『羅刹鬼譚 天魔獄』 第4話 投稿者:ARM(1475)
【警告!】この創作小説は『痕』『雫』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用しており、ネタバレ要素のある作品となっております。
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 第7章 〈アレクサンドリア大博物館の館員〉

 しばらく隆山を歩き回ってみる、という瑠璃子を残し、梓とブランカ、千歳は柏木邸に戻った。残りの家族である楓と初音は現在、会社の同僚たちと一緒に北海道へ社員旅行に行っているため、西に傾いた陽射しが注がれている邸内は静まり返っていた。
 帰宅するなり、ブランカは真っ直ぐ耕一の部屋に向かった。あまり、物を置かない耕一の殺風景な部屋の机には、インターネットに専用線を引いたパソコンがある。ブランカは真っ先に机に向かい、電源を入れた。

「変なエロ画像が壁紙に貼られていたりしてね」

 ブランカの肩越しにモニタ画面を覗く梓だったが、耕一のマシンには壁紙は使用されておらず、デフォルトのままであった。

「スキャナーも買ってあるんだから、千歳ちゃんか姉貴の写真でも使えばいいのにねぇ……なにやってんの?」
「ネットに繋げまス」
「え?ブラウザのショートカットじゃないよ、それ」

 ブランカがクリックしたのは、「図書館」という名前が付いたアイコンだった。すると画面には、今まで見たコトのないようなフォームのブラウザ・ウィンドウが現れ、続いて、IDとパスワードを要求するウィンドウが現れた。
 ブランカはそのパスワード入力ウィンドウに何も入力せず、モニタの横についていた、CCDカメラを自分の顔に向けてエンターキーを押した。
 すると突然、画面上のウインドウがすべて閉じられ、ついには画面自体が消えてしまった。

「あれ?不正処理?――――あ、戻った…………何、その画面?」

 再起動したように戻った画面に映るそれは、先ほど表示された、見慣れないブラウザであった。中央には、CGで描かれた建物があり、その上に、文字が書かれていた。

「アレクサンドリア大博物館」
「?なに、それ?そんなサイトがあるの?」
「ガーディアンズが設置シたデータベースサイトでス。専用のブラウザと、ガーディアンズ内の一部の者しか登録サれていないオーラ反応を、そのキルリアン感知カメラで認識することで、閲覧できるようになっていまス。これで、過去、天魔が関係スると思われる事件や事象をスべてピックアップシまス」
「へぇ。怪奇な事件はみんなここに登録されているんだ」
「他にも、過去、迷宮入りになった事件や解明されていない事故のスべてが記録されていまス」
「……へ?」
「メリーセレスト号船内から突然蒸発してしまった乗員たちの行方、倫敦の切り裂きジャック”たち”の正体、沈没したタイタニック号に積まれていた〈呪いの石棺〉に収められていたモノ、そしてケネディ大統領を暗殺した真犯人の情報も引き出せますよ」
「…………へ?え?」
「ここには、森羅万象スべての理が記録サれていまス。何故なら、あらゆる情報を集めることを生業とスる、〈アレクサンドリア大博物館の館員〉が、有史以来ずうっと情報収集に励んでいるからでス。彼らには生者も死者も関係なく、情報を訊き出ス力を持っているのでス。多分、調べれば、アズサの今のスリーサイズも閲覧できるハズ」
「……ええっ?」
「疑うなら、……ほら」

 そういってブランカがキーをいくつか打つと、画面には、三種類のある数字が表示された。それを見るなり、梓の顔が見る見るうちに青ざめた。

「――ど、どうして!?」
「言ったでしょう?このデータベース管理者たちは、生者、死者問わずに情報を調べる能力を持っているって」
「プ、プライバシーの侵害よ、これっ!」

 顔を真っ赤にして怒鳴る梓を見て、ブランカは意地悪そうに笑った。

「大丈夫よ。登録サれたからと言って、個人情報の閲覧ができるのは、閲覧対象の関係者だけ。ソれもちゃんと、〈アレクサンドリア大博物館の館員〉は調べて規制をかけてくれているから」
「そう言う問題じゃなくって――」
「時間がないから、サっサと天魔の情報を引き出スね」

 ブランカは、ぎゃーぎゃー喚く梓を無視し、天魔の情報検索を要求した。すると画面のカーソルが砂時計の形に変わり、「しばらくおまちください」の文字が表示された。

「……ちょっと時間がかかりソうね。……なに、アズサ?」
「いったいいつ、そんなコト調べたのよ!」
「アズサが調べた、ソの瞬間ね」
「――へ?」
「〈アレクサンドリア大博物館の館員〉は情報に対シては受動的で、かつ貪欲なの。ソシて、あらゆる知的生命体と意識的なリンクをシていて、誰かが、何かを調べた、ソの瞬間、ソの情報を彼らはキャッチシて共有化スる。ソれ以外のコトには全く興味を示サないわ」
「……一方的じゃない」
「知に貪欲なだけ。一種のコレクターで、集めるだけで、使おうとする頭は持ち合わせていない。――だからこソ、森羅万象の理を調べ尽くシた〈アレクサンドリア大博物館〉はメソポタミア時代から伝説となり得た」

 有史以来、延々と情報を集めるだけの存在。インターネットの検索機能の要で、検索ロボットというシステムがある。ロボットと言ってもあくまでもプログラム上のもので、疑似AIを利用し、ウェブサイト上に登録されているリンクを辿り続け、またはURLを回収したデータから抽出した単語を当てはめることで、広大なネットから見つけ出したサイト情報を回収していくシステムである。問題の〈アレクサンドリア大博物館の館員〉と呼ばれる存在は、人間同士の共有認識を巨大なネットもしくはリンクに見立て、検索ロボットよろしく情報を収集しているのであろう。
 梓はそれ以上ブランカに言っても解決できるはずもないか、と諦めたらしく、肩を竦めてみせた。

「……ところで、何で耕一の部屋にだけ?祐也の部屋にもノートパソコンあるけど」
「ユウヤも登録はシたけど、要らないって」
「ふぅん。何となく、判る気がするけど……。それにしても、トンでもないモノを導入してくれたわね、耕一のヤツ。そんな、調べものなんてないクセに。帰ってきたら絶対文句言って――――あ」

 突然、梓の顔が閃いた。何か大切なことを思い出したらしい。
 耕一が、調べものをする理由は、ひとつしかなかった。
 十年前の戦いで傷つき、植物人間状態になった妻、千鶴。
 耕一が鶴来屋の会長を務める傍ら、ガーディアンズとして奔走するのは、千鶴を目覚めさせる方法を見つけ出す為であった。今のところ、有力な手懸かりとして、行方不明のブランカの父、〈不死王〉ならば千鶴を目覚めさせる方法を知っているらしい、とまでは判っているのだが、ようとしてその行方は判らないでいた。おそらく、他の手懸かりを、この〈アレクサンドリア大博物館〉の天文学的な数のデータベースから引き出そうとしているのだろう。
 その肝心なコトを思い出した梓は、俯いて黙り込んだ。
 そして、傍で千鶴の様子に気付いて不安そうな顔をする千歳に気付くと、梓は微笑み、千歳の頭を優しく撫でた。

「梓お姉ちゃん…………」
「……千歳のお父さんも、必死なんだよな」
「?」

 千歳はそんな梓の心境など分かるべくもなく、しかしなんとなく嬉しかったので微笑みを返してみせた。

   *   *   *   *   *   *

 丁度その頃、柳川も、署のパソコンにインストールされているDTPアプリを使って、隆山市内の電気店からFAXで送信して貰った家電製品の故障情報を整理し、画面上の地図にマーキングしていた。

「どうだね」
「運良く、隆山市内に電力を供給している日本海電力で、同じような調査をしていたことが判り、データを借りられました。おかげでだいたい、見当がつきました。それと同時に、奇妙なコトが判りました」
「奇妙?」

 きょとんとする長瀬に、柳川はマウスでDTPのプレビューアイコンをクリックした。
 画面に、隆山市内の地図が表示された。その地図には、赤い点が点在していたのだが、ふと、長瀬はそれを見て、あることに気付いた。

「東隆山公園を中心に発生しているな」
「無論、公園内にマーカーがないのは、公園内で家電製品を使う者が居ないからです」
「それぐらいわかるさ。…………するとなんだね、この公園内に、何か手懸かりがあるのか?」
「それと、です」

 柳川は、閉じるボタンをクリックして画面を戻し、今度は次のページを開いてプレビューアイコンをクリックした。先ほどと同じ隆山市内の地図が表示されたが、今度は、青いマーカーが使用され、先ほどよりその数は減っていた。

「なんだね、これは」
「課長、自分たちが戻ってきた時にちょっとした騒ぎがありましたよね」
「ああ、なんか家がひとつなくなったとか。あれ、なんかの事故?」
「天魔が目撃されたそうです。人的被害はありませんでしたが、住宅がひとつ、食われました」
「食っ…………た?生きた住宅か?」
「そんなもん、あるわけないでしょう。――これを見て下さい」

 再び、柳川はプレビュー画面の左端をドラッグし、画面一杯に表示されていた地図を右半分にずらした。そして、前のページを開き、プレビュー画面に変えて、今度はその画面をドラックして左半分に移した。1ページ目と2ページ目のプレビュー画面を同時に表示したのだ。

「……おや?」
「青いマーカーは、隆山市内で発見されたミステリーサークルの出現ポイントです」
「赤いマーカーが穿たれた内側には、青いマーカーが一つもないね。それと、やはり東隆山公園にもない」
「まだはっきりとした確証はありませんが、しかし東隆山公園のこれは、統計学的に見ても異常です」
「てコトは、だ。ここに、何か、あるのかね」
「恐らく」
「うーん、確かに奇妙だな」
「いえ、奇妙なこと、とはまた別のコトです。データを貸し出してくれた日本海電力に問い合わせた時、担当者が、家電製品の故障が増えているのに、電気の消費量は例年の三倍以上も増えている、と首を傾げていたのです」
「うむ。この辺りで、電気を余計に喰う施設なんか無いからなぁ、そらぁ確かに奇妙だ。機械が壊れて使えないのに消費ばかりが増えてるというのは、需要と供給のバランスが狂っとる。電力会社が、電気をワケのワカランうちに勝手に使われているとなっちゃあ、驚いて調べるわなぁ。まぁおかげでこちらの調べる手間が省けたというワケか」
「どうします?」
「ブランカ君に連絡したまえ。それと、あの月島ってべっぴんさんにも」
「月島瑠璃子には鶴来屋に連絡を入れておきます。まず、公園の様子を見てきます」
「俺も行くよ。――正直、外で涼みたい。暑すぎるよここ」
「はいはい」


 第8章 人間爆弾

 30分後、柳川と長瀬は、問題の東隆山公園の高台にやってきた。陽はもう西に傾き、空は紅く染まっていた。

「この時期のここは、もうじき乳繰り合う若人たちで一杯になるのに、男同士でこんなトコに居たくないモンだねぇ」

 長瀬は扇子で顔を扇ぎながら、警官にあるまじき発言をして周囲を見渡す。柳川はもうこの手の発言には見放しているらしく、突っ込もうともしない。

「……もっとも、こうも人の気配が少ないと」

 柳川が黙り込んでいたのは、呆れていたのだけではなく、長瀬の指摘するとおり、公園内に全く人の気配が感じられないからであった。

「…………ん?あそこ、ほら」

 不意に、長瀬が閉じた扇子で、茂みのほうを指した。すると、柳川は、はっ、と驚き、慌てて茂みの傍へ駆け寄った。
 長瀬が見つけ、柳川が驚いたものとは、茂みの裏で倒れている青年であった。

「…………息がありません」
「気持ち悪いな。笑い死にかね。……うわ、むこうにも、あそこにも。……死体だらけだ」
「…………こんな殺し方は、ひとつぐらいしか思い当たりません」

 そう言って柳川の顔が見る見るうちに険しくなっていく。

「こりゃあもう、防犯課だけでは手におえん。応援を呼ぼう」

 そう言うと長瀬はポケットから携帯電話を取り出し、短縮ダイヤルを押した。

「――――ひっ!」

 短縮ダイヤルのボタンを押した途端、携帯電話のスピーカーから、きぃぃぃん、と黒板に爪を立てたような凄まじい音が鳴り、堪らず長瀬は携帯電話を放り捨てた。

「――ん?」

 携帯電話が地面に落ちた瞬間、携帯電話から火花が飛び、ショートしたのか機器の中から煙が立ち上った。

「「これは――――」」

 柳川と長瀬が地面の壊れた携帯電話を前に唖然となったその時であった。

「すごいね。もう、かぎつけたんだ」

 柳川と長瀬はその声に驚き、声が聞こえてきた背後へ振り返った。
 ――振り返ったはずだったが、身体が全く動けなかった。

「ここに眠る子はね、縄張り意識が強いの。だから、近くで電磁波をまき散らすものには容赦なく攻撃を加えるのよ」
「――か、飼葉瑞恵だな!」

 柳川がその名を口にした途端、二人の背後で嗤っていた飼葉は、思わず瞠った。

「毒電波で身体の自由を奪われているはずなのに、しゃべれるの、あなた――――?!」

 感心する飼葉の目の前で、柳川は鬼神の力を解放し、鬼へと変化していった。柳川のこの「柏木一族の秘密」を何度も目にしている長瀬をしても、この地上最強の生物の出現には、慄然とならずにはいられず、隣で毒電波によって四肢の自由を奪われても身震いしていた。
 だが、この鬼神をあえて敵対する飼葉には、恐怖の微塵もなかった。

「そっか、あのお嬢ちゃんの仲間なんだね。…………凄いけど、あのお嬢ちゃんのほうがもっと凄かったからね。――いいよ」

 飼葉がそう言った途端、鬼神の柳川は振り返った。あろう事か、飼葉は柳川を毒電波から解放したのである。
 無論、この与えられた好機をむざむざ放棄する気も無く、柳川は飼葉目がけて突進する。
 ところが、飼葉は逃げもせず、口元をつり上げてその場で腕を持て余したのである。
 次の瞬間、ばしん!と肉が激しくぶつかり合う音が轟いた。
 恐ろしい光景であった。
 柳川と飼葉の間に割ってはいるように、六人の男女がいつの間にか現れ、柳川の身体に張り付いていたのだ。柳川の右腕を掴んでいるのは、先ほど茂みの影で見つけたあの青年の死体であった。

「みんな、死んでいないの。正確には、仮死状態の人間。意識を毒電波で破壊して、身体維持機能を一時的に仮死状態にして、わたしの毒電波の操り人形にしたの。それでね、こういうコトが出来るの」

 飼葉が、にぃ、と嗤った。
 同時に、柳川の身体にまとわりつく六人の男女の身体が、一斉に爆発したのである。
 その衝撃波に、柳川は鬼神化してもかなりのダメージを受け、その場に膝を突いた。飛び散った人間爆弾の破片が柳川の全身に降り注ぎ、大腸が柳川の首にまとわりついた。

「生卵をね、電子レンジで温めると爆発するの、知っている?あらゆる物質には固有振動周波数ってのがあってね、その周波数に一致した波動を受けると物質構成維持が出来なくなるの。生卵が爆発するのは、電子レンジが水の固有振動周波数にあわせた電子を送射しているからなんだけど、あたしが操る毒電波の周波数も、水のそれと同じなの。人間の身体ってほとんど水だってコトは知っている?だから、毒電波を使えば、こんなふうに人間は爆発しちゃうの。あははは!」

 飼葉は凄絶な光景を前にして、無邪気に笑った。鬼神の柳川が、飼葉の放った毒電波による人体破壊を免れたのは、鬼神化によって身体構成が常人のそれと変化していた為であった。

「まぁ、本当は毒電波だけじゃ、こんな芸当は無理なんだけどね。――ここだから、出来たの」
「……ココ、ダケ?」
「へぇ。怪物になっても人間の言葉、話せるんだ。うん、そうだよ。……今はここだけ。電波が一杯堪っているここだけだけど、アレが目覚めれば、余所でも同じコトが出来る」
「……あれ、ダト?」

 血塗れの柳川が、ゆっくりと身を起こした。ふらつく身体は、爆発の衝撃で生じた脳震盪からまだ回復し切れていないコトを物語っていた。
 そんな柳川を見て、飼葉は、くすっ、と嗤った。

「……あんた、色々役に立ちそう。――ね」

 飼葉の瞳が邪悪な光を灯した。同時に、柳川はまた、毒電波によって身体の自由を奪われ、その場に硬直した。

「あんたなら、あの危険なお嬢ちゃんを何とかしてくれそう。――殺してきて」

 もはや柳川にあらがう術は無く、飼葉の命令を受けた鬼神の柳川はその場から一気に飛び立ち、公園を出て行った。その方向の果てには、柏木邸があった。

             第5話へ つづく

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