東鳩王マルマイマー第15話「狙われたMMM(Bパート:その3)」  投稿者:ARM


【承前】

 ルミラ率いる雀鬼組がせん滅戦に入った頃。
 機動整備巡航艇「TH壱式」が接岸されているバリアリーフ基地のAブロックに、観月透は居た。鬼界四天王の襲撃は観月は出勤してきたのと同時に発生し、観月は制服に着替える暇もなく混乱に巻き込まれてしまった。更に、各戦術飛空挺がセキュリティネットワークのトラブルにより離岸出来なくなったコトとモスマンの大群の出現によって基地内はパニックとなり、やむなく観月はTH壱式内にある整備室へ向かった。
 観月は整備室にたどり着いたとき、他にも数名の技術者たちが避難していた。観月は整備室にある通信機を使ってメインオーダールームへ連絡を試みた。

『こちらメインオーダールーム』
「――よかった、繋がった」』
『……観月主任ですね?よかったご無事でしたか』

 応答してきたのは新任してきたばかりの神岸あかりであった。

「今、壱式内にいる。怪物が大量発生しているが、封鎖ゲートで辛うじて侵入を防いでいるが、時間の問題かも知れない。マルマイマーたちはどうなっている?」
『マルチちゃん――いえ、マルマイマーは不在です。帰宅したのと入れ替わりに……』
「なんてこった……。それで、超龍姫と霧風丸たちは?」
『はい、アルトとレフィは今、そちらへ向かっています。メインオーダールームはゴルディアームが、霧風丸は参式の防衛へ……えーと』
「どうした?」
『あ、はい!初めて見る識別コードが』
「ああ、それか。それなら撃獣姫の二人のものだろう。昨日、正式に登録されたからな」『撃獣姫?』
「今まで試験的に、特戦隊に配備されていた機体だ。風姫と雷虎、その二体がフュージュンするコトで戦闘力を高める勇者ロボだ」
『そ、そうなんですか…………え、あ、はい』

 あかりの声が遠くなった。どうやらあかりはその場に居るであろう綾香たちに確認をとっている様子である。

『確認とれました。風姫と雷虎は弐式の防衛に入りました。TH四号とキングヨークは、ルミラさんたち雀鬼組が防衛に入り、Eブロックの敵殲滅戦に入りました』

 MMMの拠点であるバリアリーフ基地は、東京の品川・天王洲沖に、来栖川建設グーループが作り上げた人工島『クルスアイランド・ファースト』の最深部にある。その地下は海中に建つ支柱に支えられており、その支柱のほぼ中央に「ヘキサゴン」と呼ばれるバリアリーフの中核があり、そこから海のほうに向けて、右から順に壱式、弐式、参式が張り出し、その一段下に、四号と六号つまりキングヨークが接岸されている。真上から見ると植物の葉を想起させる配置である。ヘキサゴンは2段、5つのブロックに分かれており、壱式から参式が接岸されている1段目を東西南北別にABCDに分かれ、その下にある2段目をEブロックと呼んでいる。北向きのAブロックには壱式、東向きのBブロックには弐式、南向きのCブロックには参式が接岸され、陸側に位置するDブロックにメインオーダールームが配されていた。鬼界四天王は支柱にあるメインゲートから侵入し、モスマンを各ブロックに差し向けたため、戦術飛空挺が離岸できない今、バリアリーフ基地から脱出するには、その支柱を奪い返すしかなかった。

『現在、ミスタがセキュリティシステムの回復に努めています』
「主査は?」
『あれ?そちらにおられませんか』
「壱式に居るのか?」
『はい。事件発生後、真っ先に連絡がありました』
「そうか。…………なら、合流した方がいいな。僕が何とか連絡を取ってみる」
『了解』

 観月は通信を切ると、ふぅ、と溜息をもらした。

「ちょっと主査を探しに行ってくるよ。後を頼む」

 観月は近くの技術者にそういうと、整備室から恐る恐る出ていった。

「恐らく、昨夜からマルルンの整備に励んでいたから、下のメンテナンスケイジに居るんだろうな。あそこは一番奥だから、ここよりは安全だろうけど……ん?」

 通路を進んでいた観月は、奥まったところに人影を見つけた。
 遠目でも見慣れぬ姿の主だった。MMMの制服を着ていないので変だとは思ったが、服装もかなりラフだった。
 女だった。腿から下が無いジーンズのホットパンツから張りのある、色香のある白肌を剥き出しにしている。不覚にも観月の視線はそこに釘付けになった。だがやがて、異様な気配を感じ、視線を上に少し上げると、大きな胸のラインが露わになっている薄手の赤いTシャツの上にブルージーンズのジャケットを羽織り、森林迷彩色のバンダナを頭に巻いた、肩まで掛かった綺麗な赤いミドルロングの美女だったコトに気付いた。
 そしてその顔が、あの柏木初音によく似た、つり目の女であるコトであるコトに気付いた時、それが誰か、観月はようやく思い出した。
 資料で見た、柏木初音の姉。――柏木梓であった。

「――柏木、梓?」
「そこの男」

 梓と思しき美女は、観月に気付き、声をかけてきた。

「お前、ここの関係者か」
「え?あ、ああ、そうだが」
「何故、制服を着ていない」
「…………ん?あ、ああ、出勤してきた直後にゴタゴタに巻き込まれて着替える暇がなかった」
「そうか。悪いことをしたな」
「は?」

 観月はきょとんとした。そんな観月を見て、梓と思しき美女は、くすり、と笑ったように見えた。

「……不思議だ。ここには姉様の気配がある。懐かしさの余り思わずきてしまったが」
「……?……キミは何者だ?MMMの職員にしては余り見覚えがないが」
「来たばかりでな」
「来た――」
「ところで超龍姫を知らぬか?」
「え――――?」

 当惑する観月は、そこでようやく事態が飲み込めた。
 そして、目の前にいる、柏木梓によく似た女の正体を。
 侵入してきた敵は男女三人であった。

「まさか――お前、エルクゥか?」
「質問に答えればいい。お前をとって喰う気など毛頭もない」

 見る見るうちに蒼白する観月を見て、梓と思しきエルクゥ――アズエルは苦笑した。殺気など微塵もなかった。

「あたしの目的は、超龍姫の破壊のみ。……必要のない殺傷はするな、とリズエル姉様に窘められているのでな」
「…………はぁ?」

 そう言って笑うアズエルを見て、観月は毒気を抜かれてしまった。基地を襲い大勢の隊員を殺戮しているエルクゥの仲間の一人に、こんな呑気そうな者が居るとは思わなかったらしい。

「なんなんだ、あんた……」
「失礼した。あたしの名は、アズエル。エルクゥ皇女の次女である。お主の名は?」
「ぼ、僕?――観月……徹だ。MMM技術部主任を務めている」

 思わず観月は返答してしまった。相手はあの凶暴なエルクゥであるハズなのに。このアズエルと呼ばれる美女から敵がい心が全く感じられなかった所為もあった。

「……観月、か。不思議だな、初めて聞く名では無い気がする」

 アズエルはどこか懐かしそうにしみじみ言う。
 観月は知らぬ間に、こんなアズエルにどこか親しみを抱いていた。
 そしてその理由を、観月は直ぐに理解した。超龍姫のTHライドに収められている柏木梓のオゾムパルスは、超龍姫の思考や行動に深く影響を与えている。そして、超龍姫の心臓部であるTHライドには、長い間このアズエルの魂が眠っていた為、超龍姫も少なからずアズエルの影響を持っておかしくない。いわば超龍姫は柏木梓でもあり、アズエルでもある。超龍姫の外装のデザイン設計から完成まで一通り関わってきた観月にとって、その二人は身近な存在でもあった。

「ならば――」

 観月がアズエルのその言葉を耳にした瞬間、アズエルの姿は観月の視界から消え去っていた。

「――手荒なマネはしたくない」

 そのアズエルの声を、背後から耳元に囁かれた観月は慄然となった。観月はアズエルに羽交い締めにされていた。

「超龍姫を呼びなさい」
「な、なにを――」
「…………呼ばないと、お前を殺す」

 観月は、ぞくり、とした。アズエルの冷淡な口調はそれが本気であるコトを告げていた。

「よ、呼ぶと言っても、通信機は使えない状態にある。ネットワークをお前たちが壊したからだ」
「そうか」

 そういうと、アズエルはあっさりと観月を解放した。あまりにもあっさりした反応に、観月はしばらく、まだ羽交い締めにされているものと思いこんだほどであった。慌てて振り返ると、アズエルは封鎖ゲートのほうへ進み始めていた。

「お、おい、まて!」
「待てといって、しかしお前にあたしを阻む力があるというのか?」

 アズエルは笑っていた。アズエルの言うとおりである。しかしMMMにとってアズエルは敵である。このまま行かせるわけにはいかない。

「くっ!」

 観月は勇気を振り絞ってアズエルの背後に飛びかかった。
 ところが、アズエルに手を向けた途端、突然観月は、アズエルの背中から飛んできた見えざる衝撃波を受け、はじき飛ばされてしまった。だが思ったほど威力はなく、1メートルほど飛ばされてしりもちをついた。

「やめておけ。さっきも言ったが、お前には手荒なマネはしたくない」

 アズエルは振り向きもせず、諭すように言ってみせる。観月は腰を打った痛みを忘れ、唖然とするばかりであった。
 そんな時だった。封鎖ゲート方向から、けたたましいモーター音が聞こえてきた。

「――観月主任!」
「来たか」

 にやり、と笑うアズエルの目の前に、バイクモードのアルトにまたがるレフィが現れた。

「――あなたは何者です!?所属氏名を申し上げて下さい!」
「私の名はアズエル。エルクゥ皇女の次女だ」
「「な――」」

 驚くレフィは、腰に下げていたアサルトライフルを、アズエルを狙って構えた。

「観月主任、逃げて下さい!――――主任から離れなさい!」
「安心しろ。あたしの狙いはお前だけだ、超龍姫」
「な――」

 次の瞬間、アズエルは超スピードでレフィたちのほうへ突進し、レフィが構えていたアサルトライフルを奪い取っていた。

「こんな豆鉄砲では、あたしには効かない」

 そう言ってアズエルは、突然アサルトライフルが無くなって唖然としていたレフィの胴に回し蹴りを放った。突然のコトにレフィは避けきれず、アルトの上から蹴り飛ばされてしまった。

「システムチェンジっ!」

 アルトは即座にフィギュアモードに変形し、アズエルに殴りかかるが、その拳をアズエルは両手で受け止め、払いのける。すかさずアルトは蹴りを放つが、アズエルは既に垂直に飛んでそれを避けていた。そしてアズエルはアルトの顔に膝蹴りを浴びせ、アルトも倒れてしまった。

「無駄だよ、機械人形たち。――早く超龍姫になりなさい」
「「言われなくてもっ!緊急モード・シンメトリカルドッキング!」」

 アルトのボディが展開し、その中へ吸い込まれるようにレフィが合体し、超龍姫となった。非常事態下にあるため、綾香の承認無しで自律ドッキング許可が既に下りていた。

「いくぞっ!」

 超龍姫は足の裏のローラーを稼働させ、アズエルに突進する。合体して完全体になったアズエルのTHライドならば、分離時より強力なパワーを発揮できる。繰り出した超龍姫の拳の勢いを見て、アズエルは流石に受け止められないと判断し、後ろへ飛び退いてそれを交わした。

「なるほど、流石はあたしが眠っていたTHライドを使っているだけのことはある」
「ぬっ……!」
「しかし、そこまでだ。――――武装を持たぬお前など、やはり敵ではない」

 アズエルの指摘に、超龍姫は歯噛みした。武装されていない。超龍姫の弱点をアズエルは気付いていたのだ。
 何故、自分にはその武装を施してくれなかったのか。超龍姫は自分を設計した男を背後にして、しかし問うコトは出来なかった。
 今は、彼を守る。それだけだ。

「うおおおおおおおっっっっっっ!」

 超龍姫はアズエルに挑みかかる。拳を、蹴りを、プログラミングされた格闘術の限りを尽くしてアズエルに迫るが、そのことごとくをアズエルは避ける切ってみせた。

「ふっ。ワイズマンめ、これ程度の力しか持たぬ機械人形に何を恐れるか」

 そう言ってアズエルは超龍姫の頭上を飛び越え、その背後をとった。

「なにっ!」
「お終いだ」

 アズエルは両手を超龍姫の両肩に当てた。そしてその掌が閃くや、超龍姫の腕が肩から吹き飛ばされてしまったのである。

「うわっ!!」
「まだまだ!」

 続いてアズエルは屈み込み、超龍姫の膝の裏に蹴りを浴びせ、その両膝から破壊したのである。両腕両脚をもがれるかたちとなった超龍姫は、そのまま俯せになって通路の上に倒れ込んでしまった。

「ば…………バカなっ!――――はっ!」

 唖然となる超龍姫は、次の瞬間、視界にまだ逃げていなかった観月を見つけて驚く。

「観月主任!早くお逃げ下さい!――ぐはっ!」

 観月に待避を求める超龍姫の背中へ、アズエルの追い打ちの足蹴りが入る。背中の装甲が粉砕され、内部機関が損傷されたコトにより、超龍姫の出力が大幅に下がった。手足をもがれて反撃できない超龍姫はアズエルの攻撃になす術もなかった。

「は…………はは…………はははっ」

 それは観月の声であった。出力の低下により意識が薄らぐ中、超龍姫はずうっと観月のほうを見ていたが、どうして観月が自分を見て、笑い出していたのか理解出来なかった。

          エピローグへ つづく