『羅刹鬼譚 天魔獄』 第8話 投稿者:ARM 投稿日:2月20日(日)19時15分
【警告!】この創作小説は『痕』『雫』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用しており、ネタバレ要素のある作品となっております。
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<誰もがすっかり忘れている(爆)これまでのあらすじ>
 隆山市内に大量に出現したミステリーサークル。それは天魔と呼ばれる怪生物の仕業であった。時を同じくして、隆山に現れた毒電波使いの連続殺人鬼・飼葉に、耕一の娘である千歳が狙われる。何故か千歳を脅威と感じた飼葉は、叔父である柳川を毒電波で操り、柏木邸を襲う。苦戦する梓と〈不死なる一族〉ブランカ。大ピンチにところを月島瑠璃子によって柳川は毒電波から解放されるが、飼葉はもうひとつの目的である新たな天魔の誕生を待ちわびていた。そこへブランカと千歳が到着し、飼葉と交戦する。そんな中、ついに天魔が地底より誕生し、それで生じた地盤沈下に千歳が巻き込まれてしまった……。
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第12章 千歳の行方

 宙に浮くブランカは、地中の中からゆっくりと浮上してくる巨大な発光物体を唖然とした顔で見つめていた。ブランカにも覚えのない生物であった。

「……これが天魔…………!」

 ついにその姿を現した天魔。その姿は、光るクラゲというより火の玉、いや、一昔前のアニメや特撮怪獣映画などに出てくる、発光するUFOという表現のほうがピッタリしていた。

「……飛んで行っちゃう」

 瑠璃子はぐんぐん上昇していく天魔を目で追い、もっと高く上昇すると仰いで見つめていた。このまま上っていけば、上空にいる仲間の天魔たちの群れの中に入っていくだろう。

「……あれ?」

 瑠璃子は何か異変に気付いた。

「……止まった」
「ええ。ザっと50メートルくらいかシら」

 空を飛べるだけあって、ブランカの見立ては正確であった。天魔はブランカたちのいる隆山公園から50メートル上空まで上がると、突然止まり、海のほうへ飛んでいってしまったのである。

「仲間のところに行かないのは――」
「ブランカ」
「?」
「千歳ちゃん、居ない」

 瑠璃子に言われ、ようやくブランカは大切なコトを思い出した。

「シ、シまった!天魔が飛び出シたこの瓦礫の下に落ちて――」
「だから、居ない」
「へ?」

 珍しくブランカは間抜けな顔で瑠璃子の顔を見た。

「この瓦礫の下には居ないの。――もしかすると」
「もシかスると?」

 ブランカが訊くと、瑠璃子は海のほうを指した。
 心持ち、その指先を空のほうを向けて。

「……さっき飛び出した、あの天魔の中かも」

 ブランカは呆気にとられたままだった。


 丁度その頃、隆山駅前のロータリーで、人々が市内の上空を飛び交う発光物体を唖然とした面持ちで見上げている中、麦わら帽子とライトブルーのワンピースを着た、黒髪の美女が、人混みをかき分けて現れた。

「楓ちゃぁん!置いていかないでよぉ」

 その黒髪の美女に、更に人混みをかき分けて、ひぃひぃ言いながら呼びかけてきたのは、柏木姉妹の末女、初音であった。長女によく似た面立ちの初音は、重そうなバックを人混みに持って行かれそうになるのを必死に堪えながら、悠然と人混みを抜けていく姉、楓を呼び止めようとした。

「だから荷物は宅配便で送った方がよかったのに」
「ここに入っているのはお土産だよぉ」

 初音は疲労で甘ったるい声で答えた。

「せっかく梓お姉ちゃんや千歳ちゃんに喜んでもらえそうなモノ買ってきたのに」
「初音がお土産買いすぎなの」
「ふぇぇぇぇん」
「ところで、初音」
「……なに?」
「そろそろ感じない?」
「感じ――――」

 楓に訊かれた途端、初音の顔が見る見るうちに険しくなっていく。そしてゆっくりと頷いて、空の怪異を見上げた。

「……うん。確かに感じる」

 初音は上空を行き交う天魔を凝視し、唇を噛みしめた。その手前で、楓も茫洋とした顔を仰いでいた。

「……あれが、鬼神の方舟なの?」
「間違いないわ」

 初音は頷いた。

「夢の中で、わたしの前世のリネットが言ってた。鬼神の一族がかつて、神々と争った時に用いたのが、この天魔と呼ばれる鬼造生命体。――だって。鬼神たちはこれに載り、星々を駆けめぐったんだって」
「あんなものが……」

 楓は戸惑いげに、隆山の空を飛び交う天魔の群れを見上げて言った。

「……初音がみた予知夢を信じて、会社の慰安旅行をわざわざ抜けて戻って来たのは正解だったわ。あのまま呑気に猪ノ坊温泉でくつろいでいたら、この異常事態に間に合わなかったわね」
「うん…………」
「……どうかしたの?」

 返答する初音の様子が少しおかしいコトに気付いた楓が、怪訝そうな顔で訊いた。すると初音は暫し仰ぎ、そして海のほうへ視線を降ろしてから、軽く頷いた。

「……変な胸騒ぎがするの」
「胸騒ぎ?」
「……うん。わたし、あの天魔と精神感応が出来るみたいなの」
「精神感応?――ふむ、リネットが天魔を操れたというのなら、生まれ変わりの初音にも出来るとは思うけど」
「多分、出来ると思う。――その天魔がさ、赤ちゃんが暴れている、って騒いでいるの」
「赤ちゃん?」

 この時二人は、隆山公園から天魔が生まれ出たコトは知らなかった。

「生まれたばかりの赤ちゃんが、鬼に捕まった、って騒いでいるの」
「鬼…………まさか?」
「梓お姉ちゃんか裕也さん――もしかすると千歳ちゃんに関係しているかも」
「拙いわね――この混雑じゃタクシーも無理ね。――80パーセント」
「?」
「鬼の力、80パーセントなら鬼化ギリギリなの。家まで全力疾走しましょう」
「うひぃ(泣)わたし、もうへとへとなのに」
「泣き言言わない。耕一さんが居ないのだから、あたしたちがきっちり片づける。それが鬼神の末裔たる柏木家の義務」
「はーい」

 初音は、ちぇ、と答えると、手にしていた大きなトランクを片手で放り投げた。次の瞬間、初音と楓は勢い良くジャンプし、人混みに入らぬよう、道なりにある街路灯を足場に、ぴょんぴょん、と飛び跳ねていく。やがて大きな放物線を描いて落下してきたトランクを初音は片手で掴み、また、上の方へ投げ放った。どうやら持ったままジャンプするのが面倒らしい。しかしその二人の動きはあまりにも素早く、下にいる人間たちは誰も気付いていなかった。
 ただ一人、隆山公園から駅前まで走ってきた泥だらけの飼葉瑞恵を除いて。

「……あれは…………鬼ね?」

 飼葉は街路灯の上を飛び渡って帰路の途にある初音たちの後ろ姿を見て、にぃ、と嗤った。


「――千歳が行方不明?」

 体力が回復し、梓を残して柏木邸を出た柳川は、持っていた自分の携帯電話に、長瀬の携帯電話を使ってかけていたブランカの話を聞いて酷く驚いた。

「それで――何?喰われた?」
『喰われたと言うより、飲み込まれた、と言った方が適切かもシれまセん。とにかく、生まれたばかりの天魔に、どうやら千歳はとりこまれてシまったようでス』
「なんてこった…………!ブランカ、お前が居ながらなんて失態だっ!」

 ブランカは珍しく感情的になっている柳川に当惑しつつ、しかし言い訳などする気もなかった。柳川にとっては大事な身内であるのだ。特に柳川はその生い立ちゆえに家族に恵まれなかったコトもあり、柏木家の者が酷い目に遭う事を、面には出さないか酷く嫌っていた。ましてや以前、柳川が大切な人を護りきれなかった時のあの凄まじい激高ぶりを、ブランカは知っていた。二度とあんな思いだけは味わいたくないのだろう。

『……言い訳はシない。――シかシまだチトセは生きている。絶対助けます』
「あたりまえだ――」

 柳川がそう怒鳴った瞬間、通信が切れた。恐らく、激情に任せて柳川が自分の携帯電話を握りつぶしてしまったためであろう。ブランカは、ふぅ、と困憊した溜息を吐いてから、携帯電話を、回復したばかりの長瀬に返した。

「ナガセ、ありがとう」
「どうする気だね?」
「まズは、天魔に取り込まれたチトセを助けまス」
「そうか――」

 長瀬がそう言った途端、突然長瀬の手にある携帯電話がけたたましく鳴りだした。

「はいはい、長瀬――え?」

 突然、長瀬の顔が強張った。いつもひょうひょうとする顔しか見ていないブランカは、この険しそうな長瀬の顔を見て一抹の不安を覚えた。

「――マズイよ、ブランカくん」
「どうかしたの?」

 海のある方向をみていたろ瑠璃子が、きょとんとした顔で訊いた。

「……県警本部からの連絡だ。隆山上空に現れた天魔に対し、県知事名義の依頼で、自衛隊の出動要請が出たそうだ」
「自衛隊――こんな市街地で攻撃スるのでスかっ?」
「隆山市内から半径5キロ四方に避難勧告が出されるそうだ」
「なんて無茶な――ナガセ、〈守護者(ガーディアンズ)〉日本本部に連絡シて直ぐに中止サセます!携帯電話を貸シて下さい」
「あ、ああ」

 ブランカは長瀬が差し出した携帯電話をひったくるように掴むと、〈守護者〉日本支部の直通番号へかけようとした。
 ところが、コール中に携帯電話のアンテナが突然消え、電話が掛けられなくなってしまった。

「上」

 瑠璃子に言われて、ブランカと長瀬は仰ぎ見ると、なんと隆山市内上空にいた天魔の群が、まるで流れ雲のように海のほうへと向かっていたのである。

「天魔の赤ちゃんを追いかけに行ったんだよ」
「天魔の移動で生じた電磁波が通信を妨害している――ちぃっ!」

 ブランカはコートを翼に変えて宙に舞った。

「あたしも」

 瑠璃子が手を挙げると、ブランカはその手を掴みあげて一気に飛び上がった。

「ナガセは急いで警察署に戻って、〈守護者〉のブランカの名で、自衛隊の出動を止めて下さいっ!」
「わ、わかった!気をつけたまえよ!」


 どさっ!楓は身体の自由を奪われ、道路に転がった。先に攻撃を受けていた初音は、仰向けになったままピクリとも動かなかった。

「……お……おのれ…………!」
「鬼神の末裔と言えども、オゾムパルスには叶わないわね」

 そういって飼葉は、必至に顔を上げて睨み付けている楓の頭を足で踏みつけ、高笑いした。

「……さぁて、あんたたちにはあたしが天魔をモノにするために働いて貰うわよ」

             つづく

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