○この創作小説は『ToHeart』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用しています。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 【承前】 矢島が3Pシュートの3投目を決めた。昨日までスランプでシュートが一つも決まらなかったコトなど、まるで嘘のようである。 このあまりにも予想外の展開に、一同は唖然となっていた。 そして、由那も。 由那が続いて決めた第3投目は、2投目までの華麗さなど無く、リングに引っかかって弾かれそうになったが、辛うじてボールはリングの中に入ってくれた。由那は明らかに動揺していた。 (……なによ…………なんで寿のヤツ、スランプから脱出してんだよ!) 由那は、リングを睨んで唇を噛みしめた。 「驚いたろ?」 いきなり矢島に訊かれ、由那はドキッ、とした。 「……そ、そりゃあ…………なんだよ寿、すっかりスランプから脱出しやがって!」 「そういうわけじゃないのさ。――悩んでいる場合じゃないし」 「?」 「ほらほら、どいたどいた。――4投目、行くから」 「あ――ああ」 由那が3Pラインから離れると、矢島がラインのほうへ進んだ。 そして、跳んだ。 ボールは綺麗な放物線を描き、リングに触れるコト無く、3Pシュートを決めた。 「…………」 由那は、その芸術的なシュートを、ぽかんとした顔で見ていた。見惚れていたと言っても良いだろう。 そして、にぃ、と、由那は嬉しそうに笑った。 「…………相変わらず、やるな」 「この勝負、負けられないからな」 矢島は由那に振り向きもせず言ってみせる。そんな矢島のつれない態度に、由那は、むすっ、と頬を膨らませた。 「……の野郎……みてやがれ」 矢島が3Pラインから退くと、由那が入れ替わり立った。 そして、跳んだ。そのフォームは、4投目を決めた矢島のそれと同じものであった。 ボールは綺麗な放物線を描き、今度はリングに掠るコト無く3Pシュートを決めた。 「――どうだっ!」 由那は矢島のほうを睨む。 ところが、矢島は全く無視を決め込んでいるのか、由那に何も言わず、リングのほうをじっと見つめていた。 「……ちっくしょう、寿のヤツ、無視しやがって…………」 悪態をつく由那だったが、しかしその一方で、どうして矢島がこの勝負に集中しているのか、とても気になっていた。 勝負を挑んできたのは矢島のほうである。 勝負にこだわる理由。 何故か由那は、それが思いつかなかった。 考えれば考えるほど、由那は頭の中にもやもやとした、理解出来ない感情に苛立つだけである。 この間のデパートで、瑞穂と一緒にいた矢島を見たときもそうだった。 そして、矢島が、隣のクラスの神岸あかりに交際を申し込んだという話を聞いたときも。 しかし由那は、それを「嫉妬」とは認めたくなかった。 何故なら由那は、 「矢島に勝ちたい」 いつもそんな想いで矢島にぶつかってきたからである。 ――しかし。 矢島に絡んでいたのは、あかりに振られてすっかりスランプになっていた矢島を励ますつもりでやっていたハズだった。なのに、顔を合わせると挑発し、終いには口喧嘩。どこで歯車が狂ってしまったのか。 挙げ句、こんな勝負をするハメに。こんなつもりではなかった。 なのに。 由那は、この瞬間がとても楽しかった。 そう、「矢島寿と勝負している」この緊張した空気が、たまらなく気持ちよかった。 小学生の頃から矢島とバスケットボールで遊んでいた時もそうだった。あの頃は、男女の境など無く、平等に争えた。日が暮れるコトも忘れ、矢島とシュートの数を競い合えた小学生の頃は、今も忘れていない。 そんな平等感を、歳を少しとっただけで、周囲は奪ってしまった。中学に進級し、男女という壁に塞がれてしまった。 小学生の頃とは違い、中学生ともなると、はっきりとした肉体の差が出てくる。出てくるところもあればへこむところもある。矢島は見る見るうちに身長が伸びていったが、自分にはそんな勢いはなかった。 高校に進学して、肉体的な差は決定的なモノになった。183センチメートルの矢島より、由那は15センチも下。もしかするとこの先、その差はもっと拡がるかも知れない。 それを見越して、由那は3Pシューターを目指した。そう、矢島が中学生の時に周囲を感嘆させた3Pシューターの道を。 3Pシュートの成功確率。由那は、矢島に劣るとは思ってもいないし、事実、そうであった。 だから、負けられない。 由那は、5投目を決めた矢島に続いて、自らの5投目を成功させた。 「……凄い気迫を感じるわねぇ」 あかりの隣にいた志保は、矢島と由那の対決を、今まで言葉を忘れて見入っていた。 「……だけど、何で矢島くん、勝負を?」 「さぁな」 あかりが訊くと、浩之は首を横にゆっくりと振った。 「ただ、あいつなりの結論を出したいだけなんだろう。好きとか嫌いとか言うレベルじゃない、そんな結論が」 「……?」 あかりには、浩之が何を言いたいのか、判らなかった。 あかりには判らないのも無理もないことであった。今、矢島が出そうとしている結論は、かつて浩之が苦しんだそれであったからだ。 矢島は、6投目の準備に入った。 「…………なぁ、由那」 その時だった。不意に、矢島に小声で呼ばれ、由那は、ドキッ、とした。 「……なんだよ」 「お前、俺のコトが好きなのか?」 「――――」 由那は唖然とした。 「この間、郷田さんが言ってた。由那が、俺のコト、好きだって」 言われて、由那はギャラリーの中で心配そうにしている瑞穂に一瞥をくれ、 「バ、バカ言ってンじゃないよ!誰がお前なんか――」 「じゃあ、なんであの時、俺が誰を好きになったって構わない、なんて言って泣いたんだ?」 「――――」 由那は声を詰まらせた。 矢島はそんな由那を見ず、3Pラインの前に立ってリングを見つめた。 「……俺、判ンねぇんだ」 「……?」 「…………正直、俺、お前を女の子としてみていなかった――昔っから」 「え?」 由那が見つめる矢島の横顔は、どこかぼんやりとしていた。 そんな顔で、矢島はボールを放った。6投目も華麗に決まった。 「……だって、さ。お前、いつも俺に真っ向から勝負挑んできたし、それに見合うだけの腕前もあった」 そう言うと矢島は、リングから戻ってきたボールを拾い上げた。 「それに、今だって、俺に負けない名3Pシューターだし。……佳いライバルだと思っていた」 「――――!」 矢島のその言葉に、由那は、はっ、とした。 そしてようやく、呆気にとられる由那の顔を見た矢島の顔は、微笑んでいた。 「どうすんだ?6投目?」 「――――あ。……ああ」 頷いて、由那は深呼吸した。そして矢島が退いた3Pラインに立ち、6投目を決めた。 「巧いモンだな」 「……鍛え方が違うよ」 由那は嬉しそうに、にぃ、と笑った。 「……なんか、良いムードだな」 二人の対決を見ていた赤星が、少し気恥ずかしそうに言った。 「考えてみれば、あの二人、こんなふうに競い合ったことあったっけ?」 「知らん。少なくとも、この高校に入ってからはな」 桜庭の問いに、赤星は肩を竦めてみせた。 「同じ名3Pシューターと言われながら、こんなふうに対決するなんて考えてもいなかった。――何でかな?」 「当たり前だと思っていたんだけど、ね」 「……ふむ」 矢島が7投目を決めた。続いて、由那も7投目を決めた。 「互いに引かず、か」 浩之が感心したふうに言う。 「10投目でも決まらなかったら、どうすんだろう?」 「そら、雅史、延長戦だろ?」 「……うーん」 「なんだよ、あかり。首なんか傾げて」 どこか戸惑いげな顔をするあかりに気付いた浩之が訊いた。するとあかりは浩之のほうを向き、 「……なんか、違う気がする」 「違う、って?」 「うん……。6投目あたりから、平光さんから緊張が消えたら……なんか投げ方が少し鈍くなった気がするの」 「あかり、バスケットボールの投げ方なんか判るのか?」 「ううん。――何となく」 あかり自身、何でそう思ったのか判っていないらしい。浩之は肩を竦めて呆れた。 矢島が8投目の準備に入った。 どういう訳か矢島は、今までシュートを放っていた正面から、今度は浩之たちの居る体育館の出入り口のほうに近づいた。今まで投げてきた位置の中では、一番リングからとおい位置だった。 「――寿」 由那が、にぃ、と笑って訊いた。 「決着つかなかったらどうする?」 「決着は、つく」 素っ気なく言う矢島の返答に、由那は流石にムッとなった。 「大した自信じゃない?」 すると、矢島は8投目を放ちながら応えた。 「俺は、俺には負けない」 「……へ?」 がこん!由那の顔が戸惑った途端、矢島の8投目も綺麗に決まった。 「――由那」 「何だよ」 「お前のフォーム、俺と同じだ」 「な――――?」 「だから、負けない」 そう言って矢島はラインから下がった。由那はそんな矢島を見て、困惑していた。 「どういう意味だよ、それ?」 「判らないなら、今、俺がシュートを決めた位置から撃ってみろよ」 「あん?」 「怖いのか?」 「――何をっ!」 矢島に涼しい顔で挑発され、由那は怒った。 「よぉし、やったろうじゃないかっ!」 「やるなら、そのシュートはカウントには入れないぜ。これはそう言う勝負じゃないし」 「何を、訳のわからんコトを……!関係ないっ!見てろっ!」 由那は、先ほど矢島が8投目を決めた位置に立ち、リングに向いた。 「……なんだよ、こんな位置で……ボクはこんな距離以上のところからシュートを決めたことがあるんだぞ!それっ!」 由那は8投目を放った。ボールは綺麗な放物線を描いてリングを目指した。 だか、放った由那の顔は、リングを見つめたまま、唖然となっていた。 ――しまった。 そんな由那の呟きが、近くにいた浩之たちにも聞こえていた。 なんと、由那の放った8投目が、リングに弾かれ、失敗してしまったのである。 「何で――――」 「気付かないのか?その位置を」 矢島に訊かれ、由那は矢島のほうを振り向いた。 「その位置は、俺がスランプだった時にどうしても決まらなかったポイントだ」 「――――?!」 驚く由那は、足元を見た。 そして、想い出した。ここはまさしく、このあいだでスランプの矢島がシュートを決めようと必死になっていた場所であった。 「……このシュートラインは、遠い分だけ自然と余計に右手を伸ばして押し出すフォームになる。だから俺がなんか迷っている時は、力みすぎてほとんど決められない一番微妙なシュートポイントなんだ」 「け、けど!?」 「言ったろ。俺は、俺には負けない、って。――由那、はっきり言おう。お前は俺を意識しすぎて、俺の物真似になっていたんだ」 「え――」 「だから、今まで俺は由那を意識できなかったんだ。――もう一人の自分を見ているようで、一人の女の子としては」 つづく