ToHeart if.「矢島の事情」(2)  投稿者:ARM


○この創作小説は『ToHeart』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用しています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
【承前】

 矢島寿。
 父・矢島信雄(故人)と母・多紀の間に生まれた、上に長女の初美(24歳・OL)、下に次女の栞(14歳・中学二年)に挟まれた長男である。16歳、某都立高校2年、男子バスケ部所属。レギュラーで一応エース。背番号は2。中学2年生の頃に行われた、市内中学バスケット大会において、全試合、3P(スリーポイント)シュートをすべて決め、「無敵の3Pシューター」と湛えられ、都内外のバスケット関係者から注目を浴びていた。一時は神奈川県にある、バスケットでは有名な私立の高校からスカウトされ、そこへ進学するものと思われていたが、中学二年の夏に交通事故で父親を亡く不幸があった。

「やっぱりさ、俺、母さんや栞を置き去りにはできんわ」

 家のコトは任せて夢のほうを追いなさい、という初美や母に、矢島はそう言って近くの学校に進学するコトを決めた。経済的な面で補助すると言ってきたスカウトマンの好意は矢島も嬉しかったが、矢島のパスケットは、好きなバスケットはどこでもやれるが、家族はどこにでもいるワケじゃないから、と済まなそうに辞退した。
 果たして、姉や母の援助を受け、矢島は現在に至る。そのルックスから大胆そうに見える彼だが、想いを寄せていた神岸あかりに交際を申し込もうとして、しかしあかりに身近な浩之に協力を頼むなど、意外にも不器用で小心な少年でもあった。
 但し、そう言った家庭の事情から、父亡きあとの矢島家の大黒柱にならなければならないと言う強迫観念を持ち、部活でのバスケットに打ち込む傍ら、勉強にもしっかり励み、校内順位ではいつも上位をキープしていた。そんなひたむきさと誠実さから、自然と女生徒たちから人気があり、同学年ではサッカー部の佐藤雅史と人気を二分していたほどである。

 平光由那。
 矢島家の直ぐ隣にある酒屋の次女。16歳、矢島寿と同じ某都立高校2年、女子バスケット部所属で、彼女もまたレギュラーでエース。背番号は6。
 由那がバスケットを始めたきっかけは、小学生の頃、矢島たち男子生徒が小学校の校庭でバスケットを興じていたを見て興味を持ち、参加した。始めは女子と言うコトで拒絶されたが、幼なじみの矢島の推薦と、生まれつき秀でていた運動神経で男子生徒たちに負けない奮闘ぶりをかわれて、卒業まで男子生徒たちと一緒にバスケットで遊んでいた。中学に進学すると、流石に一緒に遊んでいた男子生徒たちも敬遠するようになり、必然的に、女子バスケット部に入部するコトとなった。
 矢島寿とは生まれたときから家がお隣同志であったこともあり、家族ぐるみのつきあいもあったので、姉弟同然のように育っていた。矢島は姉、妹に挟まれ、女性上位のような環境にあったため、ある種、由那には頭の上がらないところもあった。

「……まったく、由那のヤツ、何でこう最近絡んで来るんだよ」
「またお兄ちゃんが変なコト言って怒らせちゃったんじゃないの」

 居間で座布団に座って参考書を読んでいたお下げ髪の少女、栞は、学校から帰ってくるなり着替えもせずに床にごろりと寝てふてくされている兄をみて、からかうように、いやからかうつもりなのだろう、そう言って笑った。

「んなコトゆった憶え無ぇんだがなぁ」
「ゆー姉ちゃん、ああ見えても神経質なところあるんだから。寿兄ちゃん、もっと気を使って上げないとダメだよ」
「……何で俺があいつに気を使わなきゃならんのよ」
「……鈍感」
「へ?」
「何でもない」

 栞は呆れ顔で立ち上がると、参考書を小脇に抱えて居間から出ていこうとする。

「寿兄ちゃん、早く着替えないと学生服しわだらけにしちゃうよ。そんなコトしたら初美姉ちゃんにまた空気イスの罰受けちゃうよ」
「へいへい」

 居間から出ていく妹に忠告され、矢島は渋々起きあがり、2Fにある自分の部屋へ向かった。
 矢島は自分の部屋に戻るのがとても心苦しかった。しかし学生服を着替えなければならず、仕方なく扉を開いた。
 扉の正面に窓があった。そのカーテン越しに見える隣の家の灯りは、由那の部屋の蛍光灯がもたらすモノであった。

「……もう帰っていたのか」

 矢島はゆっくり扉を閉めると、灯りもつけずに、由那の部屋から洩れてくる灯りを頼りに、タンスから着替えを取り出して着替え始めた。
 もたもたとズボンを履き替えていたそんな時だった。突然、窓を叩く音が聞こえてきたので、矢島は驚いて振り向いた。そして急いでズボンにベルトを通すと、窓のほうに近づきもカーテンを一気に開けた。

「……灯りくらい点けたら?」

 そこには、向かいの窓から憮然としている顔を出している、ジャージに着替えた由那がいた。

「いーじゃないか。節電だよ。ちょうどお前の部屋の灯りがあったんだし、直ぐ下に行くから」
「そう」

 そういうと、由那はさっさと自分の部屋に引きこもり、扉とカーテンを閉めた。お陰で矢島の部屋は真っ暗になってしまった。ちぇ、とこぼす矢島は仕方なく自分の部屋の灯りを点け、着替え終えてからまた蛍光灯を消し、下へ降りていった。
 そのあいだ矢島は、どうして由那がこんなに怒っているのか、ずうっと考えていたのだが、結局判らなかった。

 翌日。

「……すっかりご機嫌斜めだな彼女」

 今日の放課後の部活開始直後も、昨日と同じように嫌味を言う由那に困り果てていた矢島に、先輩の赤星がからかうように言ってきた。

「赤星さんからも、あちらさんに何とか言って下さいよぉ。俺、このままじゃ調子でないッスよ」
「何、泣き言ゆってんだよ。そんな弱腰じゃ試合の時、相手チームのヤジにビビっちまうぜ」
「うぐぅ……」

 もっともらしいコトを言われて、矢島は味方のいない現状を呪った。
 しかし赤星の言うとおりであった、と矢島は考えていた。そんなコトで気が散っては、試合など出来るはずもない。今回の件は良い勉強になったと諦めて、シュートに専念することに決めた。
 矢島は何本か、あれほど得意であったハズの3Pライン外からのシュートを試みたのだが、一本も決まらなかった。苛立ちは更に増すばかりで、キレる前に一息入れることに決めた矢島は、体育館外の水飲み場へ行って頭を冷やそうと練習を中断して外へ出た。
 水飲み場には、見覚えのある先客がいた。

「あれ、矢島くん、休憩?」
「うん。郷田さんも?」
「さっき、ランニングから戻ってきて。みんな先に戻っていたでしょ?」
「あ……いや……ゴメン、自分の練習で頭が一杯だったから」

 矢島が済まなそうに言うと、郷田瑞穂はその仕草に面白いモノでも見つけたのか、くすくす笑い出した。
 そんな瑞穂を前に、矢島は困った風な顔をすると、瑞穂はすぐに気付き、笑いをやめた。

「……ゴメンなさい」
「あー、すっかりピエロだ俺」

 何を今さら。

「あー、うるせぇ、どこのどいつだ俺に喧嘩売る奴はっ!――あ?」

 矢島は、突然怒りだした自分の様子を心配そうに見ていた瑞穂に気付いた。

「ご、ごめん、な、なんか、どこからか変な電波が……ち、違うって、冗談だって(笑)最近むかついたことを思い出して、つい…………だから」
「……ぷっ」

 狼狽しながら言い訳する矢島をみて、瑞穂は吹き出した。

「……色々あったから、ね」
「……ま……あ、ね」
「それに、由那のコトで相当参っているんでしょ?」
「…………うん」

 矢島はそう答えると、はぁ、と溜息を吐いた。

「……ねぇ、郷田さん」
「?」

 不意に、矢島に聞かれ、瑞穂はきょとんとした。

「……思い当たるフシ、無い?」
「……思い当たるフシ?」
「うん……由那があんなに怒っている理由」

 それを聞いた途端、瑞穂は呆気にとられた。

(ウソっ?矢島くん、気付いていないのっ?)
「……あれ?どうしたの郷田さん、黙り込んで?」
「……あ……え、ええ、ちょっと驚いちゃって」
「何で?」
「……いや……言えないわよそんなコト……!…………まさかこんな鈍感な人とは思わなかった」
「鈍感?」
「――あ、な、なんでもないの!」

 瑞穂は苦笑いしながら慌てて誤魔化した。もっとも、浩之とあかりの関係に気付かなかった一件を考えれば、今さら驚くことではないのだが。

「……でも、それはそれで困ったわよね」
「何が困ったの?――あ、由那のことか」
「……うん」

 頷いたが、それは由那の問題にではなかった。流石に矢島くんのコトとは言えなかった。

「……うーん。なんかいい方法、無いかなぁ」
「方法?」
「仲直り…………ぢ、ぢゃなくって、あいつが絡んでくるのをやめさせる方法だよ!」

 慌てる矢島を見て、瑞穂はまた、ぷっ、と吹き出した。

「方法……ねぇ」
「なんかいい方法、思い当たる?」
「うーん。あるコトはあるんだけど……」
「え?なになに?」
「え……っと」

 瑞穂は返答に窮した。

(……どうしてこんなコトがわかんないのかなぁ)

 しかし、そんな簡単なことを、瑞穂は口に出来なかった。そして由那をちょっぴり恨めしいとも思った。

「……ん。そうだなぁ、ご機嫌を取る、ッてのはどう?」
「ご機嫌?」
「うん」

 瑞穂は我ながら良い答えを思いついたな、と感心した。

「由那が喜びそうなものをプレゼントして謝るの。それしか無いンじゃない?」
「プレゼント……ねぇ」

 矢島は、ううむ、と唸った。

「……今月、小遣い厳しいんだよなぁ。それに俺、あいつが喜びそうなモノって何か、判らないし…………って、あ、そうだ!」
「?」

 きょとんとする瑞穂に、矢島は両手を合わせて頭を下げる。

「郷田さん、由那の友達でしょ?だからあいつの最近の好みはだいたい判ってるはずだから、今度の土曜、プレゼントの買い物に付き合ってくれない?」
「え――――」

 買い物に付き合ってくれ。あのあこがれの矢島から、そんな言葉がでるとは。
 しかも自分に。
 瑞穂は驚いたが、直ぐに落胆した。

「……う、うん。いいよ」

 瑞穂は少しぎこちない笑みを浮かべて頷いた。

             つづく
http://www.kt.rim.or.jp/~arm/