ToHeart if.『Dual ”L”』第3話  投稿者:ARM


○この二次創作小説はPC版およびPS版『ToHeart』(Leaf製品)のレミィシナリオをベースにした話となっており、レミィシナリオのネタバレを含んでおります。
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【承前】

 4月10日。この日の昼、カツサンドを渇望する余り、何か、人として許されないコトをしでかしたような気がしていた浩之は、学食で唖然とする光景をみた。

「…………美味いか、レミィ?」
「おいしいわヨ」
「そうは見えん……(汗)」

 レミィが学食で注文したのは天ぷらうどんだった。和食好きの米国人なんて今や珍しいものではないし、ましてやレミィの血の半分は日本人である。
 その天ぷらうどんに、コショウをかける程度なら、浩之にも許容範囲であった。
 しかしその天ぷらに、ウスターソースをダボダボと浴びせる光景は、浩之の中にある日本人の遺伝子が激しい拒絶反応を呼び起こしていた。浩之の隣りに座る雅史は、それを見て笑ったまま硬直している。

「…………本当に美味い?」
「嘘だと思うのなら、少し分けてあげるネ!ほら、あーん」

 そう言ってレミィは、ソースのかかった天ブラのはしを割り箸で摘み取り、浩之に差し出した。
 浩之は一瞬ためらうが、しかし屈託ないレミィが嘘を言うようには思えなかった。
 だから、それを口にくわえてみた。

(………………なんだか判らないけど、俺がカツサンドを選んだ所為で、その存在を抹殺された、見知らぬ少女よ。この味は君の心の怒りと思うコトにする……うぐぅぅ(泣))

   *   *   *   *   *   *   *   *   *

 最近、妙に自分になつくレミィを、浩之はとても不思議がった。前に、自分を怪我させたことで妙な責任感を抱いてしまったのかもしれないな、と思っていたのだが、果たしてそれぐらいでこんなになつくものなのか、とも戸惑ってもいた。
 そもそも、どうして急に、こんな積極的にアピールし始めたのだろうか。浩之は必死に思い出そうとするが、まるで心当たりがなかった。
 心当たりはなかったが、しかし悪い気分はしなかった。
 自由奔放。無邪気。ある種、変わり者の様で、度が過ぎれば、はた迷惑この上ない存在なのだが、そのギリギリのラインを、このレミィは楽しむように生きている。そんな屈託のない笑顔を見せられて、浩之は嫌とは言えなかった。
 むしろ、浩之もレミィに魅力を感じ、ゲーセンやボーリングに誘われると、喜んで一緒に遊ぶようになっていた。

 そんな日常を繰り返しているうち、浩之はあの謎の黒髪の少女のコトをすっかり忘れてしまった。


「…………まったく、人使いの荒いヤツだなぁ」
「なによぉ、ちゃんと報酬は払ってあげたでしょ?」

 志保の鞄と自分の鞄を抱えてむくれる浩之に、志保はにらみ返した。

「なんなら今日の昼食代、今すぐ耳を揃えて返してよ!」
「うぐぅ…………」

 痛いところを突かれ、浩之は困り果てた。今朝、浩之は財布を落としてしまい、昼食代を志保が持ったのである。幸い、財布の中身は昼食代程度のお金しか入れていなかったので、家に帰れば明日以降は何とかなろうが、今はまるっきり一文無しであった。
 志保が浩之の昼食代を持った代わりとして出した交換条件が、この取材に付き合うコトであった。何でも志保は、校内新聞で自分のコラムを割り当てられ、タイトルを「長岡の館」にするコトに決めたらしいが、そのタイトルに見栄えのする絵が欲しかったという。
 そこで、前々から気になっていた、町の外れにある洋館を写真にとって使おうと決めたそうだが、浩之をその取材に、昼飯代をまさに餌にして付き合わせたのである。
 浩之はタダの荷物運びと高を括っていたのだが、意外にも志保の用意した写真器材は本格的なもので、かなり重量があったのだ。浩之はまた騙された、と後悔するが、今度ばかりは自分の不甲斐なさを呪った。

「あったあった、ここよ、ここ、この屋敷」

 どうやら目的地に着いたらしい。志保が嬉々として指す洋館を、浩之はウンザリとした顔で見た。
 そして、驚いた。

「……ここって……?!」
「なに驚いているのよ、ヒロ?」
「だって…………ほら、このあいだ――――」


 3月22日。

「やっほー、ヒロ♪元気してるぅ?」

 3時限目の休み時間に、浩之が、ぼうっ、とグランドを眺めていると、志保が近づいてきた。

「なんだよ、お前の相手するほどヒマじゃねぇんだが」
「なぁに言ってンの、そんなボケ面してて。――つれないこと言わないでさ、あたしに付き合ってよ」
「なにを、だよ?」
「あンたの初恋ってさぁ、何歳くらいの頃?」
「……はぁ?……何でそんなコト、訊くんだよ」
「いいじゃん〜♪、とにかく聞かせてよ」
「…………はは〜ん、判ったぞ」
「アによぉ?」
「みんなで思い出話を持ち寄って、その気になって遊んでンだな?ヴァーチャル恋愛とかゆって」
「ちょっと人聞きが悪いけど……、まあ、そんなもんね」
「で、お前には人に自慢する、淡い初恋の経験がないから、他人に訊きまわってんだな?」
「――う、煩いわねっ!志保ちゃんは、昔から近所で評判の美少女なのよ。そんな思い出話、星の数ほど持ってるわよ!!」
「へぇ。…………評判の、美少女ねぇ」
「……気に入らないわねぇ、その言い方」
「俺の知らない頃の話だからな。どーとでもゆえるな」
「ば――馬鹿にしてぇ〜〜〜っ!!」
「大体さ、星の数ほどの初恋って、どれが本物なんだ?初恋ってのは普通、一つだけだぜ?」
「ええ〜い、お黙りっ!そうゆうあンたはどーなのよ?」
「オレ?あるぜ、とっておきのが」
「――――なになに?どんなの?」

 怒ったカラスがもう笑った。浩之は心の中で、こーゆーヤツだ、と呆れていた。

「……教えて欲しいか?」
「欲しい、欲しい!」
「しゃあねぇな……。いいか、こいつは俺が5才くらいの頃の、切ない恋の物語だ……」


「…………まさか、あン時の?」

 志保は自分のコラム「長岡の館」のタイトルに使用する洋館を指して訊いた。

「ああ。間違いない。あの娘は、ここに住んでいたんだ。――ほら、そこの大きな木……あの下でよく遊んだンだ…………あれ?」

 浩之は洋館のほうを見てきょとんとする。

「……人が居る……あ、こっち来る」
「ここに住んでいる人かしら。そうだ、撮影するんだから、ちゃんとお断りしないと」
「ほう。志保でも礼儀って意味はわかってんだな」
「な――――」

 見る見るうちに志保の顔が真っ赤になる。照れているのではなく、怒っているのだ。しかし――

「おや、ヘレンお嬢様かと思ったら」

 綺麗な庭を横断して浩之たちの居る柵のほうへ近づいてきた、オールバックの背の高い中年紳士が、浩之たちを見て感心したふうに言った。

「ほら、志保」
「あ――あとで覚えてらっしゃいよ」
「へいへい」

 浩之が生返事すると、志保は営業スマイル(笑)を浮かべて紳士のほうを見た。

「お騒がせて済みません♪実は、あたし、学校の校内新聞で、この立派なご邸宅の写真を使わせていただこうと思いまして……」
「写真?」
「はい♪校内新聞のタイトルのパックに、ドーンと……いえ、決して失礼なコトには使用しませんので……」
「……嘘こけ。ゴシップ記事のタイトルに使うクセに」
「おだまりっ!」

 浩之のツッコミに怒鳴る志保。いづれも小声で交わされている。

「それはそれとして――宜しいでしょうか?」

 志保が訊くと、紳士はうーん、と唸った。そして、一回頷くと、

「…………生憎、私の家では無いのだが……まぁ、校内新聞、ですか。変なコトに使われるようでもないですし、何かあってもヘレンお嬢様が気付かれるコトでしょうし……それなら良いでしょう。庭から撮影しても構わないよ」
「やったぁ♪ありがとうございますぅ♪」

 志保は水飲み鳥のように何度もぺこぺこお辞儀する。その横にいる浩之は、この女、昔も今も、そしてこれからもこんなふうに渡り歩くんだろうなぁ、と呆れ半分感心していた。
 中年の紳士に許可をもらい、洋館の庭に入った志保と浩之は、間近にした洋館を見てまた感心した。日本国内に、しかも自分たちの住む町に、こんなでかい邸宅が良くあったものだと驚いたのである。やがて志保は、バックから撮影機材を取り出し、三脚をセットして一眼レフの高級カメラをセットした。

「……えらい高そうなカメラだな」
「こういう高貴な家を撮すんだから、それなりのモノを使わないと失礼だしぃ♪」
「はいはい、もう好きにして」

 のんきな志保と呆れる浩之のやりとりを見て、紳士は苦笑した。

「学校は、あの鳩坂の高台にある、都立高校ですかな」
「あ、はい」

 不意に紳士に訊かれて、浩之が慌てて答えた。

「自由な校風で楽しい学校だと聞き及んでおります。……若いうちは頭から押さえ込まず、柔軟な発想を育成していくコトが、本当の教育だと思っています。今の時期を、後悔されず楽しんでいますか?」
「え……っと、」

 浩之は少し照れくさかったが、はい、と頷いた。志保はファインダーを覗いたまま、大声で、はい、と答えた。それを聞いて浩之は、おめーは謳歌しすぎなんだよ、と心の中で悪態をついた。

「――OっKぇ。おじさま、助かりました♪」
「それは良かった」

 中年の紳士は嬉しそうに微笑んだ。それを見て浩之は、こういう笑顔が出来る大人になりたいモノだな、と感心した。

 まもなく、浩之と志保は中年の紳士に深々とお辞儀すると、洋館から出て行った。

「助かったわぁ。サンキュ、ヒロ」
「まぁな」
「助かりついでに♪」

 妙に猫なで声の志保に、浩之は嫌な予感を感じた。

「……金なら無いコト、判っているだろ?」
「――あんたねぇ。そんなコト、ハナから判ってるわよ!――そうじゃなくって」
「なんだよ?」
「今回の『長岡の館』の記念すべき第一号の話なんだけどぉ、――あんたの初恋話、使って良い?」
「え?」
「無論、名前は伏せとくわよ。あの洋館の写真が使えたコトも何かの縁、館にまつわるエピソードなんかあると結構インパクト高いしぃ――ダメ?」
「あのなぁ…………」

 まったく、遠慮というモノを知らない女だな、と浩之は呆れるが、

「……匿名なら、な」
「本当ぉ?あんたにしては気前良くない?」
「おめーな(笑)」

 呆れつつ、しかし浩之は、確かに気前良すぎるな、と思った。
 あるいは、懐かしいモノと再会出来たのが、嬉しかったのかも知れなかった。


 あの娘のおうちのお庭はすごく大きくて、池や砂場まであった。思わず公園かと錯覚するくらいだった。
 ボクとその娘は、おじさんたちがどこかへ行っちゃったら、ふたりだけになった。
 知らない家で、知らない女のコとふたりっきり……。ちょっと緊張。

「――ね、遊ぼ」

 あの娘は明るく、そう言った。

「う、うん…」

 砂場で新婚さんゴッコ。ボクは、あの娘とすぐに仲よくなった。

「あなた、ネクタイ曲がってるわよ」
「う、うん…」

 ボクはドキドキしていた。よくわからないけど、あの娘の近くにいたかった。
 そばにいるだけで、うれしくなってしまう――そんなドキドキが、ここちよかった。
 それからしばらくして、おじさんたちがボクのおうちに送ってくれたおかげで帰るコトができた。
 あの娘のおうちまでの道順をおぼえたボクは、毎日のように遊びに行った。
 あの娘のおうちの庭にある、大きな木の下が、ボクたちのお気に入りの場所。

「……パパがね、大きな木には神様が住んでるって言ってたの」
「ふ〜ん……」
「その神様はね、いい子のお願いを聞いてくれるんだって」
「へぇ、すごいや!」
「お願いをね、木の下にうめるといいんだって」
「うんうん!」
「ふたりのお願いを書いて、一緒にうめましょ」
「うん、やろう!」

 ボクは、ボクだけのお願いを書いて、小瓶に詰めた。あの娘も、自分のお願いを別の小瓶に詰めた。

 あの娘のおうちに遊びにいくようになって、1週間がすぎたころ、いつもよりあの娘は元気がなかった。

「……どうしたの?」
「……」
 わけをきいても、教えてくれない。その日も一緒に遊んだけど、あの娘はずっと寂しそうな顔をしていた。

「……お引っ越し……するの」

 そろそろ、自分のおうちに帰る時間になったころ、ボクは初めて、わけを知った。

「どこの町?」
「ずっと、遠く……」
「遠いの?」
「ずっと、ずぅっと遠くなの……」
「……もう、一緒に遊べないの?」
「うん……」

 それから何日か後、あの娘は行ってしまった。
 ボクは次の日も、その次の日も、何度も何度もあの娘のおうちに行ってみたけど、それっきり、あの娘に会うコトはできなかった――。

 多分、あれが俺の初恋じゃないかな。

          第4話へ 続く
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