ToHeart if.『Dual ”L”』第5話  投稿者:ARM


○この二次創作小説はPC版およびPS版『ToHeart』(Leaf製品)のレミィシナリオをベースにした話となっており、レミィシナリオのネタバレを含んでおります。
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【承前】

 4月21日、夕刻。
 メグミという名の迷子の女のコの親を捜して歩き回っていた浩之とレミィは、ようやく駅前のほうで、メグミを捜している高校生の話を聞いて追いかけてきた母親と合流出来た。

「おにいちゃん、おねぇちゃん、またあそぼーねー」
「……遊ぼうね、っか。お子様はノンキだねぇ……」

 母親に手を引かれ、空いている手を大きく振って浩之たちに笑顔を見せるメグミを見て、浩之は苦笑した。その隣ではレミィが嬉しそうに手を振って答えていた。
 金髪のレミィであった。一瞬にして黒髪になったレミィは、浩之の胸に飛び込んで散々うれし泣きをした後、呆然とする浩之の目の前でゆっくりと金髪の髪に戻っていった。

「……さて、と」

 そう言って浩之はレミィのほうを見た。
 レミィの顔を見て、浩之は何かを言いたかった。しかし、それに気付いて浩之のほうに振り向き、きょとんとするレミィに、浩之は何も言えなかった。
 きゅるるるるるるる。浩之の腹の中から、情けない虫の声が聞こえたのは、そんな時であった。

「Oh!ヒロユキ、おなか空いたの?アハハ――――」

 浩之の腹の虫を笑ったレミィだったが、次の瞬間、レミィも自分の腹の虫をしっかり鳴かせていた。

「…………No、アタシも鳴っちゃった、アハハ」
「無理もねーわ。散々歩き回ったんだしな。――そーいや俺、飯の買い出しに来たンだっけ、やべっ、早くスーパーに行ってラーメン買わなきゃ!」
「買い出し?」
「ああ。俺ン家、親が仕事で家空けてて、一人暮らしなんだ。買い置きのラーメン切らしちゃってね」
「ふぅん。――ねえ」

 急に、レミィは、にこっ、と笑って浩之の顔を覗き込んだ。

「?」
「今日の夕食、うちでどう?」
「へ?」
「ヒロユキ、迷子探してhustleしたネ!それにアタシ、お礼したいの!」
「いや、別にレミィがお礼を言う筋合いは無いだろう?」
「ダイジョーブネ!努力した者は必ず報われる、ことわざはそう教えてマス!」
「まぁ、そりゃ……でも」
「No problem!Myhome、一人増えてもクイブチあるヨ!」

 そう言ってレミィは浩之の腕に楽しそうにしがみついた。戸惑う浩之だったが、折角の好意を断る義理も理由も無いので、

「……ん。わかった、有り難くご厚意を受けるよ」
 
 と返事した。すると、

「……よかった」
「――!」

 油断していた浩之は、レミィがまた黒髪のレミィに戻っていたので酷く驚いた。

「……浩之くん、どうしたの?」
「あ、いや、その…………あはははははは」

 何がなんだか判らなくなった浩之は、もう笑うしかなかった。

 しばらく歩いた後、浩之は黒髪のレミィに案内されて、レミィの自宅についた。陽もとうに落ち、記憶のそれと大夫印象が変わっているが、そこは確かに、先日、志保に付き合って訪れたあの洋館であった。
 黒髪のレミィは洋館の玄関の扉を開け、ただいま、と、どこか陽気に言った。
 すると奥から、お帰りなさい、と、和服姿の中年女性が現れた。
 その女性が、一目でレミィの母親と気付いたのは、今のレミィがとても綺麗な黒髪をしている為であった。もしレミィが金髪のママなら、この二人が親子だなどと気付きもしなかっただろう。
 レミィの母親は、娘を見て平然と、微笑んでさえいた。

「あなたがヒロユキくん――いえ、藤田くんですね。私、レミィの母です。ようこそいらっしゃいました」
「あ、は、はい、こんばんわ……!」

 正直、浩之はレミィの母親に見とれていた。黒髪のレミィをもっと大人にしたらこんなふうになるのだろう。レミィは母親似なんだな、と思った。

「……ふぅん」

 レミィの母親は、少し歯がゆそうに微笑み、頷いた。

「……言われてみれば、あの時の面影があるわね。ねぇ、おばさんのこと、覚えている?」
「え……あ…………」

 浩之は黒髪のレミィ以外の人相はまったく覚えていなかった。子供という者は、自分の目の高さにないモノは殆ど覚えないものである。お陰で、流石に正直に忘れましたとは言えなかった。

「……くすっ。そうよね、わたしもヘレンに言われるまで、あなたの名前も顔もすっかり忘れていたほどですもの」
「いえ、自分こそ済みません……」

 浩之は苦笑して頭を下げた。

「さぁ、上がって、浩之くん」
「あ、ああ」

 浩之は頭を下げたまま玄関の中に入った。それから自室に戻るレミィと別れ、レミィの母親の案内でダイニングルームに通された。

「――へぇ、彼が?」

 やってきた浩之を見て、中央にある大きなテーブルに家族の食器を並べていた金髪の女性が、感心したふうに言った。

「あなたが浩之くん?」

 レミィと同じブロンドヘアーの、落ち着いた大人のムードを持つその女性は、黙っていれば言葉の通じない金髪美人に見えた。しかしその口から出る日本語は、日本人のそれと遜色のない流暢な発音であった。

「わたし、シンディ。ヘレンの姉です。宜しく」

 そう言ってシンディは浩之に手を差し出し、握手を求めた。浩之は照れくさそうに笑いながら握手した。

「ヘレンが子供の頃から何度も聞かされていた彼氏が、まさかヘレンが留学していた高校に居たとは驚きました。これも何かの縁ね、これからも宜しく」

 そう言ってシンディはウインクした。モデルのような容姿をする美人にウインクされ、浩之は少しばかり鼻が伸びた。

「Youが、Helenが話していた初恋のキミネ?」

 不意に、テーブルの向こうに座っていた、シンディと同じ綺麗な、そして少しクセのあるネコっ毛のブロンドを冠する少年が、ニヤニヤしながら近づいてきた。歳は浩之より下、中学生くらいだろうか。

「MyName's Michael。ミッキーと呼ンでヨ」

 ミッキーと名乗る少年を見て、浩之は以前、レミィには弟が居る、という話を聞いたことがあるのを思いだした。どうやら彼は、その弟らしい。姉たちに比べ、日本語の発音はかなり怪しい。日本より米国での生活が長いのだから無理もないのだろう。そんなコトを考えていると、いつの間にかミッキーが握手を求めていたコトに気付き、慌ててその手を取った。
 その瞬間、バチン、という乾いた音が鳴り、浩之はミッキーと握手した右手に軽い痛みを覚えた。驚いた浩之は、自分の右手を見ると、なんと、古くから悪戯道具にある、パンチガムというバネ仕掛けの仕込みバサミが、その手の甲に噛みついて居るではないか。

「――ミッキー!あなた、なんてコトを!」
「へっへー」

 浩之から慌てて手を離したミッキーは、浩之が痛みに気付くとともにそこから飛び離れ、ネズミのように素早くダイニングルームの奥まで逃げていた。シンディは慌てて叱りとばすが、浩之は、してやられたか、とパンチガムが噛みついたままの右掌を振って苦笑した。

「良いですよ。これくらいの悪戯、俺も昔良くやってましたから。――でも、二度は通用しないぜ?」
「Allright!」
「まったく、これだから…………」

 シンディは呆れて肩を竦めて見せた。浩之の横では、その一部始終を黙ってみていたレミィの母親が、呑気そうにくすくす笑っている。
 そんな時、レミィがダイニングキッチンにやってきた。

「へぇ、今日はshadeヘレン?」
「ミッキー、また悪戯したの?……浩之くん、ごめんね」

 黒髪のままのレミィは、弟をきっと睨み、それから浩之ほうを向いて困ったふうに苦笑した。

「あとできっちりお仕置きしておくから」
「いいって。そういや、この手の悪戯、今どきの日本の小学生もやらなくなったなぁ。俺たちがその頃は同じコトやっては、親たちに叱られたもんさ。ほら」

 そう言って浩之は、右掌から外したパンチガムを、テーブルの向こう側に居るミッキーに向かって放り投げた。ミッキーは片手で素早くそれをキャッチすると、さっさと腰のポケットにしまい込んだ。

「さぁ、ヘレン、お客様をもてなすわよ」
「はい、姉さん」

 そう答えると、黒髪のレミィはシンディに近寄り、テーブルに食事の用意を手伝い始めた。

「藤田さん、先にそこへお座り下さい」
「あ、は、はい……」

 レミィの母親に促され、浩之はテーブルに近づこうとしたが、急に立ち止まった。そして少し不安げな顔を、にこやかに微笑んでいるレミィの母親に向けた。

「……あの」
「?」
「…………あの黒髪の娘……確かにレミィですよね?」
「はい」

 レミィの母親はためらいもせず、微笑んで応えて見せた。
 頷かれても、浩之はまだ信じられずにいた。目の前で金髪のレミィが、黒髪のレミィに変身したのを目撃しているのにも関わらず、一年近くも接してきたあの陽気な金髪少女と、とても同一人物には思えないのだ。
 しかし、先ほど思ったように、確かにこの黒髪の親子は良く似ていた。金髪のレミィと並べられた時、逆にそちらのほうが親子には見えないだろう。そう言った見方から考えれば、この親子は間違いなく血が繋がった親子である。
 そして金髪のレミィは、面立ちも雰囲気もシンディやミッキーに良く似ていた。そう言った見方から考えれば、この姉弟は間違いなく血の繋がった姉弟である。
 その二つの公式に存在する未知数Xが、浩之にはどうしてもイコールには思えない。この場に至るまで浩之を戸惑わせていた理由は、余りにも謎すぎていた。

「紛れもなく、あの黒髪のヘレンが、本当のヘレンの姿なのです」
「え……?」

 浩之がきょとんとすると、レミィの母親は、どこか複雑そうな色のする陰を顔に落とし、ゆっくりと語り始めた。

「……元々ヘレンは黒髪なのです」
「――――」

 それを聞いて浩之は瞠って驚いた。

「……藤田くんなら覚えているでしょう?昔、あなたが遊んでいたヘレンの顔を」

 言われて、浩之の脳裏に、幼い頃の初恋の君の笑顔が過ぎった。

「詳しいことは私には判らないのですが、ヘレンは心因的な理由から、その容貌を変化する特異体質らしいのです」
「特異体質?」
「はい。……二重人格という言葉は、ご存じかしら」
「ええ。最近のホラーなんかで流行っていますね」
「……ヘレンが子供の頃、姉や弟と違って黒髪であるコトにコンプレックスを抱いていました。その所為で、あちらに居た時は外の同年代の子供と遊ぼうとせず、引きこもりがちで、とても内気な子供でした。私は一計を案じ、ヘレンを私の実家がある日本に連れていくコトにしたのです。ここなら、黒髪のコトは気にもしないだろうと思ったのですが……その時点で、私たちはヘレンの抱くコンプレックスが家族そのものに起因するものとは気付かず、この町に来ても一向に内気なままでした。色々考えているうち、主人の仕事の都合で本国へ戻らなければならなくなった丁度その頃、ヘレンはあなたと知り合ったのです」
「そう……だったんですか」

 つまり、浩之がレミィと知り合った頃には既に引っ越すコトが決まっていたのだ。浩之は時期が悪かったと諦めるしかなかった。
 無意識に唇を噛みしめている浩之を見て、レミィの母親は、ふぅ、と溜息をもらした。

「……ヘレンはあなたと知り合って、急に明るくなってね。……多分、迷子になって不安がっていたあなたを見て、可哀想だと思ったのでしょう。それがヘレンの警戒心が薄らいだ理由でしょう。…………お陰で、あなたと別れるコトになってから、前以上にヘレンは落ち込んでいたの。…………ところが、ね」
「?」
「米国に戻ったヘレンに、奇妙な変調が見られたの。まるで別人のように振る舞いだし、やがてヘレンの髪が黒髪から綺麗なブロンドに変わっていって――今のあなたが知っているヘレンが誕生した」
「じゃあ――金髪の、あの陽気なヘレンは?」
「そう。――あなたと別れたコトがよほどショックだったのでしょう。その反動が、前々から蓄積していたコンプレックスを強く刺激して変調をもたらし、やがて肉体的な変貌をも行わせた。もっともそれが二重人格だと気付いたのは、つい一年前のコトなのです」
「一年前…………レミィがうちの高校に入学してからですか?」
「いいえ、日本に来る前です。――そもそも日本に来たのは、レミィが分裂症気味になっていたので、そのリハビリの為なのですよ」
「リハビリ?」
「はい。……ブロンドのヘレンが、三年ほど前からでしょうか、元の人格の、黒髪のヘレンの姿になるという不思議なコトが起こり始め、日を重ねるたびにその入れ替わりが激しくなり出したのです。その為、周囲から不気味がられ、『二人のヘレン』がストレスから鬱屈気味になってしまったの。お医者様に相談して診療治療を受けたら、どうも甦った黒髪のヘレンが、日本を恋しがっている所為らしいコトが判りまして、私と主人は日本に戻ってくるコトにしました。幸い、夫の仕事が極東中心になってきたコトもあって、ここへ帰ってくるのには特に問題はありませんでした」
「そうだったんですか……、でも」

 浩之は姉と一緒にキッチンルームから夕食を運んでくる黒髪のレミィに一瞥をくれた。

「どうして学校に通っている時、金髪のままだったんですか?」
「日本に帰ってきたコトによる安心感もあったのでしょうね。この街に越してから、しばらくはブロンドのヘレンのままでした」
「しかし、ここに戻ってくるのを望んだのは、黒髪の――」
「そうです」

 するとレミィの母親は、苦笑気味に微笑んだ。

「ヘレンがここに戻りたいと望んだ理由はね、初恋の男の子――藤田くんに逢いたかったからなのよ」
「え――――」

 思わず浩之は間抜けな顔でポカンとなる。

「ヘレンが金髪の人格を得たのは、あなたのコトを無理矢理忘れたかったため。でもそれが叶わず、もう一つの人格をもたらした心は埋もれるコトなく、……ひとつの身体を共有する二人のヘレンが誕生してしまったの」
「…………」
「――もしかして、藤田くん、ヘレンのコト、気味悪がっていない?」
「あ――、いえ、」

 訊かれた浩之は、自分でも不思議なくらい自然に微笑んだ。

「…………二人のレミィ、ですか。……でも俺も、レミィの家族と同じようにその二人を知っているワケですね…………不思議なくらい、落ち着いています。それがレミィなんだな、って……納得しちゃったんでしょうか。でも、悪い気はしません」
「どうして?」

 レミィの母親が不思議そうに訊くと、浩之は自分の鼻の頭を指先で掻いた。

「……おばさんも、レミィの姉弟も、あのレミィが好きなんでしょ?」

 浩之の言葉に、レミィの母親はちょっと目を丸めて、直ぐに、ふっ、と微笑んだ。
 その笑みを見た浩之も、照れくさそうに口元をつり上げた。

「それと、同じです。…………今のレミィも、昔のレミィも、俺、…………大好きだから」

 そう言って浩之は、自分の気持ちに気付いた。確かに自分は、レミィを好きになっている。夢中になっていると言っても良いかも知れない。
 そんな素敵な笑顔をする少年と知り合えて、レミィの母親はとても嬉しかった。

          第6話へ 続く

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