ToHeart if.「Dual ”L”」第1話  投稿者:ARM


○この二次創作小説はPC版およびPS版『ToHeart』(Leaf製品)のレミィシナリオをベースにした話となっており、レミィシナリオのネタバレを含んでおります。
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【前置き】
 タイトルが「L」になっていますが、別にLメモとか、ソフトハウスのTOPCATさんとこの「L」でも、あたしの知り合いが描いた「Lの季節」の二次創作ではありません(笑)。
 レミィです。宮内レミィ。フルネーム、Lemmy Christopher Helen Miyauchi。「18禁ゲーのこち亀(笑)」と呼んでも良い、恐らく文字数だけでも18禁ゲームの中で一番長いと思われる本名を持つ、サンフランシスコ生まれのパツキン・ナイスバディの主で、ToHeartキャラの中で、ある意味、某H氏の次に報われていない(笑)ヒロインの一人のSSです。あのPC版のぞんざいな扱い(笑)の補完をするつもりで描いたわけではないのですが、PC版とPS版の美味しいところ(マグロで言う「中落ち」)をチョイスして、PC版レミィシナリオをベースに腐れ外道が大手町を歩いていた時に思いついた他愛のない思いつきなネタと絡めてドレッシングしました。あ、ノンオイルなのでカロリーを気にされている方にも安心してオススメできます(意味不明)。

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 季節と言うものはいつも、さりげなく通り過ぎていくものだ。一日はこんなにも長く感じるのに、それを綴る季節は、青さを謳歌する少年や少女たちに感慨を抱かせる暇もなくさっさと移り変わってしまう。
 ……気がつけば春。……気がつけば夏。……気がつけば秋。……気がつけば冬。

 ……そしてまた、春がやってきた。

 3月5日。
 その日の藤田浩之は、放課後、誰も待っていない自宅にそのまま戻るのも味気なかったので、商店街を何となくうろついていた。
 やがて、浩之が行きつけの本屋に立ち寄った時であった。
 店の脇で、5、6歳くらいだろうか、小さな男の子が泣いているのを見かけた。わんわんと派手に泣いているのだが、周囲の通行人たちは無情にも無関心に通り過ぎていた。
 始め、浩之も子供のコトなど無視して本屋に入ろうと思った。
 どうして足を止めて、子供のほうに近づいたのか、浩之にもよく判っていなかった。単にこの泣き声が聞き触りだったのかも知れない。とにかく、子供が泣いているのが堪らなく嫌だった。

「ガキンチョ、どうした?」
「おかあさん……おかあさん……」
「ふむ……お母さんと、はぐれたンだな?」

 浩之が微笑みながら優しく訊くと、男の子は泣きながら頷いた。

「……そっか。じゃあ、俺が捜してやるよ。……名前は?」
「……さちこ」
「それはお母さんの名前だろ。お前ンだよ」
「……ひろあき」
「ヒロアキか。俺と一字違いだな。俺は浩之。いくつだ?」
「……5さい」
「5歳かぁ……来年は小学校じゃねえか。買い物の途中ではぐれたか。おい、母さんとはぐれたぐらいで、いつまでも泣いてンなよ」
「……うん」

 ヒロアキが頷くと、浩之はそのまだ柔らかい髪を撫でた。

「買い物の途中ではぐれたのなら、この商店街のどこかにいるだろう。よっしゃあ、探しにいこか」


「ヒロユキにぃちゃん、つかれたぁ」

 ヒロアキは、ついに地面に座り込んでしまった。ヒロアキの母親を捜して既に一時間は経過しただろうか。5歳の軟弱な足ではもう限界であろう。

「しゃーねえ……。おんぶだ、ヒロアキ」

 苦笑する浩之は、地面にしゃがみ込んでヒロアキに背中を見せた。


 ヒロアキをおんぶしてから2時間は経過しただろうか。狭くはない商店街を3時間近くも歩き回ったのだが、どうしても浩之はヒロアキの母親を見つけられなかった。

「……うぐぅ。どーこにおるんじゃあ…………とほほ、我ながらトンだお人好しだよ…………」

 そう愚痴る浩之だが、疲弊するその顔には嫌悪の色は見られなかった。結局、浩之は、ヒロアキが泣いていた本屋の前に戻ってきた。これで6度目である。顔を合わせた本屋の主人に、迷子を捜している親が居ないか聞いてみたが、4度目になるその質問にも本屋の主人は首を横に振るばかりであった。

「……やれやれ…………ん?」

 がっくりと首を落として本屋から出てきた浩之は、本屋に入ろうとしてきた人物と向かい合った。
 美少女。それは美少女が多いと評判の高い高校に通う浩之をして、思わず見とれるほどの美人であった。
 どこか日本人離れした彫りの深い顔立ちで、背も結構高い。グラマーな体型なのだが、疲れている浩之にはそこに目を付ける気力もなかった。背中まである長い綺麗な黒髪を冠したその少女は、浩之が通う高校の女子生徒の制服を着ていた。
 だが、浩之には見覚えのない顔であった。

「…………浩之くん?」

 浩之は酷く驚いた。見知らぬ美少女が、自分を名前で呼んだのである。浩之は暫く間抜けな顔をして、目の前の美少女を見つめ、

「…………えーと…………どこの誰子ちゃんだっけ?」
「――――その子」
「……ソノコちゃん?」
「違います――おんぶしている男の子」

 美少女は苦笑しながら首を横に振った。きょとんとする浩之は、直ぐに思い出して背負っているヒロアキを肩越しに見た。

「さっき、ここの前で泣いていた男の子……だよね」
「ん?…………あ、ああ」

 浩之が頷くと、美少女はちょっとポカンとしてみせ、やがて、ふっ、とくすぐったそうに笑った。笑顔の華が咲くとはこのようコトなのだろう。

「……もしかして、この子のお母さんを捜していたの?」
「あ……ああ」

 浩之は何となく頷くのが照れくさかった。

「だったら――」
「?」
「どうして交番に連れていかないの?」

 もっともな質問だった。交番はこの商店街の駅側口にあった。本屋は商店街のほぼ中央にあるが、決して足を向けるには遠くない距離である。
 浩之は返答に窮したのか少し上を見て、やがて苦笑した。

「……ま、俺も昔、このボーヤと似たような目に遭った、ってのが理由かな」
「迷子?」
「…………そういうこった。――ところで、キミ、いったい?」
「ねぇ」
「?」

 きょとんとする浩之に、美少女は駅前の方角を指した。

「さっき、そこの交番の前で、男の子を捜している女の人が居たよ」
「――――?!」

 絶句する浩之は、つられるように美少女が指す駅前のほうをみた。

「マジ?」
「マジです」
「さ――さんきゅっ!ほらっ、ヒロアキ、お母さんの手懸かり見つけたぞ!」

 待ちわびていた朗報に浩之は喜び勇み、美少女にお辞儀もせず慌てて本屋の前から交番のほうへ駆け出していった。
 そんな浩之の背を見送る少女は、やれやれ、と苦笑していた。


 10分後、ヒロアキの母親からお礼の言葉を聞き終え、本屋の前に戻ってきた。あの情報を教えてくれた美少女にもう一度お礼を言おうとやってきたのだ。
 だが、美少女の姿は影も形もなかった。本屋の主人は、あれから美少女は参考書を買って直ぐ出て行ってしまったという。

「……はぁ。……まぁいっか、明日学校でお礼を言うか……………………」

 溜息混じりに呟く浩之は、そこで肝心なコトを思い出した。

「………………って、あの娘、誰?」

   *   *   *   *   *   *   *   *

 3月6日。その日の一時限目と二時限目の休み時間、教室から化学実験室へ移動中の浩之にちょっとした事件が起きた。

「グッドモーニン!ヒロユキ!」
「おわっ!?」

 浩之は突然、誰かに飛びつかれ、驚きの声を上げた。同時に、右腕にずしりと何かがぶら下がる感覚に見舞われた。

「ハアィ!」
「レ、レミィ!?」

 弾けそうな笑みを満面に浮かべて浩之の腕を絡めてきたのは、浩之のクラスメイトである、宮内レミィだった。
 レミィはカリフォルニアで生れ育ち、三年前に父親の仕事の関係で、日本へ家族と移り住んできた、日系ハーフの金髪の美少女である。外人というコトだけで目立つので、浩之もある程度レミィのコトは知っていた。
 しかし浩之もここまでとは思わなかったらしい。浩之の腕に当たる、たっぷりとした柔らかい感触。国産では味わえないボリューム。思わず脳裏に「カリフォルニア産乳牛」とか、口にしたらきっと平手打ちものの単語が過ぎっていた。

「ヒロユキ?」
「な、なんだよ」

 思わず戸惑う浩之。生まれてこの方、浩之を呼び捨てにしている女性は、実はレミィと母親の二人だけであった。

「――もうすぐチェンジ・クラスルームね?」

 レミィは楽しくてしょーがないってふうに訊いた。こんなふうに言われると、単なるクラス替えが、お祭りか何かのように聞こえてしまうから不思議である。米国ではもしかするとクラス替えは三日三晩不眠不休で国民総出で祝う儀式なのだろう――と浩之は一人頭の中でボケてみせた。

「そうだな………確かに、もうじき俺たちは二年生だ」
「また同じクラスになるといいネ!」
「そ、そーだな……」

 浩之は戸惑った。今日のレミィは、妙に親しげに話し掛けてくるからであった。別にレミィとは付き合っているどころか、朝、挨拶するくらいの関係であったハズだった。

「もし、同じクラスになれたら『縁は異なもの』ってやつよネ」
「……なんだって?」

 日系ハーフだけあって、レミィの日本語は達者である。所々に英語訛りが混ざってるが、ほとんど完璧な発音で話す。そればかりか、国語の先生も知らないようなマイナーな「ことわざ」や「格言」を会話に混ぜてくるのである。

「レミィ、さっきの『エンワイナモノ』って……」
「今度は、ステディな関係になりたいわネ?」
「は?」

 きょとんとなる浩之の耳に、授業開始のチャイムが届いた。
 するとレミィは、ぴょん、と浩之の腕から離れ、

「またねヒロユキ、See you later!」

 そう言って投げキッスを残し、去っていった。

「…………す、ステディな関係だって!?…………あいつ、英語の使い方を忘れたのかぁ?」

 ステディ:Go Steady……恋人同士になる、という意味である。

   *   *   *   *   *   *   *   *   *

「……ふむ」

 丁度その頃、世界的に有名な大手貿易会社、クリストファー・トレードコーポレーション日本極東本社にある役員室で、筋骨逞しい、精悍な面立ちにあご髭をたくわえた中年の紳士が、テーブルに置かれた資料と思しき紙を睨んで唸っていた。
 紳士の名はジョージ・クリストファー。米国に総本社を置くこの会社の社長である。そして浩之のクラスメイトであるレミィの実の父親でもある。
 ジョージが睨んでいるのは、会社の資料ではなかった。その資料を入れていたと思しき、すぐ横に置かれていた大判の封筒には、都内でも有名な某医大のマークが入っていた。

「…………ヘレン…………」

 ジョージが複雑そうな顔で呟いたその名は、娘のレミィの名であった。レミィは家族からはミドルネームで呼ばれている。

「――社長、失礼します」

 ノックの後、ジョージしか居ない役員室の扉をあけて入室してきた、バーバリーのスーツを着こなし、線のようにしか見えないまるで瞑っているような細い目を持つ壮年の男性は、ジョージの秘書でもある藤島であった。

「おぅ、ケン!」

 ケンとは、藤島の名前である謙介の謙から来ている。ジョージの秘書を務めてもう10年にもなるベテランで、頭の回転が速い有能な人物であった。

「で、どうだった?」
「はい。――やはり、Drの話では、ストレスが原因ではないかという話です」
「マジ?」
「……社長。そういう軽い日本語はあまり使われない方が宜しいと思います。社長には不似合いです」
「ふぉっふぉっふぉっ、I'm sorryネ」

 藤島に意見され、ジョージは苦笑した。藤島は合理主義の米国人の秘書を務めているワリに堅物なところがあり、不要なコトは殆ど口にしない為、無口に見られるのだが、時にはこのようにオーナーであるジョージに平然と意見する剛胆さも持ち合わせいる。これが逆にジョージから絶対的な信用を得ており、今では部下と言うより親友のように付き合っている。藤島も日系人で、妻と二人の娘をカリフォルニアの自宅に住まわせていて、ジョージの一家と家族ぐるみで付き合っている。

「さて――いかが成されますか?」

 藤島が訊くと、ジョージは途端に笑いをやめて渋い顔をした。

「…………仕方ないネ。…………スティツに戻った方がヘレンの為だ」
「かも知れません」

 藤島は残念そうに言った。

「……これ以上、この地におられるコトで、レミィお嬢様の心が苦しめられるよりは宜しいと思います」
「ああ」

 ジョージは頷くと、ゆっくりと立ち上がり、役員室から都内が一望できる大窓のほうへ振り向いた。

「…………”あのヘレン”が渇望したこの国へ帰ってくれば、ヘレンの病気が治ると思ったのだが」

          第2話へ 続く
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