○この創作小説は『ToHeart』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用しています。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ToHeart if. 『矢島の事情』第8話(SIDE:由那)(前編) 作:ARM −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 話は、矢島が由那に3Pシュート勝負を挑み、矢島の勝利に終わった頃に戻る。 負けた由那は、そのまま体育館から逃げだしたのだが……。 矢島に負けた由那は、体操着のまま学校を出て、坂の下にある土手まで駆け下りてきたところで転んでしまった。 土手の上で転んだ由那は、俯せになって泣いていた。悔しかった。坂の上から泣いている自分を他の生徒たちに見られていたが、気にもしなかった。 しかし、何が悔しいのか、よく判っていなかった。 矢島に3Pシュート勝負で負けたコトに、か。それとも、自分のスタイルが矢島の物真似にすぎないと言われたコトに、か。それとも―― 今の由那は、頭の中がぐじゃぐじゃに混乱していた。 どれくらい俯せになって嗚咽していたのだろう。陽は西に見える丹沢山系の尾根に差し掛かっていた。由那は泣いたコトで混乱していた頭が大夫落ち着き、ゆっくりと顔を上げた。それから暫く深呼吸を繰り返し、最後に大きく息を吸うと、坂の上にある校舎のほうへ戻っていった。しかし部活動には戻らず、そのままクラブハウスの女子更衣室に向かい、そそくさと着替えるとそのまま下校した。今の由那は、矢島たちに会いたくなかった。 下校した由那は、家に戻らず、駅前のほうへ向かった。陽は沈み、夜空には一番星が輝いていた。 由那は制服姿だった為、なにげに足を向けたゲームセンターで店員から睨まれ、仕方なく出て行った。どのみち、ゲームをする気は全くなかったので、たいして気にもしなかった。 とにかく、何も考えたくなかった。そして、自分が知っているものからすべて目を背けたかった。 だからなのかもしれない。由那は電車に乗り、隣町にやってきたのだが、どうしてそこにいるのか、由那にも判っていなかった。 隣町は、由那たちが住む街より規模は小さいが、繁華街と言う点では隣町のほうが上であった。ただし、由那のような学生が気軽に入れるような店は駅前周辺にはほとんど無く、当てもなくぶらつき歩くしかなかった。 そんな由那の足を止めたのは、駅前から少し離れた、駅前繁華街の外れにある駐車場にあった看板であった。 『3on3』 隣町には良く買い物に来る由那だったが、このストリートバスケが出来る有料コートの存在は記憶になかった。看板をよく見ると、先週末から営業を開始したばかりだった。 由那は暫く看板を見つめ、そして、誘われるように有料コートに近づいていった。 どうやら駐車場の有閑スペースを利用し、ストリートバスケット用のコートに作り替えたらしい。金網で覆われたその中は、四隅にゴールリングが用意されていた。コートは四つに仕切られていたが、二つ利用するコトで普通のバスケットの試合も出来るようになっていた。四つのコートのうち三つは、由那と同年代の先客がおり、試合と呼ぶには余りにものんびりとしたペースでボールの奪い合いをしていた。 由那は受付のほうに向かい、そこにあった料金表を見た。一時間200円。これは由那が知る限りかなりリーズナブルな料金であった。有閑スペースを利用している所為もあるのだろう。都心に近いところで同じような有料コートを利用した時はもう少し高かった。由那は財布を確かめ、コートを2時間借りた。 借りたコートに着いた由那は、制服姿のまま3Pシュートラインの手前に立ち、バスケットボールを構えた。 シュート。ボールは綺麗にリングの内側に吸い込まれた。 続いて二投目。成功。三投目、四投目…………三十投目。全て成功した。十五投目から、他の客も由那のシュートに気づき、三十投目の成功時には、金網の外にいつの間にか集まっていた観客の中から拍手する者さえ居た。 それから由那は、問題のシュートポイントに立った。 失敗するなど、考えもしなかった。 シュート。しかしボールはリングに弾かれ、すぐ横の金網に当たって由那のほうに戻ってきた。 「…………やっぱり」 由那は悔しそうに唇を噛みしめた。脳裏には、自分のスタイルが物真似だと指摘した時の矢島の顔が浮かんでいた。 そんな時だった。 「ふぅん」 感心したふうに言う声に、由那は振り向いた。 由那は気付いていなかったが、声の主は先ほど、金網の外で拍手した人物であった。 拍手の主は、寺女――西音寺女子学院の制服を着た、同年代の少女だった。 「残念。でも三十本連続なんて快挙よ」 寺女の彼女は、まるで自分事のように嬉しそうに笑顔で言ってみせた。3Pシュートにかけては都内でもトップクラスにある由那は、今更とも思いつつ、この少女に感心されると何となく照れくさかった。 「……だけど、この位置からだと…………さっぱり」 もはや認めざるを得なかった。だがそんな由那の事情など知らない少女は、もう一度、、ふぅん、と言った。 「…………スランプってヤツ?」 「……ちょっと、違うかしら」 「そう?でも、諦めたらそこまでだから――あ、まずい!」 同情する少女は、突然背後を振り向き、慌てだした。 「じゃあ、頑張ってね!しっつれーい♪」 寺女の少女は膝上の高いミニスカートの裾をひるがえし、その場から駆け出していった。その後を追うように、お嬢様ぁ、と年輩の男の声が聞こえたが、由那は外には目もくれず、また弱点とも言うべきシュートポイントに立ってフリースローを再開した。 結局、2時間かけても問題のシュートポイントからは一本もシュートが決まらず、悔しい想いを胸に残してコートを後にした。 翌日。 由那は学校へ行く振りをして、他の生徒、特に矢島に見つからないように注意しながら駅前に向かった。そして満員の通勤電車に暫し苦労して隣町に着いた。 目的地は、昨夜使った有料コートであった。 由那は、悔しい、と言う想いで一杯だった。しかし、何が悔しいのか、いまだに由那も理解出来ていなかった。 有料コートは正午から開始であったため、暫く時間を潰す必要があった。しかしこんな時間に制服姿でうろついて補導員にでも捕まったら大事になる。しかたなく駅に戻り、電車に乗って、電車の往復を使って時間つぶしをした。下り電車に乗り、丹沢山塊が西の方角に一杯に拡がった頃電車を降り、上り電車に乗り換える。元の駅に到着したのは昼前だった。改めて隣町に戻った由那は、駅前のヤックに入り、バリューセットで昼食を摂ってから、有料コートに向かった。 借りたコートは奇遇にも昨夜使用したそれと同じだった。由那は再び、苦手なシュートポイントに立ち、フリースローを開始した。 1時間かけて、60本シュートした。その間、自分なりの考えで試行錯誤を繰り返したが、成功したのは4、5本、やはりリングに当たって上に飛んだのが偶然リングの中を通り抜けたものばかりであった。 「……なんで…………こんなに…………駄目なのかしら……」 息切れする由那は、ボールを抱きかかえてコートにへたり込んでいた。 「……思いつくことはみんな試してみた……なのに…………」 その試みの中には、無論、矢島が赤星からアドバイスを受けたやり方もあった。物真似を気にしている場合ではなかった。3Pシュートには絶対的な自信があったのに、こんなに失敗が続くと、今まで築き上げてきたものが足許から消え失せていくような、そんな不安感が拡がって行くばかりで、由那はシュートする気力が段々と失せてきた。 そんな時だった。 「あれ?――やっぱり」 不思議と、聞き覚えのある声だった。 つられるように、声のしたほうへ振り向くと、そこには、バスケットボールを抱きかかえてコートに入ってきた、昨日の寺女の少女の姿があった。 「奇遇ねぇ、――あれ?」 突然、寺女の少女は由那をまじまじと見つめ、 「……あれ?姉さんの学校、今日休みだっけ?」 どうやらこの少女は、由那が通う高校のコトを知っているらしい。途端に由那は慌て出す。 「いや、その…………あの……」 そんな由那の狼狽ぶりを、寺女の少女は楽しんでいるふうに意地悪そうに見ていた。 「――そうそう、”臨時休校だった”わね。うちも三年生の特別授業で午後は休校なの」 そういって寺女の少女は由那にウインクして見せた。どうやら由那の事情を察してくれたらしい。由那はホッ、と安堵の息を吐いた。 「――ねえ」 そんな由那に、寺女の少女が声をかけて近づいてきた。 「昨日の凄いシュート、もういっぺん見せてよ?」 「え……?」 「お願い、ね?」 寺女の少女は両手を合わせて由那にお願いする。戸惑う由那だったが、不思議と、困るよりも嬉しい気分になって、ようやく首を縦に振った。こんな笑顔でお願いされて、拒否できる者は居ないだろう、そんな気がした。 さっそく由那はシュートをした。しかし弱点ポイントだった。 「……あれ、ダメ?」 「あ、ゴメン――」 由那は立っていた場所に気付いていなかったらしい。慌てて左に移動し、再度シュートをした。今度は成功した。 「……やっぱ、凄いわぁ。――姉さんの学校のバスケ部って、本当凄いのねぇ」 「え?なんでボクがバスケ部員だって知っているの?」 「知っているの、っていうか、この辺りでは一流の3Pシューターがいる、ってコトで有名よ。それ、あなたなんでしょ?――昨日の打ち方みた後、その制服着ていたモンだから、家でやっと思い出したんだ。やっぱりそうだったんだ。えーと、あなた――あ、ごめん」 寺女の少女は苦笑し、 「――あたし、来栖川綾香。綾香、って呼んで」 「あ、ボク――平光、由那。由那で良いよ」 由那は照れくさそうに自己紹介した。 「じゃあ、さっそく――由那、佳いシュートするわね。NBAの選手でもそれだけ綺麗なフォームで打つプレイヤーはそうそういないわよ。――だけど、なんでさっきの位置だと失敗するのかしら?」 綾香と名乗った寺女の少女は、昨夜の由那の打ち方を覚えているらしい。凄い洞察力と記憶力である。 「……良く、あそこからだとダメだって判ったのね?」 「子供の頃、本場のヤツを散々見てきたクチだから」 「え?」 「こう見えてもあたし、帰国子女なの」 何をどう見れば帰国子女のコトが思いつくのか、由那はよく判らなかったが、あまり関係ないコトだったのでツッコミはしなかった。 「もっとも、あたしは空手のほうにのめり込んでいたから、そんなには。――でも、一流のプレイヤーの技は大体理解出来るわ」 「大体?」 「見てて」 そう言うと綾香は、先ほど由那がシュートを決めた位置に立ち、シュートした。 由那が驚かされたのは、その綺麗なフォームは自分が常にイメージしていたもののそれであったからだった。無論、綾香のシュートは成功していた。 「……凄い」 「っていうか、今の、由那のフォームを真似ただけ」 「真似……」 こともなげに言う綾香に、由那は呆気にとられた。 「なに、びっくりしてるのかしら?今のようにやれば3Pシュートは確実に成功するの、判っているんじゃないの?」 「そ、そうだけど……」 無論、由那が驚かされたのはそんなコトではない。それをやってのける綾香のセンスに驚いているのだ。 「……とはいえ」 「?」 「失敗したヤツ」 「あ?ああ、――苦手なんだ、あの位置」 「苦手……」 言われて綾香は不思議そうに、由那が失敗するシュートポイントのほうをみた。そして暫くそこを見つめると、ふむ、と頷いた。 「かもね」 「かもね?」 きょとんとする由那に、綾香はもう一度頷いてみせた。 「……あすこで打つフォームなんだけど……少し力みすぎていない?」 「力み――」 「何かさ、無理に力を入れて打っているみたいでさ――スマートじゃないのよね」 そう言うと、綾香は問題の位置に立ち、フリースローをする構えをとった。 「力みすぎているから、こう、ちょっと高めに打っちゃうのよ。だけどそれ、男なら結構上に上がるから良いんだけど、女の力では、必要な高さにならないと思うんだ」 「――――」 「だからさ、少しシュートの放物線(ライン)を考慮して、出来るだけ高さを低く――?」 綾香が講釈すると、由那は項垂れて黙り込んでしまった。 「……あれ?なんか、拙いコトゆった?」 「……いえ…………指摘された通りだと思う」 「あ、やっぱり力みすぎていたの判ってたんだ…………、いえ、違う?」 由那は頷いた。頷いて、綾香に寂しげな笑顔を見せた。 「…………やっぱり、男のフォームを真似てるんじゃダメだよね」 「男……?」 綾香に訊かれて、由那はどうしてそんな力んだ打ち方になってしまうのか話し出した。矢島の名は出さなかったが、幼なじみの男の子をライバル視し、知らず知らずそのフォームを真似していたコト、そしてそれを本人に指摘されて落ち込んでいたいきさつを語った。 由那の話を聞き終えた綾香は暫し黙り込んでいた。 「……ねえ?」 「?」 「その幼なじみって人、由那の彼氏?」 「――――」 たちまち由那は困惑する。――由那自身は困惑したつもりだったが、綾香にはその顔から由那の微妙な心情を見抜いたらしく、くすっ、と意地悪そうに笑った。 そんな綾香の笑みに、由那は一層困惑する。しかし綾香は悪意が無くてもこんな笑い方になってしまうのは由那にも判っていた。由那も羨むほどの美貌の持ち主ゆえに、見方の心情によっては嫌味に見えてしまうのだろう。それでも嫌悪感を抱かせないのは、屈託なく笑うその仕草にあった。 「……ごめん。でも、違うの?」 「そういうんじゃ……」 「ふぅん」 綾香は不思議そうに言った。 「じゃあ、どういうの?」 「どういうの、っていわれても、幼なじみ…………」 「他にもあるじゃない」 「え?」 「親友」 そう言って綾香は、にっ、と笑った。 後編へ続く