ToHeart if.『Dual ”L”』第2話  投稿者:ARM


○この二次創作小説はPC版およびPS版『ToHeart』(Leaf製品)のレミィシナリオをベースにした話となっており、レミィシナリオのネタバレを含んでおります。
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【承前】

 5時限目と6時限目の休み時間、トイレから戻ってきた浩之は、レミィにどつかれた。
 と言っても、殴られたのではなく、後ろから突き飛ばされたのだが。

 浩之には、その理由に、何となく心当たりがあった。

 3月3日と3月4日。
 浩之は登校してきた時、一年先輩の来栖川芹香と連日ぶつかるというアクシデントに見舞われていた。
 来栖川芹香。浩之たちの通う学校にも援助金を出している、国内、いや世界的規模の大企業・来栖川グループの中心である来栖川家の長女である。そしてその物静かな面立ちは、男女問わず見惚れるほどの美しさで、黒魔術にのめり込んでいるという奇特な趣味がなければ、芹香を放って置く男など居まい。もっとも、それ以上に芹香を過剰に庇護する老紳士の存在をどうクリアするか、という問題もあるのだが、そこに浩之がレミィにどつかれる理由はないので割愛する。

 浩之が、芹香とぶつかったという話をレミィと交わしたコトに原因があった。

「ヒロユキ、先生は来てないけど、遅刻だヨ。もっと早く来ないとダメだヨ」
「そう言うなよ。今朝はちょっとしたアクシデントがあったンだ」
「accident?」
「ああ。来る途中、校庭で事故に遭っちまってさ。前方不注意で、見事な正面衝突だ」
「ショーメンショートツ!?ヒロユキ、自動車にハネられたの!?」
「違う、違う。人間同士だ、人間同士」
「なんだ、ビックリしたワ」
「まぁ、大した勢いじゃなかったし、怪我も無かったけど、相手に謝っていたら遅れちまった」
「……ヒロユキ、アンラッキーね」
「いや、でも、考え方によっちゃあラッキーだったかもしれねぇな。なンせ、ぶつかった相手は、美人の先輩だったからな」
「なんで?相手が美人だったら、ぶつかっただけでもラッキーなの?」
「まあな。ドラマチックな出逢いって感じだろ?」
「ぶつかる出逢いがdramatic?…………なるほど、確かにそうネ」

 そういってレミィは嬉しそうに笑った。

 これで突き飛ばされたのは4度目である。もっとも、突き飛ばされて転ぶたび、浩之はレミィのスカートの中を不可抗力で拝めるメリット(笑)があったので、積極的に勘弁してくれとは言わなかった。
 だが、今回の転倒は、少し結果が異なっていた。


 ――ボクは泣いていた。
 ――おうちに帰りたかった。
 ――なのに、ボクの目の前には、知らない家がずっと並んでいた。
 ――お母さんにあいたかった。
 ――なのに、すれ違うのは、知らない人ばかり……。
 ――家に帰れば、お母さんに逢える……。
 ――なのにボクの行き先には、ボクのおうちもないし、お母さんもいない……。
 ――ボクはずっと泣いていた…………。

「……どうしたんだい、坊や?」

 ――ボクは、お城みたいに大きな家の前で、ひげを生やしたおじさんが泣いているボクに気付き、しゃがみこんでボクの頭を撫でながらきいた。

「お母さん……お母さん……」

 ――ボクは泣きながら、それだけしか言えなかった。

「道に迷ったのかい?――坊や、名前は?」
「……」
「キミ、すぐにお母さんに逢わせてあげるよ」

 ――そういうと、さっき、おじさんと話していたきれいなおばさんもボクのそばに来て、

「おばさんがお母さんを連れてくるまで、この子とお庭で遊んでてね」

 その時おばさんと一緒にいたのが、あの子だった。


 目覚めた時、最初に目にしたモノは、保健室の天井であった。転びどころが悪かったらしく、浩之は気絶してしまい、保健室にかつぎ込まれたのだ。

「……なんか、えらく懐かしいモノを思い出したような――――」

 浩之は目を擦りながら横を向いたその時、意外なモノを見た。

「――キミは」

 大きく瞠る浩之の瞳に映えるそれは、迷子の男の子の面倒を見ていた時に知り合った、あの黒髪の美少女であった。美少女は、浩之が目を覚ましたコトに気付くと、ほっ、と胸をなで下ろした。

「……良かった。保険の先生、軽い脳震とうだと言ってましたが、なかなか目を覚まさないから、心配で心配で…………」
「あ……あ、ああ」
「気持ち悪くありません?目眩はしませんか?」
「?…………う、うん」
「本当、良かった…………」

 そう言って美少女はもう一度、安堵の息を吐いた。

「……ところで……」
「あ、そうだ、神岸さんが部活終わったら寄る、って言っていたから――あ、もうこんな時間」

 美少女は保健室の柱にかけられている時計を見て驚いた。浩之も時計を見ると、時間は既に放課後であった。

「……ごめんなさい。もう用のある時間だから、先に帰ります。…………本当、ごめんなさい」
「え……?」

 美少女に謝られた浩之は、まだぼうっとする頭で、必死に状況を把握しようとした。浩之の記憶では、確か休み時間に、レミィに後ろから突き飛ばされて、頭から転んで――

(……でも、目の前にいるのは――)

 そう思った瞬間、浩之はこの美少女がレミィに良く似ている事に気付いた。

「…………えっと」
「じゃあ、お大事に」

 そういうと美少女はゆっくりと立ち上がり、ぺこり、とお辞儀すると、踵を返して廊下のほうへ歩いていった。

「ちょ、ちょ、ちょっとねぇ――イタタ」

 慌てて起きあがろうとした浩之は、頭に出来ている大きなたんこぶに激痛を覚えしまい、起きあがるコトが出来なかった。痛みが少し引いたところで何とか起きあがり、慌てて美少女の後を追おうと廊下に出たが、既に美少女の姿は見えなくなっていた。

「…………いったい、あの娘は…………?」

 呆然としているところへ、右側の通路の先から、浩之の姿を見つけて声をかける神岸あかりがいたが、浩之にはその声が届いていなかった。

 その後、浩之はあかりと一緒に下校した。あかりは呆然としている浩之を見て、打ち所が悪かったのかと心配して何度も訊いたが、浩之は気の抜けた返事ばかりしていた。やがてあかりも諦め、しばし二人は黙ったまま歩いていた。

「…………なぁ、あかり」
「――え?な、なに?」
「…………レミィ、どうした?」
「――――?」
「…………なんだよ、その不思議そうな顔は?」
「だって…………」

 あかりは一層困惑した。

「………宮内さん、浩之ちゃんが目覚めるまで付き添っている、って言ってたわよ」
「………………え?」
「……まさか、帰っちゃったの?」
「あ、いや、その…………」
「……そんなハズ無いよ。だってわたし、さっき保健室に行く途中、階段で会ったもン」
「――えっ?」

 浩之は酷く驚いた。

「浩之ちゃんが起きたから、あとは宜しく、って、謝ってたンだよ」
「ええっ?!」

 あかりはレミィが浩之に付き添っていたという。
 しかし浩之が目覚めた時には、そこにはレミィの姿はなく――いや、どことなくレミィの面差しを持つ黒髪の美少女が付き添っていた。

「……レミィのヤツ、カツラでも被って担いだか?…………でもあの、レミィとは正反対の慇懃な口調は…………???」
「……浩之ちゃん、頭抱えて、もしかして痛いの?」
「……似たようなもンだ」


 その夜のコトである。夕食の後かたづけをしていた浩之は、家の電話が突然鳴ったので慌てて玄関へ向かった。

「はい、藤田です――――え?」
『……よかったぁ、元気そうで』

 怖ず怖ずとする電話の主に、浩之は驚いた。

「……レミィか」
『……I'm sorry。学校のコト、ゴメンナサイ』
「……良いって」

 浩之は電話の向こうで、見たことのないレミィの不安そうな顔を想像しながら苦笑した。

「もう3回も油断して転ばされていたんだから、もっと俺が警戒していなければならなかったんだし――って、流石にもう勘弁して欲しいけどな」
『Yes……Yes…………Well…………』
「もう、そんなに心配しなくたって大丈夫って。たんこぶもひいたし、明日からもいつも通り元気なレミィで居てくれよ。俺はそっちのほうが心配だ」
『………………』
「…………ん?…………どうしたの?」
『………………』

 浩之は不安を覚えた。よほど今回のコトがショックだったのか、予想以上にレミィが落ち込んでいないか心配になった。

「――――大丈夫だって。何なら今すぐレミィの家に行って、俺がピンピンしているところ見るか?逆立ちだって何だって、そうだ、もう一度転ばされてもいいぜ」

 浩之が慰めるように言うと、電話の向こうから、ぷっ、と吹き出す声が聞こえてきた。それを聞いた浩之は、ほっ、と胸をなで下ろした。

『…………ありがとう、浩之くん。大丈夫、浩之君が元気だっていうなら私も安心します』
「ああ。それじゃあ、もう遅いからまた明日学校………………」

 浩之は電話を切ろうとして締めようとしたが、そこで突然、違和感を感じた。

『うん、じゃあお休みなさい』
「――え?あ、あの、その」

 ブツン。電話は切れてしまった。レミィのほうが先に受話器を降ろしてしまったらしい。
 しかし浩之は、切れてしまった電話にしどろもどろしながら、あの、その、と繰り返した。

「…………えーと。今の…………本当に、レミィ?」

 浩之は電話を切る前辺りのレミィの口調が、浩之が知るそれとどこか異なっていたのに気付いたのだ。そしてその口調は、まるで――


「――ヘレン!家の中では走っちゃダメだって…………」

 レミィの姉であるシンディは、いま、自分の脇を駆け足ですり抜けた、家の電話をかけ終えたレミィに注意しようと振り向き、そして、はっ、となった。

「…………ヘレン?…………また?」
「どうかしたの、シンディ、こんな夜分に大声上げちゃご近所迷惑になるでしょう?」

 そこへ、娘の声に気付いて、二人の母親であるあやめが居間から現れた。この二人にレミィ、そしてあと父親のジョージとレミィの弟であるマイケル(ミッキー)の5人家族で構成されるクリストファー家では唯一、生粋の日本人で、そして黒髪の主である。和服がよく似合う和風美人であった。
 母親に注意され、シンディは肩を竦めて見せた。

「……Sorry。but、ヘレンが……」
「ヘレンがどうかしたの?」

 あやめが訊くと、シンディは首を横に振った。

「……また、あれ」
「……あれ?」

 あやめはきょとんとするが、直ぐにシンディが指す「あれ」の意味に気付いた。

「…………そう」

 困ったふうに溜息を吐くあやめにつられるように、シンディも溜息を吐いた。

「……やっぱり、日本に来ても駄目なのかしら」
「そんなコトないわ、シンディ。ここに来てからだいぶ落ち着いているし」
「でも、ああも――。……やはりフジシマの言うとおり、ヘレンはスティツに戻した方がベストなのよ」
「でもねぇ…………ここへ来たい、って言ったのは”あのヘレン”だし、あの娘の意志をもっと大事に……」

 困る母親に、シンディはもう一度肩を竦めて見せた。

「……せめて…………あの子が見つかれば……」
「What's?」

 シンディは、ふと洩らした母親の呟きに気付いた。

「あの子?Why?」
「?――ううん、ちょっと、ね。もう遅いからお部屋に戻りなさい」
「a――、Yes」

 シンディは戸惑いつつ、頷いた。

   *   *   *   *   *   *   *   *   *

 そんなコトがあって浩之はその日以来、レミィに突き飛ばされるコトはなくなっていた。 やがて数日が過ぎ、暦は桜の花びらが舞う4月を迎えた。

 4月8日。新学期初日、2年生に進級した浩之たちに、クラス替えが行われた。浩之とあかり、そして二人の幼なじみである佐藤雅史が2−Bに、志保は2−Aに、そしてレミィは2−Cに編入された。だが、クラスが変わってもつき合い方には変化など無く、レミィは相変わらず浩之の姿を見かけるたびに、嬉しそうに挨拶するのであった。

          第3話へ 続く
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