ToHeart if.『矢島の事情 〜 告白 〜 』第1話 投稿者:ARM 投稿日:4月20日(木)23時35分
○この創作小説は『ToHeart』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用しています。

 矢島。

 この名が上がった時点で、多くのToHeartファンは失笑するのがほとんどであろう。神岸あかりシナリオにおけるピエロやら噛ませ犬やらへっぽこやらと、散々コケにされているキャラである。まぁ、プレステ版でさらにヘッポコ度を増してその存在すら抹殺されてしまったH氏(仮名・17歳)に比べればまだマシであろう。(笑)
 しかし、バカにはされているが、H氏(仮名・17歳)よりは善人であるし、評判からすると、浩之よりもあかりのコトを幸せにしてやれるほどの甲斐性があってもおかしくはない。そう言うわけで始まったのが、「矢島の事情」。

 で。
 これまでのあらすじ。
 矢島寿(註:名前は非オフィシャル。便宜上付けられた、ARMオリジナルの名前)には幼なじみの娘がいた。名前は平光由那。元ネタは怪物ランドといっても多くの若人は置いてきぼりで、しかも即興(と書いて思いつきと読む)で付けた名前なので詳しくは説明しない(笑)。つり目でショートでスポーティで、とまるで隆山に住む、Leaf作品初期に存在していた貧乳絶対保護条例(爆)にあるまじき異端児的鬼娘にそっくりな娘で、矢島がそうであるように、由那も女子バスケット部の期待のエースであった。そんな由那が、矢島が神岸あかりに交際を申し込んで玉砕した話を聞き、やたらと矢島に食ってかかる。あんまりにもしつこいものだから矢島も戸惑い、苛立ち始める。由那もそんなつもりでからかっていたワケではなかったのだが、しかしそれが原因で行き違い、ついには矢島からバスケット勝負で喧嘩を売られてしまう。その結果、由那は敗れたばかりか、矢島の物真似をしていただけだと指摘され、由那はショックを受けて逃げ出してしまう。矢島も言いすぎたコトを判っていながら、どうするコトもできなかった。由那が自分に恋愛感情を抱いているのではないか――そんな不安が、いや、矢島自身もよく判らない由那に対する自分の気持ちがもたらした当惑が、矢島に焦りをもたらしてしまったのだ。結局、由那も矢島も、周囲の協力を得て立ち直り、「LOVE」ではない「LIKE」な「好き」で落ち着き、元の鞘に戻ったのだが……

 というワケで後半戦スタート。話は、前シリーズの最終話の日から数えて一週間後の夜から始まる。


 その夜、矢島は駅前のほうまでお遣いに出ていた。

「……まったく、替えの蛍光管ぐらい用意としけよなぁ」

 矢島は駅前の電気店へ新しい蛍光管を買いに出されたのであった。夕食後、妹の栞と一緒に居間でバラエティ番組を見ていた矢島は、その場に突然出現したゴキブリに驚いた栞が、我を忘れて竹刀を持ち出し――栞は近所にある剣道道場に通っていていた――、竹刀で叩きつぶそうとして振り回した挙げ句、蛍光灯の蛍光管を壊してしまったのである。矢島は栞が悪いのだから、と栞が使いに行くべきだと主張したが、

「こんな夜に女のコ一人、外に出す気?」は姉の初美(21歳・OL)の言葉。
「寿、この家は男はあんただけなんだから」は母親の多紀(夫:信雄とは死別)の言葉。
「もし月島兄みたいな変質者に襲われたら一生祟ってやるっ」は妹の栞(14歳・中学生)の文句。
「本当、最低よねぇ」は、矢島家の隣に住む平光酒屋の娘で、矢島の幼なじみである平光由那(16歳:高校生)の言いがかり。

「……っていうか、なんで由那まで俺ン家にいるっ?!」
「だってぇ」

 そう言って由那は、自分の家のほうを指す。

「――お前っ!」
「何よ、このろくでなしっ!」

 と、由那の家のほうから凄まじい罵倒の応酬が聞こえてきた。

「……あらあら、またなの(苦笑)」

 矢島の母親は苦笑した。

「本当、あの二人元気よねぇ。……で、今日の議題は?」

 矢島家には隣人の夫婦喧嘩は日常茶飯事的イベントで、心配するまでもないコトだというのは判っていた。由那もその辺りを心得ているらしく、肩を竦めて答えた。

「いや、ね。さっきTVでパンダの尻尾の色の話が出てさ、とーちゃんは黒だ、ぬいぐるみもそうなっているじゃないか、って言い張ってね。そしたらさ、おかーちゃんが、パンダの尻尾は白だって、昔、上野動物園で見たから間違いないって言い張って。本当、うちの親、呑気だよねー」
「俺は夫婦喧嘩から避難するために、自分の部屋に戻らず、隣の家の居間で平然とくつろいで、あまつさえ高い品川巻きを次々と口の中に放り込んでいる幼なじみの神経のほうがすげーと思う」
「あはは。やっぱりそう思うー?」
「思うっていうか呆れている、もの凄くこの上なく」
「まぁ、それはそれとして」
「まてこら」

 矢島が由那を睨み付けると、由那は今度は別の方向を指した。
 そしてその方向を、初美と栞も涼しい顔をして同じように指さしていた。そこは玄関のほうだった。
 ぽかんとする矢島は、浮かされたようにゆっくりと右手を挙げると、その上に矢島の母親は二千円札を置き、

「30形と32形を一本づつ。お釣りはお駄賃。よろしく」


 暗い夜道を一人行く矢島は、ほぼ二分おきにそれを思い出しては、くそぉ、とぼやくのであった。
 やがて矢島は、8時を過ぎても人通りの多い駅前商店街に到着した。矢島たちが住む街は隣町のような繁華街ではなく住宅街がメインだが、この時間だとむしろ駅前は帰宅してきたサラリーマンやOLたちが通勤電車から大勢吐き出されて、駅の中など朝のラッシュアワーに匹敵する混雑ぶりであった。恐らくはこの時間だけなら隣町より人の通りは多いだろう。
 お陰で、この時間でも駅前のルミネデパートは開いており、矢島は中にある電気店で30形と32形がセットになった蛍光管を一セット買った。運良く安売りをやっていたため千円ちょっとで買え、千円近いお駄賃をゲットできた矢島はちょっと嬉しかった。

「さーて、戻るか……あれ?」

 デパートの一階から出てきた矢島は家に戻ろうと思ったその時であった。ロータリーを挟んだ向かい側にあるゲームセンターの前で、矢島は見覚えのある後ろ姿を見つけた。

「……お下げ……保科か?………………でも、あれって?」

 よく見ると、智子は何か目の前にいる男と言い争っているようであった。矢島は嫌な予感を覚え、慌てて向かい側に渡ろうと横断歩道へ走った。

「――なぁ、いーだろー?」
「だから何度もいってるけどな、わたしはそんなコトしとらへん!いい加減にしてぇなぁ!」

 智子はどうやら目の前にいる男に絡まれているようであった。信号を渡り近づいていく矢島は、やれやれというと智子のほうへゆっくりと歩いていった。

「隠したって無駄だぜ。あんたがエンコーやっているって話は――」
「よぉ、智子」

 と言って矢島は、背後から智子の頭に手をポン、と乗せ、そして頭越しに――明らかに矢島のほうが背はあった――正面でいやらしそうな顔をしている男を睨んだ。

「なーにしてんだ、こんなところで?約束の場所はルミネのほうだって言ったろ」
「……え?」

 突然のコトに、振り返った智子は唖然とした顔で矢島を見た。
 すると矢島はウインクして、アイコンタクトを取る。それで智子は、矢島が助けに来てくれたコトを理解した。

「ところでさー、あんた、俺の"彼女"に何か用?」
「か、彼女――」

 矢島にそう言って睨まれた男は思わず後ずさりした。

「なんかエンコーがどうのこうの、って聞こえたけど…………間違いよな?」

 矢島は、にっ、と笑う。それでいて殺気を孕んでいた。智子に絡んでいた男はますます顔を青ざめた。

「あ……、あ、ああ、す、すまねぇ」
「……済まない?――――とんでもねー間違い方しておいて、済まない、なんて高飛車な詫びするか、あんたっ?!」
「ご、ごめんなさい――――っ!」

 智子に絡んでいた男は慌てて土下座して、そして立ち上がって脱兎のごとく逃げ去っていった。

「……あーゆー頭ン中がいつもイカ臭そうな野郎に限って、必要以上に卑屈なんだよなぁ」
「……っていうか、美人局(つつもたせ)っポかった気もする」
「あ、酷ぇ(笑)。せっかく助けてあげたのに」

 矢島がそういうと、智子は破顔した。

「……ごめんさい。助けてくれた恩人を美人局呼ばわりは拙いよね」
「そうそう。――で、ところで委員長。何でこんなところに?」

 矢島が不思議そうに訊いた。もっともである。智子は部活動もしていないのに、制服姿でこんな時間に駅前にいるコトは少し不自然に感じたのだ。
 すると智子は、何処か意地悪そうな顔で、にっ、と笑い、

「……客とってる、って言ったら?」
「客、って、家庭教師かなんかの?」

 その返答に、智子は、ブッ、と吹き出した。

「なんでそうくるか?」
「だってさ、――塾かなんかの帰りじゃないの?」
「……ふふっ。……矢島クンにはえげつないギャグは効かンか。そうや、塾が隣町にあってな、その帰りや」
「流石、才女」
「んなコトあらへんわ」
「でもさ、この間の学年模試もトップだし。こうして塾にも通わないと成績維持できなんだろうし」
「…………」

 矢島がそう言うと、急に智子は俯いて黙り込んだ。その様子に気付いた矢島が不思議そうに智子を見ると、見られているコトに気付いた智子は少し顔を上げて微笑んだ。

「……ちょっとした意地っぱりやったからな、わたし」
「意地っ張り?」
「まぁ、あまり気ぃ張らんで良ぉなったし」

 その何処か晴れ晴れとした智子の横顔を見て、矢島は少しほっとした。何となくだが、俯いていたその姿がどこか悩みでも抱えているような、そんなふうに見えたからである。

「ところで、矢島クンこそなんでここに?」
「俺?俺はお遣い」

 と言って、手に持っていた、袋に入った蛍光管を智子に見せた。

「ふぅん。親孝行なんやね、矢島クンは」
「そう言うわけでもないさ。うちは親父が居ないから、こんな夜のお遣いはみんな俺の仕事になっちゃうのさ」

 矢島がそう言った時、智子は、えっ、と大きく瞠った。

「居ない……って?」
「え?あ、ああ、俺が中学の時な、……交通事故で、な」
「あ……」

 智子は気まずそうな顔をして狼狽えた。

「……ご、ごめん」
「いいって」

 矢島はがどうして自分の父親に興味を持ったのか判らなかったが、今は智子が過言を悔いているのを宥めたかった。

「それより家、どっちだい?」
「?」
「もうこんな時間だし、途中まで送ってってやるよ。ほら、さっきの阿呆みたいなのがまた出てくるとも限らないし」
「でも……」
「良いって。困っている人は助けろ、ってのはうちの家訓なんだ」

 無論、家訓の話は矢島の口から出任せである。しかし言っているコトは正直な矢島の気持ちだった。
 智子は少し戸惑った。警戒していると言っても良い。しかし矢島の顔をしばらく見つめたあと、智子は何かくすぐったそうに笑った。

「……何?」
「いや、な。――矢島クン、わたしの知ってるヤツによぉ似てると思ぅてな」
「……知っているヤツ?」
「ああ」

 智子は頷き、

「……とってもお節介さんや。――今夜のところはその親切に甘えとこか」
「そーそー、素直が一番。――送り狼なんて考えていないから安心しな」
「送り狼なんぞ出来るタマかい」
「うぐぅ」

 智子は意地悪そうに笑った。矢島はむくれるが、しかしあの堅物そうな智子がこんなに軽いところもあるんだな、と感心すると、怒る気がすっかり失せてしまった。

「ほな、わたしン家な、南大谷の都営団地のほうなンやけど」
「そっか。俺ン家、森野のほうなんだ」
「何や、まるっきり反対側やン。……お遣い頼まれてたンやろ?」
「へーき、へーき。か弱いクラスメートが困っているんだから」
「そっか」

 智子は何処か照れくさそうに頷くと、わかった、と言った。
 やがて矢島と智子は肩を並べて道を歩き、公園の先に見える都営団地の入り口まで一緒に歩いていった。

「サンキュ、な、矢島クン」
「いいって。…………ところで」
「?」

 急に矢島に訊かれ、智子はきょとんとした。
 だが矢島はどうしても思いついたコトを口に出来なかった。
 自分に似ている、お節介さんとは誰のコトなのか。
 しかしどうしてそれを訊きたいと思ってしまったのか、矢島にもよく判っていなかった。あるいは、クラスで少し浮いている存在のもいつもギスギスしている智子を、あんなふうに微笑ます人間が、何となくだが、自分が良く知っている男かも知れないと思った為でもあった。
 そして、智子がした、矢島が今まで見たコトもないような笑顔が、矢島の調子を少し狂わせてしまったのだろうか。

「……あ、いや。……これからはあんまり遅くならないようにしたほうが良いぜ」
「善処しとくわ。ほな、な、お休みなさい」
「ああ。お休み」

 矢島は智子が入り口から向かって三番目にあるアパートの入り口に消えていったのを見届けると、踵を返して少し遠回りになったお遣いからの帰路に就いた。


「……で」
「……そーゆーワケで遅れました……だから……許して」
「事情は判ったし、立派なのは認める。しかしが、遅れるときは遅れるってちゃんと連絡しなさい」
「はい……だから…………初美姉えちゃん、オクトパスホールド外して(泣)」
「ダメダメ、初美さん。しっかり躾けとかないとお遣いサボってまたフラフラ遊びに行っちゃうわよ(笑)」
「…………由那。後でコロース」
「――初美さん、あと20パーセント出力アップ」
「あいよ」

 その夜更けは、平光酒屋からいつ終わるとも知れぬ夫婦喧嘩の声に交じって、その隣の矢島家からも、情けない断末魔が聞こえてきたという。

       第2話へ つづく

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