこの状況は、それしか考えられなかった。
飼葉はリミビットチャネルではなく、自らより毒電波を放射しているのだ。
「あのアマ……毒電波使いに目覚めたか!」
【このままだと、天魔がみんなあいつに――いやあっ!】
「千歳ちゃん!」
「ヤツめ、千歳を毒電波で支配する気か――まずい!くそっ!」
柳川は必死に毒電波の支配から逃れようとするが、しかし口ばかりで身体は微塵も動かせなかった。
「これでは鬼神化もままならん――どうすれば!」
【わああああああああああああっっっっっっ!!!痛い痛い痛い痛いっ!初音おねえちゃん、楓おねえちゃん、ゆうちゃん!助けて、助けてっ!】
毒電波に攻撃されている千歳が藻掻くと、天魔たちも一斉に暴れ出した。このまま千歳の意識が飼葉に乗っ取られてしまったら、飼葉は天魔と融合している千歳を介して、全世界に天魔のネットワークを使って毒電波が送信されてしまう。
しかし、今の柳川や瑠璃子たちには、その危機を防ぐ術がなかった。
人類滅亡をこのまま見過ごすしかないのだろうか。
この時、飼葉は、背後に墜落しているFJX−18のコトは完全に忘れていた。
そして、柳川の攻撃で、風防で頭を割られていた鯉村が、まだ息があったとは思いもしなかった。
だが、鯉村はもはや何も考えるコトは出来なかった。柳川の攻撃によって脳挫傷を負い、脳死の状態に近かった。そんな鯉村がまさか、飼葉が周囲に放出している毒電波をキャッチ出来ていたとは誰一人として知るよしもなかった。
だから、鯉村がその毒電波に反応して、柳川の攻撃で破壊されていなかったメインバーナーのスイッチを押してしまったコトは、飼葉に取って予想外の敗因だった。
そして、エンジンが作動し、エアインティーク(空気取り入れ口)の直ぐ前に自分が立っていたコトも。
作動したエンジンは、周囲の空気と砂を一気に吸い込み始めた。
無論、飼葉の身体も。
重傷の身でなければ、その場から逃げられただろう。しかし飼葉はその場に立っているのが精一杯で、抵抗一つ出来なかった。
がこん。
飼葉は頭からエアインティークに飛び込み、タービンの中でその身体は粉砕されてしまった。
同時に、柳川たちは飼葉の毒電波支配から逃れるコトが出来た。身体の自由を取り戻した柳川たちは、やがて異物が詰まったコトでエンジン爆発を起こした自衛隊機を、呆気にとられてみていた。
最終章 終わり、そして始まり
東の方角に見える北アルプスの向こうから、ようやく朝日が顔を出した。
ようやく長瀬からの連絡を受けた自衛隊は、警察隊とともに隆山海岸へ集結した。
天魔は害をなさないと、復活したブランカから説明を受けても、到着した自衛隊員たちは、全滅した攻撃隊の残骸を回収する作業を進めながら、思い出したように仰いでは溜息をもらした。
「……たった一人にこうまでされるとはな」
現場で警官隊を指揮する長瀬は、ブランカの横で溜息を吐いた。
「……私が飼葉に操られなければ、自衛隊の人たちをこうもむざむざと……」
「仕方ないですよ。今度の敵は尋常じゃなかった。全く、〈新宿〉といい、今の世は普通の人が安心して住める時代じゃない。――ふぁあ、後かたづけ、後かたづけ」
生あくびをする長瀬は、向こう側の道路で封鎖線を張っている警官隊たちのほうへ歩いていった。ブランカは長瀬の背をしばし見送ると踵を返し、後ろにある救急車で治療を受けている瑠璃子たちのほうへ歩いていった。
「みんな、大丈夫?」
「死ぬかと思った」
看護婦に頭に包帯を巻いて貰っていた瑠璃子は笑って答えた。
「考えてみれば、この中で一番怪我の治りが遅いのは瑠璃子だけだったわね」
「わたしもバラバラになっても元に戻れる身体がいーな」
「バラバラになっても、痛いのは変わらないんだから――ねぇ」
ブランカはそう言って、救急車の簡易ベットに腰掛けてミネラルウォーターを口にしていた楓を見た。急に振られた楓は思わず咳き込む。ブランカは操られていたあいだのコトは覚えていたようである。意地悪な師匠の言葉に、楓は困って俯いてしまった。
「そんなに楓おねーちゃんをいじめないでよ、ブランカぁ」
楓の後ろで、初音と話し込んでいた千歳が、ブランカに文句を言った。
「ブザマに、ドクデンパにヤられちゃったくせに、えらそーにしない」
「はーい」
ブランカが澄まし顔で答えると、千歳たちは笑い出し、ブランカも笑い出した。
「ところで、チトセ」
「なに?」
「あの仔はどうなの?」
そう言って指したのは、道路の向こうに着陸している、千歳を主人と認めた天魔の子供であった。その前では、柳川が物珍しそうにその表面を触っている。どうやら柳川はこの感触が大変気に入ったらしい。
「そろそろ、みんなとそらにいくって。でも、わたしの声でいつでもとんでくるって」
千歳が答えると、ブランカは感心したふうに頷いた。
「……本当、大した娘よねぇ。チトセがいなかったら、今頃は人類はどうなっていたコトか」
「えっへん」
千歳は胸を張って大いばりする。それがまた、ブランカたちの笑いを誘った。
「……それにしても」
「?」
瑠璃子の呟きに、ブランカは反応した。
「……飼葉」
「カイバ?」
「……最後になって、オゾムパルサーに覚醒した。あれほどの逸材はそう居ない。…………改心して欲しかった」
瑠璃子は残念そうに言った。ブランカは瑠璃子の言いたいコトは理解していたが、しかしそれをすべて認めるわけにはいかなかった。
「でもね、ルリコ……」
「――うん、判っている。過剰すぎる力が人を破滅に導くのは、今までの歴史を振り返ってみれば幾つもあったもん。飼葉という存在は、人という種には、薬にはなれなかった運命だったのね」
「…………ええ」
頷くブランカは、何かやるせない気分だった。
「――あ、帰っていく」
見上げる瑠璃子の視線の先には、千歳を主人とした天魔が、上空に浮遊する仲間たちの元まで飛んでいく姿があった。やがて、ばいばい、と手を大きく振る千歳と初音に見送られ、天魔たちはぐんぐんと遙か朝焼けの空の果てへ消えていった。
一方、千歳たちから少し離れた海岸では、自衛隊隊員たちが、墜落した飛行機の回収作業を行っていた。
その中で、唯一砂浜に墜落していた鯉村機の回収作業を行っていた自衛隊員の中に一人、女性隊員が混じっていた。今年高校を卒業して、就職難で自衛隊に入隊したばかりの、あまりあか抜けない顔の彼女は、酷たらしい惨状に何度も嘔吐し、すっかり青ざめていた。
「嘉島、落ち着いたか?」
上官から、嘉島と呼ばれた女性隊員は、は、はい、と力なく頷いた。それを見て、上官は呆れたように溜息を吐く。
「とりあえず、吐くなら海に行けよな」
「は、はい――あれ?」
「なんだ、また吐き気か?」
「い、いえ――違いますっ!」
嘉島は散々叱られていた所為か、元気いっぱいに否定した。上官は、やれやれ、と肩を竦めた。
嘉島が見つけたのは、飛行機の胴体を覆うジェラルミン板の下にあった、奇妙な黒い物体だった。
それが動いた。
よく見れば、それは黒こげになった人の死体だった。――死体が動いた?
「――――」
絶句する嘉島の足首を、その生ける黒こげ死体が掴み取った。
その瞬間、嘉島の頭の中にあった、嘉島の意識は粉々になった。同時に、黒こげ死体も粉々になり、炭となった。
「――おい、嘉島、なにやってんだぁ?」
上官は、動きの止まっている嘉島を叱った。
すると嘉島は上官のほうへ振り向いた。
「……済みません。ちょっと指挟んじゃいました」
「まったく――――」
そこまで言いかけて、上官はぽかんとしてしまった。
(…………え?なに、こいつ?)
苦笑して答える嘉島の顔が、まるで別人に見えてしまった。
その色香のある表情に、上官は息を呑んでしまった。
「……お、お前、嘉島だよな」
「ええ」
そう言って嘉島は頷いた。
「……どうかしました?」
「あ、いや――な、なんでもない」
そう言って上官は赤面し、作業に戻った。
そんな上官の背を、嘉島は見つめながら笑った。
恐らく瑠璃子たちがその笑顔を見れば、飼葉のそれであると直ぐに判るであろう。
「……精神体だけで生き続けられるなんて、オゾムパルサーって凄い」
そう言うと嘉島は――いや、嘉島という女性隊員の精神を破壊して乗っ取った飼葉は、向こう側でくつろいでいる瑠璃子たちのほうを横目で見た。
「……今回は負けを認めるけどね。――――諦めた訳じゃないから。機会があったらまた逢いましょう。うふふ」
「「「――――!」」」
突然、千歳と瑠璃子そしてブランカを同時に見舞った、背筋の悪寒。
三人は驚いて辺りを見回すが、しかし飼葉が、精神体となってまだ生き延びていたなどと、思いもしないだろう。
進化した魔女が、その野望を実現せんと再び千歳たちと相まみえる日は、そう遠くない。
完
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