ToHeart if.『カスタム病弱少女』  投稿者:ARM


【警告!】この創作小説は『ToHeart』(Leaf製品)の世界及びキャラクター(ボツキャラ含む)を使用しています。「ToHeartVisualFunBook」(発行・メディアワークス)がお手元にありましたら、「原型少女」のページを参照願います。
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本日のお題は「原型少女」から、「病弱少女」をアレンジ。

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 季節と言うものはいつも、さりげなく通り過ぎていくものだ。一日はこんなにも長く感じるのに、それを綴る季節は、俺たちに感慨を抱かせる暇もなくさっさと移り変わってしまう。
 ……気がつけば春。……気がつけば夏。……気がつけば秋。……気がつけば冬。

 ……そしてまた、春がやってきた。


 ゴールデンウィークが過ぎ、雅史の笑顔とともに始まった修学旅行から帰ってきた俺、藤田浩之が、幼なじみの神岸あかりといつものように登校すると、久しぶりな出来事が起きた。

「……痛てて。朝、人にぶつかるなんて芹香先輩以来、久しぶりだなぁ……」
「浩之ちゃん、大丈夫?ちゃんと前見ないとダメだよ」

 俺はあかりに生返事しながら辺りを見回す。相手は直ぐ目の前にいた。うちの女子学生だ。残念ながら芹香先輩じゃない。
 見慣れない顔だった。

「お、おい、大丈夫か?」
「……あ、はい」

 そういって俺のほうを向いた彼女は、えらい美少女だった。物憂げな瞳と黒く長い髪。芹香先輩を一回り小さくしたような娘だった。うちの学校は結構美少女揃いと、中学の同級生で他の高校に進学した藤井が悔しがったコトがあったが、言われてみると確かかも知れない。それでも俺にも見覚えのない顔だった。
 俺は彼女の顔に見とれているうち、彼女も俺の顔を見つめているコトに気付いた。うっ、目が合ってしまった。可愛いだけに、余計に胸がドキドキする。…………これって、一目惚れ?

「……あの」
「え?あ、は、はい?」

 彼女に声をかけられ、どきまぎする。

「……先に謝っておきます。……ごめんなさい」
「――――は?」

 その言葉を聞いた途端、俺の中で何かが危険を予知した。だが、それが何なのか判らず、俺は呆然とした。
 たがその時、俺は直感を信じるべきだった。危険予知は一年生のエスパー少女こと姫川琴音ちゃんの時に散々味わった、あの時の苦労がそれを培っていたのだと言うことに。
 次の瞬間、俺の目の前が真っ赤になった。
 血だ。真っ赤な血だ。
 しかし、俺の血でない。俺の頭をにじり落ちているが、これは頭から被ってしまった所為だ。
 この大量の血が、ごぼっ、と嫌な音とともに、目の前で見る見るうちに肌の色が土気色に変わっていく美少女の口からあふれ出したモノだとは、到底信じたくなかった。何だこのバケツ一杯に張ってあったような量は?!つーか、俺とぶつかった所為?俺の所為?

「――あ、ハッちゃん」

 俺とあかりが血の海を前にパニックを起こしかけていたその時、聞き覚えのある声が背後から聞こえた。
 振り向くとそこには、あのエスパー少女琴音がいるではないか。

「あ、藤田先輩、神岸先輩、おはようございます」
「あ、おはよう」

 先に返事したのはあかりだった。流石は女、血ぐらいでは怯まないか、と言いたいところだが、うつろな目はショックによる現実逃避モードへ突入しているのがバレバレである。

「姫川さん、この娘と知り合い?」
「従姉妹です」

 そういって琴音ちゃんは、まるで目の前の惨劇が目に入っていないように、にこりと笑う。そればかりか、とことこと俺の横を通り抜け、血溜まりの中で俯せに倒れていた美少女の元へ近寄ると、大胆にもその美少女の肩を揺すり始めたではないか。

「ハッちゃん、ダメだよ、こんな所で寝ちゃ」
「それ、寝てる、ゆわん。死んでる、ゆう」

 俺もショックで言い方が変になっている。

「大丈夫ですよ。毎度のコトですし」
「毎度――って、うわっ!?」

 当惑する俺たちの目の前で、大量に吐血した美少女が、むくり、と起きあがり、自分の鞄から取り出したタオルで、血塗れの顔を平然と拭き始めたではないか。

「ご心配お掛けしました。ちょっと今日は珍しく体調が良いと思っていたのですが」

 美少女はそう言って俺に、魅力的な笑顔で頷いて見せた。口元はまだ血がこびりついている。口の中にまだ血が残っているのだろう。

「体調が良い…………って、きみ(汗)」
「今日はひとりで起きあがれたんです」
「へぇ、珍しい。いつもはお父さんに心臓に電気ショックされて起きるんでしょ?」
「でも、何度も何度も電気ショックばかりだと耐性がついちゃうから、出来るだけ自分で起きないとダメなの」

 異様な会話である。つーか、俺、ぜんぜん事情が掴めない。

「……ところでキミ」
「あ、失礼しました。わたし、庵野初実といいます。一年C組です。琴音ちゃんとは従姉妹です」

 それ、さっき聞いた、といいかけて俺は止めた。何となく脱力感がもの凄かった。だからその時、初実ちゃんが俺の顔を見て、ぽっ、と頬を赤らめていたコトには気付きもしなかった。

 その日の昼、俺は琴音ちゃんのところに行き、初実ちゃんのコトを尋ねた。彼女は琴音ちゃんの母親の妹夫妻の娘だそうで、生まれた頃から異常なまでに病弱だったそうだ。
 「異常」がつく理由は、俺との初対面でいくつか判っていたが、とにかく虚弱体質で、医者をやっている父親からも手の施しようがないと見放されているホド酷い病弱らしい。
 生まれた時から余命三ヶ月とか言われ続けてはや15年。しかしその三ヶ月目は未だ訪れず、彼女のまわりの者は皆、そのタイトロープにすっかり慣れてしまい、俺とぶつかった時のように大量のかっ血があろうと心臓が止まろうと身体が冷たくなろうとも、ほっといても起きあがるのが判っているのでまったく動じなくなったそうだ。
 つまり彼女はある意味、不死身の身体の持ち主というワケらしい。もの凄くアレで嫌な不死身っぷりだなおい。しかし放っておくと本当に死ぬ恐れもあるので、初実ちゃんの鞄には着替えと一緒に大量の薬が入っているそうだ。おそらく全部劇薬かなんかだろう。薬事法に確実に引っかかる鞄だ。
 そんな琴音ちゃんの話を聞いているうち、俺は初実ちゃんがとても不憫に感じてしまった。そして俺は、初めて彼女にあったとき、初実ちゃんに一目惚れしている自分に気付いた。
 琴音ちゃんにお礼を言った後、俺は初実ちゃんの居る教室に行き、彼女に交際を申し込んだ。
 すると彼女は真っ赤になって照れながら頷いてくれた。無論、顔が真っ赤は、彼女が俺に承諾の返答を告げたときに吐いた血を、タオルで拭ったためである。

 初実ちゃんと付き合うに当たり、色々な問題があった。一番の問題は、コトあるごとに血を吐く癖…………癖、らしい、彼女の言うことには。ちょっとショックなコトがあると吐くそうだ。そしてそれに付随して、心臓が止まる癖…………癖らし(以下同文)とか身体が冷たくなっていく癖……癖ら(以下同文)とか。だからデートした時、出先で大量の血を吐かれ、俺が殺したとまわりに思われて何度も警察にしょっ引かれてしまうので、これは何とかしなければ、と常々考えていた。

「そこで初実ちゃん。そろそろ血を吐いて死ぬ癖……癖ってゆうか(笑)それを治そう」

 考えてみれば無茶な提案である。しかし初実ちゃんは健気にも、俺の提案に頷いてくれた。

「とにかく、血を吐く癖。これはショックを受けた時に起きるものなので、もう少し気を強くする練習をしよう」
「わかりました。で、どうするんですか?」

 訓練初日。手近なところで、遊園地のジェットコースター。予想通り、走るジェットコースターは紅い帯を引いて、周囲の客をパニックに陥れた。
 続いて、打ち上げ型。これも、初夏の青空に朱色の噴水をもたらしただけだった。
 次に、スプラッタモノの恐怖映画。不幸にも頭から被ってしまった観客が、新手の演出だと勘違いしてくれたお陰で助かった。
 とりあえず初日はそこまで。血を出しきった初実ちゃんはえらく軽かった。
 二日目。血の補給が済んだ初実ちゃんを連れ、今度はバンジージャンプ。落下しながら飛び散る血がこんなに綺麗だとは思わなかった。二日目はそこまで。
 三日目。芹香先輩に協力してもらい、一緒にスカイダイビング。落下傘より広い朱色は、地上に血の雨を降らせた。
 四日目。長瀬主任のツテで、刑事を勤めるお兄さんにお願いし、検死に立ち会う。大型トレーラーに押し潰された礫死体のそれより、初実ちゃんが流した血の量が多かったのは謎だった。
 五日目。荒療治の甲斐あって、吐血体質治癒には至らなかったが、血を吐いても心臓が止まったり身体が冷たくならず、倒れないようにまで改善出来た。しかし一向に直らぬこの体質に、俺たちは途方に暮れた。

「…………藤田さん。やっぱりダメなんでしょうか?」
「そんなコトないっ!二人の愛さえあれば、いつか必ずっ!」
「藤田さん――――!」
「初実ちゃん、頑張ろうっ!」

 がしっ!そういって俺は初実ちゃんを抱きしめた。――俺の部屋のベットの上が血塗れにならなければ、彼女が初めて口以外から流した血が記念に残ったのに。

                   了
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