東鳩王マルマイマー第14話「リズエルの遺産」(Aパート:その3) 投稿者:ARM(1475)
【承前】

「キングヨークを中心に、TH参式は左翼、本艦は右翼へ転進!TH四号が到着後、一気に攻撃を開始する!」

 作戦参謀である智子の指揮のもと、MMM飛空挺艦隊はARF上空で、にらみ合っているエクストラヨークに対する布陣が決まった。

「首都圏上空で長期戦は絶対避けなければならない!〈レミィ〉、ARFのリミットタイムは?」
「539second、Over!一撃必殺を要するわね。――特戦隊、いける?」
『現在、TH伍号のサテライトサーチでEYのコアを捜査中!あと3分、いえ、2分で見つけます!』

 オペレーターの〈レミィ〉に応答した琴音は、コンソールパネルを操作する手を止め、黙祷するように目を瞑って黙り込む。しっとりとその白い肌に浮かび上がる汗は、精神集中によって一時的なトランス状態に入ったコトを物語っていた。同時に、正面にあるコンソールパネルのキーが、誰も触れていないのにカチカチと音を立てて打たれ始めた。琴音の意識とリンクした念が物理的パワーとなってキーを打っているのだが、脳から伝達された、「任意のキーを押す動作をする」信号を、腕の神経と筋肉を経由せず、直接、念で打つコトで処理動作のスピードアップを計っているのだ。それは、時間の短縮のみならず、意外にも作業精度のアップにも繋がっている。時間という概念を生物が感じ取るのは、生理機能に依存しているところが多く、瞑想や睡眠状態のような生理機能を一時的に排除すると、時間への感覚が大きく狂うコトがある。途方もなく長く感じた夢が実は数分の睡眠時間で見たものであったケースは珍しくない。琴音は念による電脳リンクと瞑想とも言えるトランス状態を併用して、時間感覚にとらわれない高速かつ高精度な分析処理を行えるのである。これは一種の生体コンピューターともいえるシステムなのだが、もともとこれは、地球に飛来してきたエルクゥがヨークによる恒星間航行において使用していた操縦システムを参考に開発されたもので、いわばエルクゥの遺産とも言うべきウルテクインターフェイスであった。

「――見えました。サテライトマップオープン」

 琴音がトランス状態に入って丁度2分後。琴音がそう言うと、各艦のメインスクリーンに、衛星軌道上にあるTH伍号から送られてきたデータを元に作られた、ARFを真上から見たCGが映し出された。その中心には、エクストラヨークが、そしてその正面に、扇状に配置されたMMM艦隊があった。

「ポイント、ゼロゼロ、マークアップ――」

 琴音はゆっくりと瞼を開き、

「――この中心です」

 CGで描かれたエクストラヨークの左側、ちょうど人間で言う、「心臓」の位置に、オレンジ色の点が穿たれた。
 そして、CGの中にあるキングヨークの丁度後方に、新しい艦影が映し出された。

「TH四号、到着しました!」
『よっしゃあっ!初音、TH四号はキングヨークのケツについてっ!――――行くで、綾香ぁ!!』
「よしっ!――これより、反撃を開始するっ!!」

「キングヨーク、発進!」

 葵のかけ声とともに、キングヨークが前進を始めた。続いて、TH弐式、参式そして四号の砲門がエクストラヨークのほうへ向けられた。

「弐式、ミラー粒子砲、斉射ぁっ!」
「参式、16門荷電粒子砲、発射っ!」
「四式、8門メーザー砲、斉射っ!」

 前進するキングヨークの真横をすり抜けるように、後方のMMM艦隊から発射された幾重ものビームが走り抜ける。エクストラヨークは何も反撃せず、MMM艦隊に近い艦頭から爆炎を上げて少しのけぞった。

「私たちの狙いはただ一つ!」

 正面にいっぱい拡がる炎の華をものともせず、葵は、エクストラヨークめざして突進するキングヨークの舵を取りながら一喝する。

「エクストラヨークのコア――クイーンJのTHライドのみっ!」

 琴音も呼応して絶叫し、コンソールのキーを激しく叩いた。

「8秒後に〈トゥルパ弾撃〉、続いて、ジェイクォース、いきます!――芹香隊長!!」

 二人の後ろにあるTHコネクターの中にいる芹香が、こくん、と頷いた。

「「「「「「「「「いっけぇぇぇぇぇっっっっ!!!」」」」」」」」」


 MMM艦隊が総攻撃を仕掛ける直前に、マルマイマーは志保の要望通り、志保と柳川がいる新都庁舎の展望台に到着した。

「おっそぉっいっ!」
『何いっていやがんだよ、おめーは』
「何よマルチその言いぐさ――いや、ヒロね」

 憮然とする志保の横に、マルマイマーが着地した。しかし、エネルギー出力が著しく低下していた所為で、マルマイマーは両脚がついた途端、その場にへたり込みそうになった。
 それを抱き留めて支えたのは、柳川だった。

「あ、すみませ――――」

 マルマイマーは柳川に礼を言おうとした途端、その笑顔が硬直した。

『――ん?どうした、マルチ、応答しろよ』

 突然、モニターからマルチの反応が消えてしまったため、浩之は驚いてみせた。

「…………」

 別に、マルチはエネルギー切れになって人事不省に陥ったわけではない。マルチは、真っ青な顔で柳川の顔をじっと見据えたまま、絶句していたのだ。

「……柳川のニィサン。だめだよぉ、この純で可愛いメイドロボットちゃんにまでガンたれちゃあ。すっかり怯えているじゃないの」

 マルチの様子に気付いた志保が、マルチを見据えている柳川の肩を叩きながら言った。奇しくも、柳川もマルチの顔を見据えたまま黙り込んでいたのだ。

「……柏木千鶴か」
「……え?」

 柳川がそう洩らすと、ようやくマルチも我に返り、柳川の腕から離れて足に力を入れて何とか立ち上がって見せた。

「……大丈夫か」
「え?あ、は、はい!」

 マルチが驚いたのは、柳川が突っ慳貪な顔ではあったが、優しそうな口調で聞いたコトもあったが、一番の理由は、柳川の隣にいた志保が、これ以上ないくらいに瞠って驚愕していた姿をみたからであった。

「……そこまで驚くことはないだろうが」
「だだだだだだだ――だって!だってぇぇぇっ!!」

 悲鳴のような声を上げてパニックを起こしかけている志保を見て、浩之は当惑するよりもどうしても笑ってしまうのであった。

「ところで、朝比奈部長たちは?」
「朝比奈?――ああ、黙示たちか。その下だ」

 柳川はすぐそばの床に開いた穴の中を指した。

「……微弱だが、息づかいを感じる。黙示はまだ生きている」
「そうですか……」

 マルチは、ほっ、と胸をなで下ろし、

「では、直ぐに助けに行きます。お二方は先に逃げて下さい。直にここは、エクストラヨーク戦での火線上に入ります」
「――そ、そうだったわね!ほら、兄さん!」

 志保があわてて柳川の腕を引っ張ったが、びくとも動こうとしなかった。
 柳川はまた、マルマイマーを見つめていた。
 マルチは、柳川の視線に気付き、再び柳川のほうを見た。
 怖い。心の底から、怖い。理由は判らないのだが、柳川が怖いのだ。
 だが、電脳リンクしている浩之にはその反応は届いていなかった。かなり心の深いレベルでの感情なのだろう。あるいは、ロボットの本能と言うべきなのか。

『マルチ』

 また、応答が無くなったマルチに驚いて浩之が叫んだ。今度はその声でマルチは我に返った。

『大丈夫か?行くぞ』
「あ、はい!――それでは志保さん、――柳川さんも、気をつけて……」

 志保たちは頷いて、展望室から出て行き、エレベータホールの奥にある、破壊されていない非常階段を降りていった。それを見届けると、マルマイマーはスラスターに火を入れ、穴の中に足から飛び込んだ。


「…………あ?あの光……?」

 穴の下にいた美紅が、穴の上から届くバーナー音に気付いて見上げると、続いて、黙示と美紅の名を呼ぶ声に気付いた。

「……マルチ?マルチなのね?!」
「――朝比奈部長!ご無事でしたかぁ!」

 上空から、マルチの喜悦する声が聞こえ、美紅は、ほっ、と胸をなで下ろした。そして、自分を抱きしめている黙示に笑顔を向けた。

「政樹さん、今、マルチが助けに降りて――――」

 次の瞬間、美紅は、絶句した。
 いや、美紅は黙示を見て確かに悲鳴を上げたのだ。声をかき消したのは、二人がいる新都庁舎の直ぐそばにあるARFで始まった、MMM艦隊の砲撃音と、直撃を受けて爆発するエクストラヨークの所為であった。

『攻撃が始まったのか!?マルチ、急げ!』
「は、はい!」

 マルマイマーはあまりの音に堪りかねて耳を指で塞ごうとして、しかし今の自分がマスターマルマイマー装備でヘルメットを被っているコトを思い出し、てへ、と舌を出して苦笑した。
 そしてその苦笑する面を、黙示達のいる下の方へ向けた途端、マルマイマーの笑顔が硬直した。

「…………え?…………今、なんて……おっしゃいました?」
『どうした、マルチ?』

 訝る浩之がマルチの応答を求めたが、マルチは何も応えようとしない。浩之は舌打ちすると、マルチが見ている、穴の下の映像回線に割り込んできた。

『何がどうなっているか、頼むから明確にしてくれよ……どうした?』
「…………黙示さんが…………黙示さんが…………」
『――――――!』

 浩之はただならぬ事態であることを即座に理解し、映像回線の奥にあるハズの、美紅と黙示らしき姿を求めた。
 あの爆発音が届く直前で、マルチの音響センサーは、奇跡的に美紅の悲鳴を捉えていたのだ。

 政樹さんが、息をしていない。――息をしていないよぉ!!

   *   *   *   *   *   *

「TH四号、浮上!20度より砲撃!!」

 MMM艦隊の一方的な砲撃が続く中、智子は初音に攻撃の配置変更を指揮する。艦頭への水平攻撃だけでなく、その奥にまで攻撃が届くよう、立体的指揮をとったのだ。被っていたバイザーのスピーカーに届いた智子の指揮を受け、初音は右腕を上げて浮上を艦長のルミラに合図した。TH弐式と参式が両翼から、TH四号は上方から攻撃を続ける。形として、ARFの穴の中へ押し込められるような状況で攻撃を受けるエクストラヨークには、反撃する兆しさえ見られない。

 そんな一方的な艦隊戦を、ARFの端で見つめている3組の目があった。
 煌々たる、炎のような眼差し。狩猟者たちの視線。
 新宿駅の上で、ワイズマンとエディフェル、アズエルはこの闘いを見守っていた。

「……一方的だな」

 アズエルが苦々しくいう。
 すると、エディフェルは、そんな姉の言葉が面白かったかのように、くすくす、と意地悪そうに笑った。

「MMMが、ですか?」
「…………いや」

 アズエルは面白くなさそうに首を横に振った。

「MMM艦隊のほうに勝ち目などない」

 次々と被弾するエクストラヨークを目の当たりにしながら、何を根拠にいうのか、この鬼女は。

「…………しかし、なぜ、月島瑠璃子は動かん?」
「もうじきだ」

 不動のワイズマンが、ようやく口を開いた。

「今、月島瑠璃子は、目覚めようとしている」
「……ワイズマン。しかし、あの女では……」
「ああ」

 エディフェルの問いかけに、ワイズマンは頷き、

「月島瑠璃子は〈扉〉を開ける者に過ぎぬ。クイーンJが本当に必要とするのは、肉体のほう」

 そう言って、ワイズマンは、ぎりっ、と何故か口惜しそうに歯軋りした。
 そんなワイズマンの横顔を、まるで憎らしげに見つめていたアズエルが、ふぅ、と溜息とともに訊いた。

「……このまま、クイーンJを目覚めさせて良いのですか?――あの〈鬼界創神〉を、本気で味方だと信じているのですか?」
「不服か、アズエル?」
「――――」
「…………クイーンJは確かに、かつてお前たちを放逐し、転生したその身を傷つけた憎き敵。しかし今や、闘いに敗れその支配力を失い、お前たちとの闘いで肉体さえ失って、ただの意識体と化した存在など、恐れるに足らぬ」

 そう答えると、ワイズマンは、ふっ、と失笑して見せた。

「そうですとも、アズエル姉様。――所詮、我々が目指す理想の道具。……うふふ……うふふ……」

 エディフェルはそう言うと、無邪気そうにに笑い出した。

「…………クイーンJなんて……うふふ…………わたしの腕の中に次郎衛門を…………耕一さんを取り戻すための道具なんだから…………うふふふ…………あはははは!!」

 エディフェルはとうとう大声で笑い出す。そんなエディフェルを横目で見るワイズマンも、つられるように破顔する。――いずれも、邪悪な笑みであった。
 そのそばで、アズエルだけが、取り残されたようにひとり憮然としていた。
 やがてアズエルは、狂笑を続ける妹の顔を見つめ、悔しそうな顔をすると、その視線をワイズマンに移した。

 判っているのか、エディフェルよ。その横にいる男こそが、あの次郎衛門なのだというコトに。

 アズエルは、それがどうしても言えなかった。それが悔しいのだ。

(Aパート終了:ディバイディングエネルギー用空間湾曲ツール「カシナートドライバー」の映像とスペック表が映し出される。Bパートへつづく)

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