【承前】
「真実――」
千鶴は頷いた。
「……かつてこの地球は、人類原種エルクゥたちが生まれた星でした。文明の進んだ彼らは、自分たちの道具となる疑似生命体、つまり人類を創造し、使役しました。ところが――」
そう言った途端、千鶴の背後で、オレンジ色に輝く光が拡がった。
「ある日突如、天空より届いたこの奇蹟の光、〈The・Power〉が地球を包み込みました。すると、自我を持たなかった人類たちが、次々と自我を持ち、こころを得たのです。そしてその輝きは、エルクゥたちには有害な輝きでもありました。この光を受けることで、エルクゥ波動が対消滅を起こし、エルクゥが死んでしまうからなのです。
多くのエルクゥたちの命が失われました。やがて人類たちは、取り込んだ〈The・Power〉を変質させ、〈オゾムパルス〉として自らのものにしたコトで、エルクゥたちの全滅は免れました。変質された〈オゾムパルス〉自体はエルクゥたちには影響を与えなかったのですが、それでも再び〈The・Power〉へと変わる恐れがある。エルクゥたちは人類を危険視し、殲滅まで考えました。
しかし、それをエルクゥの女王、クイーンJが止めました。そして、同胞のエルクゥたちに、その住処を宇宙に求めさせたのです。やがてエルクゥたちは全員、地球を去りました。そして彼らの伝説として、地球はレザムと言い伝えられるようになりました」
「レザム――――」
マルチのデータベースのなかには、レザムとは、エルクゥたちの母星を指していた言葉として記録されていた。というコトは、宇宙を駆けめぐる狩猟民族と化したエルクゥたちには、その拠点となる母星は、本当は存在しないコトになる。これはマルチには意外なコトであった。
「母なるレザム。今の彼らがそう呼ぶのは、代々、クイーンJのエルクゥ波動を受け継ぐ女王が居を構える星すべてを指し、特定の星を指すものではありません」
「そうなんですか…………って、あれ?」
マルチはそこで、ようやく気付いた。
目の前にいるのは、本当に千鶴なのかと。
「――まさか、あなたは――」
「わたしは、柏木千鶴でもあり、エルクゥ皇族第8864代目クイーンJの長女、リズエルでもある」
「やはり――――」
今の千鶴は、柏木千鶴のオゾムパルス体と同化している、彼女の前世であるリズエルのエルクゥ波動体でもあった。
「でも、なぜ、このわたしにそんな重要なコトを――」
「マルチ。貴女には、すべてを知る義務と、権利がある」
「義務と、権利――?」
「話を続けます。――わたし、リズエルは、エルクゥによる全宇宙支配をもくろむ母親と袂を分かち、対立しました。結果、わたしは敗れ、妹たちを含めた、わたしに協力してくれた者達を引き連れて、処刑しようとする母の元から逃げ延びました。この地球にたどり着いたのは、あながち偶然とは思えませんでした。母は、〈The・Power〉の発動によって私たちの抹殺を計ったのでしょう。結局、〈The・Power〉の発動の前に、私たちは内輪もめから自滅の道を辿ることになりました。下級階級の者達が、分をわきまえず、当時文明レベルが低かった地球の支配を計ったのです。エディフェルが地球の男と通じたコトが、反抗勢力の口実となってしまい、わたしの部下であった女性士官たちは次々と陵辱され、殺されてしまいました。アズエルも、最後まで闘いましたが、リネットを守って壮絶な最期を遂げました」
「…………」
「……しかし、奇蹟は起きました。エディフェルと通じた柏木次郎衛門が、〈次代〉として目覚めたのです。次郎衛門の〈The・Power〉は、反抗勢力の男たちを次々と倒していきました。しかし彼らは、最後の切り札として、人類たちを殲滅できるオゾムパルスブースターを使用したのです。その数、2千機。次郎衛門一人の力では、それを防ぎ切れませんでした」
そこまでいうと、千鶴=リズエルはマルチを指した。
「――そこで、わたしは貴女を創ったのです。限りなく人の身に似せた機械仕掛けの鎧。それが、マルマイマー、貴女なのです」
「――――」
マルチは絶句したが、ショックはなかった。
「…………わたしは、貴女の中に組み込まれた、わたしのもう一つの発明である永久機関、テンダーライト・ハートシステム、つまりTHライドの中に、わたしのエルクゥ波動体を収め、ゴルディオンフライバーンの原型であるゴルディオンハンマーをもって、反抗勢力の残党を含め、すべて殲滅しました。――果たして、対消滅で消えゆくわたしと、唯一生き残ったリネットのみが、次郎衛門の元に残りました。わたしは次郎衛門にリネットを託し、対消滅で消えゆく運命にありました。――ところが、〈The・Power〉は、あろう事かこのわたしや姉妹、そしてわたしの部下たちのエルクゥ波動をオゾムパルスに変換させ、THライドの中でその自我の消滅だけは免れるコトが出来たのです」
「あ――まさか」
「あなたにも判ったようですね。――そうです、EIナンバーがつけられたTHライドは、私たちの、オゾムパルスに変質した私たちエルクゥの魂が収められたものなのです」
「――――」
マルチはしばし絶句し、
「で、でも、――」
「太田香奈子のことですね」
かつて、人の身でありながらEI−04のオゾムパルスブースターと認定呼称された、心を砕かれた哀しい過去を持つ女性。
「私たちが、柏木家の女として転生した理由と同じ」
「同じ?」
「私たちは、今まで何度か柏木家の女として転生を繰り返しているのです。それは、リネットの血が、柏木家に縛り付けていた為なのですが、他の部下たちは、血の縛りがないために、この地球上にいる人間として転生し、そして寿命がつきると、隆山の下に隠していたヨークに保管されていた自らのTHライドへ還っていきました」
「何故、そんな転生を?」
「私たちにも判りません。あるいは、〈The・Power〉の導きによるものなのかも知れません」
「〈The・Power〉…………!」
「わたしの見立てでは、太田香奈子は、エディフェルの乳母、カミュエルで相違ないでしょう。強く毅然とした女性です。今はまた眠りにつきましたが、いづれクイーンJと決着を着けるとき、彼女も目覚めくれるハズ。良き協力者になってくれるでしょう。他にも同様に、目覚めていないがエルクゥの魂を持つ者達は大勢居ます。THライドは全部で31基」
「31人、いる、と言うコトですね」
千鶴=リズエルが頷くと、マルチの身体から離れた。
マルチは、とても複雑そうな貌で千鶴=リズエルを見つめた。
「…………では、わたしも本当は人類原種なのですか?」
「貴女は、違います」
そう言って千鶴=リズエルは、にこり、と微笑む。
「……貴女は、紛れもない人類です」
「人類――――」
浩之は言った。お前は、人間だと。
ひとと呼ばれて、嬉しいのか、哀しいのか。マルチには判らなかった。
「――――わたしは、いったい誰なんです?!」
マルチは知りたかった。無性に、それを知ることですべてを失っても構わないくらいに、それが知りたかった。
問われて、千鶴=リズエルは、曖昧に微笑んだ。
「……耕一さんと出会いなさい」
「耕一…………柏木耕一さんですか?」
「そして」
「そして?」
「――ダリエリに聞きなさい。――わた――の愛――る、む――」
肝心なところで突然、千鶴=ダリエリの姿が消え始めた。途切れ途切れの声がマルチを一層焦らせた。
「千鶴さん!千鶴さん、待って――――!」
「マルチ姉さん!」
マルチが現実空間に意識を取り戻したのは、TH壱式のメンテナンスケイジであった。直ぐ隣には、レフィとアルト、しのぶとゴルディアームがいた。
「ここは――」
「バリアリーフ基地と接岸したTH壱式です。よかった、反応はあるのにひとつも呼びかけに応えてくれなかったから……」
そういってしのぶは、ほっ、と胸をなで下ろした。他のみんなも同様であった。
「ほんま、しのぶ姉さんが霧風丸になってわいらをキャッチしてくれへんかったら、おいらたちスクラップ行きやったで」
「そう……だったんだ…………あ!」
急にマルチは起きあがった。マスターマルマイマーの装備は既に外され、胸にはマルルンが装着されたままだった。
「ひ、浩之さんは?!」
「大丈夫です、マルチ姉さん。心臓停止していた彼は、あの後、集中治療室に送られましたが、自然に心臓の鼓動が始まり、無傷です。今は大事をとって休まれています」
「――そうなの。ごめん、ちょっと行って来る」
「マルチ!ちょっと」
止めようとするレフィを、アルトが引き留めた。
「……行かせて上げよう。今のあの人には、あかりさんと同じくらいに、姉さんを必要としている」
当惑するレフィは、走り去っていくマルチの背に、何もいえなかった。
マルチは、MMM基地の医療地区にやってくると、受付で浩之が大事をとって寝ている病室を聞き、慌ててやってきた。
「浩之さん!」
いきなり扉を開けたマルチに、浩之が横たわっているであろうベットの隣で、心配そうな顔をしていたあかりを驚かせた。
「マルチちゃん!良かった、気が付いたのね」
「あかりさん!浩之さんは!浩之さんは?」
「だ、大丈夫よ。お医者様も心臓停止していた身体だとは思えないくらい元気だって……え?」
あかりは、そこまでいってマルチがポロポロ泣き出しているコトに気付いた。
「……浩之さん…………泣かれているのですか?」
「…………」
シーツを頭から被っている浩之は何も応えない。
だが、あかりが気になって、浩之の頭のほうへ顔を近づけると、マルチの指摘通り、浩之が泣いているコトにやっと気付いた。
やがてワンワンと泣き出したマルチは、床の上にへたり込み、大声で泣き始めた。
差し伸べた先の、永遠に失われた虚空。
いくら左手を伸ばしても、そこには虚空しかなかった。
手応えのない、重い手応えが、浩之とマルチの手と心に、計り知れない哀しみを与えていた。
…………やっぱり、贅沢すぎる望みなんだよな。死を癒すのには、死をもってあがなうべき――
「…………バカヤロウ…………何処が贅沢な望みなんだよ…………くそぉっ!くそったれ、死んじまったら、なんにもならねぇじゃねぇかよぉっ!…………あんたたちには…………あんたたちには、生きて…………生きてもらいたかったのに………………ばかやろぉっ!ばかやろおっ!!」
やがて浩之も、シーツの下から、ちくしょう、ちくしょう、と大声で喚くように泣き出し始めた。
あかりは泣き崩れる二人に、途方もない無力感を感じるばかりであった。
(画面フェードアウト。ED:「あたらしい予感」が流れ出す)
第14話 了
【次回予告】
君たちに最新情報を公開しよう!
最強の力を取り戻したマルマイマーに脅威を抱き、ついにマルマイマー殲滅に鬼界四天王自らが動き出して、MMM基地に襲いかかる!マルルンと分断されてマルマイマーになれないマルチに、殺戮を続けるエディフェルが迫る!アズエルのパワーに負けて大破する超龍姫に迫る、予想外の危機!ワイズマンの魔の手が、初音に迫ろうとしていたその時、意外な人物が現れる!
東鳩王マルマイマー!ネクスト!
第15話「狙われたMMM」!
次回も、ファイナル・フュージョン承認!
勝利の鍵は、これだ!
「戦闘モードのマルルン」