ToHeart if.『Dual ”L”』第7話 投稿者:ARM
○この二次創作小説はPC版およびPS版『ToHeart』(Leaf製品)のレミィシナリオをベースにした話となっており、レミィシナリオのネタバレを含んでおります。
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【承前】

 4月23日。昼休み――

「……なんだよレミィ。こンなとこに呼び出して」

 浩之は昼休み、レミィに屋上へ呼び出されていた。どこか物憂げなその面差しに、浩之は理由を訊いたが、レミィはもの悲しげに浩之の顔を見つめるばかりであった。

「……用がねぇなら帰るぞ」

 そう言うと、レミィは覚悟を決めたような顔で口を開いた。

「……アタシ、生まれ故郷に帰らなくちゃイケナイの」
「……は?」
「アタシ、今夜、戻ります……」
「戻るって、米国へ、か?」
「No……、あそこです……」

 そう言ってレミィが指したのは、澄み切った青空を指差した。
 見ると、彼女が示した方向には、真昼の月が浮かんでいる。

「……ふっ。何の冗談だよ。かぐや姫か?」
「……ヒロユキに拾われてからの三年間……」
「へ?」
「レミィはとても幸せデシタ……」

 そう言ってレミィは祈るような目で月を見上げ、まるで自分に言い聞かせるように言った。

「あのなぁ……。いつ俺がお前を拾ったんだよ?だいたい、俺は竹なんか取らねえぞ」
「この日が来るのを、アタシはずっと、恐れていました。……時が止まればいいとさえ思いました」
「話がかみ合っちゃいない……、お〜〜〜い、レミィさん、俺の話、聞いてますかぁ?」
「ヒロユキ……。名残惜しいデス……」
「おいコラまてゃ、そこのパツキン(笑)、話を聞けって(笑)」
「……止めてはくれないのデスか?」
「はいはい……判ったよ。行かないでくれ、レミィ」

 浩之は呆れながらレミィの話に合わせた。

「……ダメなの……。もう、決まったことなんデス……」
「……なんでだよ?――突然すぎるじゃねぇか」

 浩之は今までの会話はレミィのギャグと思っていた。だが、その一方で感じていた不安感が、ここに来て突然、一気に膨れ上がった。

「……アタシ、別れたくないヨ……」
「そんなバカなコトって――」

 突然、目も開けられないほど強烈な光が、浩之たちの居る屋上を包み込んだ。

「――な、なにが起こったンだ!?」
「サヨナラ、ヒロユキ……」
「どうなったンだ!――レミィ!?」
「ヒロユキとの思い出、忘れない……」


 4月23日、朝。

「……っつー夢見るんだ?」

 浩之は自分の部屋のベットの上で起きあがり、憮然とした顔でぼやいた。もっとも浩之を起こしたのは、一階のほうから聞こえる電話のベルであった。眠い頭を起こしてベットから降りたのはいいが、部屋の扉を開けた途端、電話のベルは鳴りやんでしまった。

「……ったく、何なんだよ今の電話…………」

 憮然とする浩之は大きな欠伸をすると、目覚めたばかりでどうしてなのか、得も知れぬ疲弊感を感じながら洗面所に向かった。
 今の浩之に、こんな疲弊感や夢を見てしまう心因的要素は確かにあった。

 ――たとえ黒髪のヘレン様が元々のヘレンお嬢様だとしても、私は、ヘレンお嬢様が幸せに成られるのなら、それを切り捨てます。

 昨夜の藤島の言葉が、未だに浩之の耳に残っていた。

 4月23日、一時限目と二時限目の休み。

「…………レミィが病気?」

 美術室への移動時間、廊下で会った志保が、浩之の顔を見つけるなり飛びついてきた。

「……そういや、いつもなら朝、俺のところに顔出すのが来なかったっけ。姿も見えないから休みかと思ったんだが……って何で志保がそんなコト知ってンだよ?」
「今日の一時限の現国、宮内さんの担任の古畑先生が言ってたもん。それにちゃんとあたしのこの目と耳で裏付けとれているのよ!」

 志保は自慢げに胸を張り、

「朝、登校してきたらさ、モデルと見紛う、パツキンのすンごい美人と鉢合わせになってね、職員室はどこ?って聞いてきたのよ。だからあたし、案内して上げたんだけど、ちょっと気になって職員室の外で聞き耳立てていたらさ、なんと宮内サンのお姉さんだったのよぉ!」
「レミィのお姉さん――シンディさんか」
「あれ?ヒロ、知ってンのぉ?」
「ちょっとな。――で、わざわざシンディさんが、病気のレミィが休む、ってコト言いに来た、っつーのか?ンなの、電話使えば……」
「ちっちっちっ。休みじゃなくって、退学――何でもさ、今度、米国に帰国するんだって話ヨ」
「――――」

 浩之は凍り付いた。

「何でも、健康上の都合で米国の女子校に転校するとか。――でも宮内さんって元気の固まりじゃない?そんな重い病に罹っているって話、聞いたコト無いから変だとは思っているのよ。それでさ、何かヒロ聞いていないかな、って――」
「そんな話聞いちゃいない!」

 思わず浩之は怒鳴ってしまう。狭い廊下で浩之の怒鳴り声は轟き、驚いて教室から顔を出す生徒さえ居た。

「――――っつー……!ヒロ、あんた何怒鳴ってンのよぉっ!あたしのか弱い鼓膜が破れちゃうじゃ…………きゃっ!?」

 浩之は言い返す志保の両肩を鷲掴みにして、

「それで、シンディさんは?!」
「……あにぉっ。もうとっくに帰っちゃったに決まってンでしょ?」

 志保の言う通りである。浩之は自分の腕時計を見て、ぎりっ、と歯噛みした。

「――くそっ!志保、俺、今日は体調悪くなったから早退するって先生に言ってくれ!」

 そう言って浩之は志保の肩を手放し、自分の教室へ駆け戻った。

「――ってあんた、何でクラスの違うあたしにゆうよぉっ?――あ、コノヤロー!」

 呆気にとられる志保は、鞄を持って教室から飛び出し、学校を出ていく浩之の背中に罵声を浴びせるが、浩之は振り返りもしなかった。

 学校から飛び出した浩之は、レミィの住むあの大きな屋敷へ一目散に走っていった。
 屋敷までは10分ほどで到着した。浩之は荒い息を整えながら、玄関にある呼び出しベルを押した。
 間もなく玄関の扉が開くと、中からレミィの母親が少し険しい顔を出してきた。

「……あら、藤田くん?……学校はどうしたの?」
「レミィは?レミィは居ますか?」
「え――――」

 訊かれて、何故かレミィの母親はぎょっとした。

「――学校に」
「……え?」
「ヘレン、学校に行っていないの?」
「…………へ?」
「今朝、確かにヘレンは登校しましたが……」

 浩之は間抜けな顔で口をあんぐりとさせた。

「で……でも、今日、学校休む、って――っていうか、休学して、米国に帰るって!」
「あ…………」

 レミィの母親はばつの悪そうな顔をした。そんな時、家の中からシンディがやってきた。

「……藤田くん、どうしたの?」
「シンディさん!レミィが帰国するって本当なんですか?!」
「あ…………」

 訊かれて、シンディは母親と同じ顔をした。

「……え、ええ」

 先に頷いたのはレミィの母親であった。

「……ちょっと複雑な事情があってね」
「――レミィの二重人格の所為ですか?」

 浩之は図星を突いてしまったらしい。二人とも黙り込んでしまった。

「何でっ?日本に来たのは、レミィの二重人格を直すためじゃ――――」
「…………フジシマが」
「え……?」

 不安がる浩之の顔を、困ったふうに唇を噛みしめていたシンディが、やがて意を決したような面もちで口を開いた。

「…………藤田くんのそばに居るとダメだって」
「――――――」

 怒り。戸惑い。恐怖。そして哀しみ。唖然としているつもりの浩之は、今の自分がこれらの感情が入り交じった複雑な顔をしているとは思いもしなかっただろう。そしてシンディもレミィの母親も、こんな浩之の顔を見たいとは思ってもいなかった。

「………………なんで」
「「?」」
「――何で俺がレミィのそばに居ちゃいけないんですかっ!?」

 浩之は自分を押さえきれなかった。浩之の怒鳴り声に、シンディとレミィの母親は身が竦んでしまった。

「それとも何ですかっ、俺が居たらレミィは治らないとでも――」
「その通りだ」

 その声は、浩之の背後からであった。驚く浩之が振り返ると、そこにはリムジンから降りてきた藤島と、レミィの父親が居た。声の主は藤島であった。

「キミの存在が、ヘレンお嬢様の心を不安定なものにする。それは昨日、キミにちゃんと告げたハズだが」
「…………………………しかしっ」

 胸が哀しみで詰まる思いの浩之は、反論を口にするのに酷く苦労した。

「……レミィは…………レミィは…………!」
「ではキミは、ヘレンお嬢様の人格が分裂したままで、お幸せになれると、そうお思いなのか?姿までもが変わってしまって、周囲の奇異な目に耐えられると思っているのかね?」
「それは――――」

 藤島に反論できるものなら、昨夜のうちにしていた。浩之は何も言えず、悔しそうに歯噛みした。

「でも……レミィは…………あ」

 その時、浩之は大切なコトを思い出した。

「――――そうだ、レミィ!」
「?」

 浩之の様子がおかしいコトに気付いた藤島は、不安そうな顔で浩之のほうに近づいた。

「ヘレンお嬢様がどうかされたのか?」
「レミィは!レミィ、家に居ないんでしょ?!」

 浩之は藤島を無視して振り返り、レミィの母親に喰いかかるように訊いた。

「……あ!」

 そこでようやくレミィの母親も、大切なコトを思い出した。

「ええ、ヘレンは確かに今朝、登校しましたわ。帰国は明日からだから最後の挨拶に、って――まさか?」

 レミィの母親は思わず口元を両手で押さえ、隣にいるシンディと顔を合わせた。シンディもそこで、母親が何に戸惑っているのかようやく理解した。

「……まさかヘレン、学校に行っていないの?」
「何だと――」

 藤島はその会話から、今起こっている非常事態をようやく知った。

「だって、私がヘレンの学校に行った時、先に――――まさかその時?」
「そんな……ヘレンが…………!?」
「おばさん!」
「えっ?」
「――レミィには、帰国の話はしていたんですね?」
「え、……ええ。それで昨日の夜、ちょっと…………」

 レミィの母親は気まずそうに答えた。
 そんな時、浩之に、ある直感が働いた。

「――――今朝、レミィ、どこかに電話かけてました?」
「あ――」

 どうやらシンディに心当たりがあったらしい。

「……朝食の前に、そういえば」
「やはり――――」

 浩之の直感の源は、今朝の途中で切れた電話であった。あれはきっとレミィがかけたのに違いない。そしてあの夢も、虫の知らせというヤツだったのだろう。

「あなた………ヘレン、学校に行っていないって……どうしましょう?!」
「Oh、God……!」

 レミィの父親は思わず仰いだ。

「学校に行っていないとすると、いったい…………おばさん、レミィの行き先に心当たりはありますか?」

 浩之は戸惑いげに訊くが、レミィの母親もシンディも、首を横に振るばかりであった。

「……くっ!」

 浩之は歯噛みすると、踵を返して門のほうへ走り出そうとした。

「――藤田くん、どうする気かね?」

 浩之同様に不安を隠しきれないでいる藤島が浩之を呼び止めた。

「レミィを探すンだよ!」
「キミに心当たりでもあるのかね?」
「あるわけ、無ぇっ!」

 浩之は藤島に振り向きもせず怒鳴り返した。

「――それでも、探さなきゃならねぇんだよ俺は!」

          第8話へ 続く