ToHeart if「Alive」第4話  投稿者:ARM


【警告】
○このSSはPC版&PS版『ToHeart』(Leaf・AQUAPLUS製品)の世界及びキャラクターを混在して使用しています。
○このSSはPC版&PS版『To Heart』神岸あかりシナリオのネタバレ要素がある話になっており、話の進行上、性描写もある18禁作品となっております。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「……どういうコトなのよ、それ?」

 何故、ここに志保が居るのだろうか。クラブハウスから出てきた浩之とひかりの姿を見つけた志保が、信じられないものを見るような目で二人を見つめていた。

「い、いや、これは…………」
「なんであんた、あかりのお母さんとこんなところで一緒にいるのよ?――まさかあんた――」
「ち、違うのよ、志保!」

 慌ててひかりが前に出てきた。

「志保、これには色々ワケがあって……!」
「おばさん…………?」

 狼狽するひかりが、浩之をかばって割って入ってきた。志保はそんなひかりに戸惑ってしまう。

「違うのよ、違うの――浩之ちゃん」
「ダメだ、志保に言うのはマズイ」
「な――何よ、あたしに隠し立てする気?」
「そうじゃないのよ!」

 険悪なムードになりつつあった志保に、ひかりは怒鳴って言い聞かせた。

「志保――あたしなの、あかりなの」
「こ、こらっ!」
「え――――?」

 困却する浩之の目の前で、志保はひかりの突然の告白に呆気にとられてしまった。
 しかしやがて、志保の顔は見る見るうちに豹変し、まるで親の敵でも見ているような怒りの相を露わにした。

「…………おばさん。酷すぎるよ」
「志保……?」
「――――世の中には、やっちゃいけないコトがあるんだって、大人なんだから判るでしょうにっ!――あんた、何様のつもりよっ!」

 ここまで酷く怒った志保を、浩之は見たコトもなかった。恐らくは、ひかりの中にいるあかりも。
 大切な親友の尊厳を汚した。志保はこういうコトに激しく怒りを剥き出しにする少女なのだ。

「志保っ!お前言い過ぎだぞ!」
「ヒロもヒロよっ、なに、こんな不潔な女の味方して!――あんた、あかりを愛していたんじゃないの!」
「――――」

 浩之は思わず声を詰まらせた。志保があまりにも感情的になりすぎて、いくら言っても聞いてくれそうになかった。浩之は志保を平手打ちして、とにかくこの場の流れを何とかしようと前に出た。

「……ごめん、志保」

 俯くひかりの口から漏れたその言葉に、浩之の歩みが止まり、そして興奮していた志保を、はっ、とさせた。

「……とても信じて、なんて言えないね、やっぱり。…………わたしだって、なんでこんなコトになっちゃったのか判らないんだもん…………本当、なんでこんなコトに……なんでわたしがこんな目に……」

 自嘲気味に笑うひかりは、涙を浮かべていた。そして志保に、そのやりきれなさを詫びながら伝えた。

「……………………嘘」

 それを見ていた志保は、いつのまにかひかりがあかりに見えるようになっていた。

「…………本当に…………あかり……なの?」

 ひかりは、こくん、と頷いた。

 しばしの静寂。

「……本当に?……本当に、あか…………り……なの?」

 もう一度、ひかりは頷いた。いつの間にか、あれほど怒りに満ちあふれていたその顔が嘘のように、頷くひかりを見つめる志保は、止めどなくあふれる涙と、満面の笑みを浮かべていた。

「あ――あかりっ!」

 志保は堪えきれず、ひかりに飛びつくように抱きつき、わあわあと大声で泣き始めた。ひかりも志保の泣き声に負けないくらい泣きながら志保を抱きしめた。
 浩之はそんな二人を見て、やりきれない想いを浮かべた顔を、星が瞬き始めた空へ向けた。


 第4幕 疑惑


 その日の夜。志保と浩之は、神岸家に居た。ひかりが、一緒に夕食を摂ろうと提案したのである。二人は断る理由はなかった。

「久しぶりよねぇ、あかりの手料理が食べられるのは」

 啼いたカラスがもう笑った、とばかりに、志保はすっかり機嫌を良くしてテーブルに着いていた。

「志保、お前は手伝わなくっていいのかよ?」
「うっさいわねぇ。あかりはあたしを散々悲しませたんだから、それくらいの詫びはしてくれないとダメなの。つまりこれは罰ゲーム」
「なんだよ罰ゲームって(笑)」
「うざったいコトゆわないの」
「おまえなぁ」
「あによぉ」

 いつもの調子で睨み合う志保と浩之。そこへ、二人のそんな様子に呆れているひかりが、香ばしい匂いを放つ小降りのフライパンを持ってやってきた。

「二人とも、いい加減にしなよぉ。ほら、出来たわよ」

 睨み合っていた二人だったが、ゆっくりと流れてきたその美味しそうな香りを嗅いだ途端、申し合わせたようにひかりのほうへ、締まりのない笑顔を向けた。

「お、来た来た」
「まってたわよーん」
「……あんたたち(笑)」

 あまりにも現金な二人に、ひかりは苦笑した。

 ささやかな晩餐が始まった。黙々と喰う浩之に、志保は食事もとらず、このしばらく学校であった出来事や聞いた噂をいつものようにベラベラひかりにしゃべり続ける。一ヶ月前までは、生身のあかりとこんなふうに過ごすときはいくらでもあった。二度とないと諦めていたこんなひとときに、志保はブレーキが効かなくなってしまったようである。最初は圧倒されていたひかりも、そんな志保の気持ちに気付いて、うんうん、と積極的に話を聞き、浩之も逢えて口を挟もうとはしなかった。
 やがて志保はのどが渇いたらしく、料理と一緒に出されたグレープフルーツジュースを口にすると、ようやく食事に手を着け始めた。
 ひかりが用意したものは、退院してきたばかりで大した食材が無く、途中寄ったコンビニで買ってきた卵料理が中心だった。カニ缶を使ったカニ玉をメインに、海苔をとじた出汁巻き、ひじき煮に溶き卵を落としたなめこのみそ汁。見事に卵づくしだが、料理学校の先生を務めている母親譲りのその腕は、素材など問わなかった。

「上手い巧い美味いぃぃぃっ!」
「ベラベラしゃべっていなけりゃ、もっと美味かったぞ」
「うっさいわねっ!」
「わっ、こら、口にモノ入れたまましゃべるなっ!」
「べーっ、だぁっ!」

 志保は浩之にあかんべえして、出汁巻きを摘んで口の中に放り入れた。

「――――――っ」

 次の瞬間、志保の顔が凍り付いた。

「……?どうした、志保」
「…………舌噛んだ」
「ばーか」

 そんな二人のやりとりを見て、ひかりはクスクス嬉しそうに笑っていた。


「ごっそさまー」

 帰宅する浩之と志保は、玄関で見送るひかりに手を振った。

「あかり」
「?」
「……一人で大丈夫か?」

 浩之が心配そうに聞くと、ひかりは一瞬声を詰まらせ、ううん、と微笑む面を横に振った。

「……そっか。わかった。でももし、なんかあったら夜中でも遠慮なく電話してこい」
「……ありがとう、浩之ちゃん」
「ほら、ヒロ!か弱い女のコをさっさと送る送る」
「誰がか弱い女のコじゃ」
「うっさいわねっ!ほらほら、帰ろ帰ろ」

 志保はひかりに手を振りながら浩之を引っ張っていった。
 時刻は8時をまわっていた。志保はひかりの家で夕食を摂ってから帰ると家に連絡済みであり、浩之は駅まで志保を送るコトを約束していた。
 道中、志保は何故か黙り込んでいた。浩之は夕食の時に散々しゃべりまくった所為で疲れているものだと独り合点した。
 だか。

「……ヒロ」

 駅まであと少しと言うところで、不意に、志保が声をかけてきた。その声に気付くと、浩之は今まで並んで歩いていた志保が隣から居なくなっているコトに気付いた。
 声は背後から聞こえていた。振り向くとそこには、俯いて佇む志保が居た。

「……なんだよ、食い過ぎで気分が悪くなったのか?」

 浩之は意地悪そうに笑って訊いたが、志保は浩之の挑発に乗らず、首を横に振った。

「……あんた」
「……なんだよ」

 流石に、いつもと様子が違う志保に、浩之は心配し始めた。

「……気付いていないの?」
「……何を?」

 聞き返すと、志保は、はぁ、と溜息を吐き、

「変なの」
「お前が、か?」

 浩之は意地悪するが、志保はそれに応えようとはしなかった。

「……だって……違うんだよ」
「?」
「……さっきの出汁巻き」
「?」
「――あれ、あかりが作ったモノじゃない」
「???」

 浩之は志保が何をいわんとしているのかさっぱり理解出来なかった。

「――あたし、あかりの弁当に入れてくる卵焼きを良く横取りしていたんだけど、あかり、出汁巻きみたいな厚焼き卵焼きはお母さんのように美味く作れない、っていつも洩らしていた。多分、あかりのお母さんにしか知らない隠し味みたいなのがあるんだと思う」
「――――おい」

 志保がそこまで言うと、浩之の顔が困惑の相を露わにした。

「…………さっき出た出汁巻き」
「だから、おい」
「――――あれは、あかりのお母さんが作った味だった」
「――――」

 プワァァァァァッ!浩之と志保が立ちつくす歩道の脇にある道路を、トラックがクラクションを鳴らして走り抜けた。大通りを結ぶこの道路は抜け道として使われているため、昼間より夜間のほうが交通量が多く、慄然とする浩之と志保の顔を、車の波のサーチライトが幾重にも舐めていった。志保も浩之も、瞬きを忘れて互いの顔を見つめ合っていた。

「…………バカ言うなよ」
「マジよ」
「…………それは気のせいだ。――そんなわけねぇだろっ!」

 浩之は思わず怒鳴ってしまった。そして見る見るうちに顔を青ざめ、酸素不足のように息を荒げた。

「ヒロ…………!?」

 志保はそんな浩之の様子に困惑した。

「――――あいつはあかりだ。――あかりは死んじゃいないっ!」

 パァァァァァァッ!浩之をみていた志保の目に、サーチライトの光が飛び込み、志保は眩んでしまう。

「――ヒロっ?!」

 志保が再び視界を取り戻した時、最初に見えたのは今まで歩いていた道を駆け戻っていく浩之の背であった。

「――――――っ」

 志保はそんな浩之を追い掛けることが出来なかった。
 志保は判ってしまった。
 浩之の、心の危うさを。そのコトに気付けば、こんなコトをうかつに口にするハズはなかった。

「…………バカぁ…………バカぁっ!」

 志保はその場にへたり込み、泣き崩れた。その無力過ぎる叱咤は、果たして誰に向けられたものか。


 ピンポーン。浩之たちを見送り、寂しい気持ちで後かたづけをしていたひかりは、後で寝る前に、浩之に電話しようと思っていたそんな時、いきなり玄関のチャイムが鳴った。
 こんな夜に誰が訪れてきたのだろう。ひかりは不安がったが、チャイムはもう一度鳴ったので、恐る恐る玄関に向かった。

「……浩之ちゃん?」

 玄関の戸を開けると、そこには浩之が佇んでいた。

「…………あかり」
「浩之ちゃん……早かったけど、志保は駅まで送っていったの?」
「ああ」

 浩之はぶっきらぼうに応え、

「……ちょっと話がある。いいか?」
「う……ううん」

 ひかりはそこでようやく、浩之の雰囲気が少しおかしいコトに気付いた。何となく、殺気立っているようなのである。

「ここじゃなんだし、居間に」

 ひかりは浩之を上げ入れた。
 浩之が居間のソファに着くと、ひかりはコップに水を入れて持ってきた。

「……喉、乾いていない?」
「すまねぇ」

 浩之はコップを受け取ると、一気にそれを煽った。息づかいと汗の量から、どうやら駅からここまで走ってきたらしい。浩之は水を飲み干すと、ふぅ、と大きく溜息を吐いた。

「……で、話って、何?」

 ひかりが訊くと浩之は、俯くと言うより、慌てて下を見たような動きでテーブルを見つめ、そして困惑するひかりのほうへ面を向けた。

「もう一度、訊きたい」
「?」
「…………あの日のコトだ」
「あの……日?」
「俺とエッチした日」

 ひかりは顔を赤らめた。

「う……ううん。…………いいよ」
「あの朝、お前は俺に言ったよな、ずうっと一緒だって」

 ひかりはためらいがちに頷いた。

「――その後だ」
「?」
「――その後、お前は笑った」
「………………」

「何が可笑しかったんだっけ?」

 ひかりの顔が青ざめた。

「…………俺は覚えて居るぞ。あまりにもお前らしい理由だったからな、呆れて今も忘れられねぇ」

 ひかりは無言のままだった。

「…………どうしたんだ?…………どうして答えられないんだ?」

 問う浩之の口調には、怒気が孕んでいた。

「…………どうして」
「?」
「…………どうしてそんなコト訊くの、浩之ちゃん?」

 ひかりは今にも泣き出しそうな顔で浩之を見つめていた。

「…………あたし…………あかりだよ…………浩之ちゃんの幼なじみのあかりだよ…………浩之ちゃんが一番大好きなあかりだよ………………どうして信じてくれないの?」

 浩之は胸が痛んだ。

 こんなあかりの顔を、また俺は見てしまったのか。二度とお前を泣かせないと誓ったんじゃないのか?

 ――でも。

「…………いいから、答えてくれ。…………答えてくれなければ……俺だって…………!」

 ひかりはそこで、浩之が決して自分に意地悪しているのではなく、迷っているコトに気付いた。今、ここで浩之に答えてやらなければ、浩之の迷いは晴れるコトはないだろう。
 それだけはイヤだった。誤解されたままでは、いつか浩之は自分の元から離れていってしまうだろう。
 ひかりは意を決して、立ち上がって答えた。

「…………笑ったのはね、浩之ちゃんの寝顔が可愛かったからだよ」

 浩之はひかりの返答を耳にした時、何かが失われた気がした。
 ひかりはそんな浩之をみて、戸惑った。浩之は寒気でも覚えているように唇を震わせ、俯いて黙り込んでいた。

「…………浩之ちゃん?」
「…………ありがとう、やっと判った」

 感情のない浩之の返答に、ひかりは安心しつつ、不安を拭いきれなかった。

「…………………………やっぱりあなたは、ひかりおばさんだ」

                  つづく