東鳩王マルマイマー第15話「狙われたMMM(Aパート:その3)」 投稿者:ARM(1475)
【承前】

 MMMバリアリーフ基地が緊急事態に陥っていた頃、初音はレミィとともに、来栖川邸の京香の書斎にいた。

「…………そうだったのですか」

 驚いている初音とレミィの前で、京香は、こくん、と頷いた。

「しかし、そのコトを、ヒロユキやマルチに伝えなくて宜しいのですか?」
「このコトはまだ、彼らには秘密にしていなければなりません。長瀬主査には後でわたしから伝えるつもりです」
「しかし、何故そこまで秘密にしなければ――――?」

 初音がそう訊いたその時だった。
 京香の書斎の室温が、3度低くなった。
 正確には体感温度である。だが、それを引き起こしたのが、エルクゥの血筋である柏木初音ではなく、別の人物の仕業であろうとは。

「レミィさん――いえ、〈レミィ〉」
「来たよ」

 そういって、ハンターモードの人格に変貌した〈レミィ〉(括弧付きのレミィ)の口元がつり上がった。

「来たって――――」

 怪訝そうに訊く初音の顔が硬直した。

「――なに?この強いエルクゥ波動は?」
「どうやら、親玉たち自らお出ましになったようね。初音、気分は?」
「だ、大丈夫……」

 そう答えるが、初音の顔は見る見るうちに蒼白していった。

「…………まだ、辛いのですか?」
「あ……ええ、少し」

 初音が不調を訴え始めたのは、一昨日のエクストラヨーク戦からであった。戦後、軽い目眩や吐き気を憶える初音に、綾香は休暇を命じていた。初音は京香の勧めもあって、この2日間、来栖川邸に滞在していたのだった。

(……エクストラヨークの影響が強いようね)

 〈レミィ〉がそう思うまでもなく、休暇を命じた時点で綾香たちも、そこに原因があるコトに気付いていた。初音の中に流れているエルクゥの血が、エクストラヨークに過敏に反応しているのだ。以前にも、初音はエルクゥ波動を受けて暴走したコトがあった。
 そして、初音の前世は、ヨークを制御していたエルクゥ皇女リネットである。エクストラヨークはクイーンJが乗ってきたヨークを回収して作り上げたモノである以上、その影響を受けないと考えるほうがおかしい。
 そして、藤田浩之とマルチの電脳連結における高いシンクロ率。今や、リスクの高い初音の力を借りる必然性が薄くなりつつあった。
 なにより、初音は優しすぎる。自分を殺してまで闘える女性でないコトは、皆も理解していた。だから、綾香は初音に休息を命じた。
 しかし今、初音からエルクゥとの闘いを取り上げてしまったら、初音は二度と立ち直れないだろう。だから今は、初音に休む一時を与えなければならない。必ずしも浩之が初音の代わりにマルマイマーとシンクロして闘ってくれるとは限らない。だが、初音の負担を減らす協力ならきっと、快く引き受けてくれるだろう。
 だが、その浩之も、あの闘いで心に深い傷を負ってしまった。

(…………浩之は強い男だから、きっと大丈夫よ。レミィが惚れている男だから――)

 〈レミィ〉はそう心の中で呟いた。どこか嬉しそうで、それでいて寂しそうに。
 それから〈レミィ〉は、初音のほうをみた。

「――私がバリアリーフ基地に行く。初音はここに残っていなさい」
「しかし――」
「そうしなさい」

 京香も初音を引き留めた。

「私の見立てでは、精神的なダメージが回復し切れたとはいえないようです。そこを彼女たちにつけ込まれたら、いくら貴女でも……」
「しかし――」
「京香さんの言うとおりね」
「〈レミィ〉?!」

 そんな押し問答をしていた時だった。京香の書斎にある電話がけたたましく鳴った。京香はモニターフォンのスイッチを入れた。

「何事ですか」
「バリアリーフ基地が強襲されました。――敵エルクゥと思しき男女が三体、天王洲ゲートから侵入しました」

 綾香の冷静だが緊迫した声が、スピーカーから流れてきた。

「綾香!奴らにはまともな手段では勝てないぞ!」

 受話器を上げた〈レミィ〉がそう答えると、綾香は暫し絶句した。レミィではなく〈レミィ〉だったコトに驚いてしまったようだ。

「機動飛空挺を全艦、バリアリーフから発進させなさい。キングヨークには今、芹香達が居るはずです」
「ええ、姉さんには連絡しました。5分以内に全艦発進します」
「京香さん、私は行かせて貰う」

 〈レミィ〉が踵を返すと、それを京香が止めた。

「これをお持ちなさい」

 そういって京香は、書斎の引き出しから取り出したガンホルダーを〈レミィ〉に投げ渡した。

「こんな物騒なものを、世界に誇る法治国家の財閥は持てるわけ?」

 にやり、と笑う〈レミィ〉は、グリップを握り、中から黒光りする鉄の塊を引き抜いた。
 銃に見えたそれは、ナックルガードのついた刃渡り20センチのサバイバルナイフであった。

「マルマイマーの装甲と同じデュープ鋼とネイルミスリル合金で造られた『ウィル・ナイフ』です。THライドとAIの接続コネクターに使用されているサイコミュ・チップを芯に埋め込んであります」
「精神を集中するコトで切れ味が変化する、精神感応式の高周波ナイフね。――私にうってつけの武装というわけだ」

 〈レミィ〉は嬉しそうにグリップをナックルガードを使って人差し指で軽々と回転させて、左手に持っていたガンホルダーに投げ込むように収める。そして京香に軽く会釈してから書斎から駆け出して行った。

「〈レミィ〉!」
「初音さんは残りなさい」
「しかし…………」

 初音は、自分を静かに見つめる京香に、これ以上訴えても出動を認めてくれないコトを理解した。


 浩之とマルチは不断、バリアリーフ基地までの往復に、来栖川邸へ直行されている専用モノレールを利用していた。二人が来栖川邸のモノレールゲートに到着したのは、バリアリーフ基地内に警報が鳴ってから10分後のコトであった。
 二人は無言で物憂げに席を立ったが、バリアリーフの危機を告げる警報のコトは知らなかった。海中に設置されたチューブトンネルにも一応、MMM隊員が携帯する小型通信機に連絡が入るのだが、浩之は通信機を病室に忘れていたコトにまだ気付いていなかった。あとはマルチに内蔵されている通信機だけなのだが、綾香は浩之が通信機を持っているものと考えていた為、その回線を使用して連絡しなかったのだ。

「……んあ?」

 ブルーな気分で居た浩之とマルチは、開かれたモノレールのドアの向こうに、戦闘・防弾用の軽量アーマーに身を包み、右肩に大型の狩猟用ボウガンをぶら下げているレミィと鉢合わせになった。

「浩之――?!」
「――レミィ?なんちゅう格好しているんだよ?これから狩りにでも行くのか?」

 驚きつつ、呆れたように苦笑する浩之を見て、〈レミィ〉はしばし絶句した。

「…………なんだ、知らないの?」
「なんだよ、その――流暢な厳しい口調……って、まさか、ハンターモード?」

 浩之は、レミィが〈レミィ〉であるコトに気付き、瞠って一歩退いた。高校時代、この凶悪な二重人格の美少女に何度、殺されかけただろうか。退いた距離は昔より短くなったが、きっと前に出るようなコトは無いだろうと浩之は考えていた。
 〈レミィ〉は、どこか呆れているような涼しげな眼差しを浩之にくれた。その瞳は、いつものフリスコの陽射しのような綺麗な瞳と同じものであるのは浩之にも判っている。なのに、別人のように見えるのは、まるで獲物を狙う獣の眼光と同じ光がそこに宿っているからなのだろうか。

「浩之。連絡を受けていないの?」
「連絡?」

 訊かれて、浩之は隣にいるマルチと顔を見合わせ、ジャスト4秒後に、あっ、と驚くと、自分の身体をポンポンとはたきまくり、最後にはマルチが持っているバックを開けて中を漁った。

「…………いかん。病室に忘れてきた」

 堪らず仰いだ〈レミィ〉は、はぁ、と溜息を吐き

「綾香のヤツ、面倒くさがってマルチの通信回線に連絡入れ忘れているな。――バリアリーフ基地が襲撃されたのよ」
「「――――なっ!?」」

 閃くように瞠った浩之は、初めて〈レミィ〉のほうへ飛びついた。

「オゾムパルスブースターか?」
「もっと最悪。――親玉たちよ」
「親玉――あの、EI−01ですか?」

 蒼白するマルチは,かつてEI−03戦で対峙した、EI−01のコピーを想い出した。初戦でマルマイマーたちを手玉に取り、正気を取り戻したEI−03=テキィを暴走させる為に再び出現して、結局霧風丸に倒された――柳川がとどめを刺したコトは知らないが――あの人型の怪物。
 そしてその後、EI−04=太田香奈子との闘いで霧風丸を大破させ、そして自衛隊の報告で、自衛隊の護衛艦「はるな」「きりきま」と融合したEI−06、07との戦闘を至近距離から見ていた、奇妙な男女三人組の存在が確認されていた。目撃が少なかった為に詳細なモンタージュ写真は作られていなかった――正確に言うと、京香がそのモンタージュの作成を止めさせたのだが、そのコトは長瀬主査と諜報部部長のミスタ、〈レミィ〉、特戦隊の三人そして直接対戦したしのぶを除く綾香たちMMMのメンバーは、作成されたことすら知らされていない。
 その理由は簡単である。三人組の正体を、初音に知られないようにする為である。
 問題の男女が、エルクゥの意識下にある、死んだハズの柏木楓、柏木梓、そして――。そのコトを初音が知ってしまった時のショックを考慮してのコトである。
 しかし浩之や智子はともかくとして、何故、京香は娘である綾香にその事実を告げないのか。

「そうよ。悪いが二人とも――」

 〈レミィ〉がそこまで言った途端、急に彼女は口をつぐみ、暫し仰いだ。また呆れているのではなく、何か考え事があるらしい。

「……いや、いい。京香さんのところで待機していてくれ」
「え?俺はともかく、マルチは――」

 すると〈レミィ〉は首を横に振り、

「……少し、込み入った事態になっているのよ。初音も居るから、連絡が在るまで待ってて」
「レミィ…………?」
「さぁ、降りた、降りた」

 〈レミィ〉は強引に二人をモノレールから降ろすと、入れ替わりに乗車して扉を閉めた。

「レミィ!?」

 当惑する浩之たちに、〈レミィ〉はドアの向こうから投げキッスを送った。同時に、モノレールは発車して行った。

「……浩之さん」
「……事態が良く掴めねぇうちは無闇には動きたくない。先輩のお母さんンとこに行くぞ」
「あ、はい!」


「行きます」

 しのぶは狼王と翼丸をメインオーダールームに呼び寄せ、出撃前にあかりたちに挨拶した。

「しのぶちゃん……」

 心配そうに自分を見つめるあかりに、しのぶは、ふっ、と彼女らしい笑みを浮かべて首を横に振った。

「一度闘ったコトのある相手です。二度も負けません。――ゴルディアーム、ここは任せます」
「あいよ、気ぃつけえな、しのぶ姉さん」

 しのぶは狼王、翼丸を引き連れてメインオーダールームから疾風の如き勢いで飛び出して行った。

「あかりさん」

 しのぷたちを見送っていたあかりは、綾香に急に呼ばれて、ビクッ、となる。

「な、何、綾香さん――いえ、長官?」
「あなたは壱式へ避難して頂戴」
「え、でも……」

 驚くあかりに、綾香は、ふっ、と笑みを浮かべて面を横に振った。

「…………貴女を傷物にしたら、浩之に申し訳立たないのよ」
「そんな!」
「場数踏んでいないのがウロチョロされると迷惑なんや」
「智子まで――――」

 冷たく言い放つ智子に反論しようと振り向いたが、智子はあかりのほうを優しく微笑んで見つめていた。それを見たあかりは、思わず、ぽかん、となる。

「……新人は大人しゅう、ベテランの言うコトを聞くモンやで」
「みんな…………!」

 握り拳をつくるあかりは困惑する面差しを下に向けた。

「あかり……?」

 智子が心配そうな顔であかりの様子を伺った。するとあかりは毅然とした顔を上げると、マルマイマーの管制席へつかつかと歩いてそこへ腰を下ろした。

「あたし、逃げません」
「あかり――――」
「浩之ちゃんとマルチちゃんがきっと助けに来てくれる。その時、マルマイマーの管制官がここにいなければ駄目でしょう?」
「しかしなぁ…………」
「あたし、ね」

 あかりはコンソールパネルを睨み付けたまま、智子たちに振り向きもせず話を続けた。

「あたし、ね。どんな理由があっても、争い事は好きじゃないし、許せない。相手がどんな悪人でも、命をやりとりするような争い事は、認められない。だから、マルチちゃんや浩之ちゃんが、エルクゥと闘うのは、この仕事を勤めている今も、本当は認められない」
「――では」

 苦々しくいうあかりに、綾香は長官席の上で頬杖を突き、鋭い眼差しをくれた。

「どうして、この仕事を続けているの?」
「逃げたくないから」

 そういってあかりは、綾香のほうを向いた。

「争い事は許せない。でも、あたしにその争い事を止められるコトが出来るのなら、それを成さずにに逃げるコトは、もっと許せない」

 それは、あかりがMMMにスカウトされた時、浩之たちにもうち明けられずに散々考え抜いた末、京香へ返答した時の同じ言葉だった。

「……争い事は、きっと、どうしようもない理由から始まるんだと思う。だから、闘う人たちは、そのどうしようもない理由で始まった愚行を収めるために、力を尽くすんだと思うの」

 あかりの言葉を、綾香と智子は黙って聞いていた。ゴルディは、うんうん、と頷いていた。

「……長官――いえ、綾香も、智子も、レミィも、ゴルディも、しのぶちゃんも、アルト君もレフィちゃんも、――マルチちゃんも浩之ちゃんも、そう思って闘っているんでしょう?誰も、闘いたいから闘っているんじゃないんでしょう?闘いを止めたいから、自分たちが傷つくのを覚悟で闘うんでしょう?――あたしは、闘いを止めるために闘うコトは、決して矛盾していないと思う」

 あかりの講釈を聞きながら、綾香は、あのEI−03戦で、テキィを説得してみせた時のあかりの姿を想い出していた。人間を愛するがゆえに暴走したテキィの傷ついた心を誰よりも先に理解し、その心を哀れんで泣いてあげ、闘いを止めて見せたあの気高き姿を。あの姿に、綾香は流石はあの浩之が選んだ女性だと感心し、女性として尊敬していたのだ。
 綾香も智子も、MMMにいる理由はまさにあかりの「闘う理由」のそれであった。自分たちの才覚に、この闘いを止める力があるというのなら、絶対に逃げてはならない。

「闘いは、闘いを止める為に在る。だから、あたしは逃げずに闘う。それが、あたしがここに残る理由。――――それでも長官は、あたしにここから出て行けと言う?」
「出て行きなさい」
「綾香――――」

 思わず瞠る智子は、綾香に何か言おうとしたが、しかしあかりを見るその顔が嬉しそうに微笑んでいたのをみて当惑する。

「闘うのも、闘いを見るのも嫌な神岸あかりは出て行きなさい。ここは、闘いを止めるために闘う、勇気ある者達が集う砦。――あたしの目の前にいるのは、勇気ある者の一人、神岸あかり」
「それを、勇者というのよね」

 あかりはとうに綾香の心中に気付いていた。そう答えるとあかりは、綾香にVサインを差し出して、にこり、と笑って見せた。
 僅かな間をおいて、黙り込んでいた智子とゴルディが同時に吹き出した。

「……なによ、二人とも。…………あ、あたしだって今のセリフ、自分で言っておいてとても恥ずかしかったのを我慢していたのに……!」

 みるみるうちに赤面するあかりに、智子とゴルディは笑いすぎて腹をよじらせていた。

「す、すまんなぁ……。でもな、こないなクサい会話、聞き流せっちゅーほうが無理っちゅうもんやで」
「もう!」

 まだ笑っている智子に、あかりは、ぷい、と頬を膨らましてそっぽを向き、コンソールパネルの横にかけられていたマイク付きバイザーを被った。

(Aパート終了:あかりが被った「管制用バイザーフォン」の映像とスペック表が映し出される。Bパートへつづく)

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