東鳩王マルマイマー第14話「リズエルの遺産」(Bパート:その1) 投稿者:ARM(1475)
(機動空艇「高速巡航空艇TH四号」の映像とスペックが表示される。Bパート開始)

 MMM艦隊の集中砲火を受けるエクストラヨークのコア近辺に、エクストラヨークの艦橋があった。
 そこにある、真っ赤に燃えさかる巨大なガラスのシリンダー――いや、それはまるで巨大なTHライドのような、――いや、紛れもなくそれは、エクストラヨークを動かす中枢であり、MMMのメンバーが「クイーンJのTHライド」と呼ばれる永久出力機関であった。
 その手前にある座席に、白蝋の相で眠り続ける長瀬祐介が座っていた。その座席を見下ろすような状態で、オゾムパルス体――精神体の月島瑠璃子が、クイーンJのTHライドに身体を半分埋めるような状態で宙に浮いていた。
 瑠璃子の顔は、苦悶に歪んでいた。まるでエクストラヨークが受けている攻撃をその身で味わって居るかのように。
 だが、巨大な異形の苦しみを代わって受けていたワケではなかった。何故なら、瑠璃子が苦しみ始めたのは、攻撃を受ける前から始まっていたのだ。

【あ……ああ……あ………………ぁぁぁぁあ゛っ!!】

 苦悶に歪む瑠璃子は、その美貌を著しく歪めていく。精神体であることもあって顔の形までもが崩れ始め、MMM艦隊の攻撃が激しさを増すと、もはや人としての形を成さない状態にまで陥っていた。

【…………おにい…………ちゃあ……ん………ゆう…………くぅん………たす…………けて…………――――――!!!!】

 そう呻く瑠璃子が、足下で眠る祐介に向かって両手を伸ばし切ったその時、何事もなかったかのように、瑠璃子の形は元に戻った。
 元に戻った瑠璃子は、足下の祐介をじっと見つめるように俯いたまま硬直していた。
 しかし突然、瑠璃子は顔を上げた。
 その顔は、間違いなく月島瑠璃子のものであった。
 にもかかわらず、まるで別人であった。

〈…………フフッ。ニンゲンドモメ、コザカシイまねヲスルワ〉

 そう言うと――口調までも別人のようであった――瑠璃子はゆっくりとクイーンJのTHライドの中に吸い込まれるように入って行った。


「〈トゥルパ弾撃〉!!」

 最初の斉射からきっちり8秒後、MMM艦隊の攻撃がピタリと止み、入れ替わるように突進してきたキングヨークの砲門全部が開かれ攻撃が開始された。ESミサイルとメーザー砲、反中間子砲が一斉に火を噴き、エクストラヨークの艦頭をついに吹き飛ばした。

「装甲が開いた!――これで終いだっ!ジェイクォースっ!!」

 すかさず葵が振りかぶり、その動きをトレースしたキングヨークが突き出した両腕に全エネルギーが集中し、その先端に巨大な碇型のエネルギー体を創り出されて一気に放出された。

「狙いはクイーンJのコア!!いっけぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっ!!!!!」

 放出されたエネルギー体は巨大な火の鳥と化し、エクストラヨーク目指して一気に飛んでいった。


〈――――無駄ネ〉

 瑠璃子は、真っ赤に燃えさかるクイーンJのTHライドの中で、にやり、と笑うと、いきなり両腕を正面に突き出した。
 すると、今までまったく自分から動くことのなかったエクストラヨークが突然、その動きに合わせるように素早く動き、なんとキングヨークが発射したジェイクォースを掴み取ってしまったのである。

「「「「「「「なにっ!?」」」」」」」

 突然の抵抗に、葵たちは唖然となってしまう。


〈――オマエタチノコウゲキナド、初メカラ効イテオラヌワ。――ホゥラッ!!〉

 嬌笑する瑠璃子は、ジェイクォースを掴んだまま勢い良く引っ張った。キングヨークはそれにつられてエクストラヨークのほうへ引き寄せられてしまう。

〈ツブレテオシマイ!〉

「「「わぁぁぁっっっ!!!???」」」

 エクストラヨークに引き寄せられたキングヨークは、やがてその巨大な腕が振りかぶり、ジェイクォースの荷電粒子で繋がっているキングヨークを振り回し、ARFの外にある新宿東口方面に投げ落とした。遠心力も加わって勢い良く飛ばされたキングヨークは、新宿アルタを中心とした雑居ビル街を押し潰し、歌舞伎町まで延びた破壊による瓦礫の山をこしらえ上げてしまった。

「芹香さん!!」

 驚く初音は、TH四号の砲門を開いて援護しようとする。

「八門メーザー砲、斉――――」

 そう指示しようとした途端、初音の身体が突然、硬直した。

「初音、どうしたの?」

 艦長席に座るルミラが心配そうに聞いた。
 すると初音は、ううん、と首を振ってみせ、

「……目眩がしただけ。――八門メーザー砲、斉射!!」

 一斉にTH四号の砲門が火を噴いた。それに追随するように、弐式と参式の砲門が火を噴いた。


〈フフッ。――無駄無駄無駄ァァァッ!!〉

 するとなんと、エクストラヨークの正面に巨大なバリアーが張り巡らされ、MMM艦隊の攻撃すべてを受け止めきったのである。

「くっ――怯むなっ!」

 初音は舌打ちし、砲撃の続行をルミラたちに指揮した。

〈無駄ダァッ!!〉

 TH四号から放たれた、八本の光線を引くメーザーを、エクストラヨークはなんと腕のひと振りで弾き返してしまったのである。
 そして跳ね返されたそのメーザーは四方へ飛び散ってしまった。

   *   *   *   *   *   *   *

『――あかりっ!応答しろっ!寝ぼけているのかっ!?』

 浩之の怒鳴り声で、突然の立ちくらみを覚えていたあかりは、はっ、と我に返った。

「ご、ごめん、浩之ちゃん!――どうしたの?」
『黙示の野郎が――黙示の野郎が、息していねぇんだっ!至急、医者の手配してくれっ!』
「わ、わかった!――綾香、いえ、長官!」
「話は聞いていたわ。直ぐに手配を取らせるわよ!」

『――聞いたか、黙示!いい加減、寝ているんじゃあねえっ!このまま死んだら、俺がぶち殺してやるからなっ!』

 マルマイマーの口から、浩之の悲鳴が発せられた。浩之はTH壱式のTHコネクター内で、美紅に抱かれて死んだように眠る黙示の映像を前に、長瀬たちの視線など気にもせず半べそを掻いて喚いていた。
 そんな浩之の意識を、電脳回線越しに受けていたマルチも、ぽろぽろ泣いていた。浩之からの哀しみのフィードバックがシンクロ率を著しく低下させ、とうとう背部スラスターが停止してしまった。慌ててマルチは近くにあった鉄筋にしがみつくのが精一杯で、美紅たちのいる穴の下へ降りるためにはまず、混乱している浩之を落ち着かせる必要があった。

「浩之さん――浩之さん!すぐ、美紅さんたちをすくい上げるから、落ち着いて回線を正常に戻して下さい!」
「――マルチ」
「お願いですから…………!」
「――――」

 今度は、マルチの哀しみが浩之のほうへフィードバックされた。それが功を奏したか、狼狽えていた浩之は、はっ、と我に返り、頭をブンブンと振り乱した。

「…………マルチ、済まねぇ」
「……ふぅ。早く、助けましょう」

 マルチは安堵の息を吐くと、再び視線を、穴の下にいる美紅たちのほうへ向けた。同時に、スラスターの出力系コントロールが回復し、再びマルマイマーは浮き上がるコトが出来た。

「朝比奈部長、黙示さん!今、助けに行きますから――――」


 凄まじい轟音が、非常階段を下りていた志保と柳川の頭上へ降ってきた。

「――かぁっ!まずいっ!都庁舎にそれた攻撃が当たったのっ!?――兄さん、無事?」

 志保は降り注ぐ瓦礫を素早い身のこなしでかわし、あるいはオーガニックブースターで吹き飛ばして崩壊から免れていた。粉塵が当たりに立ちこめる中、その奥から柳川の「大丈夫だ」という声を聞いて、ほっと胸をなで下ろし、そして、けほけほと咽せた。

「……ったく、MMM、下手くそっ!もっと良く狙って攻撃しなさいよね、本当――――」

 堪りかねて仰いだ志保は、その瞬間、表情を凍らせた。
 頭上の屋根は完全に吹き飛んでいた。かなり巨大なエネルギーの直撃があったのだろう、外から見れば都庁舎の一角が大きく抉られているコトは、その場にいても容易に想像がついた。
 しかし志保には、都庁舎を抉ったものが、エクストラヨークの腕のひと振りで弾き返されたTH四号のメーザー砲の一線であったコトは知らない。
 硬直する志保が目を瞠ったのは、紙一重で無事だった無事に驚いたわけでも、被弾によって都庁舎が抉られた惨状を目の当たりにして臆した為でもない。
 都庁舎内に大きく開かれた空間の上に、マルマイマーの姿を見つけたからだった。
 宙に浮くマルマイマーと、瓦礫の山に佇む志保と柳川がいる間の空間は、永遠に失われていた。

 マルマイマーは、志保たちのいる方へ左手を伸ばした状態で硬直していた。
 その顔に、表情は失われていた。


「えっ、メーザー砲が来る?――美紅さん!はやくそこから離れて!」
「……ダメなんです。わたしは、ずうっと政樹さんのそばに居て上げなければいけないの。……愛しているから。……ねぇ見てよ、マルチ。政樹さん、こんなに静かに眠っているよ――」

 眠り続ける黙示の身体を抱きしめている美紅が、笑いながらそう答えた次の瞬間、マルマイマーの視界は白色に染め変えられていた。
 いつしか二人の姿は、閃光の中に消えていた。


「…………マルチ……黙示と朝比奈女史…………助けたんでしよう?」

 同様に貌から色をなくしていた志保は、高揚のない口調で聞いた。
 しかし、マルマイマーは何も応えようとしない。口をポカンと開けたまま、呆然となったままだった。

「――――ヒロっ!!何とか応えなさいよっ!!」

 とうとう爆発した志保の声に、マルマイマーは、はっ、と我に返った。
 だが、その貌は依然として表情のない、機械仕掛けの貌であった。

「――――ふたりは、どうしたのっ!?」

 我に返ってもなお、マルマイマーは何も応えなかった。
 応えられなかったのだ。
 差し伸べた先の、永遠に失われた虚空。
 いくら左手を伸ばしても、そこには虚空しかなかった。

「――――」

 ようやく、マルマイマーの唇が僅かに動いた。
 そして次の瞬間、今度は遠くからでもはっきりと判る動きをした。

 それは、絶叫であった。

             Bパート(その2)へつづく

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