ToHeart if.『月は、太陽に』第24話(改訂版) 投稿者:ARM(1475)
24.無明長夜 = 勇気 =

「や、やぁ、みんな、こんな暗いところで何やっているの?」

 そういって笑う雅史の第一声に、浩之は思わず呆れ顔を仰いでみせた。

「…………雅史。聞いていたのか?」

 浩之が声のトーンを落として訊く。雅史は誤魔化そうとするが、浩之が本気で怒っていることは直ぐに判ったので、ためらいがちに頷いた。
 それをみて浩之は、はぁ、と苛立ち混じりの溜息を吐くと、雅史はゆっくりと起きあがりながら、

「浩之。無茶はいけないよ。相手は、平然と犯罪を犯す奴らなんだ」

 雅史は心配そうな顔をして言って見せた。
 すると、浩之の顔が見る見るうちに曇り始めた。隣にいたあかりは、その変化に真っ先に気付き、酷く当惑した。

「南雲さんの居場所が分かったのなら警察に通報した方が……浩之?」
「帰れ」
「――――」

 雅史ばかりか、あかりも思わず瞠った。

「で、でも――」
「雅史。お前、腹立っていないのか?」
「え?」

 ぽかんとなる雅史を前に、浩之は一瞬、あかりのほうを意識するように、ちらっ、と見やってから、また、はぁ、と溜息を吐いた。

「………………お前、南雲さんに関わった所為で酷い目にあっていながら、まだ判ってないのか、と訊いているんだ」
「え――――」

 雅史は、浩之が何を言いたいのか、良く理解出来なかった。いや、言っている内容は判るのだが、どうしてそんなコトを訊くのか、その理由がどうしても判らないのだ。

「でも、それは南雲さんが悪いんじゃなくって……」
「いいから、帰れ」

 雅史は、今の浩之がキレる寸前であるコトを直ぐに理解した。それは雅史と同じくらい付き合いの長いあかりにも同じで、浩之の隣でおろおろし始めていた。端で芹香綾香そしてセバスは、我関知せずとばかりに黙って成り行きを見守っている。あるいはどうすればいいのか途方に暮れていたのかも知れない。
 だが、やがてセバスが、ふむ、と頷くと、一歩前に出てきた。

「いえ、藤田殿、佐藤殿の言うとおりです。これ以上、人を巻き込むワケには行きません。ゆえさんのコトは警察に任せましょう。そうすれば、余計な恨みを買わずに済みます」

 セバスがそう言うと、浩之は綾香たちの方に当惑の眼差しを向けた。だが、綾香がウインクすると、浩之はそばに居る雅史に気取られぬよう、小さく、うん、と頷いてみせた。

「……判ったよ」

 そう答えるとまた、浩之はあかりのほうを目で、ちらっ、と見た。心配そうな顔で浩之を見つめているあかりを見て、浩之は、やれやれ、と呟いた。

「…………仕方ねぇなぁ。ま、そうだな、綾香や先輩を巻き込むわけには行かない。あとは頼むぜ、セバス」

 そう言って浩之は大きく溜息を吐くと、まだぽかんとしていたあかりの手を引き、オカ研部室からさっさと出て行った。

「そう言うワケです、はい」

 セバスが慇懃に言うが、呆気にとられた貌で浩之たちの背を見送っていた雅史の耳には届いていなかった。タチの悪い夢でもみているような、そんな貌だった。


「――浩之ちゃん、痛い痛い!」

 腕を掴まれて引っ張られているあかりは、前を向いたままつかつかと歩く浩之に訴えるが、浩之は振り向こうともしない。しかし、クラブハウスを出て、校門前に出ると、浩之はあかりの腕から手を離し、ようやくあかりのほうを向いた。
 怖い貌をしている、とあかりは思った。だが、何かを迷っている、そんな複雑そうな顔のようにも見えた。

「無理矢理引っ張ってきてすまんな。とりあえず今日は、お前ン家の前まで送ってやるよ」
「浩之ちゃん…………」

 浩之はそれだけ言うと歩き出したので、あかりも仕方なくその後をついていった。

「………浩之ちゃん」
「…………」
「…………本当に無茶、しないよね?」

 あかりがそう訊くと、浩之のこめかみが一瞬、ぴくっ、と動いた。まるで心を見透かされて心底驚いたかのようであった。
 しばらくして、浩之は一瞥もくれず、小さく頷いた。それをみてあかりは、ほっ、と安堵の息を吐いた。だが、それでも不安に曇った顔は晴れていなかった。

「…………でも…………雅史ちゃん、あれじゃあ可哀想…………きゃっ!」

 あかりは、浩之がいきなり立ち止まるとは思わなかったので、浩之の背中にぶつかって驚いた。

「どうしたの、浩之ちゃん」
「なんでもない」

 そう答えて浩之は再び歩き出した。結局帰宅するまで、浩之はあかりのほうに振り返ろうとはしなかった。

 芹香たちも帰宅する為、雅史もクラブハウスを後にした。途方に暮れる雅史は、自然と、土手下の運動場へ足を向けていたが、部員たちはほとんどいなかった。さきほど橋本がランニングに連れていった為である。
 話し相手が欲しかったわけではなかった。後輩の女子マネージャーがさきほど雅史の存在に気付いて手を振ったが、雅史は手を振ったっきりで、土手に腰を下ろしたまま、ぼうっ、としていた。

「やは」

 突然、雅史は背後から声をかけられ、びっくりして振り返った。

「二木?ランニングに行ったんじゃないのか?」
「ちと、用があってな。――しけたツラしてんなぁ」
「……ほっといてくれ」

 そう言って雅史は顔を戻し、再び黄昏れた。

「ん――、寂しく黄昏れる美少年、絵になるねぇ」
「うるさい」

 眠たそうな声で文句を言う雅史の背に、二木はケラケラと笑い声を浴びせた。

「二木ぃ、お前なぁ」
「そういやぁさ、俺、佐藤がそんな顔して藤田を睨んでいるトコ、見たコトないなぁ」
「――――」

 二木の指摘に、雅史の顔が硬直した。

「怒り方が違うんだよな。藤田に何かされた時は困った顔をするけど、それ以外だとそんなふうに嫌そうな顔をする。……あーあ、差別されてんのかなぁ」
「そ、そんなコトないよ」

 明らかに雅史は動揺していた。そんな雅史の様子に、二木はまた意地悪そうに笑う。

「ってゆうか、佐藤、藤田のコトばっかヒイキにしているように見えるんだよねぇ」
「…………」
「これでさ、女のコに興味示さなかったら、俺も本気でホモじゃねぇのか、なんて思っちまうところだった…………おいおい、そんなに怖い顔するなよ」

 しかし、雅史が二木を睨んだのは、同性愛者扱いされたコトにではなかった。二木が、女のコ、と言ったあたりから雅史の顔は豹変していた。

「………やっぱり、南雲さんのコトで、か」

 雅史は思わず驚いた。二木は気付いていたのだ。
 二木は、当惑する雅史の右隣に、よっこいせ、と妙にオヤジくさいかけ声を口にして腰を下ろした。

「……彼女、今日休んでいたそうだな」
「…………」
「風邪か?それともお前が変なヤツに殴られたショックで、か?」
「…………」

 二木の質問に、雅史は力無く項垂れた。

「――彼女が行方不明になったのがそんなに不安なのか?」

 二木がそう訊いた途端、雅史は、はっ、と驚いて顔を上げた。そこには憮然とした面持ちの二木がいた。

「………彼女が行方不明になった責任感じているのか?」
「ど、どうしてそれを…………」
「長岡だよ」
「え?」
「ランニングに出るとき、その先で長岡に会ってな。…………俺がここにいるのは部長も承諾済みだ」

 ランニングに出て間もなく、土手の直ぐ先で二木に声を先にかけたのは志保の方だった。今回の事件の背景を志保から聞かされた二木は、雅史が来るのを待っていたのだ。

「聞いたよ。南雲さんが昔付き合っていた不良仲間の悪さだったって。……とんだ目にあったな」
「南雲さんも被害者だよ。関係ない」
「そうかなぁ?案外、お前のコトうるさがって、昔の不良仲間を利用して――」

 そこまで口にした途端、雅史は衝動的に二木の胸ぐらを右手で掴んで睨んだ。

「……関係ない、って言っているだろう?!」
「藤田には、同じコト言われてもこんなふうには怒らなかったんだよな」
「――――」

 唖然となる雅史の右手に、どこか哀しげに微笑む二木の右手が重なった。

「……おいおい、長岡だって。クラブハウスでのやりとりを見ていたらしい。本当、あいつ、神出鬼没だよなぁ」
「…………」

 雅史は、二木の胸ぐらから右手を離した。二木はその右手を押しのけるようにゆっくりと手を離した。

「で、どう思う?」
「……?」
「俺が南雲さんのコト、本気でそんなふうに思っているかどうか?」
「――――」

 雅史はデジャ・ヴュを覚えた。二木相手につい最近、ゆえの件で同じようなやりとりをしたコトを思い出したのだ。
 雅史がそれを思い出したコトに気付いた二木は、にっ、としたり顔で笑った。

「あン時も俺に怖い顔してみせたけどさ、ゆったろ、お前を信じるって?――それにさ、この間の夕食会で、俺も大体南雲さんのコト判ったよ。……お前に酷いコトするようなコじゃない。惚れられたお前に嫉妬したくなるくらい佳い女性じゃねぇか」
「…………だから、なんだろうな」
「お前に、さよなら、言ったことか?」

 寂しげな雅史の呟きの意味を、二木は知っていた。

「――志保のおしゃべりめ」
「怒ンない、怒ンない。長岡も、お前のコト、凄ぇ心配しているんだしな。――でもさ、それ言ってた時の長岡、なんか異様に暗かったな」
「志保が?」
「南雲さん、お前にだけ、さよなら、って言ったんだって?」
「――――」
「…………佐藤よりも付き合い長いのに、やっぱり男と女、最後には差が出てくるよなぁ」

 二木がそういうと、雅史は思わず、あっ、と洩らした。
 雅史より付き合いの長い志保には、ゆえは離別の言葉を交わしていない。それが何を意味するものか、雅史は考えても見なかった。
 何故、雅史にだけ、さよなら、と告げたのだろうか。黙って別れれば、なまじ別れを告げられるよりダメージは少ない。
 あえて離別の言葉を告げる理由はあるのか?
 もう逢えないから?もう逢いたくないから?――逢う資格がないから?

「――そんなコトない!」
「お、おい」

 自分の推測にいきなり激高した雅史は、驚く二木の声に、はっ、と我に返った。

「ご、ごめん――」
「おいおい、毒電波でも受信しちまったかと思ったぜ。――別れを言われた理由でも考えてたか?」
「う、うん…………」

 そう答えてまた項垂れる雅史を見て、二木は、ふぅ、と溜息を吐いた。

「なぁ。俺、思うんだけどさ」
「……?」
「辛いコト言われた時、その裏を考えてみるのも手じゃないかなって」
「裏?」
「どうして相手がそんなコトを言わなきゃならないのか、って」
「――――!」

 再び、閃いた雅史の顔が二木の方へ向いた。今度は笑っていた。

「人間っていきものは、不器用だからなぁ。相手のコトを気遣うとどうしても正直になれない。もっと素直になれたら、人付き合いだろうが恋だろうが、誤解なく分かり合えるんだろうけどよ」

 そういうと二木は、照れくさそうに苦笑いする。不断は、軟派なセリフなら平気で口にする男だが、真面目な言い回しは苦手らしい。
 そして、そんな男を、雅史はもう一人知っていた。

「……藤田だってさ、お前を心底気遣っているんだ。だからさ、佐藤の言い分にワザと怒ってみたんじゃねぇのか?」
「ワザと?」
「ああ。あいつとの付き合いなんて、佐藤を挟んだ程度だから大したコトはわかんねぇけどよ、でも、神岸さんや佐藤をみているとな、何となく判るんだ。――面白いヤツだよ、本当――――おう、桂!」

 二木は、サッカー部の二年生女子マネージャーの姿を見つけて呼んだ。桂は後輩の女子マネージャーと二人で一緒に、運動場に散らばっていたサッカーボールを集めてカゴに入れていた。

「部長がな、戻ってきたらフリーシュートの練習やらせる、って言ってたから、適当に五、六個、そこいらに置いといて。残りは俺がしまってやるからさ」

 そう言って二木は雅史の横から立ち、土手を降りていく。だが、三歩ほど下ったところで急に雅史のほうに振り返り、

「大方さ、野郎のコトだ、お前を置いてどこかへ行こうとしているかもしんねぇぞ」
「え――――?」
「まだ、察しがつかねぇのか?そんなんだから、藤田、呆れたんだよ。あいつはやると言ったらやる。そう言う男だ。だが、短絡的じゃ無ぇ。ちゃんとモノは考えているし、見るところは見ている」
「見て――――」

 絶句する雅史の脳裏に、自分を見る浩之の呆れ顔が浮かんだ。
 警察に委ねよう言った時、浩之はその提案に呆れて、雅史を咎めた。
 だが、彼のその隣に、決して心配をかけさせてはいけない、大切な少女が居た。無茶なコトを言ってゴネたら、あかりは浩之を諫めようとするのは明白である。浩之はそれを承知しながら、何故ゴネなければならなかったのか?
 答えは直ぐに浮かんだ。
 ゴネて、それを諫められ、諦める。――浩之はまず、あかりを安心させなければならなかった。

「それと、佐藤をこれ以上巻き込みたくなかったんだろうよ。だから、あえて悪者になった。――違うか?」

 その通りだ、と雅史は思った。

「……そう言うコトなのか」

 雅史の呟きに、二木は、にっ、と笑って頷いた。

「……怪我人なんだから無茶すンなよ。全国大会予選はもう直ぐなンだからな」
「ごめん――――」

 そう言って雅史は立ち上がり、その場から走り去っていった。方向は、浩之の家があるほうである。


 他人を拒絶する理由は、突き詰めればこの一言に尽きるだろう。

 自分と違う「他人」が、怖いから。

 事実、幼い頃の雅史がそうであった。人見知りが激しく、わがままばかり言っていたのは、姉に甘やかされていたためでなく、本当に、他人が怖かったからである。

 どうして、他の人は違う顔をしているのだろう?
 どうして、同じ顔じゃないんだろう?
 姉や、母、父はこんなに自分に似ているのに、どうしてなのだろう。

 所詮は子供の考えるコトである。しかし子供にとって、他愛の無いようなコトでも、充分命を脅かす(と思えるほど)深刻な悩みになる。

 雅史は、本気で「たにん」が怖かった。

 そしてその恐怖はある日、前触れもなく、物理的に襲ってきた。

「どうしてみんなといっしょにあそばないんだよ」

 ふじたひろゆき。ほかのこは、そういってた。
 こわいかおで、ボクをにらみつける。まるでオニかアクマのようだ。

「どうしてあそばないんだ、ってきいてるんだよ!」

 そういってふじたひろゆきは、ボクをつきとばした。
 いたかった。それいじょうに、こわかった。
 だから、ちえみおねえちゃんにたすけてといった。ちえみおねえちゃんはすぐに、ふじたひろゆきのうちにいって、おこってくれた。

 ふじたひろゆきは、ふじたひろゆきのママにあたまたたかれた。

 でも、あやまらなかった。

 だから、ちえみおねえちゃんはなんども、ふじたひろゆきがあやまるまで、ふじたひろゆきのうちにいった。

 そのうち、ちえみおねえちゃんがかぜをひいてねつをだしちゃった。ふじたひろゆきがあやまらないから、こんなことになっちゃったんだ。

 だからボクがかわりにいった。

 でも、なんであんなこわいふじたひろゆきのうちに、ボクひとりでいくきになったんだろう?よくわかんない。
 ……よくわかんない。なんかしらないけど、ふじたひろゆきにあうのが、こわくなくなっている。そんなきがする。それに、ふじたひろゆきのいえのまえでおこるのが、なんか、たのしい。……へん、かな。へん、なのかな。たのしいなんて。

 ふじたひろゆきがでてきた。ひとりでおるすばんしていたんだって。すごぉい。ボクにはおるすばん、まだできないのに。

「……あれ?おまえのおねえちゃんはいないの?」
「かぜ、ひいたの」

 そうこたえたら、ふじたひろゆき、こういったんだ。

「…………おみまいにいって、いい?」

 その翌日から、雅史は浩之と一緒に遊ぶようになっていた。結局、浩之は雅史と千絵美に謝らず仕舞いであったが、二人とも、もう忘れていた。

   *   *   *   *   *

「――――お前は、あいつに似すぎているんだよ!」

 そういって父親は何度もゆえの中で果てた。

 似ていて当然じゃない。あんたと俊夫さんは兄弟なんだから。
 それとも、似ているのがそんなに嫌なの?
 それはこっちのセリフよ。
 あんたに似ているなんて、こちらから願い下げよ。

 …………なんて、言えるわけ、ないじゃん。

 それでもあんたは、あたしの「おとうさん」だったんだから。

 もう「おとうさん」は死んじゃったの。あたしの中の「おとうさん」は。


「――ん?なんか、言ったか?」

 事を終え、ベッドに腰掛けて満足そうに煙草を吹かしていた九重が、ベットの上に全裸で寝転がっていたゆえの呟きを偶然耳にして、ちっ、と舌打ちしてうざったいように訊いた。
 ゆえは、何も応えず、九重に背を向けた。

   *   *   *   *   *

 浩之はあかりを無事送った後、あかりの母親から夕食を一緒にどう?という申し出を断腸の思いで断り、自分の家に帰宅していた。
 帰宅すると、自宅の電話の留守録に、綾香からのメッセージが入っていた。今日の6時半に、駅前のロータリーで待っている、と。今から出ても充分間に合う。浩之は自室に戻って動きやすそうな私服に着替え、机にしまっていた、葵からもらった赤いグローブを取り出し、滅多に使わない布鞄に入れてそれを手にして部屋を出た。

「……殴り込みなんて、柄じゃないんだけどなぁ。まぁ、セバスがいることだし、頭潰せばもうちょっかい出さねぇだろう」

 そう独り言して玄関の扉を開いた浩之は、あっ、と驚いた。
 息を切らせた雅史が、その場に立っていたのだ。

「雅史……お前…………」
「僕も行くよ」
「…………ど、どこへ」

 浩之は、驚きの余り、引きつった笑いを浮かべた。
 そのぎこちない笑みが、素に戻ったのは、自分を睨み付ける雅史の眼差しに臆した所為だった。

「…………雅史」
「南雲さんが僕だけに別れを告げたのは、僕を傷つけまいとしたんじゃない。――僕に助けを求めている想いの裏返しなんだから」
「お、おい…………」
「この件は、浩之には関係ないコ。だから浩之にとやかく言われる筋合いは無い」
「関係なくはないだろう?!」

 思わず浩之は怒鳴ってしまった。

「お前や志保が襲われた以上、他のみんなも巻き込まれねぇって保証は無い!――俺はな、あかりが酷い目に遭わされるのだけは絶対ご免なんだっ!だから!」
「僕だって南雲さんがこれ以上酷い目に遭わされているのを黙っているのは嫌なんだよ」
「――――」

 浩之が絶句したのは、雅史の口調がいつもより荒っぽくなっているコトにやっと気付いた所為だった。浩之は、雅史が本気で怒っているコトにようやく気付いたのだ。こんな雅史を最後に見たのはいったいいつの頃か、浩之は思い出せなかった。
 あのあかりのように、いつも自分の後ろをひょこひょこ付いてきた、自分のマネばかりしていた、お姉さん子の少年は、もうそこには居なかった。
 かばってあげなければならない少年は、もう居なかった。
 いつかはこんな日が来るのだろうとは思っていた。どこか寂しい気もしたが、だがそれは、あかりの件で散々判ったコトであった。

「……勝手にしろ」

 何かを諦めたような、それでいて、嬉しそうにはにかんでいるようにも見える顔で答えた浩之は、玄関を潜り抜けて扉の鍵を閉め、雅史の横をすり抜けた。雅史は浩之が横を通り抜けるのを黙っていたが、すぐに踵を返して、浩之の横に並んで歩き始めた。

「…………あの衆道に怒られても知らねぇぞ。そういうの、勇気ってゆわねぇんだぜ」
「お互い様。……あかりちゃんに叱られるよ」
「俺はそっちのほうが怖い」

                 つづく

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