ToHeart if.「月は、太陽に」第18話 投稿者:ARM(1475)
琴音&葵&マルチ「「「いままでのぉっ、あらすじっ!!!」」」

琴音「紆余曲折のすえ、なんとかお友達同士になれた佐藤先輩と南雲先輩っ!うそぉっ?このあたしが居ながらなんてことー!」

葵&マルチ「「おいおい、それはアニメネタ(笑)」」

葵 「それはそれとして、このふたりには、「友達」から「彼氏彼女の関係」になる為の、最後の試練が待ち受けていた!」

マルチ「いったいどうなるのでしょう、この先?やっぱり雅史さん、「僕たち、友達だよね?」でおわってしまうのでしょうか?」

琴音&葵&マルチ「「「それでは、スタート!!!」」」

   *   *   *   *   *   *   *

18.無明長夜 = はじまり =

 今日は、浩之の家で夕食会が開かれる日だった。
 主賓は、南雲ゆえ。浩之たちと友達になった記念で、浩之とあかりが主催した、ささやかなホームパーティだった。
 他の出席者は、芹香、志保、二木、橋本そして雅史。ゆえと雅史の件で関わった者を浩之が誘ったところ、全員参加となった。芹香のお供でセバスチャンも来ていたのだが、始め顔を出していただけで、用があると行って帰ってしまった。

「あのおっさん、気ぃ利かせたつもりかね」
「流石にこういう場で、名物の『喝ぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!』はやばいでしょ、やっぱ」
「セバスのコトなんかどうでもいいが、それ、美味いだろ?」
「おう。そこの竜田揚げもイケてる。うーむ、外道なお前の彼女にはもったいないのぉ」
「よけいなおせわだ、衆道。――あ、それ、俺の好物なんだから、全部喰うなよ」
「ケチくさいコトゆうなよ、藤田ぁ。どーせお前さんはいつでも神岸さんの手料理喰えるんだから、今日くらいはさぁ」
「あんまりケチなコト言っているとハゲるぞ」
「だから衆道はハゲているんだ」
「これは俺の趣味だ。なんなら藤田、坊主にしてやろうか?――あ、そこの醤油取って」
「なんだい、橋本先輩?フライものには醤油かけるタイプだったんですか?」
「つーか、二木、お前、トマトに砂糖かける主義とは思わなかったな」
「え?トマトって砂糖じゃないの?」
「塩だよな、フツー」
「えー?塩なんかかけたら不味いッスよ」
「俺はマヨネーズ派だな」
「藤田、マヨネーはカロリー高いからやめとけやめとけ」
「でも、サラダっつーと、ドレッシングかマヨネーズだろう?」
「うちの家じゃ、ノンオイルのしそしょうゆ味。駅前のトンカツ屋で売っているヤツだ」

 エプロン姿のあかりは、今に用意したちゃぶ台の上に載せられたあかりの手料理を次々と喰い漁っている欠食児童三名の健啖ぶりに苦笑していた。その隣で、芹香がぽつねんと鎮座している。浩之たちに圧倒されて、校内でも有名な美味とされているあかりのせっかくの料理が一口も出来ないのかと思いきや、ちゃっかりと手元にある皿にはケチャップや醤油、ソースがこびりついた皿がいくつかあった。さらにその隣にいる志保は、ときおりあかりの顔を見ては、まったくヒロのバカと来たら、と愚痴て呆れていた。
 問題の主賓は何処にいるのか。ゆえは、そんな食器がかちゃかちゃとせわしく音を立てている居間から出ている庭の縁側に腰を下ろしていた。

「――あかりちゃーん、ジュース買ってきたよ」

 と、雅史は玄関から声をかけてきた。もう一人の主役は、使いっ走りをさせられていた。

「あ、雅史ちゃん、ごめんね。――浩之ちゃん」
「なんだよ」

 あかりは珍しく、浩之に、むすっ、とした顔を突きつけた。

「……雅史ちゃんが今日の主賓の一人なのに」
「いいじゃねぇか。ジュース代は俺持ちで、雅史が自分で買いに行くって言い出したんだぜ」
「だって………」

 困った顔をするあかりは、縁側のほうで、ぽけぇ、としているゆえの背を横目で一瞥し、

「……せっかくの機会だからもう少し気を利かしてくれたって良いと思うんだけど」
「無理に俺たちがお膳立てしてやる必要はないさ」

 と応えたのは橋本だった。

「神岸さんが、ああいう不器用な二人を何とかしてやりたい気持ちはわかるぜ。でもな、周りが押しつけがましいコトをすると、余計に意識しちゃってうまくいかないコトもあるんだ」
「ほう。年の功ってヤツか」
「トシ、ってお前、俺と一歳しか違わねぇだろうがよ」

 茶々を入れる浩之に、橋本はあかんべえをして見せた。

「まぁ、いずれにしても、自然体が一番」
「でもねぇ」

 二木の意見に、志保が、うーん、と唸った。

「雅史、ってほら、天然ていうか、アレでしょう?誰かがツッコミ入れて上げないと、いつまでもボケ倒す。誰かがリードしてやらないと駄目だと思うんだよねぇ」
「ゆえさんは?」

 あかりが聞くと、志保は手招きして全員の顔を寄せた。芹香まで皆と一緒に顔を近づけてきたコトに気付くと志保は一瞬ビビった。

「……ダメダメ。ゆえちゃん、ああ見えても昔から天然なトコあるから」
「天然同士のカップルか」
「ソラ恐ろしいな」

 浩之が唸ると、あかりたちも、うんうん、と頷いた。

「まぁ、あの二人への策がないワケでもないが、まずは夕食会が終わってからだ。さっき言った手はず通りに行こう」

「何、みんなしてひそひそ話しているの?」

 浩之を中心にテーブルを囲む全員がひそひそ話をしていたそこへ、ペッドボトル入りのジュースが入ったコンビニの袋を両手に抱えた雅史が居間にやってきた。

「あれ、佐藤君。どこ行っていたの?」

 と訊いたのは、縁側にいたゆえだった。堪らず浩之たち、そろって、おいおい、と心の中で突っ込んだ。

「そこのコンビニまで買い物。あかりちゃん、ここに置いておくね」
「あ、うん、どうも。料理できたから、雅史ちゃんも食べようよ」
「南雲さんは?」

 雅史が訊くと、ゆえは少しはにかんで見せた。

「……佐藤君が帰ってくるまで待ってたの。神岸さん、ごちそうになるね」
「はい、どうぞ!」

 あかりが嬉しそうに返事するその隣で、男衆たちは、すっかりらぶらぶでんなぁ、とニヤニヤ笑っていた。


 あかりと浩之が、ゆえの歓迎会として催した夕食の宴は、あかりの手料理が食器の上からきれいに消え去ったコトで終了した。食うだけ食った浩之は、あかりと一緒に食器の後かたづけを手伝っていた。志保と芹香も流しで食器を洗い、二木と橋本が一緒にゴミの後かたづけを始めた。

(とりあえず、俺たちで夕食の後かたづけをやる。雅史と南雲さんには何も仕事を手伝わせない。あとは自然の成り行きに任せる)

 取り残された雅史とゆえは、ぽつん、と椅子に座っていた。

「えーと。……浩之、あかりちゃん、何か手伝おうか」
「見ての通りだ。無え」

 雅史は浩之にすげなくされ、肩を竦めた。続いて、庭のほうでゴミを片づけている橋本と二木に声をかけた。

「橋本先輩、二木、手伝おうか」
「もう充分だ。お前さん、さっきジュースの買い出しに行ってくれたから、片づけは俺たちに任せておけ」

 二木にそう言われ、雅史は困った顔をした。
 そんな雅史の横顔を、ゆえはじっと見つめていた。

「?南雲さん、僕の顔に何かついている?」
「――え?う、ううん、目と鼻と口が」

 ゆえの返答に、雅史を除くその場にいた全員が硬直する。あまりにもサムすぎるボケであった。
 そう言うボケが受けてしまうのが、雅史を天然と言わしめる理由なのかも知れない。

「……今の、そんなに面白かったの?」
「え?」

 呆れ気味に訊くゆえに、雅史は、え?と素で返した。そんな雅史の反応に、浩之たちは振り返ってツッコミを入れたくなる、ひととして当然の衝動を必至に堪えた。この二人にじっくりと話す折角の機会をこうして作ってやった苦労を無駄にしない為の苦悶であった。

「……ところで、さ。佐藤君」
「?何、南雲さん?」

 雅史が聞き返すと、ゆえは両腕で頬杖を突き、雅史の顔をじっと見つめた。

「……佐藤君、って、いいひと、だよね」
「いいひと?善人ってコト?」

 ゆえは頬杖を突いた姿勢で首を横に振った。

「……なんか、さ。うまい具合に利用されていない?」
「そんなコトないさ」
「……ねえ、佐藤君って、本気で怒ったコト、無いでしょう?」
「?」

 ゆえの言いたいコトがよくわからないのか、雅史はきょとんとした。

「だって、しーちゃんが言ってた。嫌と答えても結局、うん、て答えちゃうお人好しなタイプだって」
「そんなコトはないと思うんだけどなぁ」
「でも、さっきだって、藤田君にお買い物任せておけば良かったのに」
「ああ、さっきのね」

 すると雅史は、いつもの屈託のない笑みを浮かべて首をゆっくりと横に振った。

「ひとの手伝いって好きだから」
「でもさ、佐藤君の子供の頃って、人見知りが激しかったって」
「……千絵美姉さんのおしゃべりめ」

 雅史も頬杖をついて苦笑した。

「その話をお母さんから聞いた時ね。私、今の佐藤君からは、とても想像のつかなかったわ」
「僕だっていつまでも子供じゃないよ。浩之たちと付き合っているうち、人見知りが直ったんだろう」
「だろう?」
「いつ頃、直ったのか憶えていないし、直接的な原因も、ね。だいたい、本当に人見知りしていたのかさえも怪しいし」
「ふぅん」

 ゆえが感心したふうにいう。雅史はそんなゆえを見て、よくわからない違和感を感じた。

「……南雲さんの子供の頃、って、もしかして僕と同じように人見知りが激しかったのかな?」

 雅史が訊くと、ゆえは、ふっ、と笑みをこぼした。どこか寂しげで哀しそうな、そんな笑みだった。

「……色々あってね。親との折り合いも悪かったし、変に突っ張って、変な連中と付き合っていた時期もあった。――――こう見えても不良だったのよ。失望した?」

 ゆえは、まるで雅史を試すかのように意地悪そうに笑って訊いてみた。

「別に」

 雅史は素で返した。気にしている様子は微塵もなく、目の前にあるモノがすべてであるかのように、きょとんとした顔で応えた。
 雅史の返答に、しかしゆえも驚いた様子はなかった。ゆえのその笑みは、雅史が返して来るであろう答えを知っているかのような、そんな自信の現れだったのかもしれない。

「不良だったから、っていうのは過去のコトでしょう?過去のコトはすべて捨てるコトは出来ないけど、でも、人が本当に大切にしなければならないのは、今の自分じゃないのかな?」
「今の自分?」
「うん。僕が南雲さんのコトを知っているのは、今の南雲さんのコトだけ。昔の南雲さんとは逢った事もないから、そんな風に言われても現実味が無いんだ」
「今がすべて、という考え方は、ちょっと考えモノのような気がするけど」
「でも、ね。人間って言う生き物は、風聞とか、そういった他人のもたらした話って、結局のところ自分の都合のいいコトしか聞き入れたがらない身勝手なモノだから。いちいちすべて信じても仕方がないし」
「……なんか妙な説得力があるんだけど」

「痛い話だな、志保」
「う、うるさいわねっ、ヒロっ!黙って皿、洗ってなさいよ」

「だから僕は、自分の目で確かめたコトしか信じない主義でいるんだ。無論、自分の目で見ることが出来ない場合もあるから、全部信じないワケにはいかないけどね」
「…………」
「結局、信じる信じないは、その話を耳にした人間の判断力次第なんだよね。あと、その話を信じるための意志の強さ次第」
「意志の強さ」

 うん、と頷くと、雅史は、ちらっ、と芹香の背に一瞥をくれた。

「前に浩之が、来栖川先輩の雨乞いの儀式を手伝ったコトがあってね。それで本当に降ったらしいんだ」
「……何、佐藤君、その手の話って好きなの?」
「そう言うワケじゃなくって。――信じるチカラさえあれば、どんな願いだって叶えられる。浩之からその話を聞いたとき、胡散臭いと思う前に、そう思ったんだ」
「その話、藤田君が言ったから信じているの?」
「ううん。――というか、雨乞いが真実だろうがなんだろうが、僕はその話で信じているのは、どんなことでも信じていればきっと叶うってコトさ」
「信じるチカラ、ねぇ」
「――信じられない?」

 いきなり訊かれ、ゆえは瞠って雅史を見た。
 雅史は、にこり、と笑ってみせ、

「僕は、信じるよ。――信じたから、こうして南雲さんと一緒に食事して話すコトが出来たんだから」
「――――な、なにを言うのよ、いきなり」

 みるみるうちにゆえの顔が赤面する。赤面しながら、しかし心の中は妙に落ち着いていた。

「……え?『天然って、怖いモノ知らずですね……』って、芹香先輩、それ、きっつい(笑)。……まぁしかし、確かに聞いている方が恥ずかしい会話だな」

 呆れ気味の浩之の隣で、志保がうずくまって必死に笑いを堪えていた。浩之はちょっかいを出して志保を爆発させたかったが、雅史のためと思い我慢した。

 結局、雅史のあの口説き文句(笑)が出た以降は、ゆえが赤面したまま黙り込んでしまったために会話が続かなくなった。浩之はこれまでか、と、ジュースをコップに注いで二人がいるテーブルに戻り、妙な空気に包まれていた場を繋いだ。

 時間が夜八時をまわったところで、雅史たちが帰るコトになった。浩之は雅史に、ゆえを家まで送らせるコトを勧めたが、それをゆえは丁重に断った。わざわざ反対方向に自宅がある雅史より、駅寄りにあるゆえの家には、隣町へ電車で帰る志保が一緒に帰るコトになった。浩之たちと並んで手を振る雅史に手を振って応えたゆえは、にこり、と満足げに微笑み、志保と肩を並べて藤田邸を背にした。

「……ゆえちゃん」

 ゆえは不意に、志保に訊かれた。

「何?」
「今日の。……楽しかった?」

 どこか恐々とした聞き方に、ゆえは志保が自分を気遣っているコトを察した。いつも大きなコトを口にするワリに、昔から、偶に、ではあるが、思慮深い態度をとるコトをゆえは知っていた。本質的にこの幼なじみは優し過ぎるのだ。そう言った面をもっと面に出せれば、周りの評価も良い方へ変わるだろうに、と思う反面、こんな不器用に優しいところが長岡志保という少女の魅力なのだろうとも思った。
 ゆえは、夜空を見上げた。
 今宵は新月だった。月の無い晴れ上がった秋の夜空に瞬く星々は、とても綺麗だった。

「……楽しかったよ」

 夜空を嬉しそうに見上げるゆえの口からこぼれた喜悦の声は、それを受け止めた志保の耳にはとても心地よい響きであった。

 そんな二人の姿を、後ろの壁から覗き込んで伺う人影があった。
 人影は懐から携帯電話を取り出し、二人の様子を伺いながら短縮ダイヤルボタンを押した。

「…………九重(ここのえ)さん。ゆえのやつ、見つけました」

              つづく

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