やさしいひと、って、どんなんだろう? ひろゆきくんたちにおいてきぼりにされたのに、ゆるしてあげたあかりちゃんのようなひとなのかな? あかりちゃんをおいてきぼりにしちゃったことがいけないことだと、ひとりだけむかえにいってあやまったひろゆきくんのようなひとなのかな? いつか来る別れのために、まわりを拒絶して情を残さない少女のようなものかな? 制御できないチカラをおそれ、人を遠ざける少女のようなものかな? みんなが幸せになって欲しいという一心で、面倒なことを押しつけられても喜んで引き受ける少女のようなものかな? それとも、自分に優しい人たちが不幸になるのは、全部自分に責任があると思う人のようなものかな? 「……浩之」 「ん?なんだ?」 「やさしいひと、って、どんな人のコトを言うんだろうな?」 「…………わかんねぇ」 「なんで?」 「だってさ。――――やさしさ、って自然に出るもんだしな?それに、偽善者と呼ばれるヤツだって、人に優しくしてやるコトには変わりないんだし」 「……じゃあ」 「?」 「そのひとが、本当は知っていなければならないのに気付いていない、あるいは、気付きたくないコトをわざわざ言ってあげるのって、優しいことなのかな?」 「…………うーん。時と場合によって、かなぁ」 「時と場合?」 「ほら、さ。知らぬが仏、っていうじゃないか。なにも人間は神様じゃないんだから、全部知っている必要はないんだし」 「でも、さ」 「なんだよ、変にこだわるなぁ」 「…………でも。本人が目を背けているコトを知るコトで、その人が救われる場合があると思うんだ」 「しかしそれは本人からしてみれば余計なお世話だととられちまう場合もあるぜ」 「…………うん。へたすると、お互いが傷付くかもしれないね」 「だからさ、そんな時はよぉく考えて言うんだよ」 「そうだよね。………………でもさ。何でもかんでも自分を犠牲にするようなひとを、浩之は放っておける?」 「…………なんだよ?」 「ほらさ、保科さんとか姫川さんとか」 「………………ちぃ。お前ねぇ?」 「あの二人は、浩之がやさしかったから救われたんだよな」 「何が言いたいんだよ(苦笑)。……ああ、そうだよ、余計なお節介と言われながらも俺はあの二人を放っておけませんでした、言ってることとやってることが違ってごめんなさい。満足したかこの野郎」 「いや、さ。……あの話をあかりちゃんから聞いた時、浩之って相変わらずやさしいな、って思ったんだ。昔かくれんぼであかりちゃんを置き去りにした時も最初に謝りに行ったし」 「……お前なぁ、あんましその話、蒸し返さないでくれよ……」 「照れてる」 「まーさーしーぃ、お前、俺をからかって何が楽しい?くそっ、ニタニタ笑いやがって」 「別に格好悪いコトじゃないよ。……やっぱり、相手のためになるのだから、傷付くかも知れないけど、教えて上げないよね。――――浩之、手、洗った?」 「なんだよ、いきなりやぶからぼうに。いくら赤ん坊の近くに行くからってそこまで神経質にならなくたっていいだろう?」 「うーん、そうじゃなくって」 「だからなんだよ?」 「社会の窓からシャツがはみ出ている」 「――そう言うコトは早く言えっ!!」 31.最終章 月は、太陽に = 雅史 = 「今にも泣き出しそうな天気になっちゃったね」 あかりは千絵美の病室の窓から、西から雲を吐き出している空を見て困ったふうに言った。 「姉さん、やっぱりタクシー使おうよ」 「大丈夫よ、ここからなら電車で一本だから。――浩之君、大丈夫?重くない?」 赤ん坊を抱きかかえてあやしていた千絵美は、パンパンに膨れているスポーツバックを持ち上げようとしている浩之に聞いた。 「これくらい、大丈夫ですよ――あれ?なんか落ちたぞ」 浩之がスポーツバックを持ち上げたとき、その裏に今まで張り付いていたと思しき紙切れが床に落ちたことに気付いた。 「あ、僕がとるよ」 そう言って雅史は床に落ちた紙切れを取り上げた。 厚手のそれは、写真であった。そして雅史はその写真を見て、思わず吹き出した。 「――――姉さん!まだこんな写真持ってたの?!」 「……あ、やっばぁ、みつかったぁ」 「?なんだいそりゃ…………げっ?!」 雅史の横から写真を覗き込んだ浩之は、そこにエプロン姿の可愛らしい女の子の笑顔が写っているコトに気付いた。 数秒後、浩之はその女の子の正体に気付き、思わずむせびだした。 「――――ま、雅史っ!なんて格好をしているんだっ!げほげほっ!」 「ふ、不可抗力だっ!好き好んで着ているんじゃないんだっ!」 「あー、これ、小学生の時のお雛様で女装させられたときのですよね」 浩之の後ろから写真を覗き込んだあかりは、その写真に見覚えがあったらしい。 「なんで知ってンだ、お前?」 「だってあたしも千絵美さんと一緒に着せて上げたんだもん」 「…………思い出した。あの時、あかりちゃんも嬉しそうに姉さんの手伝いしていたっけ……しくしく」 「おいおい、泣くこたぁないだろう雅史(笑)」 「雅史、って本当女装が似合う可愛い子だったわねぇ。今もメイドさんの服なんか似合うんじゃない?」 「やーめーてーねーえーさーんーっ(泣)」 「……いや、ちょっと危険な想像をしちゃった。……マジで似合うかもしれん。よしあかり、雅史と制服を交換しろ」 「やーめーてーひーろーゆーきーぃ(泣)」 本気で嫌がっている雅史を見て、苦笑するあかりは思わず、うん、とか言いそうになっていた自分を心の中で叱っていた。 「……姉さん、この写真持っていると言うことは?」 「はーい、入院は暇だったモンだから、他にも撮った写真を看護婦さんや他の患者さんに見せびらかせていました、うふっ」 「鬼、サディスト、鬼畜、月島兄、人として最低教信者」 「いーじゃん別に、減るモンじゃないし」 「絶対減るっ!」 本気で怒鳴る雅史を見て、3人は一斉に笑い出す。あかりまで笑いだしたコトがショックだったらしく、雅史は堪らずその場から逃げ出そうとしたが、浩之に首根っこを掴まれて逃走を阻止された。 「ったって、昔の写真だろ?女の子の衣装が似合うかも、ってのは否定できないけど、充分お前は男らしいって」 「そうよ、雅史」 「二人が言っても説得力がない」 「なぁにスネてんのよ。……でもさぁ、ここ暫くの間に雅史、いい男になってきたじゃない?」 「…………?」 きょとんとする雅史に、千絵美は、ふふっ、と笑みをこぼし、 「なんかさぁ、雰囲気が違うのよ。――前はさ、この写真みたいに可愛らしい子って印象があったんだけど、なんか急に逞しくなって」 「ふふ、言われてみればそうよね」 あかりもどこか嬉しそうに笑った。 「色々あったもんなぁ」 浩之はしみじみと言い、 「男として色々考えさせられることがあったからな。散々ケツを叩いた甲斐があったってワケですよ」 「色々?」 千絵美が浩之の言葉に興味を示した。 「なに、なに、教えてよ」 「姉さん、何でも無いったら」 雅史は困った顔をした。それを言うことはゆえの災難を語るコトでもあるからだ。 「なによ。雅史、あたしはあんたのおしめも換えたコトがあるのよ。いわばお母さんも同然。何があったか正直に言いなさい」 「男になったんだモンなぁ」 浩之がニヤリといやらしそうに言った途端、千絵美の身体が硬直した。 「――雅史、相手は誰?」 「わーっ!!浩之、誤解を招くようなコトゆうなっ!」 「えーと、三年の橋本先輩。ちなみに男」 「男の子に菊を奪われたってっ!?」 「浩之っ、嘘こくなっ!(涙)――うわーっ、ねーさんの目がイってるぅぅ(汗)」 この後数分、異様に興奮した千絵美を落ち着かせようと苦労する雅史とあかりの姿があった。 「……ヒロ君の嘘つき」 「普通は信じません(笑)」 「浩之のバカぁ、姉さん、この手の話が異常に好きだってコト知ってるクセに」 千絵美は昔、現在は女性雑誌のライターをしている友人とその手の同人活動をしていた時期があり、そのモデルに雅史はよく利用されていた。雅史の数少ない、忌まわしい過去であった(笑)。 「ハッハッハッ、気にするな気にするな。さぁ、そろそろ帰ろうよ」 浩之が話をはぐらかそうとする意図は見え見えだったが、しかし先ほどよりも天候が悪くなっているのは事実であった。千絵美たちは病室を後にした。 「うーん、泣き出すまでぎりぎり、ってところですかねぇ」 浩之が西の空を見て言う。こういった天候の変化に、浩之は昔から勘のいい子供であった。サバイバル向きなのだろう。 「……あれ?」 浩之の隣で、おなじように西のほうを見ていたあかりが何かに気づいた。 「あ、志保と南雲さんだ」 「あ、本当。そーいや一緒に帰った、ってセバスが言ってたな。おーい、志保!」 浩之が病院の玄関から、病院に面した大通りの歩道を歩いていた志保たちに大声で呼びかけた。すると志保は気づいて浩之たちのほうを向いた。 「――何よヒロ、とうとうアタマ患って病院行き?」 「人聞きの悪いコトをゆうなっ!」 浩之はそう怒鳴り返して志保のほうへ向かう。苦笑する雅史たちもその後を追った。 「……あ、ゆえさん」 雅史が志保の隣にいたゆえに声をかけた。 「あ、お姉さんの退院、今だったんだ。ごめんね、お手伝い出来なくって」 「別に良いんだ。志保と買い物に付き合う約束をしていたんでしょう?もう終わったの?」 「秋物のバーゲンやるってゆうから。――あかりも来れば良かったのに」 そう言って志保は両手に持っている、袋一杯の衣類を自慢げに見せびらかした 「雅史ちゃんの話を先に聞いちゃったからね。なにか良いのあった?」 「うんうん、凄いのよぉ、6割7割引は当たり前――」 志保が嬉しそうにあかりと話す隣で苦笑するゆえは、雅史のほうをみた。 「「重そうだね?」」 ゆえと雅史は、互いが両手に持っているバックと袋を見て、示し合わせたように声を揃えて言う。思わぬ一致に、顔を真っ赤にして絶句する雅史とゆえ。 それに気づいた浩之たちは途端に笑い出した。ゆえと雅史は困ったふうに苦笑した。 「やだなぁもう……。――そうだ、ゆえさん」 急に雅史に声をかけられ、ゆえは苦笑しながら雅史のほうを向いた。 「え?なに?」 「えーと…………」 本当に、言って良いのだろうか。 「なにか?」 もう一度ゆえは聞き返す。雅史は自分が慎重になりすぎているコトを自覚していたが、やはりどうしても言い辛いようである。 「おいおい雅史、この期に及んでまだ優柔不断か?南雲さんにゆわなけりゃならないコトがあるんだろ、ほらほら色男」 浩之は雅史がゆえに大切な何かを言わなければならないコトと知っていたので、笑いながら煽ってみせた。もっとも浩之はそれが、雅史がゆえにちゃんと告白するコトだと思っていたのだが、しかしそれがとても深刻なものとは気づいていなかった。 そんな浩之の様子から、ゆえは雅史が何を言おうとしているのか察し、少し期待して微笑んだ。雅史が迎えに来てくれたあの夜、半ば極限下とも言える状態での扉越しの告白はあったが、思えば面と向かっては聞いていなかった。 その笑顔が硬直したのは、雅史が予想していたものと全然違うコトを言い出したからである。 「……あのさ。僕、思うんだけど、ゆえさんがおじさんのコトをお父さん、って呼べない理由なんだけど」 「…………え?」 たちまちゆえは当惑する。雅史はそれが予想していたコトであった。 本当に、言って良いのだろうか。 「…………ゆえさん。本当は、本当のお父さんのコトが好きだから呼べないんじゃないかな、って」 「――――――」 ゆえの顔が固まった。 2/4へ つづく