東鳩王マルマイマー第14話「リズエルの遺産」(Bパート:その3) 投稿者:ARM(1475)
【承前】

「『――――ゴルディオン・フライパーンっ!来いっ!!」』

 同時に、TH弐式の格納庫へマスターマルマイマー用の右腕のスペアを取りに来ていたゴルディアームは、右腕を床に、ごとん、と落とし、呆然と立ちつくした。

「痛ぇ!――って、ゴルディ、どうしたんだよ?」

 ゴルディに右腕を渡した整備班班長の垣本は、足の上に右腕を落とされて痛がりつつ、ゴルディの様子がおかしいコトに気付き、ぴょんぴょん跳ねながら半べそを掻いて聞いた。

「…………ゴルディオンナックルシステム・セーフティプログラム、リカバリー開始――終了」
「お、おい!――うわっ!」

 突然、ゴルディの全身がオレンジ色に輝きだした。垣本は堪らず眩んでしりもちをついた。

「システム・チェ――――――ンジっ!!」

 オレンジ色に輝くゴルディは、全身に配されているアポジモーターやスラスターに火を入れ、格納庫から一瞬にして外へと飛び去っていった。


〈――ヤツメ。コザカシイまねヲ。――行クゾ〉

 〈The・Power〉の発現に気付いた瑠璃子――の意識を乗っ取っている何者かは、エクストラヨークに指令を送った。
 すると、エクストラヨークは今まで水平にしていたその巨躯を起こし、両脚をARFの地表につけて立ち上がった。全幅4キロメートルにも及ぶ巨大な翼を背にする悪魔の姿は、間断なく砲撃が続くMMMの攻撃をものともせず、余りにも圧倒的なプレッシャーを周囲にはなっていた。

「くうっ!効ぃとらんのかっ!――キングヨーク!応答せぃ!!」

 智子は、歌舞伎町方面に吹き飛ばされたキングヨークに応答を求めたが、まったく反応はなかった。
 琴音も葵も芹香も、墜落したシヨックで気絶していた。
 その艦橋への扉が、突然開かれた。計器の灯が消えて暗い艦橋内に、眩い陽射しが差し込むと、その光の直撃を受けた葵が最初に目覚めた。

「…………だ……だれ?」

 墜落して沈黙しているとはいえ、セキュリティが厳重なキングヨークの艦橋へはそう簡単に入れるワケではない。非常用ロックの外し方を知っている者は、MMM関係者でもそんなにはいない。

「――大丈夫か?」

 女の甲高い声が訊いてきた。
 葵は、その声の主に覚えがあった。

「――風姫?」
「お嬢様はご無事かな?」

 続いて、男の声。落ち着いた年輩の声だった。

「……雷虎も一緒なわけね」
「みんな大丈夫のようですね。もっとも、キングヨーク自体、ダメージが大きい。戦闘の継続は無理です」

 風姫と呼ばれた声の主が、キングヨークの状態を一目で見抜いた。――いや、内蔵されたアナライザーによってチェックした結果を口にしただけである。
 彼女はロボットであった。HMX−13型メイドロボ、セリオをベースにした身体を持ち、漆黒の長い髪を埃まみれの風に靡かせている、物静かな女性型ロボットであった。

「雷虎は、あの二人を急いで病院に連れていって。ここは、わたしに任せて」
「判った」

 艦橋の外で、何か重量感のあるものが飛び去る気配を葵は感じた。雷虎と呼ばれるものが飛び去ったのであろう。
 チチチ、と風姫の左目の前にかけられているゴーグルが点滅し、やがて止まった。

「……全員、骨折はありません。打撲で、全治一日以内」
「そんなの、ダメージとはいえないわね」

 葵は苦笑しながら身を起こした。

「――エクストラヨークは?戦局は?」
「残念ながらMMMの劣勢です。攻撃はEQY02の表面を打ち崩すだけで、ほとんどダメージらしいダメージは与えられていません」
「ちぃ――キングヨーク、なんとかならないの?」
「大丈夫です」
「でも、動かないって――」
「いえ。マルチ姉さんがいます」
「え?」

 きょとんとする葵に、風姫は、にこり、と微笑んだ。無愛想なその相貌がこんな魅力的な笑顔を作れるのは意外であった。
 そして、その笑顔は自信の現れであった。まるで、わたしはマルチの力を知り尽くしているから、そんな絶対的信頼がその中にあった。


「何!?あの光は?!」

 志保と柳川は、遠くから真っ直ぐ新都庁舎目指して飛んでくるオレンジ色の光に気付いた。

「――いや、あれは、あの金色の拳骨メカ!」
「呼び寄せたか、マルマイマー!」


「――長官!ゴルディオンナックルシステム、制御できません!発動完了後に自動的に消去されたはずのセーフティデバイスプログラムが勝手にリカバリーされています!」

 あかりが悲鳴を上げたのは無理もない。その破壊力の暴発を防ぐために、GF使用完了とともに消去される使い捨ての解除プログラムが、勝手に復旧されてしまったのである。しかも、セーフティデバイスプログラムを復旧するソースは組み込まれていないハズだったからだ。

「マルマイマーが、制御システムを凌駕している――そんな?!」

 綾香たちは唖然としながら、新都庁舎が映し出されている大スクリーンを見つめるばかりであった。


「――合体した」

 柳川と志保の目前で、〈The・Power〉に包まれているマスターマルマイマーと、ゴルディオン・フライパーン形態に変形しているゴルディアームが合体した。
 すると、マルマイマーはゆっくりと外のほうへ振り返り、そして、ARFの中に立つエクストラヨークを睨み付けた。

「――やばい!あの悪魔から攻撃、来るわよ!逃げなきゃ!」

 志保は慌ててその場から逃げ出そうとするが、柳川は、マルマイマーをずうっと見つめたまま、その場に立ちつくしていた。

「兄さん!」
「マルマイマー!」

 志保を無視して、柳川はマルマイマーに向かって一喝する。

「――怒りは身を滅ぼす。それを承知で、〈The・Power〉を発動させたのか?!」

 唖然となる志保を後目に、柳川はマルマイマーに問うた。
 すると、マルマイマーは柳川のほうを向き、無言でじっと見つめた。

「――柏木千鶴。お前、それでいいのか?柏木耕一が待っているのだぞ!」
【――大丈夫です、裕也さん】

 突然、志保の脳に直接呼びかける声が届き、はっ、となる。それは柳川も同様であった。

「――千鶴」

 いつの間にか、マルマイマーが放つオレンジ色の光の中に、エメラルド色の身体を持つ柏木千鶴の姿があった。

【…………浩之さんが、います】
「――!」

 その一言で、柳川の貌が閃いた。何か、大切なことを想い出した、そんなふうだった。

「『――いざ」』

 再び、マルマイマーが外へ向く。そして、ARF内に立つエクストラヨークに、ゴルディオンフライバーンを差し向けた。

「『――――勝負だっ、エクストラヨークっ!!」』

 まるで咆吼のようにそう言うすると、マルマイマーはエクストラヨーク目指して一気に飛んでいった。
 同時に、エクストラヨークは全身の砲門を開き、マルマイマーを狙って砲撃を開始した。

「あかん!マルマイマーが潰されてまう!!」
「いや、まて!」

 最初に気付いたのは、TH参式艦橋にいるミスタであった。

「ゴルディオンフライバーンが、攻撃をすべて光に変えている!」

 マルマイマー目指して飛び行くミサイルや荷電粒子が、なんと、高速でエクストラヨーク目指して飛んでくるマルマイマーが突き出しているゴルディオンフライバーンの正面ですべて光粒子に変換されているのである。

「グラビティゲイザーなしで、活断ショックウェーブを発生させている――マルマイマー自身が特異点と化したのか!?」

 エクストラヨーク目がけて飛んでいくオレンジ色のマスターマルマイマーは、それ自身が一種のブラックホールに変化しているのか。エクストラヨークの攻撃は空間ごとすべて光粒子に変換されて大気中に霧散し、その進撃を阻むことが出来ずにいた。

〈ヌゥウッ――!?〉

 続いて、エクストラヨークは両手をかざし、そこへ巨大なエネルギーを集めた。

〈――クゥッ!ぱわーガ足リヌ!おぞむぱるす体ノ女デハ、ヤハリココマデナノカっ!〉

 動揺する瑠璃子の目前で、かざした両手に衝突したマルマイマーが、その〈The・Power〉の輝きをさらに増していた。

〈ヌゥゥゥゥゥゥゥッッッ!!〉

 エクストラヨークの両腕が、活断ショックウェーブに耐えきれず、光粒子へ変化し始めていた。

「『――――エクストラヨーク!!光に、光になれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっ!!」』

 マルマイマーは絶叫とともに、光の矢となった。
 光の矢は、一瞬にしてエクストラヨークの胴体を貫き、巨大な穴を穿ってみせた。
 その穴から、絶叫を上げてのけぞるエクストラヨークの身体が光に変わっていく。MMM艦隊が決定的なダメージを与えられなかったこの巨大な悪魔を、不器用で、役立たずとまで陰口をたたかれたコトのあるメイドロボットが、たった一撃で斃してしまったのだ。

「…………これが、〈リズエルの遺産〉の力なのか?!」

 誰もが、鬼界四天王たちもが、この力に圧倒されていた。
 静寂が、戻っていた。
 あの異形の巨怪は、消え去っていた。やがてARFもゆっくりと閉ざされ、新宿西口地域に僅かばかりの戦闘による破壊の跡が残されるばかりであった。
 それでも、誰も何もいえなかった。
 マルマイマーは依然、〈The・Power〉に包まれたまま宙に浮いていた。
 だが突然、その光が消え去ると、マルマイマーは力尽きたかのように目を閉じて地上へ墜ちていった。


「ゆくぞ」
「「えっ?」」

 ワイズマンが歩き出し、あわててアズエルとエディフェルが我に返った。

「し、しかし、エクストラヨークが!」
「心配ない」

 ワイズマンは、にやり、とほくそ笑んで見せた。


「…………それは本当なのか」
「はい」

 憮然とした口調で訊くミスタに、TH参式メインコンピューターのフォロンが平然とした口調でで応えた。

「……マルマイマーの攻撃はコアを逸れていました。最初にエクストラヨークの両手に衝突した時点で、内部にあるEQY02の本体は脱出していました。活断ショックウェーブの影響で追尾不能でした」
「……そうか」

 ミスタは、はぁ、と困憊しきった溜息を吐いた。

「…………まだ、終わりではない、と言うコトか、瑠璃子さん」


「…………マルチ」

 目が覚めたマルチは、いつの間にか正面に、柏木千鶴が立っているコトに気付いた。
 今、マルチが居る場所は少なくとも現実空間ではなかった。電脳空間かとも思ったが、違和感があった。

「…………初音さん?――いえ、貴女は、千鶴さん……ですよね」

 初音に良く似ているこの物静かな面もちの女性を、マルチは知っていた。

「初音さんに見せてもらったアルバムで存じ上げています」

 マルチがそう言うと、千鶴は嬉しそうに微笑んだ。

「こうして逢うのは初めてですけど…………よかった」
「?」

 すると、マルチはうつむいてはにかみ、

「…………優しそうなひとで」

 そう答えた途端、マルチは、千鶴に抱きしめられていた。
 とても気持ちよかった。浩之たちに頭を撫でられることと同じくらいか、いやそれ以上なのかも知れない。何故かとても懐かしい気分なのだ。

「千鶴さん…………」
「貴女には、とても辛い試練を与えてしまいました。わたしさえ生きていれば、あなたは平凡な、それていて世界一幸せなメイドロボットとしてまっとうできたコトでしように」
「…………千鶴さん」
「…………」
「…………泣いて……いらっしゃるのですか?」

 心配そうに聞くマルチに、マルチを抱きしめている千鶴は、ううん、と首を横に振った。

「……マルチ」
「はい?」
「あなたは、マスターボディを取り戻しました。それが貴女にとって、地獄の苦しみの始まりになるかも知れない。ならば今こそ、貴女に真実を話す時が来たようです――」

           エピローグへつづく