ToHeart if「Alive」第3話  投稿者:ARM


【警告】
○このSSはPC版&PS版『ToHeart』(Leaf・AQUAPLUS製品)の世界及びキャラクターを混在して使用しています。
○このSSはPC版&PS版『To Heart』神岸あかりシナリオのネタバレ要素がある話になっており、話の進行上、性描写もある18禁作品となっております。
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 神岸あかりとその父親、灯志の葬儀が執り行われたのは、事故があってから三日後のことであった。灯志は幼いうちに両親を失い、親族もほとんど居ないため、浩之の両親が中心に、ひかりの親族と一緒に執り行った。喪主はひかりの実家である浅見家がひかりに代わって勤めた。

「……浩之ちゃん」

 浩之は葬儀の始めの頃に顔を出した後、ひかりの病室に向かった。浩之が病室に到着すると、ベットの上でひかりが横たわっていたが、浩之の顔を見ると安心したような顔で起きあがった。

「……浩之ちゃん」
「葬式のほうはとりあえずお袋たちに任せた」
「そう……」

 ひかりは物憂げに俯いた。

「…………ごめんなさい」
「……いいんだって」

 謝るひかりに、しかし浩之も落ち込んだ顔を俯けていた。

「……結局、俺にもどうするコトが出来なかったんだ」
「……これでもう、わたし元に戻れなくなっちゃったんだね」
「――――」

 浩之は歯噛みした。

「これでずうっと、わたし、お母さんの身体を借りて生きなきゃいけないんだ…………」
「……いうなよ」

 捨て鉢な口調のひかりに、浩之は俯いたまま苛立った。ひかりは浩之が苛立っているコトに気付き、ひかりは身を竦めた。

「……ゴメン。………………でも」
「でも?」
「……あたし……これからどうすればいいの?…………色々あり過ぎて、わたしにも判らなくなっちゃったよ……」
「………………」

 ようやく浩之は顔を上げた。

「……生きればいいんだよ。そのまま」
「でも――」

 顔を上げた浩之はそこでようやく、ひかりが泣いていたコトに気付いた。

「……お父さんも死んじゃった…………もしかするとお母さんもわたしの身代わりで死んじゃったのかもしれない――わたしも死んだコトになっちゃったんだよ。わたし――このままひとりぼっちに――――!」

 次の瞬間、駆け出していた浩之が泣き崩れようとしていたひかりを抱きしめていていた。

「浩之……ちゃん…………」
「お前には俺がいるぞ、”あかり”。……ずうっと俺がそばに居てやる」
「…………うん」

 ひかり――いや、ひかりの身体に入り込んでしまったあかりは、浩之の温もりの中で、泣き濡れた頬を嬉しそうに赤らめた。


 第3幕 当惑


 ひかりの傷は、あの酷い事故から生還できたものにしてはかなり軽度であった。やはりシートベルトをひとりだけ装着していたその用心深さが幸いしたのであった。3週間ほどの入院の後、ひかりは退院する運びとなった。
 退院するまでの間、ひかりを甲斐甲斐しく世話をしたのは浩之であった。本来は浩之の母親がひかりの母親と一緒に世話をするコトになっていたのだが、浩之の両親が担当している来栖川電工製メイドロボの中枢回路に問題があるコトが判明し、二人してまた修羅場状態に陥ってしまったためである。
 だが、浩之の母親は、浩之がその代理を務めるコトを、あまり快く思わなかった。

「でもさ、ひかりおばさんのお母さん、って今年65歳なんでしょ?あんまり無理させちゃ拙いよ」

 久しぶりに家に帰ってきた母親と一緒に朝食を摂る浩之は、間近に迫る登校限界時刻に焦りつつ、母親に答えて見せた。

「……だけどね、浩之。浅見のおじさまも、色々気遣ってくれているし……」
「俺のほうが時間に融通が利くよ」
「そういうコトじゃないのよ」

 浩之の母親は少し困ったふうな顔をして溜息を吐いた。

「……浩之」
「なに?」
「…………あんた、まさか、ひかりのコトを」

 戸惑い気味に訊く母親に、浩之は箸を止めてにらみ返した。

「……んなワケないだろ。バカバカしい」
「でも…………」
「……違うんだよ」

 そう答えて少し俯く浩之に、浩之の母親は当惑した。

「…………あれは、一時的な記憶の混乱が原因なんだ。家族を一片に失ったんだ、そのショックである種の現実逃避で、自分があかりだと思いこんでいるだけなんだよ」
「……思い込み?」
「だから、さ。俺はひかりおばさんが落ち着くまで、その現実逃避に付き合ってやるつもりだ。無論、変な意味や下心なんて無い――だいたい、俺だって、あかりが本当に死んだとは認めたくないんだよ」
「浩之…………」

 哀しげに浩之を見つめる浩之の母親に、浩之は顔を上げて、うっすらと微笑んで見せた。

「…………ひかりおばさんが立ち直ってくれたら、その時は、俺もあかりのコトから立ち直れるかもしれない。……そう、思えるんだ」
「………………わかったわ」

 浩之の母親は、自分の息子が思っていたより大人だと判ってホッとした。


「寒くないか?」
「え?あ、う、うん……」

 少し曇り空の昼下がり、病院の中庭に浩之と一緒に歩いていたひかりは、何か考え事をしていたらしく、いきなり浩之に訊かれて当惑した。

「……ちょっと疲れちゃった。そこのベンチに座らない?」
「ああ」

 浩之が頷くと、二人は向かいにあったベンチに並んで腰を下ろした。
 二人はしばし黙り込んでいた。

「……何、考えていたんだ?」
「……もしかして浩之ちゃんに迷惑かけていないかな、って」
「気にするな」

 浩之は、ひかりを前に、あかりに接するようなぞんざいな口調で答えた。

「好きでやっているんだ。それに俺は、あかりに結構世話になったからな、これくらいの恩は当然だと思ってくれて良いさ」
「……ありがとう」

 ひかりはそういうと、ゆっくりと頭を傾け、浩之の肩にもたれかけた。浩之はそれを拒絶することなく、放っていた。そんな浩之に、ひかりは少し頬を赤らめ、嬉しそうに微笑んだ。

 やがてひかりは退院した。

 ひかりは――ひかりの顔をしたあかりは、久しぶりの我が家に戻ってきて、ホッとする反面、その一方で、閑散とした寒い色に染まった室内を見て、ホロリ、となった。

 居間のソファには、仕事で長期の旅行から帰ってきた父親が腰を下ろし、好きでよく飲むほうじ茶を堪能する父の姿が。
 キッチンでは、久しぶりに帰ってきた父親に、自慢の手料理を用意する母親の姿が。
 そして、そんな二人に、学校から帰ってきて、おかえりなさい、というあかりの姿が。

 すべては、過去の幻影。二度と戻れぬ、彼の時。

「あかり、この荷物は……」

 ひかりの退院に付き合っていた浩之は、居間を覗き込んだ時、テーブルに突っ伏して泣き崩れているひかりを見つけて驚いた。

「……どうした、あかり?」

 浩之が優しく声をかけると、ひかりは浩之のほうへゆっくりと振り向いた。

「……もう、お父さんもお母さんも……あたしも…………ここには居ないのね」
「…………」

 浩之は何も言えなかった。ただ、嘆き続けるひかりを、見つめているだけしかなかった。
 やがて泣き止んだひかりは、力無くゆっくりと立ち上がり、浩之に御免なさい、と頭を下げた。そして近づいてきた浩之の胸にその下げた頭を当てると、また泣き出した。浩之はひかりが泣き飽きるまで付き合うつもりだった。今の自分には、そんなコトぐらいしかできなかった。

   *   *   *   *   *   *

「ヒロ、ちょっといい?」

 昼休み、浩之がひとりで学食へ向かうのを認めた志保が声をかけてきた。

「俺、さっさと昼飯にありつけたいんだが。朝飯抜きなんだよ」
「じゃあ、あたしも付き合う」
「勝手にしろ」

 志保はさっさと進む浩之の後をついて行き、学食のテーブルに向かい合わせに座った。

「なんだよ?」
「あんた、ずうっとあかりのお母さんが入院中、付きっきりだったそうじゃない」
「どこで聞いたんだよ、そんなコト…………ああ、そうだよ悪いか」

 ぞんざいに答える浩之に、志保は絶句して見せた。

「……あんたねぇ。あかりに死なれたショックは判らないでもないけど、そのコトで色々いわれてるのよ――」
「なんだよ――相変わらず俗っぽいコトばかり嗅ぎ付けているな」
「ヒロ、あんた呑気な――」
「バーカ。ひかりおばさんは俺とは親子ほども離れてんだぜ。ひかりおばさんには昔から色々お世話になって居るんだ。あんなコトになって一番辛いのは、ひかりおばさんなんだぜ。――誰かが力になってやらなきゃならないんだ」
「でも――」
「いつまでもうざったいコト言ってンじゃねぇよ。俺はさっさと飯くって、野暮用済まさなきゃ行けないんだ、もうほっといてくれ」

 煙たがられた志保はそこでキレてぎゃあぎゃあがなり立てるが、浩之はそれを無視して学食ランチを食べ続けた。


 その日の放課後。
 下校する生徒の流れに逆らって、登校してきた人物が居た。
 ひかりであった。ひかりはおずおずとながら校門をくぐり抜け、人気の少なくなった校庭に入った。
 そして、クラブハウスのほうを見ると、その入り口にいた浩之を見つけ、慌てて駆け寄った。

「遅れてゴメン」
「なぁに、大した時間じゃないって。――来栖川先輩が待っている」
「う、うん」

 ひかりはきょろきょろしながら、浩之についてクラブハウスの中へ入って行った。
 行き先は、オカルト研究会部室であった。浩之がひかりをつれて部室の扉を潜ると、中で芹香が黒魔術の正装をして待っていた。

「先輩、わざわざありがとう……え、わたしも話を聞いて興味がありました?……直ぐ取りかかるので、その席に座って下さい?――ああ。あかり、じゃあ座って」
「う、うん」

 ひかりは浩之に促され、床に魔法陣が描かれた部室室内の中央に於かれていたパイプ椅子に腰を下ろした。
 すると芹香は腰に下げていた革袋の中から二本の赤いろうそくを取り出し、ひかりが座る椅子にむかって、魔法陣の右側と左側に火を灯さずそのまま置いた。そして一度深呼吸して、ゆっくりと呪文の詠唱を始めた。

「…………っ!」

 詠唱は五分ほど続いた。そして緊張するひかりの目の前で、左側のろうそくが火の気もなくいきなり火が灯ったのである。

「……ひとつだけ」

 浩之はがっかりしたようにそう呟いた。

「……やっぱり、ひかりおばさんの身体の中には、魂は一人分しか入っていないのか」

 芹香は残念そうに、こくん、と頷いた。この儀式は、浩之が芹香にお願いして、ひかりの中にいる魂の数を調べたものであった。

「…………やっぱり」

 ひかりは唇を噛み、

「…………お母さんの魂も、わたしと一緒にこの中にいるモンだと思ったのに…………やっぱり……お母さん、わたしの身代わりに…………あ」

 しょげるひかりの頭を、芹香が哀しげな顔で撫でた。慰めているのだ。

「……来栖川先輩、ありがとう」

 浩之はそんなひかりを見て、はぁ、とやりきれなさそうに溜息を吐いた。

 しばらく芹香と話し込んだ後、浩之はひかりと一緒にクラブハウスを出た。外は既に陽が落ちていた。

「……あかり。あまり落ち込むなよ」
「……うん」

 ひかりは頷くと、先に歩いていた浩之の手を後ろから握った。

「…………浩之ちゃん。色々迷惑かけてゴメン」
「だから気にするなって――――あ」

 突然、浩之が立ち止まった。ひかりも驚いて立ち止まり、そして浩之が進行方向を向いて驚いているコトに気付いた。

「…………ヒロ。…………あんた」

 そこには、自分たちを見て困惑する志保が立っていた。

「……どういうコトなのよ、それ?」
「い、いや、これは…………」
「なんであんた、あかりのお母さんとこんなところで一緒にいるのよ?――まさかあんた――」
「ち、違うのよ、志保!」

 慌ててひかりが前に出てきた。

「志保、これには色々ワケがあって……!」
「おばさん…………?」

 狼狽するひかりが、浩之をかばって割って入ってきた。志保はそんなひかりに戸惑ってしまう。

「違うのよ、違うの――浩之ちゃん」
「ダメだ、志保に言うのはマズイ」
「な――何よ、あたしに隠し立てする気?」
「そうじゃないのよ!」

 険悪なムードになりつつあった志保に、ひかりは怒鳴って言い聞かせた。

「志保――あたしなの、あかりなの」
「こ、こらっ!」
「え――――?」

 困却する浩之の目の前で、志保はひかりの突然の告白に呆気にとられてしまった。

                  つづく
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