東鳩王マルマイマー第15話「狙われたMMM(Aパート:その2)」 投稿者:ARM(1475)
【承前】

 突然、マルルンが起動した。整備中だった長瀬は突然のコトに驚いた。

「千鶴君!?まだ整備は――」
〈――来ます〉
「は?」
〈――強いエルクゥ波動を感じました〉

 長瀬は絶句した。

「まさか――」
〈彼らが――ワイズマンたちが、ここへやってきます!〉

 モニターにそうメッセージを表示すると、マルルンは全身に接続されていたケーブルを引き外しながら立ち上がった。

「待ちたまえ、千鶴君――」
「いえ。狙いがマルチたちであるのは明白です」

 そう答えたのは、確かにマルルンだった。がおー、かおー、としか話せないハズのマルルンが、とても澄んだ女性の声を口にしたのだ。そして、柏木千鶴を知る者がいれば、その声が彼女であるコトは直ぐに判っただろう。

「エディフェルたちが仕掛けてくる以上、私も闘わなければなりません。――プロテクト解除します」
「待て、千鶴君!いま、そんな状態でプロテクトを解除したら――うっ!?」

 長瀬が慌ててマルルンの頭を押さえ込もうとした時、突然、マルルンの全身が光り輝いた。

「システムチェンジ。――ハンターモード・プログラム、オープン」

 光の中から聞こえる高揚のない千鶴の声が、光に眩む長瀬の耳に届いた。


 しのぶは、メインオーダールームで書類整理を続けているあかりの手伝いをしていた。

「ごめんね、しのぶちゃん。手伝わせちゃって」
「いいのですよ。こういう仕事、嫌いではありませんから」

 そういってしのぶは、うっすらと笑みを浮かべた。二人はEI−03戦で知り合って以来の仲で、あかりがMMMのメンバーに加わる事を知った時、しのぶは珍しく、いやほとんどのメンバーが今までその口から耳にしたコトのないような喜悦の声を上げて喜んでいた。それほどしのぶはあかりに懐いているのだ。
 そのコトについて、綾香は、しのぶがあかりの人の良さに惹かれたのだけではないのだろう、と見ていた。面倒見の良い女性ではあるが、しのぶの生い立ちから考えると、あまり相性の良い組み合わせではないと思っていたのだ。
 しのぶは、完全に戦闘用ロボットとして設計され、その思考パターンも改良を施され、戦闘用ルーチンが組み込まれてしまっている。メイドロボットとしての機能は一切保有していないのだ。従ってその考え方も戦闘を中心としたものが多く、ほとんどの者は合理的で冷淡な印象を持っていた。
 だが、あかりは、EI−03戦において、しのぶとEI−03=テキィに殺し合いは哀しいだけだと説いた。闘うのは、人が好きだから、人を守りたいからだ、と。果たして、しのぶもテキィもその言葉に心を動かされて争うコトをやめていた。戦闘マシンに理想主義者の迷い言をぶつけるあかりの無茶苦茶さに綾香は正直言って呆れていたが、その一方で、実にあかりらしいと感心していた。こういう女性だから、あの浩之も頭が上がらないのだな、と考えてはひとり、くすくす笑ったものである。
 そんなあかりを、母親の京香がMMMのメンバーとしてスカウトするコトを決めた話を聞き、綾香は驚いて母親の元へ向かった。

「……どういうお考えで、あかり――いえ、神岸さんをスカウトされるのですか?」
「彼女には、素質があります」
「素質?」

 綾香が聞き返すと、京香は珍しく、ふっ、と笑みをこぼし、

「しのぶさんやあのEI−03を説得してみせたでしょう?彼女のような強い意志を持った人が、MMMには必要なのです」
「……珍しく曖昧なコトを言われるのですね、お母様」
「不服ですか?」

 すると綾香は、しばらく考え込み、

「……いえ。しのぶが嬉しそうに懐いています。しのぶ――いえ、しのぶの体内にあるTHライドで眠る楓さんのコトを考えれば、神岸さんがそばに居てくれるのは良いコトなのかも知れません」
「そうですね」

 綾香は頷いたが、しかしそれは納得したしるしではなかった。

(…………そんな理由でスカウト?いいえ、お母様はなにかもっと、別の理由であかりさんをスカウトしたのでしょう。しかし……)

 いくら考えても、その答えは綾香には思いつかなかった。あかりを手伝って書類整理をしているしのぶを長官席から頬杖を突いて見ていた綾香は、はぁ、と溜息を吐いた。

「……ま、いいか。仲が良いのに越したコトはないし」
「綾香!なに、そこでチンタラしてン?」

 ゴルディアームと一緒に厚手のバインダーを抱えてメインオーダールームに入ってきた智子が、ぼうっ、としている綾香を見つけて一喝した。

「こないだの一戦の件で、都庁側からエライ数の請求書が送られてきとるんやで!あんたもきりきり処理せぇなぁ!」
「あー、もう、わかったわよ!」

 綾香は苦笑しながら立ち上がった。


「レフィ」

 TH弐式の待機室に居たアルトは、部屋の奥で棒術の訓練に励んでいたレフィに声をかけた。
 レフィは一心不乱に、装備されている高周波破砕棒クレイジーロッドを振り続けていた。レフィはロボットだからどんなに激しい運動をしても汗もかかないし、息も切らない。静寂な空間にある空気を叩き続けるその行為は、訓練と呼ぶには少し不自然なものであった。

「関節部に過剰加熱が見られる。いったん訓練を中止するべきだ」
「……ほっといてよ」

 アルトが心配そうに声をかけるが、レフィはムスッとした顔で一瞥もくれずに答えた。

「どうしたんだ?感情パラメータに異常な起伏が見られる」
「…………」
「返答したまえ。これはレフィ一人の問題ではない。自分とレフィは一心同体であるコトを……」
「――だったら、察してくれても良いんじゃないの?」

 レフィが不機嫌な声で返答した。

「……どうしたというのだ、レフィ?」
「……あたしたち」
「?」
「……あたしたち、どうしてマルチやしのぶのように、戦闘用装備が中途半端なワケ?」

 そういうと、レフィはアルトに向けて、クレイジーロッドを放り投げた。クレイジーロッドはアルトの手前の床に落ち、からん、からん、と乾いた音を室内に響かせた。

「クレイジーロッドにせよ、速射破壊銃にせよ、こんな攻撃力のある武装が、あたしたちがシンメトリカルドッキングして超龍姫になった時にはほとんど使えない理由、考えたコトある?」
「理由……?」

 レフィに睨み付けられたアルトは、しばし沈黙し、

「…………レフィ。我々は、マルマイマーと霧風丸のバックアップとして位置づけられた存在だ。二人が周囲の被害に惑わされるコトなく安心して闘えるよう、イレイザーヘッドを使用する大役を仰せつかっている。そもそも超龍姫は格闘用には設計されていない。イレイザーヘッドの超振動に耐えられるよう、フレーム構造から計算されて設計されているのだからな」
「そんなコトは判っているよ!」

 レフィは怒鳴った。そして、悔しそうに唇を噛みしめた。

「…………だけどね。こんなに闘いが長引いているのにさ、エクストラヨークまで復活してしまったのに、あたしたちにはこのポジションを維持させられている。きっと、エルクゥたちもこれから本気になってかかってくる。――戦力が絶対的に足りていないよ!」

 レフィが悲鳴のように言うと、アルトはしばし沈黙した。

「――アルト」
「…………自分にもそれはいたいほど判っている。この間の闘いで自分も痛感している。自分も超龍姫だからな。――それでも、我々は作戦参謀たちのお考えには絶対服従しなければならない」
「ナンセンスよ!――同じ超龍姫のあたしが、疑問を抱いているのよ!自分を偽って、それであんた、満足しているワケ?」
「レフィ――」
「あーっ、もう、嫌ぁっ!あたしのコトは放っておいてよ!」

 まるでだだっ子のように喚いてヒステリーを起こすレフィは、そのまま待機室から出て行ってしまった。困惑するアルトは、慌ててその後を追った。


 そんな時だった。
 MMMバリアリーフ基地内部に、建設以来初めての警報アラームが鳴り響いたのである。


「「何?」」

 レフィとアルトは思わず顔を見合わせた。


「――しのぶちゃん?」

 警報アラームが鳴る中、あかりは、顔を硬直させるしのぷの様子に驚いた。

「ど、どうしたの?――この警報は?」
「――来ました」
「え?」

 おろおろするあかりを気にもとめず、しのぶは突然のコトに動揺している綾香と智子のほうへ振り向いた。

「長官!何者かが――いえ、この迅速さは奴らです!あのエルクゥたちが、天王洲ゲートから侵入してきました!」
「なんやて?!」
「それは本当なの?!」
「MMMの警備システムを管理しているフォロンからの情報です。その数――」

 そこまでいうとしのぶは酷く驚いたように瞠った。

「どうしたの?」

 あかりが心配そうに訊いた。
 するとしのぷは、重々しそうに口を開き、

「……三体」
「僅か三体?そないなの、ゲートの警備隊が――」
「駄目です」
「何が駄目なんや?」

 智子が訊くと、しのぶは口元に手を当てて困憊しきった溜息を吐いた。

「……天王洲ゲートの警備隊、オフェンスおよびディフェンス隊、全滅しました」
「「全――」」

 堪らず智子と綾香は絶句した。

「全滅、ッて、しのぶ姉さん!全員で30人いるんやろ?それが全滅かいな?!」


 通路の出口から差し込む光を背に受けるエディフェルが、ゆっくりと通路を突き進んでいた。
 血臭が立ちこめる、鮮血色の通路は、数分前までは、精神安定用の香料が微かに嗅ぎ取れる白い通路であった。それを無惨に変化させたのが、スーツ姿のこの日本人形のような穏やかそうな美貌をもつ、たった一人の女性の仕業であろうとは。

「……ばかな!?」

 MMM警備班、天王洲ゲートの管理責任者である谷町は、侵入者発見の連絡を受けて部下を引き連れ、現場に到着するまでの僅か数分のうちに、業界では自衛隊の訓練に匹敵する厳しい内容として定評のある特殊訓練をくぐり抜けて合格してきた猛者たちが全員、惨殺されて肉塊と化している姿を見て、唖然となった。

「……相手は、素手なのだぞ!」
「いいや」

 答えたのは、ゆっくりと谷町たちに近づいてくるエディフェルであった。
 エディフェルは嗤っていた。凄惨な、夢にまで見そうな禍々しい笑みであった。
 鬼の笑みとは、こんなものなのかもしれない。

「わたしのこの腕は、お前たちが作り上げた武器を遙かにしのぐ力を持っている。これを武器といわずしてなんというか?」
「だ、だまれ!――撃て!」

 谷町の号令とともに、谷町の部下たちが手にしていたサブマシンガンが一斉に火を噴いた。
 だが、それは最初の2秒ほどのあいだだけであった。
 3秒目とともに、部下たちの身体が一斉に四散したのだ。
 一瞬にして全滅した部下たちの無惨な姿に、谷町はその場に硬直した。

「な――何が?」
「1秒目だ」
「1秒目?」

 エディフェルが言う1秒目にあった事象を、谷町は必死に思い返した。
 1秒目にあった事といえば、エディフェルの右腕が谷町たちに向けて大きく振られただけである。

「あんなものが届くはずが――――」

 それが、驚愕する谷町の断末魔となった。そこまで口にした刹那、谷町の身体は一瞬にしてバラバラになり、通路の壁に紅い領土を広げた。

「撃った弾が何故、わたしに当たっていないのか、考えなかったようだな。……あはは…………あははははははは!!」

 そういって狂笑するエディフェルは、続いて両腕を大振りに振った。
 すると今度は、通路の壁に無数の亀裂が――いや、なにか鋭い刃物で切り刻まれたような傷が刻まれたのである。

「……エディフェルの〈次元刀〉には、人間どもの銃などオモチャも同然だな」

 いつのまにかエディフェルの背後に立っていたワイズマンが、感心したふうに言った。

「超スピードによって生じた量子空間断層を使って敵を分断する、エルクゥ皇女エディフェルの宝刀は、転生後も錆びるコトは無かったか」
「ワイズマン。こんな基地如き、わたし一人で充分ですのよ、あはははっ!」
「エディフェルの強さは判っているよ」

 そういうとワイズマンは、エディフェルの頭を撫でた。ワイズマンに頭を撫でられたエディフェルは、どこかうっとりとした顔で赤面した。
 そんな妹を、ワイズマンの肩越しから見つめていたアズエルが憮然としていた。

「エディフェル。油断は禁物だぞ。宝刀といえども無敵ではない」
「判っていますわ、アズエル姉様。あははは!」

 エディフェルは無邪気に笑って答えた。
 アズエルは、こんな無邪気さが堪らなく嫌であった。
 そして、こんなエディフェルの不安定な心を知りながら利用しているワイズマンが、堪らなく嫌いであった。

        Aパート(その3)へつづく

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