○この二次創作小説はPC版およびPS版『ToHeart』(Leaf製品)のレミィシナリオをベースにした話となっており、レミィシナリオのネタバレを含んでおります。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 【承前】 4月21日、夜。 浩之はレミィの家で夕飯をごちそうになった。レミィは浩之の前では終始、黒髪のままで通していたが、レミィの家族はそのコトにまったく違和感など微塵も見せず、和気あいあいとした夕げであった。 しばらくして、玄関のチャイムが鳴った。 「あ、Dadよ」 ヘレンが席を立って玄関のほうに向かった。間もなくヘレンが戻ってきて、その後ろに中年の金髪の紳士と、さらにその後ろに同い年くらいの黒髪のオールバックの紳士が顔を出した。 「――Hello。……Oh、お客さまネ――What's?」 レミィの父親である金髪の紳士は、浩之の顔を見るなり、驚いたように瞠った。 「You…………もしかして、あの迷子の坊や?」 レミィの父親は、浩之を一目見て、埋もれかけていた記憶にある子供の顔と浩之の顔を直ぐに一致させた。 「あ……、は、はい」 浩之は慌てて立ち上がり、 「その節はどうも……あ、俺、藤田浩之と言います」 「そうそう、ヒロユキ!ヒロユキ、そうネ!」 「あなた、前に藤田くんのこと、イロユキとか言ってませんでしたか?」 「Hahaha!I'mSorry、日本人の名前、覚えにくくて大変デス!」 苦笑しながら言い訳するレミィの父親をみて、浩之は流石レミィの父親と納得した。 「それにしても良く巡り会えたな、ヘレン――What's?」 陽気に笑いながらレミィのほうを見たレミィの父親は、思わずきょとんとした。 「Oh、Shadeヘレン!」 「Dad、お帰りなさい」 黒髪レミィは、にこり、と微笑んだ。それを見てレミィの父親は、ふむ、と感心したふうに頷くと、どこか気恥ずかしそうに微笑んだ。 「……ShadeヘレンのこんなSmailing、久しぶりに見たヨ」 「え……もぅ、Dad!」 黒髪レミィは頬を赤らめて怒って見せた。それを見て、レミィの父親は一層笑う。 「Sorry。……さて、ヒロユキ、もとい藤田くん、ようこそMyHome!DinnerをEnjoyしてマスか?」 「あ、はい……済みません、遠慮なくいただいています」 「Don't bother your head about it。ヘレンのFriendはFamilyも同じネ。今夜は楽しんで下さい!Hahaha!」 「……社長、そろそろ」 「Oh、そうでした。――アヤメ、ワタシ、ちょっと書斎で書類整理してから来るネ」 レミィの父親は、その後ろにいた黒髪の紳士に耳打ちされて何かを思い出したように頷くと、レミィの母親に一言告げてダイニングルームから出て行った。 浩之はレミィの父親が出て行くのを見送ってから席に着き、隣りに座る黒髪レミィに訊いた。 「お父さんの後ろにいた人、誰?」 「?――うん、Dadの秘書を務めている藤島さん。Dadの大学時代からのお友達なの」 「ふぅん」 「……何か気になったの?」 訊かれて、浩之は、いや別に、と応えた。もっとも、浩之は以前、志保の取材に付き合ってこの家にやって来た時に顔を合わせていたので覚えていた。浩之たちを見かけて、写真撮影を快く許諾してくれたあの紳士だった。 その紳士が気になった理由を、浩之は言えなかった。 あの顔に何か、気にかかるものがあったのもそうだが、それ以上に、藤島という男が、浩之の顔を終始、レミィの父親の肩越しに見つめていたのが気になって仕方がなかった。そのどこか冷ややかな眼差しは、まるで値踏みして居るかのようであった。 結局浩之は、8時過ぎまで、レミィの家族と子供の頃の想い出話で盛り上がり、後ろ髪を引かれる思いで帰宅した。 4月22日、放課後。 浩之はレミィと一緒に下校した。 しかしレミィは終始、金髪のままであった。浩之はどうして黒髪のレミィが現れないのか気になっていたが、レミィの複雑な事情をレミィの母親から聞かされていたので、あえて聞こうとはしなかった。 「ねぇ、ヒロユキ、覚えている?」 「何を?」 学校から町へ向かう坂道を下る途中、レミィは西の方角を指した。レミィの家がある方角であった。 「あの辺りに、確か大きな木がある公園があったよネ?」 「ん?――あ、ああ」 「その下に、小瓶埋めたの……覚えている?」 「小瓶?」 浩之はきょとんとした。やがて記憶の底の辺りに、レミィの庭にある大きな木のコトを思い出した。 「あれ?……それって……レミィの家の庭にある木じゃなかったっけ?」 「What's?…………それ、フジシマに言われて、公園の木に埋め直したじゃない?」 「藤島さん?」 言われて、浩之は藤島の顔を思い出す。 志保と一緒に行った時の、あの優しそうな顔。 夕食に呼ばれている時の、あの冷ややかな顔。 ――そして、子供の頃、二人が遊んでいる時、嬉しそうな顔をして色々な話をしてくれた、あの――曖昧な記憶の色あせた笑顔。それを同時に思い出した。 「……あ。そういや…………、って済まん。大きな木の下に埋めたのは覚えているが……レミィの家の木じゃなかったっけ?」 「Yes。でも、埋めている時、フジシマがもっと大きな木を知っている、って言って、近くの公園に連れていってもらったんだヨ」 「あ……そうだっけ?」 浩之はこんなトリ頭じゃレミィの父親を笑うコトなんか出来ないな、と思った。 「……まだ、あるかなぁ」 「さぁ……。だいたい、この町に住んでいるクセに、レミィん家の辺りには殆ど行ったコトがないからなぁ。まぁ公園だし、潰されるコトは無いだろ?」 「でもね」 そういうとレミィは西の方角を見渡した。 「……あの頃と風景、大夫変わっているヨ。大きなApartmentやMabsionが増えているし……」 「ふぅん。見慣れた風景だから、あんまし気にもとめなかったが……言われてみれば、確かにそうかもな――――ん?」 不意に、浩之は当惑した。 そんな浩之に気付いたレミィは、不思議そうに浩之の顔を覗き込んだ。 「どうしたの?」 「――あ、いや……ちょっと、な」 「?」 「……なぁ」 「なに?」 「いや、さ。レミィ、って、記憶力良いなぁ、って感心したんだ」 そう言って浩之は微笑んだ。浩之に誉められて、レミィはカリフォルニアの太陽のような笑顔を浮かべて喜んだ。 * * * * * * * * * 4月22日、夜。 昨日、買い置きが出来なかった買い物を済ませて家に戻ってきた浩之は、扉の鍵を開けている最中に、玄関のほうから鳴り出した電話に驚いた。 「――はい、藤田です――え?」 浩之は、電話の相手の名を聞いて、直ぐには思い出せなかった。 30分後。電話を掛けてきた主は、藤田家の玄関のチャイムを鳴らした。 「……こんな夜分に済まないね」 そう言って、居間のソファに座る藤島は、浩之が出した湯飲みに口を付けた。 「……ところで、ご用件って?」 「そのコトだったね。……確かキミは、以前ヘレンお嬢様が日本に居られた時に知り合っていたそうだが…………」 「は、はい……」 浩之が怪訝そうに頷いた。すると、そんな浩之の警戒心に気付いた藤島は、ふっ、と笑みを浮かべた。 「……では、私のコトは覚えているかね?」 「えっ……と」 浩之は暫し返答に窮し、 「…………今日、レミィに言われて……いや、昨日、お会いした時に、何となく思い出していました」 「そう、か……………………ホンの数日だったからね。覚えていないほうが当たり前だ」 「…………でも」 「でも?」 「…………レミィと遊んでいた時間は、忘れたコトはありません」 聞き返す藤島に、浩之は俯き加減で答えた。俯いていたのは少し気恥ずかしかった所為もあった。 「そう……か。――――ところで」 「?」 「ヘレンお嬢様の”ご病気”はご存じかね?」 急に藤島の声がトーンダウンした。まるで機械のような感情のこもっていない声であった。浩之は一抹の不安を覚えつつ、頷いた。 「レミィのお母さんから聞かされました。…………レミィは元々黒髪で、それがコンプレックスだった、って。……それが環境の変化で、金髪になる二重人格になってしまった、と聞いています」 「そうか。……やはり、そこまで聞かされていたか」 「……はい」 「ならキミは――」 「え?」 「キミは、どうしてヘレンお嬢様がブロンドヘアになられたか、その背景は存じていると言うコトだね?」 「え、ええ」 浩之が不安げに答えると、藤島はおもむろにテーブルに両肘をつき、前屈みになって重ね合わせた拳を口元に当て、上目で浩之の顔を見つめた。 「……ヘレンお嬢様は、ね」 「……?」 「……ご家族の中で、奥様に良く似られた、黒髪の似合う可愛らしい女のコでした。……しかし、その黒髪のコトで幼いながらに酷く気にされていました。周りの環境で黒髪の子供はヘレンお嬢様だけしかおらず、嫌と言うほど目立ってしまい……その為、米国では殆ど、同い年の子供を避けておいででした」 「…………」 「……そこで旦那様が一計を案じ、丁度日本を拠点に新規取引のお仕事も始まったコトを機会に、シニアハイスクールの寮に居られたシンディお嬢様を残して、この日本へご家族が引っ越されるコトになりました。しかしそれでも、ヘレンお嬢様の内向的性格はなかなか治られませんでした。…………無理もありません、私たちはその時、ヘレンお嬢様が黒髪を気にされていた本当の理由が、同じ血を引いて居られるシンディお嬢様やミシェル様と違っていたコトを意識されていた為だったからなのですから」 「……はい。そのコトはレミィのお母さんから聞いています」 「だから……」 「……?」 「ヘレンお嬢様は、ご姉弟と同じになられたかったのです」 「…………同じ?」 聞き返す浩之は、その時、妙に心の中に不安感が拡がっていた。 「だが奇跡にも、――望み通り、ヘレンお嬢様はブロンドヘアにお成られた。……しかしそれは、あのもう一つの人格でなければならなかった。…………判りますか?」 「判……る?」 「ヘレンお嬢様が心から幸せになるには、後天的に生じたもう一つの人格――ブロンドヘアのヘレンお嬢様の姿なのです」 「――――――」 「ご姉弟と違う――そういうコンプレックスも何もない、屈託ない笑顔を魅せられるあのヘレンお嬢様が、ヘレンお嬢様のお幸せな道なのです。――私はそれを妨げたくはない」 そう言って藤島は、当惑する浩之の顔を見据えた。その目は、昨夜、浩之を見つめていた冷ややかな眼差しであった。 「……だから」 「?」 「――藤田くん。ヘレンお嬢様にこれ以上関わらないで欲しい」 「――――」 浩之は絶句した。しかし、何となく藤島が電話を掛けてきた時から、そう言ってくるものだと思っていたので驚きはしなかった。 「……私は、この日本にお戻りになられてから、ブロンドヘアのヘレンお嬢様に落ち着かれていたコトに安心していました。しかし藤田くんの存在が、黒髪のヘレンお嬢様を呼び覚まし、また以前のように心をかき乱されるようになりました。……判りますか?二重人格ばかりか、容姿さえも変わられる。そんなコト、普通の人間からしてみれば不気味がられて当然なのですよ。そんなコトで、ヘレンお嬢様の大切な人生を台無しにはしたくないのです。――たとえ黒髪のヘレン様が元々のヘレンお嬢様だとしても、私は、ヘレンお嬢様が幸せに成られるのなら、それを切り捨てます」 「…………」 浩之は何も言えなかった。藤島の言い分はもっともだった。 しかし、その納得する一方で、浩之は、心の中に引っかかる何かに迷っていた。何かが、違うのだ、と。 「……お判り頂けましたか?私がお願いしたかったのはそのコトでし……」 「……違う」 「?」 「違うよ、それ…………!」 そう答えると浩之は、藤島の顔を見つめた。 「……何が、違うのかね?」 「…………」 しかし浩之は何も答えられなかった。 しばらくして、藤島は藤田邸を後にするが、浩之は最後まで答えるコトが出来なかった。 「……ケン、遅かったな。急用と言っていたがいったいどこへ……?」 「……ジョージ。…………例の件だが」 「――――」 「?」 「……いや、久しぶりに名前で呼ぶから、ちょっと、な……」 「…………何か、おかしいか?」 「No……。そんな顔をしている時のケンは、色々厄介なコトを言い出してくるのでな、ちょっと警戒してしまったよ。――そう言えば、アヤメと婚約した時にも――」 「……そのコトは今は関係ないさ。……ヘレンのコトだ」 「そのコトか……、ああ、実は……」 「――勝手だが、今日、私の妻がフリスコで理事を務めるハイスクールへ編入手続きを済ませた。――ヘレンは、ステイツに戻した方が良い」 第7話へ 続く http://www.kt.rim.or.jp/~arm/