【警告!】この創作小説は『痕』『雫』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用しており、ネタバレ要素のある作品となっております。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− <これまでのあらすじ> 隆山市内に大量に出現したミステリーサークル。それは天魔と呼ばれる怪生物の仕業であった。時を同じくして、隆山に現れた毒電波使いの連続殺人鬼・飼葉に、耕一の娘である千歳が狙われる。何故か千歳を脅威と感じた飼葉は、叔父である柳川を毒電波で操り、柏木邸を襲う。苦戦する梓と〈不死なる一族〉ブランカ。大ピンチにところを月島瑠璃子によって柳川は毒電波から解放されるが、飼葉はもうひとつの目的を達成しようとしていたところであった………… −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 第11章 地より出ずるモノ 「てんまの赤ちゃん?!」 今まで二人の話についていけなかった千歳は、ようやく聞き覚えのある単語に素っ頓狂に驚いた。 「これは行ってみないと判りまセんが、――隆山市民にとっては運が悪かったと言うべきでシょう」 「運?」 「隆山の土壌には、天魔の卵みたいなモノが眠っていたのでス。ソシてソれが今頃ようやく生まれるコトになり、ソのコトに気付いた天魔たちが隆山に飛来シてきた」 そう言ってブランカは再び、〈不死王〉の天魔考察がまとめられているページを表示した。 「このナスカの地上絵と同様に、隆山市内で多く出現シていることから、ミステリーサークルは縄張りのマーキングと言うより、むシろ天魔たちのコミュニケーションメッセージなのでシょう、電磁波に呼ばれなくてもここにいると上空から判る様に描かれているのでス。ソシてソれに呼応スるように、天魔の卵が身体を構成スる珪素を、周囲の民家や施設から吸収シた電気や電磁波を使って土壌から抽出シ、養分とシて取り込んでいった。家電機器の故障は、公園に急激に集中シた電磁波によって引き起こサれたものでシょう」 「……ちぃ。とんだ野良犬どもだな」 「時間がありまセん」 そう言ってブランカはコートをひるがえし、縁側から外に出ようとした。 「まって、ブランカお姉ちゃん!」 千歳が引き留めると、ブランカは珍しそうな顔で振り返った。 「あたしもいく!」 「危険でス!」 「行かせてやれ」 ブランカは驚いて柳川の顔を見た。 「千歳が例の夢を見たのは、ただの偶然ではなかろう。それに、千歳も、柏木の女だ。――あの耕一と千鶴の娘だ」 ブランカは柳川が冗談で言っているものだと思っていたが、この堅物がこんな状況で、そんなふざけたコトを言うハズはなかった。それに、柳川の言っていることにも一理ある。確証はないがしかし、千歳は天魔になんらかの影響を受けて、あんな不思議な夢を見たのかもしれない。 「…………判ったわ」 「俺も後から行く」 柳川は口惜しそうに、痺れのとれない腕を上げてみせた。飼葉の毒電波による強力な精神支配の影響であろう。鬼の血の回復力がなければ、常人なら二、三日は起きあがることさえ叶わないだろう。立っていられるのは鬼神の末裔だからこそである。 「チトセ、あたシに掴まってなサい」 「うん!」 ブランカが縁側へ出る障子を開けると、千歳はブランカのコートの下に入り、腰にしがみついた。すると、ブランカのコートが突然、翼のように大きく左右に拡がり――いや、本当に巨大な黒い翼と化し、二、三、羽ばたいて二人を闇夜に持ち上げていった。ブランカの飛空術である。柏木邸の上空20メートルほどまで上がると、ブランカは、東隆山公園方向へ飛んでいった。 隆山市上空には、天魔が次々と飛来していた。ブランカは飛来する天魔の群れをかいくぐり、東隆山公園の入り口に着地した。 「まるで白夜ね」 ブランカは七色に瞬く上空を仰いで言った。隆山市内は、この異常事態に大混乱に陥っており、住宅街と繁華街の間に位置するこの公園の、近隣にある住宅からは既に住民は避難済みとなっており、ちょっとしたゴーストタウンとなっていた。 「あの高台に居るのね。チトセ、行くわよ!」 「う、うん!」 千歳は緊張の余り、着地した後もずうっとブランカにしがみついたままであった。千歳は慌ててブランカから飛び退いて頷いた。するとブランカは千歳の身体を軽々と抱きかかえ、高台へ上がる階段目指して走り出した。後からトコトコ追い掛けてもらうのが面倒なのだろう。 高台に到着するのは、一分もかからなかった。 「――いたっ!あすこっ!」 千歳が指すまでなく、ブランカは既に、高台で飼葉瑞恵と対峙している月島瑠璃子を見つけていた。瑠璃子はまだ長瀬に羽交い締めにされたままで居た。 「ルリコ?!――彼女がカイバね!」 「あ、長瀬のおじちゃん!なんで瑠璃子おねえちゃんを?」 「操られているの。気を付けて、このひと、毒電波で人間を爆発させる力を持っているから」 瑠璃子の言葉に、ブランカと千歳は当惑する。長瀬は人質でもあったのだ。 「きたか」 飼葉はしかし慌てる素振りさえ見せず、逆に、ニィ、と余裕の笑みさえ浮かべた。 「でも対策は打ってあるから」 「え?対策――――」 そこまで言った途端、ブランカは垂直に飛び上がった。同時に、地面の中から、数人の男たちが腕を伸ばして現れた。 「操り人形?」 ブランカは思わず眉をひそめた。男たちの手は骨が見えるほどボロボロであった。毒電波によって筋力行使のリミッターを外され、際限なく力を酷使して地面に潜らされていた為であろう。 「チトセ、ちょっと飛んでいて」 え?と聞き返す千歳の身体を、ぽん、と上空へ放り投げたブランカは、その反動を利用し、ゾンビのごとく動き回る男たちの中へ着地した。そして屈むなり、ブレイクダンスよろしく右足を伸ばしてその場で水平に一回転。ブランカに足払いされた男たちはその場に倒れ込んだ。続いて、ブランカはコートの下に両手を差し込み、その下に仕込んである極細鉄鋼チェーンつきの手裏剣を指の間に挟んで取り出した。そして一呼吸置き、その場でまた水平に回転すると、倒れている男たちめがけて手裏剣を放った。 手裏剣は男たちにとどめを刺すモノではなかった。投げられた手裏剣は地面に突き刺さり、鎖で男たちを地面に縛り付けたばかりか、コートの下から追って届いた電撃によって全員を痺れさせ、無力化させたのである。手裏剣とコートを結ぶミスリル製の超鋼鎖は、たった一本で8トンもの物体をつり上げられる硬度をもっていた。 瞬く間に男たちを無力化させたブランカが両手を正面に差し出すと、目を白黒させながら降ってきた千歳の身体をしっかりと受け止めた。 「……やるわね。何者かしら?」 「〈守護者〉、ブランカ・D・サンジェルマン」 「月島のお仲間ってわけね。――そこで大人しくみてなさい」 ブランカは、ちぃ、と舌打ちした。瑠璃子を羽交い締めにしている長瀬がまだ、飼葉が操る毒電波の支配下にあったからだ。 「……仕方ない」 そういうと、ブランカは唖然とする千歳の横をすり抜けて前進を始めた。 「ブランカお姉ちゃん!長瀬のおじちゃんがいるのよ!」 しかしブランカは千歳に一瞥もくれずに歩き続ける。 「ほう。言っておくが、あたしはあの刑事の身体を爆発させるコトが出来るのよ。その衝撃で、月島も確実に死ぬ」 「先にお前を斃セば済むコト」 途端に飼葉は、ぞくり、とした。本気で言っている。ブランカのコトを知らない飼葉でも、ブランカがそれがハッタリではないコトを直感した。 だが、飼葉には勝算があった。 時間が来たのだ。 「……なに?」 地面が突然、揺れ始めた。突然のコトに驚く千歳やブランカとは正反対に、飼葉は大声で笑い始めた。 「目覚めの時が来たのよ!」 そういって飼葉は両手を大きく広げて仰いだ。 するとどうだ、上空にいる天魔たちがそれに呼応したかのように、一斉に輝度を増した。 「どうだ!天魔たちも、新たなる自分たちの誕生に歓び返っている!」 「ソう」 ブランカはこの隙を逃さず、コートの裾を剣に変えて飼葉に突進する。 だが飼葉はブランカの攻撃を交わして飛び退いた。 「速い――何だ、この反応は?!」 「天魔のリミビットチャネルは伊達ではない。わたしの意識は、新たな仲間の誕生を上空から見守っている天魔の意識と同調しているのだからな、お前たちの動きは五感以上に感じられるわ」 「上の天魔がお前の目か……」 「ブランカお姉ちゃん、左っ!」 何?と驚くブランカは、千歳の声に反応して右に飛び退く。次の瞬間、ブランカが抜けた空間へ、左側の地中から突然飛び出した、まるで刃のような、盛り上がった瓦礫が出現した。 「「こ、これは――」」 奇しくも、ブランカの驚嘆は飼葉のそれと一致した。そして二人は同時に、千歳のほうを見た。 「…………やはりその小娘、天魔のリミビットチャネルを感知(き)けるのかっ!――させんぞ、この下にいる天魔の赤子は〈地球の抗体〉であるわたしのものだっ!」 「な――――きゃあっ!」 地震は更に勢いを増したばかりか、地面が裂けそして盛り上がり、その場にいた者達を吹き飛ばしてしまう。 「千歳っ!」 コートを翼に変えたブランカは、まだ下にいた千歳を助けようとする。しかし千歳が手を差し出した瞬間、千歳の足許の地面が崩落した。 「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 ブランカは千歳の手を掴めず、千歳は地面の中へ消えてしまった。 「……あ痛たたた」 瑠璃子を羽交い締めにしていた長瀬は、瑠璃子とともに飛ばされ、少し離れた芝生にしりもちをついた。 「……あ、毒電波効かなくなった」 「なんだか良くわからないが、やっと自由になれたのはいいが、まだ苦しい」 長瀬は瑠璃子の尻の下で押し潰されて苦笑した。 「でも困ったなぁ、飼葉、どこかへ逃げちゃった。――――あ」 「何――――っ?!」 崩れる地面を蒼白した顔で見ていたブランカは、その瓦礫の下から浮かび上がってくる奇怪な発光物体に気づいた。 「これって、まサか…………?!」 巨大な発光物体の触手の先が、岩を押しのけ天を指す。そして、その発光物体は、上空で同じように光っている天魔たちを呼び寄せるように七色に明滅し始めた。 「――――新たな天魔が、生まれたのか」 つづく http://www.kt.rim.or.jp/~arm/