『羅刹鬼譚 天魔獄』 第10話 投稿者:ARM 投稿日:5月11日(木)21時27分
【警告!】この創作小説は『痕』『雫』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用しており、ネタバレ要素のある作品となっております。
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第14章 最悪の“敵”

 飼葉瑞恵は、毒電波――オゾムパルスを操ることが出来る能力者であったが、瑠璃子のように独自に放射は出来ず、その為には、リミビットチャネルによる意識同化で大気中の毒電波を制御しなければならなかった。飼葉は正確にはリミビットチャネラーなのである。
 子供の頃から、飼葉は得体の知れない“声”が聞こえていた。
 その“声”が、人の思考であると気付いたのは、その声を認識するようになったのとほぼ同時であった。何故ならその“声”が、相手の考えているコトと一致していたためであった。
 怒り。
 悲しみ。
 憎しみ。
 その力ゆえに、周りから不気味がられ、好意的な“声”は皆無と言って良かった。
 そんな彼女の目に見えていた世界が、いつしか異質なモノに感じられるようになったのは、当たり前のコトなのかも知れない。
 その異質な世界にいる“にんげん”は、飼葉の目にはただの器にしか見えなかった。そう、飼葉が認識している“人間”とは、リミビットチャネルによって感知出来る“声”なのである。
 だから飼葉は、“にんげん”を殺害するコトに何の躊躇いも無かった。バラバラにしようと切り刻もうと、彼女には、子供がブロックで作った人形を壊すそれと全く同じ世界のコトなのであった。
 なにより飼葉は、“人間”が嫌いだった。
 リミビットチャネルは、感応者の意志に関わらず、濁流の如く頭の中に流れ込んでくる。飼葉は凄まじい数の“人間”の意識に、頭の中を侵され、幾度と無く苦悶してきた。それが嫌で、人混みを避け、大学へ進学した時は研究所に引きこもっていた。
 引きこもりながら、飼葉は検体となる男たちを誘惑し、次々と殺していった。飼葉はその美貌で街で見かけた男を誘い、関係を持った。そして絶頂を迎えた男の無防備な頭に、自分の意識を送り込んで、その自由を奪ったのである。
 飼葉は瑠璃子と違い、始めから毒電波が使えたわけではなかった。きっかけは数年前、ある街で毒電波災禍が起きた時だった。
 その街の近くに住んでいた飼葉は、毒電波に侵されていく人間の“声”を偶然感知し、その存在を知った。そしてその毒電波使いの“声”によって、薬物も使わずに人間の自由を奪う手段を識ったのであった。
 飼葉自身は、瑠璃子のように毒電波を収束・放射する能力はなかった。リミビットチャネルを利用して相手の意識に自分の意識を侵入させて、毒電波のように人間を支配するのである。やがて、“声”の正体が、一連の人体実験等の研究の結果、毒電波そのものであると理解した時、飼葉は自らの意識を毒電波に変換できるコトを悟り、遂にリミビットチャネルを利用した毒電波を制御する能力をモノにしたのであった。
 それと同時に、飼葉は、感知できる“声”の中に異質なモノがある事に気付いた。
 “声”自体は、普通に聞こえる“人間”の意識であった。しかし、遙か空の上から聞こえるそれが、リミビットチャネルを経由していくうちに、“ひとならぬもの”が吸収している事実を知ると、飼葉は遙か空の上にいる“ひとならぬもの”にアプローチしてみた。
 応答はあった。しかし、それは常人には理解しがたい思考であった。
 まず、“食欲”があった。
 次に“義務”。
 そして、“オニの為に”。
 飼葉はそれらをキーワードに、繰り返しアプローチを試みた。やがてその“声”を整理・分析した結果、〈天魔〉と呼ばれるシリコン系生命体が発しているものと知ったのである。

 〈天魔〉の存在と能力を理解したその瞬間、飼葉は、長年の夢を実現するコトに決めた。

 自分の頭を蹂躙する“声”を減らす――人類の抹殺を。

 しかし、飼葉はその野望に強大な障害があるコトまでは知らなかった。
 〈守護者(ガーディアンズ)〉と呼ばれる三界守護を目的とする超法規機関の存在を知ったのは、リミビットチャネルによる殺人を続けていた犯人を捜していた月島瑠璃子の出現であった。
 はじめ瑠璃子は、飼葉を説得しようとしていた。飼葉のやっているコトは外法だが、リミビットチャネルの受信能力は貴重なものであった。
 何より瑠璃子は、かつて覚醒した力に振り回されて自滅した兄の姿を飼葉に重ねていたのであろう。長瀬祐介という理解者に巡り会えたのは、あの兄妹にとって僥倖であった。だからこそ瑠璃子は、飼葉に理解を示そうと努力して、何とか助けたいと考えているのである。
 しかし飼葉には、そんな瑠璃子の優しさなど疎ましいだけだった。
 敵か味方か。――自分の頭の中を侵すだけの“にんげん”など、飼葉には目障りなだけなのである。
 だが、瑠璃子を含め、〈守護者〉という組織を侮るわけにはいかなかった。事実、幾度も追い詰められているではないか。
 鬼神の末裔や不死身の女までもが、自分の野望の前に立ちはだかろうとしている。はっきり言ってこんな化け物たちを相手にしては勝てるハズもない。

 飼葉は先ほどまで、そう思っていた。

 だが今は違う。

 飼葉は、勝利を確信する、ある手段を思いついていたのだ。


「――行けっ!」

 飼葉の号令とともに、操られている楓と初音が飛び出した。
 二人の狙いは、何故か瑠璃子であった。

「ルリコ!」

 驚いたブランカが、マントを鎖にして、楓と初音を縛り付けようとした――その時。

「――このチャンスを待っていた」

 ブランカが瑠璃子のほうへ気を取られたその瞬間、飼葉は常人離れした跳躍でブランカの背後に飛びつき、その首筋を右手で掴んだ。

「――もらった」
「――――」

 バシッ!凄まじい電撃がブランカと飼葉の身体を見舞った。飼葉を攻撃した電撃は、ブランカが纏うコートが発したモノだったが、ブランカの動きを封じたモノは、そのコートの電撃が漏電したモノではなかった。

「「「わぁぁぁっ?!?!?!」」」

 その瞬間、飼葉の毒電波支配から開放された楓と初音が、驚いた顔をして瑠璃子と衝突し、砂浜に転げる。

「……痛ったぁ!」
「……な、なに?なに?どうして隆山海岸なんかに居るの?――あ、瑠璃子さん!」
「よかった。毒電波から解放されたんだね」
「「……毒電波」」

 砂浜の上でへたり込んでいる砂まみれの楓と初音はしばし顔を見合わせ、そして、あっ、と大切なコトを思い出した。

「「――あっ!あの女!」」

 二人が指さしたのは、呆然と立つブランカの背後に、ゆっくりと立った飼葉だった。その身体からは、コートの電撃で少しくすぶっていたが、重いダメージは受けていなかったらしい。二人に指されて、飼葉は、にぃ、と口元をつり上げた不気味な笑顔で応えた。

「……もうあんたたちは用無しだからね」
「用無し――――」

 次の瞬間、瑠璃子は酷く驚いた。いつも眠たそうな顔をする彼女を知る者でも、こんな驚きぶりは見たコトもないだろう。

「……まさか、ブランカを」
「そう」

 頷いたのはブランカだった。

「あたしの見立てでは、あの鬼刑事と、上にいる女のコと互角の力を持っているね、この女――だから、毒電波であたしのモノにした」
「何ですって…………!」

 楓も初音も、耕一がらみで知り合いになったこの毒電波使いの美女が、こんなに狼狽えた姿を見せるとは想像もつかなかった。

「あんたたちとの抗争で、このあたしの人類殲滅の野望を果たすためには、あたしを護る頼れるボディガードが必要と判ったからね。――あんたたち三人の力では、この不死身の女は倒せないわね」
「「「――――」」」

 瑠璃子たちは絶句した。飼葉は恐らく、無双のボディガードを手に入れてしまったのである。

   *   *   *   *   *   *

 同時刻。隆山市内は相変わらずの混乱が続いた。
 その市内を、強風が吹きはじめた。すると、上空にいる天魔の群が、まるで雲のように風にながされ、ゆっくりと海のほうへ移動し始めたのである。


「――この強風は、フェーン現象だな」

 自衛隊小松基地内に設置された、天魔対策戦略本部では、隆山市内の避難状況を逐一確認し、出動の機会を伺っていた津軽航空師団長は、突然の移動に、よし、と言った。

「夏にフェーン現象とは、珍しいですね」
「神風とはこのコトか。海上に出てしまえば、地上に気兼ねなく攻撃が出来る。――百里で待機中の部隊にも出動を許可する!全機発進っ!」

 師団長の承認により、小松と百里で待機していたFJX−18部隊が出動態勢に入った。オリジナルのF18のボディを単発エンジンに変更した、その主翼の両側に、ハリアーのVTOLバーニアに良く似た可変スラスターを装備したコトで、戦術ヘリばりに都市機動戦を可能にした、前代未聞の三門エンジンによる、国産初のSTOL戦闘機が、一小隊2機で、3小隊。それが小松と百里に配備されたのは半年前である。合計12機の最新鋭機が、隆山に出現した怪物を撃退すべく、次々と発進していった。
 その主翼のパイロンに装着されている、怪物を撃墜する火力も最新型であった。
 ガルーダSPX。20世紀末まで最強を誇った空対空ミサイル、フェニックスをも上回る破壊力を持つこの新型空対空ミサイルは、近年、上空に出現するようになった浮遊性妖魔を撃退するために導入されたものである。世界各国の軍隊に採用されたそれは、各国の領空を脅かす妖魔との対決で多くの成果を挙げていた。

「各機に告ぐ。市内はまだ避難が終了していない。くれぐれも奴らを市内へ逃がさぬよう注意するコト。健闘を祈る!以上」

   *   *   *   *   *   *

「ブランカさん!」

 初音は叫んだ。しかし、ブランカの目には生気がなく、飼葉の意のままとなって、瑠璃子たちに今にも挑み掛かろうとしていた。

「ブランカ!お前はそいつらを相手にしていろ!あたしは上の天魔を引きずり降ろして、人類滅殺を始めるとしよう!あははははははははははっ!」

 飼葉は狂ったように笑い、暗天を仰いだ。
 空を支配する怪物たちの明滅は、市内上空に滞空してきたものが加わって更に数を増していた。

「……数が増えてきたね」
「数はどうでもいいよ」

 瑠璃子はブランカを牽制するように見つめ、

「……要は、あいつに天魔の赤ちゃんを渡しちゃいけないだけ」
「渡す?……渡しちゃうと?」

 楓が訊くと、初音が息を呑んで頷いた。

「……天魔は、複数体であると同時に、意識を共有化できる人工生命体。だから、天魔と同化すれば、世界中の空に居る天魔と意識を共有化出来るようになるの」
「共有化……?」
「……やっぱり」

 瑠璃子が頷いた。楓はすっかり蚊帳の外に置かれた気分で、ちょっとむっとした。

「飼葉の狙いは、リミビットチャネルを使って操る毒電波を放射するコト。――しかし、一体の天魔を使って送信しても、飼葉の意識は天魔のように複数認識が出来ないから、複数に放射するコトは出来ず、一本のルートのみしか送信できない――隆山で起きていたミステリーサークルとプラズマ殺人事件は、あなたの仕業なのね」
「ご名答――色々とテストさせてもらったわ。結局、同化しないと」
「テスト……?テストで人を殺したの、あなたは!?」

 流石に温厚な楓も、飼葉の言葉には立腹した。

「無駄だよ。この人は、人を殺すコトに何の罪悪感を抱かない――」

 そう言って瑠璃子は一歩前に出た。

「……大体、判った。……天魔と同化するコトで、天魔の意識共有能力を自分のモノにする。意識の共有で、世界中の上空にいる天魔と一体化し、天魔から、毒電波と同じ波長の電波を、世界中の何処にでも、同時刻に放射出来るようになる」
「そぉう!」

 飼葉は、もはや自分の野望が王手を詰んだモノと感じたか、すっかりハイになっていた。

「あたしの意識を、リミビットチャネルによって世界中の天魔と一体化させる!それによって、世界中の天魔から、あたしの送信した毒電波――自爆命令を、地上にいる人間どもに全く同時に送り込めるようになるのよ!誰一人、そう、すべて同時だから、誰一人として逃れるコトは出来ない!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!滅んじゃえ!みーんな滅んじゃえええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっっっっっ!あ〜〜っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!」

 そんな飼葉を見て、初音と楓は歯をがちがちさせていた。
 しかし寒いのでも、恐怖しているのでもない。
 倒さなければならない。この女を。今、それが出来るのは、鬼神の末裔である自分たちだけだという事実を突き付けられ、二人は苦悶していた。
 倒すにはまず、目の前にいるブランカを――〈不死なる一族〉の魔女を倒さなければならない。例えようのない苛立ちと不安が、二人の覚悟を昏くしていた。
 飼葉に操られているブランカは、また一歩、前進した。
 呼応するように、瑠璃子も一歩前進した。そして遅れるように、楓と初音は、一度深呼吸してから、前に進み始めた。

         つづく

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