ToHeart if「Alive」第9話(最終回)  投稿者:ARM


【警告】
○このSSはPC版&PS版『ToHeart』(Leaf・AQUAPLUS製品)の世界及びキャラクターを混在して使用しています。
○このSSはPC版&PS版『To Heart』神岸あかりシナリオのネタバレ要素がある話になっており、話の進行上、性描写もある18禁作品となっております。
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 神岸あかりとその父、神岸灯志が不慮の事故で鬼籍に入ってから、一年の歳月が流れた。

 二人の一回忌の日の午後、浩之は独りで二人の墓参りにやってきた。
 不思議と浩之は、ひかりと一緒に来ようとする頭はなかった。ひかりはひかりで今も料理学校の先生を務め忙しく、無理に付き合わせる必要もなかったが、それ以上に二人してここへ揃ってやって来るのは少し気恥ずかしかったこともあった。澄み渡る初夏の青空は、霊園内の坂を上る浩之に汗を噴かせていた。
 まもなく神岸家の墓に着いた浩之はそこで、あかりの墓の前に立つ意外な人物の姿を見つけた。

「……志保。お前、いつ東京に戻ってきたんだ?」
「今朝の新幹線で。学校があるからね、夕方にとんぼ返りするつもりよ」

 長岡志保。今年の冬、両親の仕事の都合で広島のほうへ転校していった、神岸あかりの親友である。
 志保は、浩之に告白したあの日以来、ほとんど浩之を避けていた。そしていきなりの転校で、結局あの件のコトでひとつも進展のないまま、喧嘩別れのような形でそれっきりになってしまった。
 恐らく志保が飾ってくれたのであろう、あかりの墓は綺麗に磨かれ、たくさんの菊の花が添えられていた。

「……そっかぁ。…………済まないな」
「また、謝るのあんた?」
「え…………」

 パシン。晴天に、平手打ちの乾いた音が鳴る。

「あン時も言ったでしょ?あんたが謝らなきゃならないのは、あかりだけだって」

 そういうと、志保は呆然とした面持ちで赤くなった頬に手を当てている浩之の横をすり抜けていった。
 平手打ちされた浩之は、しかし志保に昔のようには言えなくなっていた。こういう大人の成りかたもあるのだ、と浩之は志保の背を見送りながらそう思った。

 浩之が志保の姿を見たのは、それが最後となった。


 最終幕  Alive.


 夏。
 今年の夏は例年以上に暑さが厳しく、日射病で年寄りを中心に何人もの死者を出していた。たった一人の住まいとなった神岸家の庭に水撒きをしていたひかりは、玄関のほうでチャイムが鳴ったコトに気付き、慌てて外から玄関へ向かった。

「――浩之ちゃん」
「いい加減、ちゃん付けはやめてよ、ひかりさん」

 浩之は苦笑して、手に提げていた大きなスイカをひかりに見せた。

「予備校の帰りに、駅前の八百屋で売っててね。安かったから、ひかりさんにもどうかと」
「ありがとう。じゃあ、直ぐ冷やそうね。あ、庭のほうへ回って。水で冷やそう」
「うん」

 浩之は外から庭のほうへ向かった。ひかりは一端家の中に入り、物置に仕舞って置いた大きな金物バケツを持ってきた。浩之の買ってきたスイカは簡単に収まるサイズである。
 ひかりはバケツに、ホースで引いてきた水を半分ほど注ぐと、浩之はその中にスイカを入れた。バケツにはまったスイカは、少し水を外に押しやってから、ぷかり、と浮いた。

「一時間ほどで冷えるかな」
「多分ね。…………それよか、ちょっとお願いが」
「……お土産付きだったから、そんなところだと思ったわ。何?」
「……耳掻き」

 少し気恥ずかしそうに言う浩之をみて、ひかりは、ぷっ、と吹き出した。

「酷いなぁ。いや、この間、雅史たちとプールに行って耳ン中に水が入って以来、どーも耳の調子が悪くって、お願いしようかと思ったのになぁ。そんなに可笑しい?」
「うん、可愛いくて」
「ちぇ。なら、いーや」
「ほらほら、スネないスネない。ほら、膝枕して上げるから」
「ほーい」

 耳掻きを持ってきて縁側に腰を下ろしたひかりの膝に、寝そべる浩之は頭を載せる。ひかりは浩之の左耳を覗き込んで、ゆっくりと耳掻きを始めた。

 こんな光景は、初めてではなかった。

 昔、いつか、浩之がもっと子供の頃に、あかりに誘われて家に遊びに来た時、今のように浩之を膝枕して耳掻きをしたコトがあった。ひかりには遠い昔のようだった。もしかするとあの日は、こんな夏の陽射しの強い午後だったかも知れない。
 いつの間に、こんなに大きくなったんだろう。ひかりはしみじみと思った。あの時は、こんなふうになるなんて考えもしなかった。

「…………ん、浩之くん?」

 昔を懐かしんでいたひかりがふと気が付くと、浩之はひかりの膝枕の上ですっかり眠っていた。今年、受験生の浩之は、大学合格のために睡眠時間も減らして勉強しているコトを、ひかりは知っていた。
 遠くで、アブラゼミの鳴く声が聞こえてきた。暑いが、しかしこんな午後も良いかな、とひかりは浩之の顔を覗き込み、その頬に軽くキスした。想い出はこうやってひとつずつ、積み重なっていくのだ。ひかりはそう思うと嬉しくなった。


 翌年。浩之は大学に一発合格した。
 そして四年後、国立大学を卒業し国家公務員試験にも合格した浩之が選んだ道は、消防士であった。
 消防士の道を選んだ理由は、浩之にも良くわかっていなかった。昔読んだ漫画で消防士が様々な局面で人命を救って活躍する話があった記憶がある程度で、特に消防士という職業にこだわるモノはなかった。
 ただ、灯志を越えたい。その一心だった。ひかりは、浩之さえ良く理解出来ていなかった消防士の道を選んだ理由が何となく判り、その志に尊敬の念を抱いた。
 消防士になって二年後、浩之はようやくひかりと結婚した。浩之の母親も、その頃には息子と幼なじみの結婚を心から祝福出来るようになっていた。


 月日は流れた。


 また、暑い夏が近づいてきた。
 汗の吹き出るそんな暑い日の午後、浩之の葬儀が執り行われていた。

 殉職死だった。浩之たちの街に建てられた高層ビルで起きた大規模火災の消火活動中、浩之は同僚の消防士をかばい、バックドラフト(火災現場などでの閉鎖空間で熱などにより膨張した空気に引火して生じた爆発現象)に吹き飛ばされ、病院に着く前に息を引き取った。キャリア組の殉職であったのもあるが、その消火活動中、浩之は何人もの逃げ遅れた人々を救出しており、その活躍に心から敬意を表して本庁からの幹部組が数名、葬儀に参列していた。

 その祭儀場の中、礼服に身を包んだ志保が、あたりを伺い見ながら歩いていた。式場の中を大勢の人が行き交っているのは、浩之の人徳の高さを物語っているモノだった。
 そんな時だった。
 志保は、視界に、懐かしい姿を見つけた。

「……あかりちゃん、だよね」

 志保に呼びかけられた、まだ3、4歳くらいのお下げ髪の可愛らしい幼女が振り返った。それはまさしく、あの神岸あかりの幼児期の姿にそっくりであった。

「……志保、さん?」

 不意に、志保は背後から呼びかけられて驚いた。

「……あ、ママ!」

 あかりは母親の姿を見つけて嬉しそうに志保の横を駆け抜けた。志保が振り返ると、あかりを抱きかかえる藤田ひかりの姿があった。

「……お久しぶりです、ひかりさん」

 志保は、あかりを抱きあげるひかりの姿を見てうらやましそうに微笑んだ。

「……この度は誠に……」
「大丈夫ですよ」

 志保は、あまり落ち込んでいない藤田夫人をみて不思議がった。

「……あの時ほどよりは辛くないから。……だって、あかりが居るし」
「そう……ですか」

 志保は安心したつもりでしかし寂しげに溜息を吐いた。

「……でも、あかり、ですか」
「あの人が、女のコにはそう名付けよう、って」

 ひかりは笑顔で応えた。志保はそんなひかりに何を言えばいいのか正直迷った。
 迷った挙げ句、しかし意外にもすんなり言葉は出た。

「……あかり、生きているんですよね」
「あかりだけじゃないわ。浩之くんも、灯志さんも、みんな生きている」
「……え?」

 きょとんとする志保に、ひかりは自分の胸に手を当てた。

「……わたしたちの中に、ずうっと。…………生きる、ってそう言うコトだから」

 ひかりは満面の笑みを浮かべて答えた。

「…………そう、ですよね」

 志保も笑顔で頷いた。そしてひかりが抱きかかえているあかりに近づき、そのフニフニとした頬を優しく撫でた。

「……あかりちゃん。あなたも、お父さんやお母さんに負けないくらい、いっぱい恋して、いっぱい人を愛して、――そして、いっぱい心にそんな素敵な想い出を残すのよ」

 まだ幼いあかりには、志保が何を言っているのか理解出来なかった。しかし志保の微笑みにつられるかのように、笑顔で、うん、と元気良く答えた。
 志保はそんなあかりの笑顔を見て嬉しくなり、感極まって思わず仰いだ。

 このあかりには、そんな貌を見せたくなかった。それだけだった。


                   了


          テーマBGM 「dis」有坂美香:無限のリヴァイアス主題歌


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