『羅刹鬼譚 天魔獄』 第6話 投稿者:ARM(1475)
【警告!】この創作小説は『痕』『雫』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用しており、ネタバレ要素のある作品となっております。
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 第10章 〈不死王〉の仮説

「いい?大人しく、そこでこれから起こる事を、黙ってみていなさい」
「駄目だよ。あなたには、この力は大きすぎる」

 瑠璃子がそう諭すと、飼葉は、むっ、として瑠璃子を睨んだ。

「あなたが力をふるった瞬間、わたしもあなたの精神を破壊するコトは出来るよ」
「――――」

 飼葉は、瑠璃子の力を知ってか、思わず身じろぎした。しかし、やがて、ははは、と笑い始め、

「……いいよ。でもね、このまま互いに睨み合っていても、ここから生まれる”あの力”は勝手に出てくる。あんたなんかじゃもう手に負えないよ」
「力を手に入れるのは諦めなさい。あなたでは、手に負えない」

 飼葉はそれが瑠璃子の挑発であるコトを理解し、ふっ、と嗤った。



「……夢、ねぇ」
「よくわかんないんだけど、とにかく、よくみるの。いったい、なんなの?」

 千歳に訊かれ、ブランカは、ううむ、と首をひねった。

「……何かが出てくる、って予知なのかシら」
「……出てくる、だと?」

 自分の部屋からスラックスとTシャツに着替えた柳川が、二人が居る居間に入ってくるなり、驚いたふうに言った。

「ユウヤ、アズサは?」
「部屋で寝かした」

 柳川は腹立たしそうに応えて、

「それより、出てくる、だと?」
「うん。山みたいなところから、光るぶったいがうかびあがってくる、へんな夢」
「山の下から浮かび上がる――――まさか」
「まサか、って、何、怖い顔シて」
「あの女が、東隆山公園でぬかしていたコトを思い出したよ。――あの飼葉って女、今回の奇妙な事件の核心を握っているようだ」
「天魔と、連続殺人犯――――」

 ブランカが首を傾げたその時、いきなり家の中が停電になった。

「あれ?――となりの佐竹さんちも――――あっ!みてみて、ふたりとも、あれ!」

 外を見ていた千歳が、東の方角を指して突然騒ぎ始めた。
 何事かと柳川とブランカが外を見た瞬間、千歳が驚いている理由を即座に理解した。

「……オーロラ?嘘っ?!」
「それだけではないぞ――なんだ、UFOの大群か?」

 それは彼らしからぬ酷い驚き様で柳川が指しているのは、オーロラの下にあった、無数の発光物体であった。

「――あれ、天魔よ!」
「「天魔?!」」

 オーロラの下で、夜空の星より、月よりも明るく光り輝くその円形の発光物体こそ、まさしく天魔であった。その数、目視できるだけでゆうに百体以上は飛来している様である。

「…………あれ、東隆山公園の上じゃない?」
「あ――――ああ、確かにそうだ」
「停電は、どうやら隆山市内全域みたい。ほら、向こうの鶴来屋も灯りが消えている」

 ブランカの言うとおり、柏木邸から海のほうの間にみえる隆山市内の街の灯りがすべて消えていた。その為に、上空のオーロラと、天魔の群れは余計に眩しく見えた。

「……隆山市内を喰いに来たのか、やつらは」
「そうじゃないとおもう」

 忌々しそうに言う柳川の手を引っ張りながら千歳は言った。

「だって、ひとつもこわくないよ」
「………………ふむ」

 柳川が当惑したのは、まさにそれであった。異様な光景であるにも関わらず、恐怖どころか、畏敬の念さえこみ上げてくる。こんな遠くからでも、あの天魔たちからは全く敵意が感じられないのである。もっとも、それは鬼神の血を引く一族ゆえの超感覚で、恐らくはあの真下では大パニックになっていることであろう。

「ソれにシても、あれ…………まるで、ナスカの時と同じじゃない……!」
「……まさか、天魔とやらも、あの飼葉同様、東隆山公園の下にいるらしい何かに呼ばれたのか?」
「呼ばれた――――?!」

 そう言って突然、ブランカの顔が硬直した。そして、はっ、と閃くと、慌てて居間に置いていた自分のトランクをに飛びついて開け、中から漆黒のコートを取り出すとそれを纏った。それから居間を飛び出し、耕一の部屋に向かった。驚いた柳川と千歳も、慌ててその後を追った。
 ブランカの目的は、アレクサンドリア大博物館のデータベースを検索できる耕一のパソコンであった。耕一の部屋に入ったブランカは、停電で落ちていたパソコンのコンセントを引き抜いて、コートの内側から取り出した、小さな花瓶のような壺にそれを差し込んだ。するとあろうことか、遅れてやってきた柳川たちの目の前でパソコンの電源が入り、再起動したのである。

「セレウキアの量子電池です。非常用に持っているモノで、これひとつでニューヨーク全域の電気を半日まかなったコトがあります」

 それが、かつてイラクのバクダッドで見つかった、2300年前に作られたという電池――オーパーツと呼ばれるそれと同じモノだというコトを柳川たちは知らない。

「ブランカ」
「少シ待って下サい」

 再び、アレクサンドリア大博物館のデータベースにアクセスしたブランカは、また天魔に関するデータを要求した。今度は、既に回答が来ていたデータキャッシュがそのままパソコンに残っていたので、先ほど要求したデータログと同じモノが直ぐに表示された。

「それは?」
「天魔に関スるデータでス。――ここを」

 そう言ってブランカが指した画面には、先ほど梓にも見せた、ナスカ平原に出現した天魔の情報であった。

「これは、太古、私の父上である〈不死王〉が、ナスカ上空で大量に出現シた天魔に危機感を抱いた原住民の要望で、大量出現シた理由と撃退スるべきかどうかを調査シた、という文献でス。この時、天魔たちは地上に巨大な地上絵――ミステリーサークルを描いていたのでスが、どうシてソんなモノを描くのか、結局はっきりとシた答えが得られていない、と記録サれていまシた」
「地上絵……って、あの?」
「はい。あれが天魔にとって何を意味するモノか、〈魔界〉の学者たちは長い間研究を続けていまス。森羅万象を知り尽くシた父上でスら判らないのか、と揶揄スるものもいまシたが、これを見て下サい」

 そう言ってブランカは別の画面を開いた。

「これは?」
「先ほどの検索で閲覧できた機密クラスSAの文献、つまり〈不死王〉が遺した文献のデータでス。このデータは、〈不死王〉の血縁、つまり私以外のIDでなければ要求できなかった」
「で、何が書かれているのだ?」
「これは、ナスカの地上絵を書いた天魔に関スる考察でス。なにぶん、父上の発言力は甚大ならぬモノがありまスから、こういった仮説を立てても、当たり前のようにお蔵入りになってね。……シかシ、ソんなモノでサえも〈アレクサンドリア大博物館の館員〉にかかっては。彼らのほうが父上以上に森羅万象に精通しているのかも知れません」

 ブランカは苦笑しながら言ってみせ、

「この考察ですが、冒頭に仮説の概要と要点が書かれていまス。ソれに寄れば天魔が作ったミステリーサークルが出現した場所には、新たなミステリーサークルが作られないという観測結果から、一種の、犬のマーキング行為のような縄張りを示す天魔のマーキングではないか、というコトだそうです」
「縄張り――」

 ここに眠る子はね、縄張り意識が強いの。だから、近くで電磁波をまき散らすものには容赦なく攻撃を加えるのよ。

 不意に、東隆山公園の高台で会った飼葉の言葉が、柳川の脳裏に甦った。

「そういえば、あの女もそんなコトを言っていた。でも何故、縄張り――」

 そこまで口にして、柳川は署のパソコンで、ミステリーサークルと、家電製品の故障の統計と分布図を整理していた結果を思い出した。
 東隆山公園を取り巻くように発生している家電製品の故障。そして、そのエリアに重ならないように描かれている、ミステリーサークル。
 柳川は今までの情報を頭の中で整理しようとした時、いきなりブランカがパソコンの前から立ち上がった。

「ユウヤ、私、あの天魔の群れの下へ向かいます」
「おい?」
「なんとなく、ですが、――いえ、やっとわかりました。あそこでこれから起きるコトを」
「起きるコト?」
「はい。あの下にある東隆山公園から現れるモノの正体でス」
「しょうたい?ねぇ、なんなの?」
「おソらく、地の底から現れるのは、天魔でシょう」

「「――――」」

 柳川と千歳は絶句した。

「……天魔が、あの下にいる、だと?」
「ええ」
「…………すると、家電製品の故障は、空からのヤツではなく、東隆山公園の下にいるヤツの仕業だというのか?――しかし、天魔は自らは電磁波は放射しないと――」
「確かに。――珪素が土壌から抽出スる時、人間は電気炉で取り出シている。シかシ彼らは、どうやって珪素を抽出スるのかシら?」
「……電力会社が、隆山市内での電気の消費量が異常に増加して、需要と供給のバランスが一致しないと言っていたな――――まさか」

 慄然となる柳川に、ブランカは頷いてみせた。

「……やはり、ソうでシたか。ええ、人間が使っている電気を利用シているからでス。人間の使う電気や電磁波を吸収シ、土壌から珪素を抽出スるのに使っているのよ」
「でも、それだと――何で隆山に?大都市のほうが!」
「大都市には、無いのでスよ」
「……何が?」
「正確に言うと、”隆山には居た”のよ。――天魔の卵もしくは幼体が」

             つづく

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