○この創作小説は『ToHeart』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用しています。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 【承前】 矢島は泣き止んだ瑞穂に促され、由那の後を追った。しかし時既に遅し、デパートのフロア内に由那の姿には無かった。 「……くっ。間に合わなかったか」 「何が間に合わないんだって?」 「――?!」 矢島は、背後からの聞き覚えのある声に驚き、振り向いた。 「……藤田?それに神岸さん!」 「こんにちは、矢島くん……どうかしたの?」 あかりはにこりと微笑むが、矢島のその様子に直ぐに気付き、不安そうな顔をした。 神岸あかり。 矢島が以前より、家庭的で良いな、と興味を示し、恋人にしたいと思っていた同じクラスの少女。先日、交際を申し込んでみたが、既にあかりには矢島以外の好きな男の子が居た。そして矢島は、その男に、交際を手伝ってもらおうとしたのである。後日、すべてを知って、何と自分が愚かだったかと思ったコトか、矢島は呆れつつ大笑いした。中途半端だったこの二人が最近ようやく恋人同士として付き合い始めたコトを知って、矢島は嫉妬よりも、ほっとした気分でいる自分が少し嬉しかった。 「あ、いや、ちょっと人捜しを…………買い物?」 「ん?――あ、うん、今日、中司雅美の新譜が出るから」 「そうなんだ……あ、そうだ、さっきこの辺りで、隣のクラスの平光由那を見かけなかったか?」 「平光……由那?誰?」 浩之が訊いた。 「顔、知らないか。――あ、うちの制服着ていたな。ショートカットでつり目の女のコで……泣いていたんだ」 「…………なんだよ矢島、女のコ泣かせたのか?サイテー」 浩之は揶揄するように言った。無論、悪意など無いのだが、てっきりくってかかってくるモノだと思っていた浩之は、俯いて黙り込んでしまった矢島を前に、気まずさから戸惑った。 「……浩之ちゃん」 「……悪ぃ。言い過ぎた」 あかりに肘で小突かれるのと同時に、浩之は謝った。すると矢島は顔を上げ、笑みを浮かべて首を横に振った。 「……いや、本当のことだから。すまんな、折角の二人のデートに水を差して」 「え?い、いいのよ」 照れるあかりをみて、矢島はくすっ、と笑った。 「他、当たってみるから。じゃあ」 「頑張れよ」 「!――――ああ」 浩之の励ましが意外だったらしく、矢島は暫しきょとんとしてしまう。やがて照れくさそうに二人に手を振って、走って行った。 結局、矢島は、泣き去っていった由那に追いつくことが出来なかった。 仕方なく、その夜、矢島は隣にある由那の家に足を向けたが、由那は矢島に会おうとはしなかった。 「寿ちゃん、ゴメンねぇ。由那、なんかあったみたいで部屋に籠もりっきりで」 事情を知らぬ由那の母親は、少し太めの見慣れた笑顔を少し曇らせ、困ったふうに言った。 「……寿ちゃん、なんかあったの?」 「う、うん……ちょっと」 矢島は少し困った顔をすると、由那の母親は何かに気付いたらしく、にやっ、と意地悪そうに笑った。 「んー、寿ちゃんも女泣かせる年頃になったんだねぇ」 「そ、そう言うワケじゃないんだ。…………そう言うワケじゃ」 由那、矢島くんのコト、好きなんだよ! 「…………明日にします」 そう言って由那の母親にお辞儀して、矢島は帰宅した。 「――寿兄ぃちゃん、由那お姉ちゃん泣かしたんでしょ?」 家族揃っての夕食時、いきなり栞がその話題をふってきたものだから、矢島は噴飯しそうになった。 「今日ね、学校から帰ってきたら由那お姉ちゃん泣いていたんだよ」 「――由那が言ったのか?」 動揺するあまり、両手でみそ汁の入ったお椀を大事そうにもって震える矢島を見て、栞は、ニヤリ、と笑った。 「………見事に誘導尋問にひっかかった」 矢島、思わず口をあんぐり。 「由那お姉ちゃんがそんなコトゆうわけないじゃん。ただ、由那お姉ちゃん泣かすのは、寿兄ぃちゃんがきっと酷いコトゆったんだ、と思って、さ」 「しーーーおーーーりーーーーーぃ」 「て、ゆうか」 そういって、いつの間にか矢島の背後に回った姉の初美が、むんず、と矢島の首を後ろから鷲掴みにした。 「――何したのよ、寿」 「べ、別に俺は……!」 「心当たりがあるんでしょ、寿!」 「あううううう」 どこぞのメイドロボみたいな声で嘆く矢島。矢島家は温厚な父親の所為で、女性上位の一家であった。昔からこんなふうに、矢島は姉や妹からいびられていたものだから、ある種の女性不信に陥っていたところがあった。 しかも今回は、明らかに自分に原因があるコトは矢島も判っている。言い逃れなど出来る以前に、考えもしない男であった。 しかし、だからといって、由那の気持ちに気付いてやらなかったから、などと言えるハズもない。結局矢島は自白できず、初美スペシャル(電気按摩)を喰らって撃沈しても、俺が悪い、としか言わなかった。 翌日の昼休み。 「…………はぁ」 矢島は屋上で一人、黄昏ていた。翌日に矢島は由那に謝ろうと試みたのだが、由那は矢島を避けてばかりで、どうにも話が出来ずに今に至っていた。 「……なんか俺、女運悪いのかなぁ」 「女運?」 突然、矢島は背後から聞き覚えのある声が聞こえ、驚いて振り向いた。 「藤田?どうしたんだよ?」 「いや、さ…………」 浩之は鼻の頭をかきながら、困ったふうな顔をしてみせた。 「…………昨日から、様子変じゃない?」 「…………色々あってな」 矢島は肩を竦めてみせた。 「それよか、藤田、お前、神岸さんと一緒じゃないの?」 「今日はあいつ、家庭科の実習で昼休み一杯料理作ってさ。…………で、ちょっと矢島を捜していた」 「?」 きょとんとする矢島に、浩之は少し照れくさそうに上を見て、 「……いや、あかりが言ってきたんだ。まだ余裕があるなら、実習で作った料理一緒に食わないか、って」 「…………え?」 「……昨日の様子、さ。…………あかり、お前さんのコト気にかけていたんだ。…………まぁ前に、矢島にはちょっと済まないコトしちゃったから…………あいつ、そう言うコトには気にするタイプだし……その……」 矢島は必死にテレながら言い訳する浩之を見て、これは違うな、と気付いた。しかし二人が自分のコトを気にかけてくれていたコトは直ぐに気付き、とても嬉しかった。 「……ああ。せっかくあの神岸さんの手料理が食べられる滅多にないチャンスだし、有り難く申し出を受けさせてもらうよ」 にこりと笑う矢島を見て、浩之は、よかった、と呟いた。 「じゃあ、行こうぜ」 「ああ。――ところで、藤田」 「?」 「いや、歩きながらで良いんだ。…………藤田、って神岸さんとは幼なじみなんだろ?」 「……うん」 「それでなんだが……あ、いや、前を向いて歩いてくれ。階段だし。…………藤田、お前、神岸さんが好いているコト、いつ気付いた?」 「?」 「……つーか、さ、俺が前に間抜けなコトしたとき、さ」 「間抜け…………」 「……笑うなよ。――あ、いや、あのコトでお前を責める気は毛頭もねぇ。神岸さんがいつも誰を見ていたのか、そのコトに気付いていれば、あんな間抜けなコトはしなかったんだから」 「…………そうでもないさ」 「?」 矢島は、先に歩く浩之の口元が照れくさそうにつり上がったのを知らなかった。 「……矢島があんなコトしてくれなかったら、俺は、あかりや俺自身の気持ちに気付かないままだったかも知れないんだからな」 「え…………?」 それは矢島には意外な答えであった。 何故なら今の今まで、浩之とあかりがそれとなく付き合っていたと思っていたからである。あかりに交際を申し込んで玉砕したとき、志保を始め、他の友人たちは皆、あの二人はとっくに恋人同士でデキている(但し志保はそこまでは言わなかった)と矢島の行動を笑っていた。 だが事実は違っていた。あかりの微妙な変化に惹かれていた中、矢島の行動が浩之を触発し、あかりへの気持ちを誤魔化していた自分に気付かせたのだ。矢島があかりと付き合う、とさえ言わなければ、浩之は必ずしもあかりに応えるとは限らなかっただろう。 「……ぷっ」 「……なんだよ矢島、おかしいか?」 「……いや、さ。…………なんか馬鹿馬鹿しくなってさ」 「……うるせぇ」 「違うって、馬鹿馬鹿しいのは俺のコト」 「……?」 「今の話聞いてさ、余計に俺、鈍感だって思ったんだよ。…………だから、由那だって怒るんだよなぁ」 「由那?」 ちょうど踊り場に着いた浩之は、階段を下りてくる矢島のほうへ振り向いた。 「……昨日、探していた彼女?」 「ん?――あ、ああ。……俺の幼なじみでな」 「……ふぅん。――へぇ」 「?何だよ、ニヤニヤして」 「……そういう女のコが居ながら、あかりに交際申し込もうとしたんだぁ」 「お、おい!――そ、そ、そういうワケじゃないっ!あいつとはただの幼なじみで、ガキの頃から一緒に遊んでて、兄妹みたいに付き合っていたから――ほら、あいつ、男っぽいだろ?」 「悪いが、知らん」 「――そ、そうだったな。……いや、とにかくそう言うヤツでさ、俺も弟みたいにしか思っていなかったから…………!」 「ふぅん」 そう言って浩之は階段を下り始めた。あと一つ階段を下りれば、調理実習室のある階に着く。 「…………似たような話もあるんだな」 「?」 「俺とあかり。…………お前さんが焚き付けてくれるまで、俺、あかりを妹のように思っていたんだ」 「え…………?」 矢島がきょとんとすると、浩之は背伸びするように両腕を上げて話を続けた。 「やっぱ、近すぎる関係、ってのは、時と場合によっては、迷惑なだけだよな」 「近すぎる関係…………?」 「ああ」 頷くと同時に、浩之は階段を下り終えていた。 「……だけど、悪いコトばかりじゃない。近いからこそ見ててくれる、ってコトもある。逆に、見せてしまっているコトもあるんだよ」 「見せる?」 「ああ。ブザマだか、正直なありのままの自分を、な。――他人には見せられないコトでも、そいつなら安心してさらけ出せる。そう言う関係なんだよ、近すぎるコトって」 「…………」 矢島は階段を下りる足を止め、俯き加減で考え込んだ。 そんな矢島を見て、浩之は、ふっ、と微笑んだ。 「……まぁ、気付いちまったンだから仕方アンめぇ。あとは、自分の気持ちにどれだけ正直になれるかどうか、だ。たとえ惚れてても、惚れていなくても」 浩之のその言葉を聞いて、矢島は無意識に、階段の手摺りに手をかけた。属製の手摺りが、いつも以上にひんやりとした。身体が少し熱さを帯びていたらしい。 男勝りの由那が、人前で涙を見せた。それも、悔し涙を。 思えば、今までそんなコト、一度も無かったのではないか。 だが矢島には、どうしても、判らないことがあった。 由那が、つれなくされた、という理由で嫉妬したり泣いたりするような、そんな女にはどうしても見えないのだ。 (……俺がまた気付いていない理由があるのか?) 「どうした、矢島?」 「――あ?ああ、悪ぃ」 矢島は慌てて階段を下りていった。 つづく http://www.kt.rim.or.jp/~arm/